第18話 優しい変人ーコハク視点ー
うちには夢がある。
錬金術師になること。
薬を作り、道具を作り、まだ誰も見たことのないようなものを生み出す。そんな錬金術師に、ずっと憧れとった。
せやから、レベル十五になったときは、ほんまに楽しみやった。
教会で転職すれば、条件を満たした職業が選べる。うちも、そこで錬金術師になれるはずやと思っとった。
……ところが。
「錬金術師が、ない……?」
何度確認しても、職業一覧にその名前はなかった。
代わりに選べたのは商人。ほかにも候補はあったけれど、錬金術師がない以上、いつまでも迷っとるわけにはいかへん。
結局、うちは商人になった。
けど、夢を諦めたわけやない。
錬金術師になれなかった理由がわからへんのなら、調べればええ。素材が足りないのか、知識が足りないのか、それとも何か特別な経験が必要なのか。
わからへんことだらけやったけど、何もせずに諦めるなんてできへんかった。
……ただ、仲間には呆れられた。
錬金術師になれなかったうちに付き合っていても意味がない。そう考えたんやろう。
気がつけば、一緒に冒険しとった仲間たちは、うちを置いていってしもうた。
寂しくなかった、と言えば嘘になる。
それでも、夢を諦める理由にはならへん。
素材を集めるなら、ダンジョンに行く必要がある。
危険なのはわかっとった。せやけど、いつまでも村におっても、何も変わらへん。
そう考えて、初心者用のダンジョンがある村に訪れて、冒険の準備をしとったときや。
「どうしたの? 迷子?」
声をかけられた。
振り向くと、少し年下くらいの少年が立っとった。
……いや、うちは小人族やから、見た目だけなら子供に間違われることも珍しくない。せやけど、いきなり迷子扱いはどうなんや。
「迷子ちゃうわ!」
「あ、ごめん。そうだったんだ」
少年は素直に謝った。
妙にあっさりしとる。
普通なら、もう少し言い訳したり、気まずそうにしたりするもんやと思うんやけど。
「それで、何か困ってることでもあるの?」
「……なんでそう思うん?」
「一人でダンジョンに行こうとしているように見えたから。準備が足りないとか、何か事情があるのかなって」
なるほど。ちゃんと理由があったわけや。
うちは少し考えてから、事情を話すことにした。
錬金術師になりたいこと。けれど、転職のときに選べなかったこと。その条件を探すために、ダンジョンで素材を集めたいこと。
普通なら、笑われるかもしれへん。
あるいは、そんなことをしても無駄やと言われるかもしれへん。
けど、少年は最後まで黙って聞いとった。
「なるほど。条件がわからないなら、いろいろ試してみるしかないね」
「……笑わへんの?」
「どうして?」
「いや、錬金術師になれへんかったのに、まだ諦めてへんのやで?」
「なりたいものがあるなら、簡単には諦められないと思うけど」
あまりにも自然に言うもんやから、うちは返事に困ってしもうた。
この少年は、うちの夢を馬鹿にせえへんらしい。
「ただ、一人でダンジョンに入るのは危ないよ」
「せやな。でも挑むって決めとんのや。心配なら一緒に来てくれへんか?」
「一緒に?」
「せや、……頼む!!うちと一緒にダンジョンに行ってくれへんか!!」
だから、ダンジョンへの同行をお願いすることとした。お人好しそうな少年だったし、一人では危険なのは分かり切っておったからな。
少年は直ぐに了承してくれたわけではなあらへん。一緒にパーティーを組んでいる幼馴染にも相談せなあかんらしいし、二人の都合もあるからな。
それでも、話を聞いてもらえるだけで気持ちが少し軽くなった。
錬金術師になれなくて運に見放されていた気がけど、またチャンスはあるかもしれへん。
◇
少年の幼馴染は、うちの事情を聞くと、あっさり協力を引き受けてくれた。
「困ってるなら手伝うよ。それに、錬金術師ってどんなことができるのか、あたしも興味あるし!」
明るくて、気持ちのええ子やった。
ただし、条件は少年と同じ。
危険なことはしない。二人の指示に従う。危なくなったらすぐに帰る。
うちとしても、断る理由はない。
こうして、三人で錬金術師になる条件を探すことになった。
まずは薬草集め。
品質のよさそうなものと、傷んだものを分ける。乾燥させたり、細かく刻んだり、すり潰したり、水に浸したり。
思いつく限りの加工を試してみた。
普通の傷薬も作った。
薬草の組み合わせを変えたり、分量を調整したりもした。
けれど、職業の条件が満たされたような変化はなかった。
次はダンジョンの素材。
灰牙ネズミの毛皮や牙、道中で見つけた植物、鉱物の欠片。使えそうなものを集めて、加工して、薬草と組み合わせてみる。
それでも、はっきりした成果は出えへんかった。
もちろん、無駄ばかりやったわけやない。
素材を集めれば多少は収入になるし、こうした活動にどれかが条件を満たしたのであれば、転職することができるようになるかもしれへん。こうして二人と一緒にダンジョンを歩くことにも、だんだん慣れることもや。
せやけど、漠然とした不安はぬぐい切れへん。
錬金術師になるために何が足りへんのか。それだけでもわかれば、次に何をすればええのか見えてくるはずやのに。
そんなことを考えながら、作ったばかりの傷薬を眺めとったときやった。
「ねえ、一つ試してみてもいい?」
少年が言った。
「何を?」
「そのポーション、魔物に投げてみるのはどうかな?」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのかわからへんかった。
ポーションを、魔物に?
