第19話 村最後の冒険、ダンジョンボス討伐。-レオン視点-
村を出る前に、やり残したことが一つある。
ダンジョンの攻略だ。
これまで俺たちは、レベルを上げ、素材を集め、装備を整えながら少しずつ探索範囲を広げてきた。途中で危険な目に遭ったこともあったし、行方不明になった村の少年を助けに向かったこともある。
そして今、俺たちはそれぞれ目標としていた職業に就いた。
俺は魔法剣士。幼馴染のミレアは剣士。コハクは錬金術師だ。
新しい職業になってからも、ダンジョンでの探索は続けていた。けれど、これまで足を踏み入れた場所のさらに奥には、まだ進んでいない区域が残っている。
その先にいるのが、このダンジョンのボスだった。
「いよいよボスかあ!」
ミレアが、期待に満ちた声を上げる。
「うん。村を出る前に、きちんと攻略しておきたいね」
「せやな。うちも、錬金術師になってからの実戦はまだまだ経験不足やし。新しい魔法も試してみたいわ」
コハクが、腰のポーチを軽く叩いた。
彼女は錬金術師に転職してから、いくつかの魔法スキルを習得していた。
魔法スキルのスクロールは安くはない。けれど、彼女は商人として活動していた時期に、商品の売買や素材の取引でそれなりの資金を蓄えていたらしい。
そのお金を使い、錬金術のための道具だけでなく、自分の身を守るための魔法も習得したのだ。
もちろん、スキルを覚えたからといって、すぐに使いこなせるわけではない。
それでも、彼女の選択肢は以前より大きく広がっていた。
「無理はしないこと。危なくなったら、すぐに撤退するからね」
ミレアが念を押す。
「わかっとるって。今日はボス討伐が目的や。無茶して倒れるんは本末転倒やからな」
「それならいいけど」
俺も装備を確認した。
剣の刃に問題はない。予備の回復薬もある。包帯や水、食料も十分だ。
ボスとの戦闘では、普段の狩りよりも不測の事態が起こりやすい。だからこそ、準備を整えておく必要がある。
……とはいえ。
これまで少しずつ攻略してきたダンジョンの最後に挑むのだ。
楽しみではないと言えば嘘になる。
未知の相手と戦い、今の自分たちがどこまで通用するのか確かめる。
冒険者として、これほどわくわくすることもない。
「よし、行こう!」
俺たちは頷き合い、ダンジョンの奥へと進んだ。
◇
奥へ進むにつれて、通路の様子が変わっていった。
これまでの区域よりも天井が高く、壁や床には大きな魔物が通ったような痕跡がある。魔物の姿も少なくなり、代わりに空気には独特の緊張感が漂っていた。
しばらく進むと、広い空間に出た。
その奥には、ひときわ大きな魔物がいた。
灰色の硬い皮膚に、太い四肢。頭部には湾曲した角が生えている。そして印象的なのは頭上に表示された二本のHPバーこちらに気づくと、低い唸り声を上げながら立ち上がった。
普通の魔物とは明らかに違う存在感だった。
「……あれがボスか」
「でっかいね……」
ミレアは剣を構え、コハクも一歩下がって杖を握った。
俺は相手の動きを観察した。
体格が大きいぶん、攻撃の威力は高そうだ。正面から受け止めるのは避けたい。突進してくる可能性もあるし、腕や角を使った攻撃にも注意が必要だろう。
相手の動きがわからない以上、最初から全力で攻めるのは危険だ。
「まずは動きを見る。攻撃を欲張らないで、隙ができたら狙おう」
「了解!」
「わかったで!」
返事と同時に、ボスが地面を蹴った。
巨体に似合わぬ速さで迫ってくる。
「横に避けて!」
俺たちは左右に散った。
直後、ボスの突進が通り過ぎ、地面を激しく削った。
まともに受けていたら、吹き飛ばされていたかもしれない。
ボスは勢いを殺しきれず、数歩先まで走ってから向きを変えた。
その隙を逃さず、ミレアが側面へ駆け寄る。
「はあっ!」
剣が硬い皮膚を叩いた。頭上のHPバーが僅かに削られる。
浅い傷しかつけられなかったものの、攻撃は通っている。
ボスが怒ったように身体をひねり、太い腕を振り回した。
「危ない!」
ミレアはすぐに距離を取る。
俺も反対側から接近し、剣技・斬撃を放った。
以前よりも身体の動きが軽い。
剣を振るう際の重心移動も、攻撃のあとに体勢を立て直す動作も、以前より自然にできるようになっていた。
魔法剣士という職業になったことによる成長だけではない。これまでの戦闘経験が、確実に身体に染みついている。
俺の斬撃が、ボスの脚に傷を刻んだ。
けれど、相手はまだ倒れない。
「硬いな……!」
「せやったら、これを試してみるで!」
後方からコハクの声が響いた。
彼女が杖を掲げると、その先に小さな雷光が生まれた。
「サンダー!」
雷光が飛び、ボスの胴体に命中する。再びHPバーが僅かに減る。
