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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十二章 腐った役所の解体

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支払済の名

「七名ではありません。八名分です」


メイナの筆が、臨時雇人払の端で止まった。


廊下には、倒れた椅子の音だけがまだ残っている。奥の部屋から出てきた主簿は、衣の紐を結び直していた。走ってはいない。だが、紙を持つ手が空いている。


「何の八名分だ」


エルクが出口に立ったまま聞く。


「支払いです。南三村二名、東井戸村四名、西畑組一名で七名。ですが、銀の合計は八名分あります」


メイナは紙を一枚ずつ台に置いた。臨時雇人払、支払済、受取印なし。


「受け取った者の印がありません」


査察官が紙の角を押さえる。


「王都へ出す支払控えなら、受け取りの印か代筆した者の名が要ります。これは支払いを終えた紙ではなく、終えたことにする紙です」


主簿の顔に、はっきりした怒りは出なかった。代わりに、言い訳の形だけが整っていく。


「村の者は字が書けません。門前で渡すと混乱しますので、後でまとめて」


「後でまとめたなら、まとめた者の名が要ります。領主代理の控えにも、門前台帳にもありません」


「内々の手当です」


「内々に村の名を使ったのですか」


主簿は口を閉じた。


廊下の端で、若い吏員が鍵束を握りしめている。貸借棚の鍵はまだ出てこない。開いたのは札のない引き出しだけだ。


「この七名が働いた場所を見ます」


その声で、皆の視線が台から離れた。


「臨時雇いなら、紙は一枚では終わらない。門を通ったなら門控え、水桶置き場なら見張り札、井戸なら作業札。馬替えなら厩の飼葉か馬番の控えが残る」


ガレスが低く笑った。


「人は飯を食う。馬は草を食う。紙だけ働くやつはおらん」


主簿の眉が動く。


「雑務の小口です。そこまで細かくは」


「細かくしないと、誰に払ったか分かりません」


メイナが淡々と返した。


まず門控えを出させた。門吏は渋ったが、査察官が立つと奥の棚から薄い紙束を持ってくる。表に出していた門前台帳より紙の幅が狭く、端も切りそろえていない。急いで隠すには向いている紙だった。


ルシアが一目見て、口の端を上げた。


「商人控えより、こっちのほうがよく働いてるね」


門別控えには、軽荷は銅貨三枚/濡れ荷は銅貨四枚/見張り手間は銅貨一枚とあった。


「見張り手間」


ミリアがその文字を読んだ。


通行税第一案には、空荷二枚/軽荷三枚/濡れや割れで値が落ちる荷四枚とある。門通行確認料の銅貨二枚は、正式な通行税に入る場合に差し引く。見張りを別に取るとは書いていない。


「商人控えにはありません」


ルシアが腰の革包みから自分の控えを出した。フェネル商会の控えは折り目が多い。人の手を渡った紙だ。端に商人名と荷の種類が並び、戻り確認の欄には小さな丸がいくつか付いている。


「うちが回した文面にもない。見張り手間を別に取るなら、商人はその分を荷代へ乗せる。何も言わずに取れば、次の荷は来ないよ」


「任意です」


門吏が言った。


「見張りに礼をしたい商人が、置いていく分で」


「任意の金なら、役所の支払済に入らない」


臨時雇人払を門別控えの横に置く。南三村は荷車見張り二名、東井戸村は井戸見張り四名、西畑組は馬替え見張り一名。見張り手間を商人から受け、村名の雇人に払ったことにしている。だが、村側の確認にも門の見張り札にもその七名はいない。


人がいないのに支払済だけがあるなら、金は人ではなく紙へ流れている。村の名を使えば、後で問い詰められても徴発の手間だと言える。だからこそ、どの場所で働いたのかを紙の外から確かめる必要があった。


「まだ、いないとは限りません」


主簿が声を硬くした。


「村から聞けば」


「昨日、聞いています」


ミリアが台の横から三枚の確認札を出した。南三村は明朝荷車一台、二台目は石運び後。東井戸村は明後日から二人ずつ三日。西畑組は干し草二束先納、馬は明朝再確認。


「この三枚は、村役の前で読んだ紙です。七名の雇人は出ていません」


門吏が主簿を見た。ほんの一瞬だったが、査察官は見逃さない。


「門別控えを書いた者」


「門番です」


「支払済を押した者」


「支払係です」


「貸借棚の鍵を持つ者」


主簿は答えなかった。


廊下の奥で、また椅子が小さく鳴る。今度は倒れない。座り直した音だった。エルクが兵へ合図を出す。増員ではない。出口に立つ足を、半歩だけ内へ入れただけだ。


「捕らえるのですか」


メイナが小声で聞いた。


「まだです」


門別控えの束をめくると、一枚だけ折り方が違う紙が混じっていた。表題は代替徴発仮受。名はない。屋号もない。ただ、紙の下に白い線が引かれ、その外へ小さな杭の印がある。前日の門前に出た代替徴発紙と同じ癖だった。


