第13話 緊急依頼、村の仲間を探せ
# 第十四話 緊急依頼、村の仲間を探せ
村長からスクロールをもらって数日後。
俺たちはいつものように初心者ダンジョンでの探索を終え、村へ戻ってきた。
ミレアが新しく習得した『武技・受け流し』は、まだ練習中だ。実戦で使いこなすには、相手の攻撃を見極め、剣を動かすタイミングを身につける必要がある。
それでも、以前より戦い方の選択肢が増えたのは間違いない。
二人で協力すれば、以前より安定して魔物を倒せるようになっていた。
俺たちの活動は、村の中でも少しずつ知られるようになっていたらしい。
「今日もお疲れさま!」
「お疲れさま。今日は素材もそれなりに集まったね」
「うん! 新しい狩場も、もう少しで見つかりそうだし!」
そんな話をしながら広場を歩いていると、村長の家の方から、数人の大人が慌ただしく出てくるのが見えた。
その中には、村の自警団の人たちもいる。
何かあったのだろうか。
俺たちが足を止めると、こちらに気づいた村長が駆け寄ってきた。
「二人とも、ちょうどよかった!」
「村長? 何かあったんですか?」
村長は険しい顔でうなずいた。
「村の子供が一人、戻っていないんだ」
「えっ……?」
ミレアの表情が変わった。
「誰が?」
「お前たちと同じくらいの年の少年だ。昼過ぎに家を出たらしいが、まだ帰っていない。家族の話では、ダンジョンへ向かった可能性が高いそうだ」
胸の奥が冷たくなった。
俺たちが通っているダンジョンは、名前こそ初心者向けだが、安全が保証されているわけではない。入り口付近に出る灰牙ネズミなら、慣れれば対処できる。けれど、奥へ進めば、より強い魔物に遭遇する危険がある。
怪我をしたり、道に迷ったりすれば、帰ることすら難しくなる。
「一人で行ったんですか?」
「ああ。どうやら、お前たちの活動を見て、自分も魔物を倒せると思ったらしい」
村長の言葉に、俺は顔をしかめた。
俺たちは二人で行動し、準備もしている。危険な相手からは逃げると決め、少しずつ探索範囲を広げてきた。
それを見て、簡単に真似できると思われたのなら困る。
「自警団がすぐに捜索を始める。二人にも手伝ってほしい」
「もちろんです!」
ミレアは即座に答えた。
「私たちも探します。あの子がどこへ行きそうか、考えられるかもしれません」
俺も強くうなずいた。
「分かりました。俺たちが普段探索している場所や、通りそうな道なら案内できます」
「助かる。詳しい話は、家族から聞いてくれ。時間が惜しい」
こうして、俺たちは急遽、少年の捜索に加わることになった。
*
少年のことは、俺も良く知っている。
俺たちと同年代で、幼い頃から一緒に遊んだこともある。特にミレアとは、同じ年頃の子供たちの中でも話す機会が多かった。
ただ、最近は少し様子が違っていた。
俺たちがダンジョンへ通うようになってから、少年はミレアに話しかけることが増えていた。狩りの成果を聞いたり、新しい武器を見せてほしいと頼んだりしていた。
俺は、冒険者に興味があるのだろうと思っていた。
実際、そういう気持ちもあったのだろう。
けれど、彼がミレアに向ける視線には、もう少し別の感情も混じっていた。
本人はもちろん、ミレアも俺も、それには気づいていなかった。
「すまないね。あの子、最近はお前たちの話ばかりしていたんだ」
少年の母親は、不安そうに手を握りしめていた。
「特に、そちらのお嬢さんが頑張っていると聞くと、自分も負けていられないって……」
「そんなことが……」
ミレアは困ったように眉を下げた。
「でも、一人でダンジョンに行くなんて。危ないのに……」
「普段、何か冒険者の話をしていませんでしたか?」
俺が尋ねると、母親は少し考え込んだ。
「そういえば、武器のことを聞かれたわ。どんな剣がいいのかとか、魔物を倒すにはどれくらい力が必要なのかとか……。でも、まさか本当に一人で行くなんて」
その言葉を聞き、俺は嫌な予感を覚えた。
少年は、俺たちが使っているような武器を持っているのだろうか。防具は? 回復用の道具は? ダンジョンでの戦闘経験は?
