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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十一章 税と徴発の再設計

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残れるように

杭は三本とも、白線の外にあった。


朝の門前は、いつもの市より静かだった。人は多い。村役も商人も荷車番もいる。だが声だけが低く、誰がどちらへ寄るかを足の向きで測っていた。


三本の杭には紙が結ばれていた。代替徴発/公平税/道直し優先。メイナがその三語を写すだけで、唇が少し固くなる。


「門前台帳には入れません」


ミリアが言った。


「白線の外に立てられた紙です。受けるなら、こちらの台へ出してください」


在地の男は昨日と同じ場所にいた。今日は一人ではない。供の後ろには、荷車を持つ者・馬の手綱を握る者・人足を出せるという者が並ぶ。どの衣も汚れておらず、手の甲にも井戸泥は付いていない。


並んだ者たちは村役ではなかった。道を直す側ではなく、道直しの不足を条件つきで埋める側として門前に立っている。その違いは、白線の内側にいる者たちにもすぐ伝わった。


「では、正式に」


男が手を上げると、供が紙を三枚、門前の台へ置いた。荷車二台・人足六名・馬一頭。借り賃は秋麦一割または薪束二十、馬は別途で干し草三束。査察官の書記が素早く写す。


「これで不足は埋まります」


男の声はよく通った。


「領主代行は、村を守るために遅らせると仰る。なら、遅れの分は余裕のある家が担いましょう。道が直れば、税も戻る」


何人かが頷いた。言葉だけなら正しい。道を直す手が足りないなら、足りる家が出す。紙の上では、領を助ける形をしている。


けれど、その紙は道具を貸す紙では終わらない。荷車を出す家が麦を取り、人足を出す家が薪を取り、馬を出す家が干し草まで重ねて取る。道が直った後に残るものが誰の手へ渡るのか、まだどこにも書かれていなかった。


ミリアは昨日清書した公開確認の紙を台へ出した。


「では、残る戸口と残る火を書いてください」


男の目がわずかに細くなる。


「何のことですかな」


「荷車二台を貸した後、その家に残る戸口。馬を出した後、そこに残る火。人足六名を出した後、耕地と井戸を見る人数です」


「こちらは貸す側です」


「だからです」


紙の空欄を指で押さえる。


「借りる村だけでなく、貸す側も残るかを見ます」


白線の外が少しざわついた。荷車を持つ者が隣の男を見る。馬の手綱を握る者は、馬ではなく自分の靴先へ目を落とした。


「うちは余裕があります」


在地の男が答える。


「なら、書けます」


メイナが筆を渡した。


「荷車二台を出す家。残る荷車、残る戸口、残る火。秋麦一割を取った後、その戸口が残るか」


「借り賃まで口を出すのですか」


「徴発の不足分として出すなら、領の台帳に入ります」


声は揺れなかった。


男は筆を取らない。代わりに白線の外へ視線を送る。だが、誰も前へ出なかった。


余裕があると口で言うことと、残る戸口を紙へ書くことは違う。秋麦を受け取った後も火が残るのか。人足を貸した家の畑は誰が見るのか。問いが貸す側へ移った途端、白線の外の列は細くなった。


ルシアが商人控えを広げた。


「秋麦一割は、荷車二台なら高いね。馬の干し草三束も、今の門前相場より上」


「商人の相場で領政を測るのですかな」


「測らないと、あとで商人が買い叩きます」


「その前に、貸した人が取るか」


空樽の女が横から言った。笑いは起きない。


査察官が公開確認の欄を見る。


「領主代行。確認します。これは徴発の拒否ではなく、代替徴発の条件確認ですか」


「はい。南三村、東井戸村、西畑組の徴発を消すものではありません。出す順序と、出す形を変えるための確認です」


「一時減税は」


「本税は残します。止めるのは補修加算と遅延罰です」


「現物納付は」


「道・井戸・耕地にすぐ使う物だけ。麦種と薬布は取りません」


査察官の筆が動く。そこで男の供が声を荒げた。


査察官が書いたのは、拒否ではなかった。条件確認という言葉が入るだけで、王都へ送る紙の意味は変わる。徴発を嫌がった村の記録ではなく、代替を出す者の条件も見た記録になる。


「それでは、取れるものが減るだけではないか」


エルクが一歩だけ動いた。槍は上げない。ただ、供と白線の間に立つ。


「白線」


短い声で足りた。供の靴先が線の手前で止まる。在地の男が手を上げ、供を下がらせた。


「失礼。若い者が先走りました」


「その言葉も、台帳へ入れますか」


メイナが聞く。


「結構」


男の笑みが薄くなる。怒鳴れば兵が止める。紙を出せば名前が残る。貸せば残る戸口を書かされる。どの道も、白線の内側では隠れない。


南三村の村役が先に進み出た。手には泥の付いた確認札がある。


その札の端は乾ききっていなかった。昨日まで荷車を出せない理由だった泥が、今日は一台を出す根拠として台に置かれる。逃げる紙ではなく、出せるところまでを示す紙になっていた。


