第15話 新たな仲間? 自称錬金術師からの依頼ーレオン視点ー
レベル十五まで、あと少し。
そう実感できるようになってから、僕はダンジョン探索の合間に、転職についての情報を集めていた。
目指しているのは、剣と魔法を両方使える前衛職だ。
せっかく異世界に来たのだから、剣一本で戦うだけではなく、魔法も使ってみたい。状況に応じて戦い方を変えられる職業なら、冒険の幅も広がるだろう。
ただ、転職条件については、まだ分からないことが多い。
魔法スキルのスクロールは銀貨八枚もする。今の俺にとって、簡単に買える金額ではない。教会で聞ける情報にも限りがあり、結局は自分で条件を探るしかなさそうだった。
そんなことを考えながら、僕は村の商店が並ぶ通りを歩いていた。
消耗品の値段を確認し、余裕があれば包帯を買い足すつもりだったのだが――。
「……うーん、どないしよ」
不意に、困ったような声が聞こえた。
視線を向けると、店先から少し離れた場所に、小さな女の子が立っていた。
背丈は俺よりずっと低く、見た目だけなら十歳くらいに見える。明るい色の髪を短くまとめ、少し大きめの鞄を肩から提げていた。
少女は店の看板と手元の紙を交互に見比べ、何度も首を傾げている。
この村では見かけない顔だ。
迷子か、商人の子供だろうか。
少し迷ったが、困っているなら声をかけたほうがいい。
「あの、どうかしたの?」
「ん?」
少女が振り返り、大きな瞳で僕を見上げた。
「道に迷ったとか?」
「はあ? なんでやねん」
即座に返され、僕は目を瞬いた。
「いや、困っているように見えたから」
「そら困っとるよ。めっちゃ困っとる。せやけど、道に迷ったわけやないねん」
少女は腰に手を当て、頬を膨らませた。
「うちは迷子やなくて、立派な錬金術師や!」
「錬金術師?」
「せや!」
少女は胸を張った。
「……自称?」
「そこ、疑問形にせんといてくれる\!?」
どうやら、迷子ではないらしい。
少なくとも、本人はそう主張している。
◇
「それで、錬金術師さんは何に困っているの?」
「うっ……」
少女は急に口ごもった。
さっきまでの勢いが嘘のように、目を泳がせる。
「……実はな。ちょっと、材料が足りへんねん」
「材料?」
「錬金術に使う材料や。初心者向けのダンジョンにある素材を集めたいんやけど……」
少女は俺の腰にある剣へ視線を向けた。
「兄ちゃん、冒険者見習いか?」
「まあ、そんなところかな。まだ正式な冒険者じゃないけど」
「剣も持っとるし、そこそこ戦えるんやろ?」
「一応、ダンジョンには通っているよ」
「ほな、ちょうどええ!」
少女の顔が明るくなった。
嫌な予感がする。
「兄ちゃん、うちと一緒にダンジョンへ行かへん?」
「……どうして?」
「素材集めを手伝ってほしいねん!」
あまりにも直球だった。
初対面の相手に、いきなりダンジョンへの同行を頼むとは。
「君、一人で行くつもりだったの?」
「……そのつもりやったけど」
「危なくない?」
「それは……まあ、危ないけど」
少女は目を逸らした。
危険を理解したうえで、無茶をしようとしているらしい。
初心者向けとはいえ、ダンジョンには魔物が出る。戦闘に慣れていない人が一人で入れば、取り返しのつかない事態になる可能性もある。
僕だって、最初はミレアと二人で慎重に探索を始めた。
「悪いけど、素材集めが目的なら、村の人に相談したほうがいいんじゃないかな。危険を冒してまで、一人で行く必要はないと思うよ」
「それができたら苦労せえへんねん!」
少女が叫んだ。
通りを歩いていた人々が振り返り、少女は慌てて声を潜める。
「……実はな。うち、仲間に見捨てられてもうてん」
「仲間に?」
「せや」
少女の表情から、さっきまでの明るさが消えた。
◇
話を聞くと、少女は小人族という種族らしい。
見た目は幼いが、年齢は僕より上だという。
「こう見えても、ちゃんと大人やからな。子供扱いしたらあかんで」