何も分からない。
もし十分な準備もせずに入ったのなら、入り口付近でさえ危険だ。
「分かりました。俺たちが探します。必ず見つけて、連れて帰ります」
そう言うと、母親は何度も頭を下げた。
俺たちは少年の家を出て、自警団の集合場所へ向かった。
*
自警団は、すでに捜索の準備を進めていた。
村長を中心に、数人ずつの班に分かれてダンジョンへ向かう手はずが整えられている。
「まずは、ダンジョンの入り口周辺と、そこへ続く森の道を調べる。見つからなければ、探索範囲を広げる」
自警団の隊長が地図を広げて説明した。
「ただし、捜索する者が遭難しては意味がない。ダンジョンの奥へ入る班は、必ず複数人で行動し、危険を感じたらすぐに戻れ」
当然の指示だ。
行方不明者を探すために、さらに行方不明者を増やすわけにはいかない。
俺は地図を見ながら、普段の探索ルートを思い浮かべた。
俺たちが使っている狩場は、入り口から少し進んだ先にある。そこへ至る道は比較的分かりやすいが、途中にはいくつかの分岐がある。
もし少年が俺たちの後を追うつもりだったなら、俺たちが通った道を選んだ可能性が高い。
あるいは、俺たちが以前探索した場所を知っていて、その先へ進もうとしたのかもしれない。
「俺たちは、いつもの狩場までの道を確認します。そこから先は、あの子が通りそうな分岐を調べたいです」
「分かった。お前たちはダンジョンに慣れているからな。ただし、見つけても無理に連れ戻そうとせず、まず自警団へ知らせてくれ」
「はい」
班分けが終わり、俺たちは自警団の人たち数名とともにダンジョンへ向かった。
ミレアはいつになく口数が少なかった。
「大丈夫だよ。まだ、何かあったと決まったわけじゃない」
俺が声をかけると、彼女は小さくうなずいた。
「うん……。でも、もし怪我をしていたらって思うと」
「だから、急いで見つけよう。あの子が行きそうな場所を、順番に確認すればいい」
「そうだね」
彼女は顔を上げた。
「絶対に見つけよう」
その声には、強い決意がこもっていた。
*
ダンジョンの入り口に着くと、俺たちは慎重に周囲を調べ始めた。
森の道には、何人もの足跡が残っている。普段からダンジョンへ通う村人のものも混じっているため、それだけで少年の足跡を特定するのは難しかった。
それでも、入り口付近に新しい足跡が続いているのを見つけた。
「この足跡、まだ新しいですね」
自警団の一人がしゃがみ込み、地面を確かめる。
「ほかの足跡と混じっているが、こっちへ向かった可能性はある」
「中へ入ったのか……」
俺はダンジョンの暗い入り口を見つめた。
普段なら、冒険への期待が胸を膨らませる場所だ。けれど、今は違う。
奥にいるかもしれない少年のことを考えると、緊張で手に力が入った。
俺たちは松明を準備し、慎重に中へ進んだ。
最初に確認したのは、入り口から近い通路だ。魔物の気配に注意しながら、分岐ごとに少年が通った形跡がないか調べていく。
「おーい! いるなら返事をして!」
ミレアが何度も呼びかける。
返事はない。
灰牙ネズミが通路の奥を走り抜けるたびに、自警団の人たちが警戒して武器を構えた。だが、今は魔物を狩ることが目的ではない。必要以上に戦闘を避け、道を確かめながら先へ進む。
やがて、俺たちは見覚えのある分岐へたどり着いた。
いつもの狩場へ向かう道と、以前探索したことのある通路が分かれている場所だ。
地面を調べていた自警団の一人が、ふと顔を上げた。
「こっちに、足跡が続いているぞ」
示されたのは、普段あまり使わない細い通路だった。
足跡は一人分。ところどころ歩幅が乱れ、壁際の埃が崩れている。
俺は眉をひそめた。
「……急いで進んだのかもしれません」
「そうだな。転びかけた跡もある。慎重に進もう」
自警団の隊長がうなずき、全員に警戒を促した。
俺たちは武器を構え、足跡を追って進んだ。