閃光が弾け、巨体がわずかに揺れた。
大きなダメージには見えないが、確かに効いている。
「おお、魔法だ!」
ミレアが嬉しそうに声を上げた。
「感心しとる場合やないで! 次、来る!」
ボスがコハクへ向き直った。
狙いを変えたのだ。
「こっちだ!」
俺は声を上げ、ボスの側面へ走った。
その動きに反応したボスが、今度は腕を大きく振り下ろしてくる。
剣で受け止めることはせず、俺は横へ飛び退いた。
攻撃が地面を打ち、鈍い音が響く。
大きな隙が生まれた。
「今!」
ミレアが踏み込み、脚へ斬りつける。
俺も反対側から攻撃を加えた。
コハクは距離を保ちながら、次の魔法を放つ。
戦いながら、俺は新しい職業の手応えを感じていた。
魔法剣士になったことで、身体能力だけでなく、魔法を扱うための適性も得られているはずだ。
まだ俺自身は魔法スキルを習得していない。けれど、剣士だったころとは違う成長の方向性が、これからの戦い方に影響してくるだろう。
一方、ミレアの動きも以前より鋭くなっていた。
剣士としての成長が、彼女の得意な近接戦闘を後押ししている。攻撃の切り替えも速くなり、敵の動きを見ながら適切な距離を取れるようになっていた。
そしてコハクも、ただ後ろから魔法を撃つだけではない。
魔物がこちらを狙っているときは距離を取り、攻撃の隙を見つけて魔法を放つ。危険が迫れば、すぐに逃げられる位置を保っている。
それぞれの役割が、少しずつ噛み合っていた。
ボスが咆哮した。
身体を低くし、再び突進の構えを取る。
「来るよ!」
ミレアが叫ぶ。
俺たちは互いの位置を確認し、ボスの進路から外れるように動いた。
突進を避けた直後、ボスは壁際で体勢を崩した。
これまでの戦闘で、脚にも傷が増えている。動きがわずかに鈍くなっていた。
頭上のHPバーも気が付けば大分減ってきている。体力こそボスに相応しいものがあるが、動きは単調で集中していれば十分対処できる相手でもある。
「今ならいける!」
ミレアが駆け出す。
俺も続いた。
ボスが腕を振り上げるより早く、ミレアの剣が脚を斬りつける。体勢が崩れたところへ、俺の斬撃が胴体に深く入った。
コハクの雷撃が、続けて命中する。
ボスが大きくよろめいた。
「もう一回!」
俺たちは攻撃の手を緩めなかった。
ミレアが剣を振るい、俺が隙を作り、コハクが魔法で援護する。
残るHPもごく僅か……
そして最後に、俺の一撃がボスの身体を捉えた。
巨体がぐらりと揺れる。
低い唸り声を残し、ボスは地面へと倒れ込んだ。
しばらくして、その身体が淡い光に包まれる。
やがて光が消えたあとには、いくつかの硬貨と素材、そして一本のスクロールが残されていた。
「……倒した?」
ミレアが、呆然とした声で尋ねた。
「倒したみたいだね」
「ほんまに? うちら、ボスを倒したん?」
コハクも信じられないといった様子で、倒れていた場所を見つめていた。
俺は剣を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。
勝った。
誰も大きな怪我をすることなく、三人でボスを討伐できたのだ。
「やったあああっ!」
ミレアが両手を上げて喜んだ。
「よっしゃあ! うちら、やったで!」
コハクも飛び跳ねるように喜ぶ。
俺も自然と笑顔になった。
これまでの探索で積み重ねてきた経験が、ちゃんと結果につながった。
新しい職業になってからの成長も実感できたし、三人で協力する戦い方も身についてきた。
何より、誰も無茶をせずに勝てたことが嬉しい。
冒険を楽しむためには、生きて帰ることが大前提なのだから。
◇
戦闘が終わったあと、俺たちは周囲の安全を確認してから、ドロップした品を調べた。
硬貨は、ボスの討伐報酬としては十分な額だった。
素材も、村で買い取ってもらえそうなものがいくつかある。
そして、残されたスクロール。
「これ、スキルスクロールやんな?」
コハクが目を輝かせた。
「そうみたいだね」
俺はスクロールを拾い上げ、慎重に確認した。
魔物からスクロールがドロップすること自体は、これまでにも経験している。けれど、ボスから手に入るスクロールには、また感慨深いものがある。
ボスと呼ばれるような強力な魔物は、スキルスクロールを落としやすい。
村の人たちから聞いていた話だ。
ダンジョンのボスは一度倒すとしばらくの間復活しないが、それでも普通の魔物を倒すよりは、スキルスクロールを手に入れやすいともいえる。
もちろん、何のスキルが手に入るかは別の話だが。
「何のスキルやろな?」
「村に戻って鑑定してもらおう。ここで使えるものかどうかも、まだわからないし」
「せやな。楽しみは帰ってからや!」
コハクは納得したように頷いた。
