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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二章 追放命令

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見送りの短さ

荷馬車の車輪に、乾いた布が巻かれていた。


誰が巻いたのか、すぐに分かった。


布の結び方が雑だ。だが、車輪が石を噛んだ時の音は少し減る。夜道で荷馬車の音を抑えたい時に、兵がこっそりやる手だった。


レインは荷台の横に立ち、布の端を押した。


一日は持つ。二日は持たない。今はそれでいい。


「荷は三台だけか」


御者が不満そうに言った。


「三台だけです」


「王国軍の支援便にしちゃ、軽いな」


「軽い支援ほど、途中で消えやすい」


御者は嫌そうな顔をしたが、反論はしなかった。


積荷は少ない。薬箱二つ、釘箱三つ、革紐、補修布、麦袋十、塩樽一。帳簿では支援要員輸送とあるが、これで辺境領を救えるとは誰も思っていない量だ。


思っていないからこそ、誰も重く見ていない。


「レインさん」


荷台の陰から、ハンスが現れた。


さっきまで水袋を持っていた手には、小さな冊子がある。革表紙ではない。余った命令書の裏紙を束ね、糸で綴じただけのものだ。


「班長からです」


「班長はどこに」


「来ません。来たら目立ちます」


ハンスは冊子を差し出した。


表紙には何も書かれていない。


中を開くと、物資の置き場、橋の幅、二番車と六番車の車軸、負傷兵の移動順、水袋の配分が短く記されていた。字は何人分も混じっている。ハンスだけではない。


「いつ書いた」


「昨夜から今朝にかけて。水を運ぶふりをして」


紙の端には、水滴の跡があった。


たぶん、本当に水を運びながら書いたのだ。誰かが樽の陰で一行を書き、誰かが火のそばで乾かし、誰かが自分の見た車輪のひびを足した。きれいな字ではない。数字の桁もそろっていない。


それでも、現場で見たものだけが並んでいた。


将軍幕舎の報告書より、ずっと使える。


「危ないことをするな」


「役に立つと思ったんです」


返す言葉を探した。


ありがとう、と言えばいいのだろう。


だが、その一言を口にすると、彼らの危うさまで軽く受け取ってしまいそうだった。


「これは原本ではない」


「はい」


「正式記録でもない」


「分かっています」


「なら、現場で役に立つ」


ハンスの顔が少しだけ緩んだ。


「そう言えばいいのに」


「今言った」


「遠いです」


若い兵が笑った。


短い笑いだった。見送りの場で大きく笑えば、誰かに見られる。


近くにいた二人の兵が、荷台へ麻袋を置いた。


「余りです」


一人が言った。


「余ったんじゃない。抜いたんだろう」


兵は目をそらした。


その袖口には、乾いた麦粉がついていた。


炊事場から来たのだろう。炊事場の者が乾パンを抜けば、すぐに数が合わなくなる。数が合わなければ、また誰かが責められる。


善意は、帳簿の上では不正と同じ形をすることがある。


中身は乾パンだった。十枚にも満たない。だが、道中で一食分にはなる。


「持っていけません」


「捨てる予定だった割れ乾パンです」


「捨てる物を布で包むか」


兵は黙った。


レインは麻袋を持ち上げた。


軽い。


軽いが、見送りに出せるものとしては重い。


「受け取る。ただし、次からは自分の分を削るな」


「次があれば」


兵が小さく言った。


言い返せなかった。


次があれば、という言葉は、負けた軍では冗談にならない。


明日の追撃で死ぬかもしれない。


次の橋でまた詰まるかもしれない。


報告書の中で、別の誰かが責任にされるかもしれない。


それでも彼らは乾パンを抜き、布を巻き、見送りに来た。大きな声で感謝を言うより、その方がこの軍ではよほど重い。


「水袋は分けて積め」


ハンスへ言った。


「はい」


「熱のある者は一か所に集めるな」


「はい」


「割れ盾を前列に戻すな」


「はい」


「重い旗は」


ハンスが先に答えた。


「水樽より重ければ、撤退では兵を殺す」


声は小さかった。


それでも、周りにいた兵が二人、うなずいた。


仕事は少しだけ残った。


人の中に。


レインはその二人の顔を見た。


名前は知らない。


知らないまま別れる兵の方が多い。けれど、彼らが次に荷台の前に立った時、重い旗を一度疑うなら、一人分の水が残るかもしれない。


「出るぞ」


御者が手綱を鳴らした。


護衛は六人。


弓を持つ者は一人。


足りない。


荷台に乗る前に、古い木箱を一つ降ろした。


「それは副官室の荷だ」


御者が言う。


「中身は割れた皿です。薬箱の上に置けば、中身も割れる」


「副官室が怒る」


「割れた皿を運ぶために、薬箱を濡らすのですか」


御者は箱と薬箱を見比べ、黙って箱を下ろした。


セドリックは見送りに来なかった。


将軍も来ない。


見送りは短い。


短い方がいい。長くなれば、誰かが余計なことを言い、誰かが余計な目で見る。


馬車が動き出した。


ハンスは敬礼しなかった。


ただ、水袋の紐を一度だけ握った。


そこに薄い紙が入っていることを、レインだけが知っている。


王国軍の野営地が後ろへ流れていく。


背中に残ったのは、処分の紙ではなく、短い記録冊子の重みだった。


いつか現場で役立ってくれ。


誰もそう口にはしなかった。


だが、冊子の白い余白は、その言葉を待っているように見えた。


最初の宿場までに確認するものは決まっている。


水。


馬。


荷台の軋み。


空の革袋。


護衛が逃げずに立てる道幅。


見送りの短さが消える前に、次の損耗を数えなければならなかった。

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