通路は少しずつ狭くなり、足元には小石が散らばっている。普段の狩場よりも歩きにくく、視界も悪い。
こんな場所を、一人で進んだのか。
俺は不安を覚えながらも、足元と周囲を確認していった。
「……あっ!」
先頭を歩いていたミレアが、突然声を上げた。
通路の先に、何かが落ちている。
近づいてみると、それは布袋だった。口が破れ、中身の一部が散らばっている。
ミレアがそれを拾い上げる。
「これ、あの子のじゃないかな……?」
袋の端には、見覚えのある刺繍があった。
少年の家族が持ち物につけている印だ。
「間違いないと思います」
俺は周囲を見渡した。
袋が落ちているということは、ここを通った可能性が高い。中身が散らばっているのも気になる。
転んだのか。それとも、何かに襲われたのか。
どちらにしても、急がなければならない。
「みんな、気をつけて。近くにいるかもしれません」
俺の声に、自警団の人たちがうなずいた。
そのときだった。
「……助けて……」
かすかな声が、通路の奥から聞こえた。
全員が一斉に顔を上げた。
「今の、聞こえた?」
ミレアが息を呑む。
「ああ。こっちだ!」
俺たちは声のした方向へ急いだ。
けれど、走りすぎて足元をすくわれては意味がない。小石の多い通路を慎重に進みながら、何度も少年の名前を呼ぶ。
「おーい! 聞こえるか!」
「返事をして! 今、助けに行くから!」
やがて、通路の先に小さな空間が見えた。
そこには、壁際にうずくまる少年の姿があった。
服は汚れ、片足をかばうように抱えている。手には短い剣を握っていたが、その刃には傷が目立っていた。
そして、少年の前には灰牙ネズミが二匹、こちらを威嚇するように身構えていた。
「いた!」
ミレアが駆け出しかける。
「待って!」
俺はすぐに声をかけた。
少年を助けたい気持ちは同じだ。けれど、魔物が二匹いる以上、焦って近づけば危険だ。
「自警団の人たちは、退路を確保してください。俺たちが魔物を引きつけます!」
「分かった。無理はするなよ!」
俺は剣を抜き、ミレアと目を合わせた。
彼女はうなずいた。
いつもの狩りと同じように、二人で動く。
ただし、今回は少年を守りながら戦わなければならない。
「右の一匹をお願い!」
「分かった!」
ミレアが一歩前へ出て、片方の灰牙ネズミの注意を引いた。俺はもう一匹の突進を誘い、攻撃をかわしてから、隙を狙って剣を振るう。
新しい剣の刃が、魔物の体を捉えた。
続けて体勢を立て直し、相手の動きを見ながら二撃目を加える。
ミレアも、焦らずに相手の攻撃を避けていた。魔物が彼女へ突進した瞬間、横へ身をかわし、隙のできた相手へ斬りつける。
二匹の魔物は、ほどなくして倒れた。
「今だ! 少年をこちらへ!」
自警団の人たちが駆け寄り、少年の体を支えた。
「足を怪我している。歩かせるのは難しいな」
「担架が必要ですね」
俺たちは周囲を警戒しながら、少年の状態を確認した。
足に大きな傷はなさそうだったが、強く捻ったのか、体重をかけると痛むらしい。ほかにも擦り傷があり、かなり疲れているようだった。
「……ごめん」
少年が、かすれた声でつぶやいた。
「本当に、ごめん……」
ミレアが彼の前にしゃがみ込んだ。
「もういいよ。無事でよかった」
「でも、僕……」
「話は村に戻ってから。今は、ちゃんと帰ろう」
彼女は優しく微笑んだ。
少年は何か言いたそうにしていたが、やがて小さくうなずいた。
その表情を見て、俺はようやく胸のつかえが取れるのを感じた。
間に合ってよかった。
本当に、それだけでよかった。
*
少年を自警団の人たちが担いで、俺たちはダンジョンを後にした。
帰り道では、もう一度魔物に遭遇しないよう、慎重に進んだ。幸い、ほかに危険な魔物と出会うこともなく、無事に村まで戻ることができた。
少年の家族は、彼の姿を見るなり駆け寄った。
「よかった……! 本当によかった……!」