俺たちは素材と報酬を回収し、来た道を引き返した。
帰り道も油断はしない。ボスを倒したからといって、ダンジョンの中が完全に安全になったわけではないからだ。
それでも、足取りは軽かった。
村を出る前にやり残したことを、一つ成し遂げたのだから。
◇
村へ戻ると、俺たちはまず村長にボス討伐の報告をした。
「そうか……ついに、あのダンジョンのボスを倒したのか」
村長は驚いたように目を見開き、それから安堵したように笑った。
「三人とも、よく頑張ったな。怪我はないか?」
「大丈夫です!」
ミレアが元気よく答える。
「無理はせず、ちゃんと協力して戦いました」
「そうか。それならよかった」
村長は娘の頭を軽く撫で、それから俺とコハクにも労いの言葉をかけてくれた。
俺たちは報告を済ませ、手に入れた素材や硬貨を整理したあと、鑑定をしてくれる店へ向かった。
スクロールの鑑定結果は、すぐに出た。
――武技・受け身。
転倒や吹き飛ばしを受けた際、身体への衝撃を軽減し、体勢を立て直しやすくする技術らしい。
攻撃スキルではない。けれど、戦闘中に転ばされたり、敵の攻撃で吹き飛ばされたりしたときに役立つ、生存性を高めるスキルだ。
「おお、これええやん!」
コハクが感心したように声を上げた。
「ボス戦みたいな相手やと、吹き飛ばされることもあるもんな」
「うん。強い敵と戦うなら、攻撃する力だけじゃなくて、危険な状況から立て直す力も必要だね」
俺はスクロールの説明を読み返した。
魔法剣士になったことで、これからは魔法も習得していく予定だ。攻撃手段を増やすことは大切だが、それだけでは長く冒険を続けられない。
こういう防御や回避に役立つスキルも、積極的に集めていきたいところだった。
「このスキル、誰が使う?」
ミレアが尋ねる。
俺たちは顔を見合わせた。
剣士で前衛を務める彼女にも向いているし、魔法剣士として敵に接近する俺にも役立つ。コハクも後衛だからといって、吹き飛ばされる危険がないわけではない。
「三人とも覚えられるなら、それが一番だけど……」
「せやけど、スクロールは一本だけやな」
コハクが言った。
「なら、今回は一番必要な人が使おう。ほかの二人も、今後手に入ったら覚えればいい」
俺たちは少し話し合った末、今回は前衛で戦うミレアが使うことにした。
彼女はスクロールを受け取ると、嬉しそうに笑った。
「ありがとう! これで、もっと安全に戦えるようになるね!」
「うん。実戦で練習して、使いこなせるようにしよう」
「もちろん!」
こうして、俺たちはボス討伐の報酬から、新しいスキルを一つ手に入れた。
◇
その日の夕方、俺たちは村の広場に集まっていた。
ボスを倒した達成感は、まだ身体の中に残っている。
これまでの探索を振り返れば、最初は灰牙ネズミ一匹を倒すだけでも苦労していた。
装備を整え、戦い方を覚え、少しずつ奥へ進んだ。
ときには失敗し、ときには危険な場面にも遭遇した。
けれど、俺たちはそのたびに学び、成長してきた。
そして今、三人でボスを倒せるまでになった。
「なんか、感慨深いね」
ミレアが空を見上げながら言った。
「最初にダンジョンへ行ったときは、こんな日が来るなんて思わなかったよ」
「せやなあ。うちなんか、最初は一人で素材を集めに行こうとしとったんやで?」
「それは、今考えると危なかったね」
「わかっとるって! もう一人で無茶したりせえへんよ!」
コハクは頬を膨らませた。
俺たちは顔を見合わせ、笑った。
「そういえば、これからどうする?」
ミレアが尋ねる。
「村を出る準備を進めようと思う。必要なものを揃えて、装備ももう一度確認しておきたい」
「うちは、錬金術の道具を買い足したいな。せっかく錬金術師になれたんやし、もっといろんな薬や道具を作れるようになりたい!」
「じゃあ、明日は買い物と準備だね」
これから先、どんな場所へ行くことになるのかはわからない。
新しい街、新しいダンジョン、今まで見たこともない魔物。そして、まだ知らない職業やスキル。
考えるだけで、胸が躍る。
もちろん、危険も増えるだろう。
だからこそ、準備を怠らず、無理をせず、一つずつ経験を積み重ねていく。
長く冒険を楽しむために。
「よし、それじゃあ……」
俺は二人を見た。
「村での最後の冒険、大成功ってことで!」
「大成功!」
ミレアが笑顔で応える。
「大成功や! いやあ、ほんまに楽しかったなあ!」
コハクも大きく頷いた。
三人の笑い声が、夕暮れの広場に響く。
村で始まった俺たちの冒険は、ここで一つの区切りを迎えた。
けれど、終わりではない。
むしろ、これからが本番だ。
俺たちは顔を見合わせ、もう一度笑った。
明日からの旅が、楽しみで仕方なかった。




