貸借棚の鍵
「袖の中の鍵を、台に置いてください」
ミリアが言った。主簿の手はまだ袖の奥にあり、出口はエルクがふさいでいる。兵は増やしていない。一人が立つ場所を間違えなければ、人は出られない。
「領主代理。これは職務上の保管で」
「保管なら見える場所に置けます」
間が空き、袖口から小さな鍵が落ちた。台に当たり、乾いた音を立てる。
若い吏員の指が鍵束のない腰へ動いた。昨日の鍵束にはなかった鍵だ。
「貸借棚を開けます」
立ち会い札、領主代理の控え、写し用の白紙三枚が台へ並ぶ。鍵を回す役は主簿ではない。エルクが鍵を取り、査察官へ渡した。
錠の縁に残った新しい傷と、鍵の腹の削れ方が合った。
「今朝使われています」
主簿の目が、ほんの少しだけ細くなる。
扉が開く。貸借棚の中はきれいだった。きれいすぎるほどに。
本税棚には埃の差があり、徴発棚には砂が残っていた。加算罰棚には紙を急いで押し込んだ跡がある。だが貸借棚の台帳だけは背の高さがそろい、紙の端も同じ向きに寝ていた。
ガレスが鼻を鳴らす。「毎日使う棚ではないな」
「使わない棚でもありません」
ルシアが台帳の端を見る。「商家でこれなら、見せる前に整えた棚だよ」
一冊目の貸借台帳に代替徴発の欄はある。だが南三村、東井戸村、西畑組の名はない。
二冊目の仮貸付控えには三村の名があった。南三村は荷車二、東井戸村は人足六、西畑組は馬一。横には、通行補修手間より差引。
「貸借台帳ではなく、仮貸付控えに入っています」とメイナが読み上げた。
「仮です」と主簿がすぐに言った。
「正式な貸借にする前の整理で」
「では、村へ貸した金額は」
「これから確定を」
「支払済は先に出ています」
メイナの筆が止まらない。臨時雇人払には支払済。門別控えには見張り手間。仮貸付控えには通行補修手間より差引。同じ村名が三つの棚をまたいでいるのに、どの紙にも受け取った者の印がない。
「金庫を開けてください」
広間で紙を押さえる指が増え、主簿は首を振る。
「金庫は、税の受け入れも混ざります。ここで開ければ」
「混ざっているかどうかを見ます」
門別控えの写しを指で押さえる。
「見張り手間と通行補修手間が同じ金なら、税とは別です。税に混ぜていれば、それも書きます」
金庫の鍵は、今度はすぐに出なかった。
主簿の後ろで門の者が顔を上げる。
「副鍵は、門番室にあります」
主簿が振り向く。「余計なことを」
「昨日、夜番に渡されました。朝、戻せと言われました」
「黙っていろ」
「試験中です」とミリアの声が割った。
門の者は唇を結び直す。
「見た通りに書けと言われました」
広間の外にいた者たちの視線が、門の者へ向いた。役人ではない。だが今は試験を受ける者として紙の前に立っている。黙らせる理由はない。
門番室へ兵が一人だけ走った。
戻ってきた手には副鍵がある。油紙に包まれ、角には金庫と書かれていた。
金庫が開く。
中には、銀が二名分だけあった。
八名分の支払いが紙にあり、七名分の雇人は村に存在せず、金庫には二名分しか残っていない。
「六名分がありません」とメイナが言った。
「支払ったのなら受取印。残したのなら金庫。貸したのなら貸借台帳。どこにもありません」
主簿の額に汗が浮いた。
「一時的な預け替えです」
「預け替え先は」
答えはない。
「帳簿偽装・横領・水増し雇用」と査察官が一つずつ紙へ書いた。
「まだ確定では」と主簿が言いかける。
「確定です」とミリアが切った。
「村にいない七名を雇人にし、八名分を支払済にした。金庫には二名分。貸借台帳には入っていない。門では任意ではない見張り手間を取っている」
言い終えてから、一度だけ息を吸う。
「ただし、ここで怒鳴って終わらせません」
試験答案の束を台へ置いた。南三村の確認役の紙/門の者の証言紙/若い吏員の欠番処理/商人控えを持ってきた女の分類。
「この四枚は、採ります」
主簿が目を剥いた。
「そのような者に、役所の紙を」
「役所の紙を壊したのは、役所の中の者です」
ミリアは四枚の上に確認待ちの札を置いた。
役目は四つに分ける。南三村の確認役は村控え照合/門の者は門別控えの聞き書き/若い吏員は欠番と棚番号の整理/商人控えの女は通行金と徴発金の分類。
「決定ですか」
若い吏員が聞いた。声は震えていた。自分が救われたのか、疑われ続けるのか分からない顔だった。
「仮です。七日だけ、毎日控えを二人で見ます。単独で済を押すことは禁止します」
若い吏員は深く頭を下げた。
それを見て、ガレスが少しだけ目を細める。
早く写す癖がある者でも、止まることを覚えれば使える。最初から完璧な役人など、この領にはいない。
「主簿、門吏、支払係は職務停止」と査察官が書き加える。
「身柄は」
「逃がしません」とエルクが答えた。
「ただ、兵で囲みすぎると、役所の仕事が止まる」
「出口と金庫と棚だけでよい」
頷いたエルクが兵の位置を変えた。主簿の肩に手は置かない。ただ、主簿から出口までの間に一人が立つ。
広間の外で、商人控えの女が自分の答案を見つめていた。
「私、本当に書くんですか」
「書けるものだけでいい」とルシアが言う。「分からないものは、分からないって書けるなら十分」
女は小さく頷いた。
その横で南三村の確認役が、自分の太い字を隠すように紙を押さえている。
「字は、直します」
「字より、残る荷車を先に見てください」とミリアが返す。「あなたの役目です」
腐った棚を開けた後に、空いた席へ誰を置くか。その答えが、ようやく紙になり始めている。
メイナが仮貸付控えの束をさらにめくった。
奥に、貸借とも税とも違う薄い紙が一枚挟まっていた。
表題はなく、端に王都納入便とだけある。日付は通行補修手間が動いた日の翌日で、宛名欄は黒く塗りつぶされていた。
「塗ったばかりです」
墨がまだ完全には乾いていない。
ルシアの顔から軽さが消えた。
「王都行きの便に、ここの金が乗ったかもしれない」
「かもしれない、で止めます」
紙を封じた。「次は宛名を剥がさず、商流で見ます」
主簿の目が初めて台ではなくルシアへ向いた。
ルシアは笑わなかった。フェネル商会の控えを、ゆっくり台へ置く。
「うちの紙と、王都便の紙。並べて見る時間だね」
貸借棚は開いた。だが、棚の奥にあったのは、役所の中だけで終わらない紙だった。




