第3話 初めての戦利品と、これからの冒険ーレオン視点ー
ダンジョンから戻った翌朝。
俺は、机の上に並べた戦利品を眺めていた。
銅貨が数枚。それから、小さな灰色の毛皮と二本の牙。
昨日の初戦闘で手に入れたものだ。
「うーん……」
俺は毛皮をつまみ上げ、裏返してみた。
見た目は普通の獣の毛皮に近い。けれど、これがどの程度の価値を持つのかはわからない。牙だって、加工すれば何かに使えそうだが、素人の俺には判断できなかった。
こういうとき、頼りになるのが鑑定屋だ。
村には、冒険者や商人が持ち込む品物を鑑定してくれる店がある。魔物の素材の種類や価値、道具の品質などを調べてもらえるらしい。
ゲームで言うなら、アイテムの情報を確認する場所だ。
実際の世界では、どこまでわかるのだろう。
「よし、行ってみるか!」
俺は戦利品を袋に入れ、財布と武器を持って家を出た。
ミレアとの待ち合わせ場所へ向かうと、彼女はすでに待っていた。
「遅い!」
「約束の時間より早く来てないか?」
「楽しみで早く目が覚めちゃったんだもん!」
彼女はそう言って、腰に手を当てた。
「それで、今日はどこに行くの?」
「まずは鑑定屋。昨日手に入れた素材の種類と価値を調べたい。そのあと、必要なものを買い足して、今後の活動について相談しようと思ってる」
「おおっ、冒険者っぽい!」
「冒険者っぽいというか、冒険者見習いだしな」
「だね!」
俺たちは並んで歩き出した。
戦闘そのものも楽しかったが、手に入れたものを調べるのも楽しみだった。
どんな魔物だったのか。素材にはどんな価値があるのか。得たお金をどう使えば、次の冒険がもっと安全になるのか。
調べたいことが次々と浮かんでくる。
冒険というのは、ダンジョンの中だけで完結するものではないらしい。
村の中にも、まだまだ知らないことがありそうだ。
鑑定屋は、村の商店が並ぶ通りの端にあった。
看板には、虫眼鏡のような模様と、魔物の牙らしき絵が描かれている。
扉を開けると、乾燥した薬草と古い木材の匂いがした。
「いらっしゃい。おや、ダンジョン帰りかい?」
カウンターの向こうにいたのは、白髪交じりの髪を後ろに撫でつけた男性だった。
俺たちが袋を取り出すと、店主は少しだけ目を細めた。
「初めての戦利品、といったところかな」
「わかるんですか?」
「その年頃で、装備もまだ新しい。持ち込む品も少ない。まあ、見当はつくさ」
店主は慣れた手つきで毛皮と牙をカウンターに並べた。
「鑑定をお願いできますか?」
「もちろん。ただし、詳しい鑑定には料金がかかる。種類の確認だけなら安く済むが、品質や用途まで詳しく調べるなら、その分だけ料金も上がる」
「なるほど……」
俺は財布の中身を確認した。
昨日のドロップ品だけで、どれくらいのことができるのか。それを知るのも今回の目的だ。
「まずは、種類と買い取り価格を教えてください」
「わかった」
店主は毛皮を広げ、牙を一本ずつ手に取った。
しばらくすると、彼はカウンターの下から小さな道具を取り出し、素材の表面を確かめ始めた。
「これは灰牙ネズミの毛皮だな。牙も同じ魔物のものだ」
「灰牙ネズミ……!」
昨日倒した魔物の名前がわかった。
これだけでも大きな収穫だ。
「灰牙ネズミはダンジョンの浅い階層によくいる魔物だ。動きは速いが、体は小さい。突進を避けて、横や後ろから攻撃するのが基本になる」
「それ、昨日も似たようなことがありました!」
ミレアが身を乗り出した。
「突っ込んできたところを避けて、斬ったんです!」
「ほう。初戦闘でそこまでできたなら上出来だ。だが、慣れてきた頃が一番危ない。小さな魔物だからといって、牙を受ければ怪我はするからな」
「はい!」
俺は店主の話に頷いた。