「分かった。気をつけるよ」
「……ほんまに分かっとるんかなあ」
少女は疑わしそうに僕を見た。
失礼な。俺は初対面の相手を見た目だけで判断するような人間ではない。
……さっき迷子だと思ったことは、忘れてほしい。
少女は以前、何人かの仲間と旅をしていた。
目標は錬金術師になること。
この世界では、レベル十五に達すると教会で転職できる。一般的な職業のほか、条件を満たしていれば特殊な職業が選択肢に現れることもある。
少女も、その特殊職業の一つである錬金術師を目指していた。
ところが、転職の際に表示された選択肢の中に、錬金術師はなかった。
代わりに選んだのが、商人という職業だったらしい。
「商人になったこと自体は、悪いことやないねん。商売の知識も身につくし、物の価値も分かる。道具を扱うんにも便利や」
少女は自分に言い聞かせるように続けた。
「せやけど、うちは錬金術師になりたかったんや。仲間も、うちが錬金術師になれるんやったらって期待してくれとった」
「それで、なれなかったから……?」
「見限られてもうた」
少女は唇を噛んだ。
「役に立たへん商人を連れて歩く余裕はない、やて。今まで一緒に旅してきたんに、あっさりや」
怒りよりも、悔しさが滲んでいる。
仲間たちにも事情はあったのかもしれない。だが、目の前の少女が傷ついていることは確かだった。
「それで、錬金術師になる方法を探しているんだね」
「せや。諦めるんはまだ早い。転職条件を満たせば、次の機会に錬金術師になれるかもしれへん」
「次の機会?」
「詳しいことはまだ分からへん。でも、錬金術師になるために必要な材料や、特殊な魔物から手に入る素材があるかもしれへんやろ? それを調べるんや」
なるほど。
転職条件が不明なら、可能性のありそうな条件を一つずつ試すしかない。
考え方そのものは、俺にも理解できた。
ただし、気になる点がある。
「それで、初心者向けダンジョンに素材を探しに行こうとしていたの?」
「せや。錬金術に使えそうな素材があるって聞いてな」
「その情報は確かなの?」
「……半分くらいは」
「半分?」
「素材があるんは確かやと思う。でも、うちの目的に使えるかどうかは、実際に調べてみんと分からへん」
僕は思わず額を押さえた。
情報が曖昧なうえに、一人でダンジョンへ潜ろうとしていたのか。
無謀にもほどがある。
とはいえ、少女が必死なのも伝わってきた。
錬金術師になる夢を諦めたくない。仲間に見捨てられたまま終わりたくない。
その気持ちが、危険を承知で行動しようとする理由なのだろう。
◇
「……頼む! うちと一緒にダンジョンへ行ってくれへんか!」
少女は深々と頭を下げた。
「報酬はちゃんと払う。今はあんまり持ち合わせがないけど、素材が手に入ったら、その分から払うから!」
「それだと、俺が君の護衛をするだけにならない?」
「うっ……」
「それに、俺にも一緒に探索している仲間がいるんだ。勝手に別の人を連れていくわけにはいかないよ」
「仲間……?」
「幼馴染と二人で探索しているんだ。基本的には二人で行動する約束だから」
少女は一瞬、肩を落とした。
だが、すぐに顔を上げる。
「ほな、その子にも頼んだらええやん!」
「そんな簡単には……」
「頼む! ほんまに、これが最後の望みなんや!」
必死な顔だった。
正直、困ってしまう。
俺にも目標がある。レベル十五に向けて経験を積みたいし、転職についての情報も集めたい。魔法スキルのスクロールを買うためのお金も必要だ。
初対面の相手に付き合い、予定外の探索をする余裕があるかといえば、微妙なところだった。
しかし、少女の話には気になる点もある。
錬金術師という特殊職業。
転職条件を満たすための素材集め。
それが本当に条件に関係しているなら、俺にとっても有益な情報になるかもしれない。
特殊職業の条件は、普通に生活しているだけでは知る機会が少ない。書物にだって、曖昧な記載しかないのだから。
