空欄の表
「空欄が六つあります」
朝の広間でメイナが仮配置表を広げた。村控え照合/門別控え聞き書き/欠番整理/通行金分類までは、昨日のうちに人を置いた。
その下が白い。倉番/薪束確認/屋根補修/井戸番/馬飼葉/冬前の配給。紙の上では六つの空欄にすぎないが、冬が来れば人のいない場所から順に凍る。空欄のまま誰かが兼ねれば見落としが出て、済の印だけが先に増える。冬はそこを待たない。水場も薪も、遅れた分だけ取り返しに人を食う。
ミリアは表の端に指を置いた。「今日、全部を埋めますか」
「名前だけなら埋まります」
「でも、名前で埋めるとまた腐ります」
広間の隅で若い吏員の筆が止まった。昨日までなら空欄を見て、先に済と書いたかもしれない。今は空欄を空欄のまま見ている。
冬支度は紙を埋める作業ではない。誰をどこに置けば紙が嘘をつかずに済むか、それを決める作業だ。
エルクが腕を組む。「倉番なら兵を二人出せる。腕の立つ者を置けば盗みは減る」
「倉の外には兵を置いてください」
「中は違うのか」
「中で必要なのは強さではなく減り方を見る目です」
エルクは不満そうに眉を寄せたが、言い返さなかった。兵で押さえられる場所と、兵で押さえると歪む場所がある。倉の中は後者だった。
荷を運ぶ者が兵の顔色を見るようになれば、濡れた袋も崩れた薪も割れた壺も隠す。隠された物は数の上では残り、使う日にだけ腐って出てくる。
「候補を見ます」
ミリアの声で、広間に呼ばれていた者たちが前へ出た。門の兵二人/荷車番の男/右肩を布で吊った古兵/西畑組の馬番/東井戸村の農夫/昨夜門の外で寝た流民の炭焼き。
名簿だけなら兵が上に来る。字が整う者も、声が大きい者もいる。だが倉番の欄に必要なものはそこではない。
倉へ向かった。封じた貸借棚や金庫とは違い、冬備蓄の倉は動かさなければならない。麦種の空袋・塩・油壺・釘・縄・干し草・薪束。全部を止めれば領の手が止まる。
戸を開けると冷えた匂いが流れた。
ガレスが先に入り、薪束の端を靴先で軽く押した。崩れない。次に手前の塩袋を持ち上げず、下の板を見る。
誰にも何も言わない。
右肩を吊った古兵が、その動きを見ていた。
「袋を数えればいいのではありませんか」
門の兵の一人が言った。
「数えるだけなら、紙で足ります」
塩袋の前に立つ。
「冬に必要なのは、数えた袋が本当に使えるかです」
古兵が左手で袋の端を触った。
「手前の袋だけ乾いています。奥の二つは、下が冷たい」
ガレスの眉が少し動いた。
「持ち上げていないな」
「肩が上がりません」
古兵は布で吊った右肩を見た。
「だから下を見る癖が残りました。戦場で袋を担げない者は、袋の下を見ろと言われました」
ガレスは答えず、板を一枚ずらした。奥の塩袋の下に薄く湿った跡がある。腐ってはいない。だがこのまま置けば、袋の底から固まる。
ミリアが息を止めた。
「気づかなければ、冬の途中で使えなくなりますね」
「今なら移せます」
古兵を見た。
「倉番は荷を担ぐ仕事ではありません。担ぐ者を止め、置き方を直し、使える順を残す仕事です」
古兵はすぐには返事をしなかった。
「剣は振れません」
「倉で剣は振らないでください」
エルクが低く笑った。
「なら、外は俺の兵で見る。中はそいつか」
「七日です」
ミリアが言った。
「七日ごとに、メイナと別の者が控えを見ます。倉番一人で済は押させません」
古兵は左手で胸に触れた。
「分かりました」
一つ目の空欄に倉番と書かれた。
次は薪束だった。薪置き場は倉の北側にあり、数は多い。見た目はそろっている。そろっているものほど、悪い束が混じる。
流民の炭焼きが積まれた薪束の前で立ち止まった。服は薄い。役所に置けば浮く。門に立たせれば商人に軽く見られる。字も遅い。けれど薪の前では動きが変わった。
一本抜くのではなく束の紐を見る。次に指の背で木口を叩く。音を聞いてから、別の束へ移った。
「これは、上だけ乾いています」
炭焼きが言った。
「中は湿っています」
荷車番の男が顔をしかめた。
「見ただけで分かるのか」
「見ただけでは分かりません」
炭焼きは薪を一本だけ抜いた。割れ目の内側が暗い。
「軽い音がしない。あと、紐の締めが急いでいます。乾いた薪は締め直すと少し浮きます」
ルシアが感心したように覗き込む。
「商人なら上の乾いたところだけ見せて売るね」
「買う方が急げば売る方もそこだけ整えます」
「嫌なことを言う」
「冬は嫌なところから燃え残ります」
ミリアは表を見た。
「薪束確認に置けますか」
「置けます」
炭焼きの手元を見る。
「ただし支払いは薪の本数ではなく、確認した束の控えで出します。多く崩せばよい仕事にしない」
炭焼きは頷いた。
「崩した薪は、戻す者が必要です」
「荷車番を付けます」
エルクが言った。
「力仕事を嫌がる男ではない」
荷車番の男は肩をすくめた。
「薪の良し悪しは分からん」
「分からないままでいい」
薪束の列を見る。
「分かる者が見る。動かせる者が動かす。両方できる者を探している時間はありません」
メイナが薪束確認の欄へ二つの役割を書いた。確認=炭焼き/積み直し=荷車番。その横へ二人確認と小さく足す。
若い吏員がその文字を覗いた。
「一つの欄に、二人ですか」
「一人で終わる仕事に見せると、また一人で済を押します」
メイナの声は昨日より少し硬かった。
「分けて書きます」
広間へ戻る頃には昼の鐘が鳴っていた。
表の空欄は二つ埋まった。倉番、薪束確認。まだ四つ残っている。屋根補修/井戸番/馬飼葉/冬前の配給。
南三村の確認役が門から戻った。
「荷車は戻りました。石運びと麦種袋戻し、両方済みです」
「見張り手間は」
ミリアが聞く。
「取られていません」
門の者が控えを差し出した。訂正線は残っている。村控えと領控えの字も合っていた。
その時、外から濡れた足音が近づいた。
東井戸村の農夫が、桶の縄を肩にかけたまま広間へ入ってくる。袖口まで泥が跳ねていた。
「井戸の底で、縄が一本切れました」
農夫は息を整える前に続けた。
「水はまだ戻っていません。明日まで待つと、もう一人落ちます」
表の上で、井戸番の空欄だけが急に濃く見えた。
筆は取らない。
先に、濡れた縄を見た。