魔物の名前。よくいる場所。戦い方の注意点。
こういう情報は、実際に戦う前に知っておきたい。
「それで、素材の価値はどのくらいですか?」
「毛皮は状態が悪くない。牙も欠けていないな。買い取りなら、毛皮と牙を合わせて銅貨数枚といったところだ」
店主が具体的な金額を告げる。
俺は昨日拾った硬貨と合わせ、今回の戦利品がどれほどの価値になるのか計算した。
大金ではない。
けれど、何もないところから得た収入だ。
「なるほど。ありがとうございます」
「どういたしまして。ほかに聞きたいことはあるか?」
俺は少し考えてから尋ねた。
「魔物を倒したときに、こういう素材やお金が出てくるのは、どんな仕組みなんでしょう?」
店主は顎に手を当てた。
「それについては、昔からいろいろな説がある。魔物の魔力が形を変えているという者もいれば、ダンジョンそのものの働きだという者もいる。だが、誰も完全には説明できていない」
「完全には……」
「ああ。少なくとも、冒険者が知っておくべきことは三つだ。魔物を倒すと、金や素材が手に入ることがある。種類によって手に入る物は違う。そして、まれにスキルスクロールが見つかることもある」
俺は思わず身を乗り出した。
「スキルスクロールも、ですか?」
「ただし、期待しすぎないことだ。そうそう手に入るものじゃない。何十匹、何百匹と倒しても、一度も見つからない者だっている」
なるほど。
スキルスクロールは、通常の戦利品とは別格の貴重品らしい。
確率がわからない以上、スクロール狙いで無理な狩りをするのは効率が悪いだろう。
「ありがとうございます。すごく参考になりました!」
「それはよかった。素材を売るなら、うちでも買い取れる。だが、ほかの店と値段を比べてから決めるのも忘れないようにな」
店主は商売人らしい笑みを浮かべた。
俺たちは礼を言い、鑑定屋を後にした。
村の中には、まだ聞いておくべきことがたくさんありそうだ。
鑑定屋を出た俺たちは、まず素材を買い取ってもらうことにした。
今回は、売ることが目的というより、素材の価値を知ることが目的だった。
ただ、家に保管しておいても、今すぐ使い道があるわけではない。
「売ってもいいと思う?」
俺が尋ねると、娘は少し考えて頷いた。
「うん。使い道がわからないものを持っていても仕方ないし。必要になったら、また集めればいいんじゃない?」
「そうだな。じゃあ、今回は売って、今後の冒険に必要なものを買おう」
鑑定屋の店主に買い取りを頼むと、素材と引き換えに銅貨が手渡された。
俺は硬貨を財布にしまいながら、少しだけ嬉しくなった。
自分で魔物を倒し、自分で手に入れた品を売って、お金を得た。
額は小さくても、確かな一歩だ。
「これで、冒険の資金ができたね!」
「そういうこと。せっかくだから、無駄遣いしないようにしないとな」
「えー、少しくらいお菓子を買ってもいいでしょ?」
「必要なものを買ったあとに、残っていたらな」
「絶対だよ!」
俺たちは笑いながら、商店街へ向かった。
まず立ち寄ったのは、道具を扱う店だった。
水筒や火打ち石、包帯、丈夫な紐。昨日の準備で必要だと思ったものは揃えてあるが、実際に使うことを考えると、まだ改善の余地がある。
「包帯は、もう少し多めに持っておいたほうがいいかな」
「怪我をしないのが一番だけどね」
「もちろん。でも、怪我をしないつもりで準備を怠るのは違うだろ?」
「それはそうだね」
俺たちは店員に相談しながら、包帯を少し買い足した。
それから、丈夫な革袋も一つ購入する。
「これなら、素材を入れても破れにくそうだ」
「戦利品を入れる袋?」
「そう。魔物を倒したあと、素材を雑に扱って価値を下げたらもったいないからな」
「そこまで考えてるんだ……」
