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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十一章 税と徴発の再設計

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奥の台帳

「役所控えを、ここへ」


査察官の声で、門前のざわめきが止まった。


若い吏員は動かなかった。胸元の鍵束へやった手だけが、そこで止まっている。


「徴税台帳です。門前の確認に合わせるだけです。何か問題が」


「ありません」


返事だけが早い。エルクが門番に目を向けると、門番は走らず役所棟へ歩いた。急がせれば逃げる者が出る。歩かせるだけで、廊下の音が門前まで届いた。


ミリアは押印した公開確認の紙を畳まない。紙の上には、今朝決まった欄が並んでいる。本税は残し、補修加算と遅延罰は七日止める。徴発は残る戸口/残る火/戻る日を確認し、現物納付は道・井戸・耕地に使う物だけ。代替徴発は貸借台帳へ分ける。


「長いな」と空樽の女が言い、「でも、読める」とルシアが横から答える。


「読める紙は、嫌われるよ。都合の悪い人には」


白線の外にいる在地の男は、まだ帰っていない。供もいる。荷車を持つ者も馬の手綱を握る者も、少し離れて残っていた。残る戸口を書けと言われてから、誰も前へ出ていない。


やがて門番が役所控えを抱えて戻ってきた。革紐で縛られた台帳が二冊、薄い控えが一束。表紙の埃は均一ではない。よく使われる台帳と、使われたふりをして置かれていた台帳では汚れ方が違う。


メイナが一冊目を開き、本税台帳と読み上げた。二冊目は徴発控え。薄い束は補修加算と遅延罰だった。


三つが門前台帳の横に並ぶと、台の上が狭くなった。


門前で作った紙はまだ新しい。役所控えは古く見えるが、古いから正しいとは限らない。触られた跡のある紙と、触られたふりだけをしている紙が同じ台に載ると、どちらが人を動かしてきたのかまで見えてくる。


まず日付を見る。南三村、東井戸村、西畑組。名前はある。だが、門前の紙とは順番が違う。南三村の横には補修加算済、東井戸村の横には遅延罰予定、西畑組の横には代替金見込とある。


「見込」


メイナの声が小さくなった。査察官がその行を覗き込む。


「本日の確認前に、見込が立っていますね」


若い吏員の顔から少し色が抜けた。


「下書きです」


「下書きなら、下書き欄へ」


査察官の声は荒くない。だからこそ、門前によく通った。


ミリアは西畑組の確認札を横へ置く。西畑組は干し草二束先納、馬は明朝再確認。役所控えには馬一頭代替金見込。


「馬を確認する前に、代替金ですか」


「慣例で」


若い吏員が言いかけて、口を閉じた。


慣例、と聞いてガレスが鼻を鳴らす。


「便利な蓋だ」


ミリアは怒らなかった。怒るより先に、紙を寄せる。


「本日の確定分を、門前台帳に合わせます」


「上書きしますか」と査察官が聞く。


「いいえ。上書きすると、何が違っていたか消えます」


空欄の紙を一枚置いた。


「差分控えを作ります」


メイナが頷く。門前台帳と役所控えの違いだけを書き出す紙だ。南三村は補修加算済だが、門前確認では七日停止。東井戸村は遅延罰予定だが、門前確認では井戸さらい二日と三日目より二人ずつ。西畑組は代替金見込だが、門前確認では干し草二束先納、馬は明朝再確認。書くたびに、若い吏員の喉が動いた。


差分控えは、誰かをその場で責める紙ではない。責める前に、何が違っていたかを消さずに残す紙だ。上書きで整えれば門前は一度静かになる。けれど静かになった後で、同じ処理が別の村に戻ってくる。