「いやいや、ちょお待ち! なんでそうなるん?」
「確か、昔どこかで、薬を投げつけて戦う錬金術師がいたような気がするんだ。詳しくは知らないけど、そういう使い方ができるなら、錬金術師の条件に関係があるかもしれない」
薬を投げて戦う錬金術師? そんな人聞いたことあらへんよ? でも嘘をついてる気配なないから本当なのやろか……
反論するも、可能性があるならやっておくべきだと正論を言われてしまい。試してみることに、でも言いたいことはわかる。
わかるけど、普通そんなことを思いつくか?
ポーションは飲むもんや。魔物に投げつけて効果を確かめるなんて、少なくとも、うちは聞いたことがない。
隣にいた幼馴染の子も、呆れた顔をしとった。
「それ、本気で言ってる?」
「でも思いつくことは何でも試してみるべきでしょ」
少年は真面目やった。
冗談を言っとる様子はない。
つまり、この少年は思いつきで口にしたわけやない。
本気で、ポーションを魔物に投げつけるつもりなんや。
「……あんた、変わっとるなあ」
思わず、そう口にしていた。
「そうかな?」
少年は不思議そうに首を傾げた。
自覚がないんかい!
いや、まあ、試すだけなら損はないんやけど、普通は試そうとは思わへんで。やっぱり変わっとるわ。
変わっとるけど、……悪い人やない。
むしろ、うちが思いつかんことを考えてくれるのは、ありがたいことなのかもしれへん。
「……わかった。ただし、危ないと思ったらすぐやめるで!」
「もちろん」
少年は真剣な顔で頷いた。
その真面目さが、またおかしい。
うちは、とうとう吹き出してしもうた。
なんやろ、この人。
優しい。慎重。頼りになる。
それでいて、やっぱりちょっと変や。
うちが出会った、初めての種類の人間やった。
◇
結局、ポーションを魔物に投げつける実験が、錬金術師になる条件に関係したかは分からへん。
それでも、思いつけることで試せることは試した。
作った薬の性質を確かめ、素材の扱い方を学び、教会にも相談した。
教会の神官も、錬金術師になるための条件をすべて把握しているわけではなかった。特殊な職業は、人によって選択できる条件が違うこともあるらしい。
つまり、結局は自分で探すしかない。
けれど、今のうちには一緒に探してくれる仲間がいる。
それだけでも、以前とは大違いやった。
そんなある日、少年がレベル十五に到達した。
「やった! これで転職できるね!」
幼馴染の子が、自分のことのように喜んどった。
少年も嬉しそうやったけど、すぐに教会へ行こうとはせえへんかった。
転職先をよく考えてから決めたいらしい。
慎重なところは、最初に会ったときから変わらへん。
うちも錬金術師になる方法を探し続けたかったし、三人で教会へ行くことになった。
そして、運命の日が来た。
◇
教会の石板に手を置くと、転職可能な職業の一覧が表示された。
少年は魔法剣士に。
幼馴染の子は剣士に。
二人とも、目指しとった職業を選ぶことができた。
そして、最後はうちも……
以前、レベル十五になったときには、錬金術師は表示されへんかった。
今回も駄目かもしれへん。
それでも、確かめずにはいられなかった。
うちは石板に手を置いた。
表示された一覧を見て――。
「……え?」
思わず、声が漏れた。
ある。
そこに、錬金術師の文字があった。
「出た……」
「何が?」
幼馴染の子が、心配そうに尋ねる。
「錬金術師や!」
気づけば、叫んどった。
「ほんまに出たんか?」
少年も驚いた顔で、うちの表示を確認した。
「うん、確かに錬金術師が選べるね」
「やったやん! おめでとう!」
幼馴染の子が、うちの手を取って喜んでくれた。
