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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十二章 腐った役所の解体

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貸借棚の鍵

「袖の中の鍵を、台に置いてください」


ミリアが言った。主簿の手はまだ袖の奥にあり、出口はエルクがふさいでいる。兵は増やしていない。一人が立つ場所を間違えなければ、人は出られない。


「領主代理。これは職務上の保管で」


「保管なら見える場所に置けます」


間が空き、袖口から小さな鍵が落ちた。台に当たり、乾いた音を立てる。


若い吏員の指が鍵束のない腰へ動いた。昨日の鍵束にはなかった鍵だ。


「貸借棚を開けます」


立ち会い札、領主代理の控え、写し用の白紙三枚が台へ並ぶ。鍵を回す役は主簿ではない。エルクが鍵を取り、査察官へ渡した。


錠の縁に残った新しい傷と、鍵の腹の削れ方が合った。


「今朝使われています」


主簿の目が、ほんの少しだけ細くなる。


扉が開く。貸借棚の中はきれいだった。きれいすぎるほどに。


本税棚には埃の差があり、徴発棚には砂が残っていた。加算罰棚には紙を急いで押し込んだ跡がある。だが貸借棚の台帳だけは背の高さがそろい、紙の端も同じ向きに寝ていた。


ガレスが鼻を鳴らす。「毎日使う棚ではないな」


「使わない棚でもありません」


ルシアが台帳の端を見る。「商家でこれなら、見せる前に整えた棚だよ」


一冊目の貸借台帳に代替徴発の欄はある。だが南三村、東井戸村、西畑組の名はない。


二冊目の仮貸付控えには三村の名があった。南三村は荷車二、東井戸村は人足六、西畑組は馬一。横には、通行補修手間より差引。


「貸借台帳ではなく、仮貸付控えに入っています」とメイナが読み上げた。


「仮です」と主簿がすぐに言った。


「正式な貸借にする前の整理で」


「では、村へ貸した金額は」


「これから確定を」


「支払済は先に出ています」


メイナの筆が止まらない。臨時雇人払には支払済。門別控えには見張り手間。仮貸付控えには通行補修手間より差引。同じ村名が三つの棚をまたいでいるのに、どの紙にも受け取った者の印がない。


「金庫を開けてください」


広間で紙を押さえる指が増え、主簿は首を振る。


「金庫は、税の受け入れも混ざります。ここで開ければ」


「混ざっているかどうかを見ます」


門別控えの写しを指で押さえる。


「見張り手間と通行補修手間が同じ金なら、税とは別です。税に混ぜていれば、それも書きます」


金庫の鍵は、今度はすぐに出なかった。


主簿の後ろで門の者が顔を上げる。


「副鍵は、門番室にあります」


主簿が振り向く。「余計なことを」


「昨日、夜番に渡されました。朝、戻せと言われました」


「黙っていろ」


「試験中です」とミリアの声が割った。


門の者は唇を結び直す。


「見た通りに書けと言われました」


広間の外にいた者たちの視線が、門の者へ向いた。役人ではない。だが今は試験を受ける者として紙の前に立っている。黙らせる理由はない。


門番室へ兵が一人だけ走った。


戻ってきた手には副鍵がある。油紙に包まれ、角には金庫と書かれていた。


金庫が開く。


中には、銀が二名分だけあった。


八名分の支払いが紙にあり、七名分の雇人は村に存在せず、金庫には二名分しか残っていない。


「六名分がありません」とメイナが言った。


「支払ったのなら受取印。残したのなら金庫。貸したのなら貸借台帳。どこにもありません」


主簿の額に汗が浮いた。


「一時的な預け替えです」


「預け替え先は」


答えはない。


「帳簿偽装・横領・水増し雇用」と査察官が一つずつ紙へ書いた。


「まだ確定では」と主簿が言いかける。


「確定です」とミリアが切った。


「村にいない七名を雇人にし、八名分を支払済にした。金庫には二名分。貸借台帳には入っていない。門では任意ではない見張り手間を取っている」


言い終えてから、一度だけ息を吸う。


「ただし、ここで怒鳴って終わらせません」


試験答案の束を台へ置いた。南三村の確認役の紙/門の者の証言紙/若い吏員の欠番処理/商人控えを持ってきた女の分類。


「この四枚は、採ります」


主簿が目を剥いた。


「そのような者に、役所の紙を」


「役所の紙を壊したのは、役所の中の者です」


ミリアは四枚の上に確認待ちの札を置いた。


役目は四つに分ける。南三村の確認役は村控え照合/門の者は門別控えの聞き書き/若い吏員は欠番と棚番号の整理/商人控えの女は通行金と徴発金の分類。


「決定ですか」


若い吏員が聞いた。声は震えていた。自分が救われたのか、疑われ続けるのか分からない顔だった。


「仮です。七日だけ、毎日控えを二人で見ます。単独で済を押すことは禁止します」


若い吏員は深く頭を下げた。


それを見て、ガレスが少しだけ目を細める。


早く写す癖がある者でも、止まることを覚えれば使える。最初から完璧な役人など、この領にはいない。


「主簿、門吏、支払係は職務停止」と査察官が書き加える。


「身柄は」


「逃がしません」とエルクが答えた。


「ただ、兵で囲みすぎると、役所の仕事が止まる」


「出口と金庫と棚だけでよい」


頷いたエルクが兵の位置を変えた。主簿の肩に手は置かない。ただ、主簿から出口までの間に一人が立つ。


広間の外で、商人控えの女が自分の答案を見つめていた。


「私、本当に書くんですか」


「書けるものだけでいい」とルシアが言う。「分からないものは、分からないって書けるなら十分」


女は小さく頷いた。


その横で南三村の確認役が、自分の太い字を隠すように紙を押さえている。


「字は、直します」


「字より、残る荷車を先に見てください」とミリアが返す。「あなたの役目です」


腐った棚を開けた後に、空いた席へ誰を置くか。その答えが、ようやく紙になり始めている。


メイナが仮貸付控えの束をさらにめくった。


奥に、貸借とも税とも違う薄い紙が一枚挟まっていた。


表題はなく、端に王都納入便とだけある。日付は通行補修手間が動いた日の翌日で、宛名欄は黒く塗りつぶされていた。


「塗ったばかりです」


墨がまだ完全には乾いていない。


ルシアの顔から軽さが消えた。


「王都行きの便に、ここの金が乗ったかもしれない」


「かもしれない、で止めます」


紙を封じた。「次は宛名を剥がさず、商流で見ます」


主簿の目が初めて台ではなくルシアへ向いた。


ルシアは笑わなかった。フェネル商会の控えを、ゆっくり台へ置く。


「うちの紙と、王都便の紙。並べて見る時間だね」


貸借棚は開いた。だが、棚の奥にあったのは、役所の中だけで終わらない紙だった。

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