「せっかく手に入れたものだし、できるだけ無駄にしたくないだろ?」
俺は新しい革袋を手に取り、満足げに頷いた。
装備を整えるのは、強くなるためだけではない。
手に入れたものを無駄なく活用し、冒険を長く続けるためでもある。
次に向かったのは、食料品を扱う店だった。
携帯しやすい干し肉と、保存の利くパンを少し買い足す。水筒に入れる水は村を出る前に補充できるが、食料は余裕を持っておいたほうがいい。
「これで、次にダンジョンへ行く準備は少し整ったな」
「じゃあ、明日も行ける?」
「いや、まだ早い。まずは今日の情報を整理して、次にどう動くか決めよう」
「むー……」
娘は不満そうに唇を尖らせた。
「でも、ちゃんと計画を立てたほうが、早く強くなれるんだよね?」
「そういうこと。準備を省いて失敗したら、余計に時間がかかるからな」
「わかった。じゃあ、相談しよう!」
彼女は気持ちを切り替え、元気よく頷いた。
必要な買い物を済ませた俺たちは、村の広場にある休憩所へ向かった。
買った食料を少しだけ分け合いながら、これからの活動について話し合うことにした。
休憩所の隅に座り、俺はノートを取り出した。
題名としては、今後の方針について、と記載する。
「さて、これからどうするかだな」
「もっとダンジョンに入って、魔物を倒す!」
「うん。方向性としては正しい。でも、それだけじゃ足りない」
「えーっ、どうして?」
「まず、俺たちはまだ戦闘経験が少ない。昨日は一体倒せたけど、複数の魔物が同時に襲ってきたらどうなるかわからない。それに、怪我をしたときの対処も練習しておきたい」
彼女は腕を組み、真剣な顔で考え込んだ。
「じゃあ、少しずつ強い魔物に挑戦するのは?」
「それもいい。ただ、相手を強くする前に、今の相手ともっと上手く戦えるようになりたい」
俺はノートに簡単な計画を書き出した。
「まずは、灰牙ネズミみたいな初心者向けの魔物を相手に、基本的な戦い方を覚える。次に、二人で戦うときの役割分担を練習する。それから、素材やお金のドロップを記録して、どれくらい稼げるのか調べる」
「うんうん」
「それと、ダンジョンの入口付近から少しずつ行動範囲を広げる。帰り道を見失わないように、分岐や目印も記録しておきたい」
「迷子になったら大変だもんね」
「そう。ダンジョンの中で迷ったら、魔物と戦う以前の問題になる」
ミレアは少しだけ顔を引き締めた。
冒険に憧れているミレアも、危険そのものを理解していないわけではない。
ただ、行きたい気持ちが強すぎて、つい先へ進みたくなるのだろう。
「それから、戦闘中にどちらかが怪我をした場合は、無理せず撤退する。荷物を捨ててでも逃げるべき状況もあると思う」
「荷物を捨てるの?」
「命より大切な荷物はないからな。買い直せるものなら、後からどうにでもなる」
彼女は少し驚いたようだったが、やがて頷いた。
「……うん。わかった」
俺は計画の最後に、もう一つ書き加えた。
「レベル十五を目指すことも忘れないようにしよう」
この世界では、レベル十五になると教会で転職できる。
村人のままでは使える力にも限りがある。転職すれば、今よりも本格的に冒険者として成長できるはずだ。
村を出るためにも、まずはそこを目標にする必要がある。
「レベル十五かあ……。まだまだ先だね」
「だからこそ、毎回の冒険を無駄にしないようにしたいんだ。戦闘の経験を積むだけじゃなく、地形や魔物の情報も集めて、少しずつできることを増やそう」
「うん! 私も頑張る!」
彼女は勢いよく頷いた。
「それで、役割分担はどうするの?」
「俺は剣を使って前で戦う。ミレアも剣の扱いを練習しながら、周囲の警戒や魔物の動きの観察も担当してほしい。もちろん、危険なら無理に攻撃しなくていい」