「北畑の麦種は、昨日のうちに半分運びました。今日の日暮れまでに残りを運びます」


小さい声だった。だが、門前に届いた。


「荷車は明日朝、一台なら出せます。もう一台は、石運びが終わるまで待ってください」


メイナが、南三村は明朝荷車一台、二台目は石運び後と書く。


東井戸村の村役も、帽子を握りしめて前へ出た。


「井戸さらいは今日で終わります。明後日から二人ずつ三日。六人、一度には出せません」


西畑組の確認役は、干し草の束を門の脇へ置いた。


「馬は明日朝に見てください。干し草二束、先に出します」


三枚の札を並べる。


荷車二台、人足六名、馬一頭という台帳の形には届かない。だが南三村は一台を出し、東井戸村は六人を分け、西畑組は馬の代わりに干し草を先に置いた。数が欠けているのではなく、村が残る順番に置き直されている。


「不足は残ります」


ミリアが小さく頷く。


「はい」


「でも、村は残ります」


「はい」


三つの声は強くない。どれも少し足りない。それでも、ゼロではなかった。荷車一台、二人ずつ三日、干し草二束。台帳の満額ではないが、明日につながる形ではある。


在地の男が、そこへ言葉を差し込んだ。


「美しい話です。ですが、領は美しい言葉で銅貨を得られません」


ミリアは男を見た。その背後にいる者たちではなく、男だけを見る。


「銅貨を得るために村を削れば、来年は銅貨を数える相手がいなくなります」


「では、今年の不足は」


「残してから取ります」


男が笑う。


「領主代行、それは徴税ではなく救済です」


「違います」


台の前へ出る。白線まではまだ距離がある。けれど声は門前の端まで届いた。


「取り立てる前に残れるようにする」


台の前の者たちは動かなかった。宣言というより、釘を打つ音に近かった。


門前に集まった者たちは、そこで初めて一時減税という言葉を安さではなく順番として聞いた。納期調整も逃げ道ではなく、水と麦種を戻すための順番になった。現物納付も余り物ではなく、道を残す物だけに限られた。


「税は取ります。徴発も消しません。ですが、炉の火が消えた家からは何も取れません。戸口が空いた村からは、人足も荷車も出ません。残れる形を作ってから、取ります」


査察官の筆が止まる。男の笑みも、今度は戻るまで少し時間がかかった。


ミリアは続けた。


「南三村は荷車一台を明朝。東井戸村は二人ずつ三日。西畑組は干し草二束を先納、馬は明朝再確認。補修加算と遅延罰は七日止める。本税は残す。異議は門前台帳へ。代替を出す者は、借り賃と残る戸口を書く」


メイナの筆が追いつかない。それでも止まらない。


「この条件で、領主代行確認印を押します」


押印箱が台の上に置かれた。印面が紙に落ち、乾いた音がした。


その音で、白線の内側の紙はただの案ではなくなった。村役の確認札、商人控え、査察官控えが同じ条件を持つ。あとから誰かが別の言葉を足しても、門前で押された順番は残る。


村役の一人が帽子を胸に当てた。礼ではない。胸の前に置いた手が、短く上下していた。


空樽の女が低く言った。


「じゃあ、うちは井戸縄の値を出すよ。高くしすぎたら、ルシアに笑われるからね」


「笑うだけで済むかな」


ルシアの返しで、ようやく小さな息が門前に戻った。


在地の男は白線の外で紙を畳んだ。


「よろしい。では、こちらも残る戸口を書きましょう」


「門前台帳へ」


「ええ。門前へ」


男はそう答えた。だが目はミリアではなく、査察官の書記を見ていた。


門前で論じる相手を変えたのだと分かった。ミリアの宣言をその場で崩せないなら、次は記録の奥を探る。白線の外から来た圧が、役所の紙へ目を向けた瞬間だった。


査察官もそれに気づいた。


門前台帳は、もう村だけを見る紙ではない。貸す側の戸口も、商人の値も、白線の外から出された紙も残した。そうなると奥の役所だけが古い欄のままでは、今日の確認が途中で切れる。査察官の筆先は門前から役所の扉へ向かっていた。若い吏員がまだ気づく前に、次の紙の場所が決まっていた。


「領主代行」


筆を置き、静かに言う。


「本日の確認に合わせ、役所控えの徴税台帳も照合します」


役所側の若い吏員が顔を上げた。


「今、ですか」


「今です」


査察官は門前台帳を閉じなかった。


「門前でこれだけ書いた。奥の台帳だけ、古いままでは困ります」


若い吏員の喉が動いた。


白線の外の男は、もう笑っていなかった。

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