白線の外の男は、目を細めたまま黙っている。


「補修加算済とは、銅貨を受けたのですか」


査察官が聞いた。


「帳簿上の処理です」


「銅貨は」


「まだ」


「まだ受けていない銅貨を、済に」


失敗ではない。紙の中でだけ先に銅貨を取ったことにする処理だった。


ルシアが商人控えを閉じる。


「商売でそれをやったら、相手に殴られるね」


「領政でも殴られる。ただ、殴る人が畑にいるだけさ」と空樽の女が答えた。


南三村の村役が帽子を握った。東井戸村の村役は井戸泥の残る爪を隠すように手を丸め、西畑組の確認役は門脇に置いた干し草二束を見る。


ミリアはその三人へ顔を向けた。


「今日の紙を、村控えとして持って帰ってください」


メイナが、村控え/領控え/査察官控え/門前掲示の四枚に分ける。


「四枚ですか」


「はい。村が持つ紙を増やします」


ミリアは公開確認の印を押した。


「奥の台帳だけで済ませません」


村役たちの肩が少し落ちた。安堵ではない。背負う紙が増えた重さだ。けれど、その重さは借り賃より軽い。


南三村の村役が最初に紙を受け取った。


「明朝、荷車一台」


「はい」


「二台目は、石運び後」


「はい」


東井戸村の村役が続く。


「明後日から二人ずつ三日」


「はい」


西畑組の確認役は、干し草二束の紐を結び直した。


「馬は明朝」


「確認します」


一つずつ声に出すと、門前の数字がようやく地面へ降りた。紙の上の負担が、荷車と井戸と馬に戻る。


そこで、在地の男が口を開いた。


「領主代行。差分控えは、私どもにも見せていただけますかな」


「門前に貼ります。ただし、個人の借り賃は貸借台帳です。村の徴税台帳とは混ぜません」


「徹底される」


「徹底します」


男は笑った。だが今朝の笑いとは違う。白線の外で保っていた余裕が、少しだけ端から崩れている。


「では、こちらも残る戸口を書いて出しましょう」


「今日中に」


「明日では」


「今日中です」


少し間を置き、男が頷いた。


「承知しました」


供が紙を畳む。その時、査察官の書記が薄い控えの間から一枚の小紙を落とした。


薄い紙だった。役所控えの紙より質が良く、折り目も新しい。表には村名が三つだけ書かれている。南三村/東井戸村/西畑組。その横に、短く済/済/済の印があった。


三つの村は、今朝ようやく残る形を出したばかりだ。その名前の横に先に済が付いているなら、門前の確認より早く別の場所で何かが終わっていたことになる。紙は薄いのに、門前台帳より先に動いた跡だけは濃かった。


メイナの筆が止まる。


「これは、どの控えですか」


若い吏員は答えなかった。査察官が紙を拾い上げる。


「門前台帳にも、徴発控えにも、この紙の番号がありません」


「仮控えです」


声はさっきよりかすれていた。


「誰の仮控えですか」


白線の外で、在地の男の供が一歩だけ後ろへ下がった。その足を見た。紙より先に、足が答えることがある。


「この小紙は、封じます。本日の差分控えと一緒に」


査察官が言った。


「私どもの処理に、王都の査察がそこまで」


若い吏員が言いかける。査察官はそこで初めて声を冷やした。


「門前で村に残る火を数えた後です。役所の中の火だけ、見ないわけにはいきません」


誰も笑わなかった。


ミリアは小紙を封じるための封蝋を出させた。印を押すのは領主代行。立ち会うのは査察官。控えるのはメイナ。紙は小さい。だが封じた後の沈黙は、門前の掲示より重かった。


封じるということは、すぐには裁かないということでもある。だが失わせもしない。小さな紙が戻る机・燃える火・別の台帳の隙間へ逃げる前に、今この場で止めるための封だった。


日が傾くころ、公開確認の紙は掲示板に貼られた。その横に差分控え、さらに横に封じた小紙の写し。村役たちは控えを胸に入れて帰る。空樽の女は井戸縄の値を書き、ルシアは商人控えへ同じ数字を写した。エルクは白線の外の杭を、抜かずに横へ寝かせた。


杭はまだ残るが、立ってはいない。最後に、門前台帳を閉じた。


「これで、税と徴発の形は一度通せます」


「一度だけです」


数字を押さえたまま、そう言った。


「奥の台帳を見ない限り、また戻ります」


ミリアは頷く。疲れは隠せていない。だが、視線は落ちていなかった。


門前で作った仕組みは、村を守るための形にはなった。けれど奥の棚が古い処理を続けるなら、門前の紙はいつかまた押し戻される。税と徴発を変えるには、貼った紙だけでなく棚の奥で眠る紙も動かさなければならない。


「明日は、役所の棚を開けます」


役所棟の窓は、夕方の光で黒く見えた。門前で作った紙は、風に揺れている。奥の棚だけが、まだ動いていなかった。

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