「私もちゃんと戦えるようになりたい!」
「もちろん。だからこそ、焦らず練習しよう。いずれは、お互いに相手を助けられるようになりたいな」
ミレアは少し考えてから、にっと笑った。
「よし、決まり! 次の目標は、灰牙ネズミをもっと上手く倒すこと。それから、二人で連携できるようになること!」
「あと、ドロップ品の記録も忘れずに」
「はいはい。お金と素材も大事だもんね!」
「それに、いつかスキルスクロールを拾えたら最高だな」
「えっ、そんなの落ちるの!?」
「さっき聞いたばかりじゃん。ごく稀に、らしいけどな」
「絶対見つけたい!」
「気持ちはわかるけど、狙って無理をするのは禁止な」
「わかってるってば!」
彼女はそう言いながらも、目をきらきらさせていた。
俺も同じ気持ちだった。
いつか、まだ見たことのないスキルを手に入れる。新しい戦い方を覚える。今は倒せない魔物を倒せるようになる。
想像するだけで、胸が躍る。
でも、そのためには、今できることを一つずつ積み重ねていかなければならない。
「よし。明日は戦闘の復習と、装備の確認。それから、今日の情報を整理しておこう」
「えーっ、明日はダンジョンに行かないの?」
「準備と復習も冒険のうちだよ。次に行くとき、もっと上手く戦えるようになっていたいだろ?」
彼女は少し考えたあと、笑顔で頷いた。
「……うん! それなら、明日も頑張る!」
相談を終える頃には、太陽が少し傾き始めていた。
俺たちは休憩所を出て、村の通りを歩いた。
必要な道具は少しずつ揃ってきた。初戦闘の経験も得られた。魔物の素材を売って、お金を稼ぐ方法もわかった。
まだまだ知らないことは多い。
それでも、昨日よりは確実に前へ進んでいる。
「ねえ」
隣を歩く彼女が、こちらを見上げた。
「昨日の戦闘、怖くなかった?」
「怖かったよ」
俺は素直に答えた。
「牙が目の前まで迫ってきたときは、本当に焦った。避けるのが少しでも遅れていたら、怪我をしていたかもしれない」
「……だよね」
「でも、それ以上に楽しかった。自分のスキルが実際に使えたし、魔物の動きもわかった。倒したらお金と素材まで手に入ったしな」
「ふふっ。やっぱり、冒険が好きなんだね」
「好きだよ。だからこそ、長く続けたいんだ」
俺は空を見上げた。
いつか、もっと広い世界を見てみたい。
村の外には、どんな町があるのだろう。どんな冒険者がいて、どんな魔物がいて、どんなダンジョンが待っているのだろう。
まだ知らないことばかりだ。
考えるだけで、わくわくする。
「私も、絶対に冒険者になるからね!」
彼女は拳を握りしめた。
「そして、いろんな場所に行って、いろんな魔物を倒すの!」
「そのためにも、まずはレベル十五だな」
「うん!」
俺たちは顔を見合わせ、笑った。
今日手に入れたお金は、ほんのわずかだ。
買った道具も、まだ十分とは言えない。
けれど、戦利品の価値を知り、必要なものを買い、これからの計画を立てた。
それだけでも、昨日より冒険者に近づけた気がする。
次のダンジョン探索では、今日学んだことを試してみよう。
魔物の動きをもっとよく観察する。剣技・斬撃を無駄なく使う。二人で連携する。そして、手に入れたお金や素材を記録する。
いつか、もっと強くなった自分たちを想像しながら。
「よし、帰ったら今日の記録をまとめるぞ!」
「ええっ、まだ続けるの!?」
「忘れないうちに書いておきたいんだよ!」
「じゃあ、私も手伝う!」
彼女は笑いながら、俺の隣を歩き続けた。
冒険は、まだ始まったばかり。
小さな村での準備も、いつか大きな旅へつながっていく。
その先に何が待っているのか。
今はまだ、誰にもわからない。
だからこそ、楽しみだった。