だから、少女が錬金術師になるために調べてきたことの中には、僕の転職にも役立つ知識がある可能性がある。
もちろん、本人の推測が正しいとは限らない。
だからこそ、実際に話を聞き、どんな素材を探しているのか確かめる価値はあるだろう。
問題は危険性だ。
少女は商人の職業だと言っていた。
商人だから戦えないと決まったわけではない。だが、商人は商品の仕入れや交渉、鑑定などに向いた職業で、戦闘能力を伸ばす職業ではない。
しかも、少女は小人族だ。
小人族は体格や身体能力の面で、ヒューマンより戦闘に不向きだと言われている。もちろん、鍛錬や装備次第で戦える者もいるが、少なくとも前衛として魔物と戦うには不利が多い。
つまり、少女は種族と職業、その両方が戦闘向きではなかった。
以前の仲間たちが彼女を見捨てた理由も、そこにあるのだろう。
錬金術師になれると思っていたからこそ、素材の調達や道具の作成を期待されていた。だが、実際には商人になり、戦闘にも向かない。
仲間たちからすれば、危険なダンジョンへ連れていくには負担が大きいと判断したのかもしれない。
それでも、長く一緒に旅をしてきた仲間を、職業が違っただけで切り捨てるのは冷たい話だ。
そんな相手を連れていくなら、いつも以上に慎重な計画が必要になる。
俺一人で判断するのも違う。
「……一つ、条件がある」
「なんや\!?」
「僕の仲間にも話を通す。それから、探している素材と、ダンジョンに入る目的を詳しく聞かせてほしい。危険だと判断したら、その日は引き返す。それでいい?」
少女は目を見開いた。
やがて、ぱっと笑顔になる。
「もちろんや! それでええ! ほんまにありがとうな!」
勢いよく頭を下げられ、僕は少し戸惑った。
「まだ、一緒に行くと決めたわけじゃないよ。仲間に相談してからだからね」
「分かっとる、分かっとる! 兄ちゃん、見た目どおり優しいなあ!」
「見た目どおりって……」
僕は苦笑した。
どうやら、この少女は人を見る目に自信があるらしい。
その判断が正しいかどうかは、これから分かることだ。
◇
「それで、錬金術師さん。名前は?」
「……あ」
少女は、ぽんと手を打った。
「名乗るん忘れとったわ!」
忘れていたのか。
「うちは小人族の――」
少女はそこで言葉を切り、妙に格好をつけて胸を張った。
「未来の大錬金術師や!」
「いや、名前を聞いたんだけど……」
「……あっ」
しばらく沈黙が流れた。
やがて少女は、気まずそうに頬を掻く。
「すまん。ちょっと格好つけたかったんや」
「そうなんだ……」
なんだか、調子の狂う相手だ。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
必死で、少し見栄っ張りで、思い込みが激しいところもありそうだ。それでも、自分の夢を諦めたくないという気持ちは伝わってくる。
僕も、まだ転職先すら決まっていない。
夢を叶えるために試行錯誤する人を、簡単に笑う気にはなれなかった。
「とにかく、詳しい話はあとで聞くよ。僕の仲間にも相談してみる」
「おおきに! ほんま、助かるわ!」
少女は何度も頭を下げた。
僕は彼女と別れ、ミレアのもとへ向かった。
予定外の出会いだった。
ただの迷子かと思って声をかけた相手が、まさか特殊職業を目指す商人だったとは。
錬金術師になるための条件。
特殊職業の転職条件。
そして、彼女が探しているダンジョンの素材。
どれも気になる話だ。
もっとも、彼女の情報がどこまで正しいかは、まだ分からない。
まずは情報を整理し、危険性を確かめる必要がある。
冒険は、準備をしている時間も楽しい。
今回の出会いが、僕の転職に何かしらの手がかりをもたらしてくれるなら、悪い話ではないだろう。
……ただし。
あの勢いのまま話を進められると、こちらのペースが乱されそうなのが、少しだけ心配だった。