内容は短い。南三村の荷車二、東井戸村の人足六、西畑組の馬一を肩代わり。借り賃は、通行補修手間より差引。


「通行補修手間」


ルシアの声が低くなる。


「見張り手間とは、また別の名目にしてる」


「同じ金ですか」


ミリアが聞く。


「まだ分かりません」


断言すれば、相手は言葉の違いに逃げる。見張り手間、通行補修手間、臨時雇人払。名を変えた金が同じ穴へ落ちているかは、出入りの順番で見るしかない。


名前を追うだけなら、三枚は別の処理に見える。日付を重ねれば、同じ村名が門前決定より前に動いているかどうかが分かる。逃げ道をふさぐには、言葉ではなく順番を見るしかない。


「日付を合わせます」


メイナがすぐに別紙を作った。門別控え、臨時雇人払、代替徴発仮受。三つの日付は、どれも昨日の門前決定より前だった。南三村の荷車はまだ出ていない。東井戸村の人足もまだ動いていない。西畑組の馬も再確認前だ。


それなのに、肩代わりは仮受済みだった。見張り手間は取られ、臨時雇人払は支払済になっている。


「順番が逆です」


ミリアが言った。声は大きくない。だが、廊下にいた役人の背筋がそろって固くなった。


「村が動く前に、村の名で金が動いています」


査察官が主簿の前へ紙を寄せた。


「説明を」


「慣例です。先に立て替え、後で村に」


「立て替えなら、貸借棚に入ります」


閉じた棚を見る。貸借の札だけが、まだ沈黙している。


「そこに入れなかった理由がある」


主簿の喉が動いた。今度は、言い訳の形がすぐには出てこない。


ミリアが椅子を引いた。座るためではない。廊下の者全員から台が見えるように、場所を空けるためだ。


「この場で役所の仕事を止めれば、門も徴発も止まります」


紙から目を離さずに言った。


「けれど、このまま同じ者に続けさせることもできません」


「代わりが要る」


エルクが短く言う。


「門に立てる者、数えられる者、嘘を見た時に黙らない者」


ガレスが腕を組む。


「字がうまいだけの者では足りんな」


「村役札を読める者。荷の重さを見て、控えの銅貨が合うか言える者。受取印がなければ、受け取ったと言わない者」


白紙を一枚取り、門控え/支払控え/貸借控えの三つの欄を書いた。


「明日、役所の再任用試験をします」


ミリアが決めた。


主簿が顔を上げる。


「領主代理。それは、役所の任免に」


「今この紙を支払済にした者を、そのまま門に置くよりはましです」


受取印のない紙を押さえる。


「試験は、字の美しさでは見ません。現物と控えを合わせられるかで見ます。門前にいる者、村の確認役、今の役所の者。受ける意思がある者は全員」


「役所の外の者まで」


「役所の中だけで腐ったなら、外の目を入れます」


廊下の外で、床板が小さく鳴った。


試験といっても、礼法を見る場ではない。荷の重さと控えの銅貨を合わせ、受取印のない支払いを支払済にしない者を探す場になる。役所の席を空けるだけでは、次の紙も同じように腐る。


最後にもう一枚の紙を台へ置いた。欠けていた番号、二十九。そこにはまだ何もない。


「この番号に入る紙を探します」


メイナの筆が、止まらずに動き始めた。門別控えは写し封じ/臨時雇人払は受取印なし/代替徴発仮受は差引名目確認/貸借棚は未開封。


「摘発は、空いた席を用意してからです」


低く言った。


「席を空けるだけなら、また同じ紙が入る」


ミリアは頷かなかった。ただ、再任用試験と書いた白紙を、台の一番上へ置いた。


役所を壊すのは、棚を開けるより難しい。だが、腐った棚の前に、次に座る者の紙が初めて置かれた。

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