嬉しかった。
ほんまに、嬉しかった。
ずっと目指しとった職業や。仲間に見限られても、一人で探そうとしても、諦められへんかった夢。
それが今、目の前にある。
なんで今回は選べるようになったのか。
あの実験が関係しとるんやろか。それとも、ほかに条件があったんやろか。
考えたところで、答えはわからへん。
でも、今はそんなことよりも。
「うち、錬金術師になれるんやな……!」
震える指で、錬金術師を選んだ。
――職業が変更されました。
その表示を見た瞬間、胸の奥から、いろんな気持ちが込み上げてきた。
嬉しさも、安心も、今までの苦労も。
全部ひっくるめて、ようやく一歩進めたんやと思った。
「……ありがとう。二人のおかげや」
「ううん。最後まで頑張ったのは、あなた自身でしょ?」
幼馴染の子が笑う。
少年も頷いた。
「これからも、いろいろ試していこう。錬金術師になったなら、できることも増えるはずだから」
その言葉を聞いて、うちは笑った。
やっぱり、この人は変わっとる。
けど、出会ったときから、ずっと変わらへん。
うちの夢を笑わず、無理をしない範囲で手伝ってくれる。
そのうえ、ときどき普通では思いつかへんようなことを、真面目な顔で提案してくる。
優しい変人。
今では、そう呼ぶのが一番しっくりくる。
◇
教会を出たあと、うちは少年が欲しがっていたものを渡した。
「ほな、これ。欲しがってた魔法のスキルスクロールや」
「本当にいいの?」
「ええって。夢だった錬金術師になれたらそのお礼や」
少年は、ずっと欲しがっとった魔法スキルのスクロールを、大切そうに受け取った。
以前、店で値段を聞いたときには、八銀貨もすると知って諦めかけたらしい。
それを聞いたとき、うちは渡してよかったと思った。
これで、少しは恩返しができたやろうか。
「ありがとう。大切に使うよ」
「うん。ちゃんと役立ててな!」
これから、うちは錬金術師として勉強を続ける。
ポーションだけやなく、いろんな薬や道具を作れるようになりたい。そのために、錬金術に関係するスクロールも集めたいし、素材の知識も増やしていきたい。
やりたいことは、山ほどある。
「それでな、これからも一緒に冒険させてほしいんやけど」
「もちろん。錬金術師が仲間になってくれるのは助かるよ!」
「やった!」
「ただし、危ないことはなし。無茶もしない。そこは今までどおりだからね!」
幼馴染の子が、念を押すように言った。
「わかっとるって!」
元気よく返事をしたものの、二人の視線がちょっと疑わしげやった。
……まあ、これまでの実験を考えたら、そうなるのも仕方ないかもしれへん。
うちだって、これからはもっと慎重にせなあかん。
けど、慎重になることと、いろんな可能性を試すことは、両立できるはずや。
そのことを、あの優しい変人が教えてくれた。
これからは、一人やない。
一緒に冒険してくれる仲間がおる。
錬金術師として学びたいことも、行ってみたい場所も、集めたい素材も、まだまだたくさんある。
きっと、これからもあの少年は、うちが思いつかへんようなことを言い出すんやろう。
そのたびに驚いて、呆れて、ときどき笑ってしまうに違いない。
でも、それも悪くない。
「ほな、明日からも頑張ろうな!」
うちが言うと、二人は笑って頷いた。
優しい変人と、頼りになるその幼馴染。
そんな二人と一緒なら、きっと面白い冒険ができる。
うちは新しい職業の名を、胸の中でもう一度唱えた。
錬金術師。
ようやく手に入れた夢の始まりや。
これから、どんなものを作れるようになるんやろう。
考えるだけで、胸がわくわくしてくる。
――さあ、次はどんな実験をしようか。