母親は涙を浮かべながら少年を抱きしめた。
少年も、今度は何も言わず、母親の肩に顔を埋めていた。
村長は俺たちに向き直り、深く頭を下げた。
「二人とも、本当にありがとう。自警団の者たちもよくやってくれた。お前たちがいなければ、見つけるまでにもっと時間がかかっていたかもしれない」
「いえ。無事に見つかって、本当によかったです」
俺が答えると、ミレアも何度もうなずいた。
「もう、一人でダンジョンに行っちゃ駄目だからね!」
少年は、気まずそうに目を伏せた。
「……うん」
それから、少しだけ顔を上げる。
「助けてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
ミレアはいつもの調子で笑った。
少年の頬が、わずかに赤くなった。
俺はそれを、怪我や疲れのせいだと思った。
ミレアも、まったく気づいていない様子だった。
少年は、彼女の笑顔を見つめていた。
無事に助かった安堵だけではない、別の感情を胸に抱きながら。
けれど、その気持ちが彼女に伝わるのは、まだ先のことだろう。
*
その日の夜。
村長から、改めて俺たちに話があった。
「今回の件は、村としても重く受け止めている。お前たちの活動を見て、冒険者に憧れる子供が出てくるのは自然なことだ。だが、憧れだけでダンジョンに入れば、命に関わる」
村長は真剣な顔で続けた。
「二人は準備をして、互いに助け合いながら探索している。だからこそ、今日まで無事に活動できているんだろう。ほかの者が、その結果だけを見て簡単に真似できると思ってはいけない」
「はい。俺たちも、もっと気をつけます」
俺はうなずいた。
自分たちの活動が、誰かに影響を与えること。
それ自体は悪いことではない。冒険者を目指す仲間が増えるのは、むしろ嬉しいことだ。
けれど、俺たちが無事に戦えているのは、準備をして、慎重に行動しているからでもある。
そこを忘れてはいけない。
「今後、初心者ダンジョンへ入る者には、準備と安全について改めて説明するつもりだ。お前たちにも、実際に経験したことを話してもらうかもしれない」
「俺たちでよければ、協力します」
ミレアも力強くうなずいた。
「もちろん! 危ないことは、ちゃんと伝えないとね!」
村長は安心したように笑った。
「ありがとう。今日は本当にご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
家を出ると、夜空には星が輝いていた。
俺は、今日の出来事を思い返した。
ダンジョンは、経験を積めば少しずつ攻略できるようになる場所だ。けれど、慣れたからといって、危険がなくなるわけではない。
そして、俺たちが冒険者を目指す姿は、自分たちが思っている以上に、周りの人たちに影響を与えているのかもしれない。
「ねえ」
ミレアが隣で口を開いた。
「あの子、もう無茶しないよね?」
「今回のことで、懲りてくれたと思いたいね」
「うん……。でも、冒険者になりたい気持ちは分かるんだよね」
彼女は少しだけ寂しそうに笑った。
「私も、早く村を出たいって思ってるから」
「だからこそ、準備をしっかりしないとね」
「そうだね!」
彼女は顔を上げた。
「もっと強くなろう。自分の身を守れるくらい。それに、困っている人がいたら助けられるくらい!」
「うん。俺もそう思う」
魔法のスクロールを手に入れることも、新しい狩場を見つけることも、レベル十五を目指すことも、全部大切な目標だ。
けれど、今日の出来事で、もうひとつ大切なことを思い出した。
冒険者になるということは、ただ強くなるだけではない。
危険を知り、自分を守り、時には誰かを助けること。
それもまた、俺たちが目指す冒険者の姿なのだろう。
明日からも、ダンジョン探索は続く。
今度は、今日の経験を忘れずに。
俺たちは夜道を並んで歩きながら、次の冒険に思いを馳せた。




