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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二章 追放命令

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弁明は許されない

「弁明は、記録に残せません」


軍監役の書記官は、羽ペンを持ったまま言った。


朝の将軍幕舎とは別の、小さな記録用天幕だった。入口の布は半分だけ開いている。外では兵が荷を結び直し、馬の蹄を確かめていた。夕刻には北東へ向かう輸送便が出る。


その前に、レインは処分確認書へ署名するよう命じられた。


卓上には羊皮紙が三枚。


一枚目は辞令。


二枚目は原本返納確認。


三枚目は、補給混乱に関する本人確認書。


どれも、レインが何を言ったかではなく、レインが何を認めたことにするかを書いてある。


「では、事実確認だけを」


三枚目の紙を指した。


「ここに『軍備品の無断廃棄』とあります。廃棄した品目、数量、廃棄時刻、立会人を追記してください」


書記官の眉が少し上がった。


「必要ありません。概括記録です」


「概括では、後で現物と照合できません」


「照合は上が行います」


「上が行うなら、下から出す数字が必要です」


セドリックはいない。


だが、この書記官の声には、セドリックの置いた結論が染みていた。質問を受ける形をしているだけで、答えを書く欄は最初から閉じられている。


「レイン・アストラ。これは査問ではありません」


「では何ですか」


「確認です」


「確認なら、確認した内容を正しく書いてください」


外で馬が鼻を鳴らした。


書記官は羽ペンを置き、別の紙を取り出した。


「あなたは、本日付で第三兵站隊の職務を解かれました。以後、軍務上の帳簿に関する閲覧権限はありません。よって、追記要求も受けられません」


順番が逆だ。


処分確認のために呼び、確認に必要な記録は見せない。発言を求めず、署名だけを求める。


卓上の三枚をもう一度見る。


辞令の日付は敗戦前日。


原本返納確認の日付は今日。


本人確認書だけ、日付欄が空いている。


あとから入れられる紙だ。


紙の端には、すでに折り目がついていた。今朝初めて作られた紙ではない。誰かが何度か開き、閉じ、必要な欄だけを空けて待っていた紙だ。負ける前に処分先が決まり、負けた後に理由だけを書き込む。


辞令の日付の不自然さとも噛み合う。


だが、ここでそれを言えば、作り話だと笑われる。


作り話かどうかは、まだどうでもいい。


重要なのは、紙が現物より先に動いていたことだ。


「日付欄が空です」


「最後にまとめて記入します」


「署名時刻も空です」


「同じです」


「この紙は、私が何時に何を確認した記録ですか」


書記官の目が細くなった。


「あなたは、細かい」


「細かくない紙ほど、人を殺します」


羽ペンの軸が、書記官の指の中でわずかに鳴った。


怒りでも、迷いでもない。


この紙を早く終わらせたい者の手だ。


「署名しなければ、転任便を遅らせることになります」


「遅れれば困るのは、私だけですか」


書記官は答えなかった。


輸送便には薬箱と釘、補修用の革紐、少量の麦が積まれる予定だ。ハルヴェイン辺境領への支援物資。少ないが、現物だ。


レインが署名を拒めば、処分者が命令に従わなかったという記録が増える。輸送便も止まる。荷も遅れる。


外から、荷台に木箱を載せる音がした。


一つ。


少し間を置いて、もう一つ。


音だけで中身の重さはだいたい分かる。薬箱なら布で包まれて鈍い。釘箱なら角が鳴る。今の音は、中身が軽く、外側だけが硬い箱だった。


支援物資に混ぜるには、嫌な音だ。


後で見る必要がある。


だが今、席を立てば署名拒否にされる。


順番を間違えれば、どちらも失う。


目の前の紙を一行でもましにする。


そのあとで、荷台を見る。


「確認書の末尾に、一行だけ入れてください」


「何を」


「本人は、補給不足の数量、出庫記録、後方本部受領印の照合を求めた。軍監役は、転任命令後のため閲覧権限なしと回答した」


書記官は黙った。


その一行は、誰も責めていない。


ただ、何を求め、何を拒まれたかが残る。


だから嫌なのだ。


「不要です」


「では署名欄の横に、私が書きます」


「許可できません」


「弁明ではありません。確認です」


書記官の口元が固くなった。


天幕の外で、誰かが布を揺らした。副官室の従卒だ。こちらを見ている。


書記官は従卒を一度だけ見た。


それで十分だった。


この紙は、この天幕だけで作られていない。


「レイン・アストラ」


書記官は低く言った。


「あなたの任地は、ハルヴェイン辺境領です。ここで紙にこだわっても、戻れるわけではありません」


「戻るためではありません」


「では何のためです」


「同じ紙で、次の誰かが捨てられないようにするためです」


沈黙が落ちた。


外の従卒が小さく舌打ちした。


書記官は三枚目の端に、短い一文を書き足した。


完全ではない。


「本人、照合希望あり。権限外につき却下」


わずか一文だった。


だが、空欄よりはましだ。


レインは署名した。


署名の横に、時刻も小さく入れた。


書記官はそれを止めなかった。止めるには、もう一言多く説明しなければならないからだ。


紙の上で負け方を少し変えた。それだけだ。


ただ、後で誰かがこの紙を見る時、署名だけではなく時刻も見る。時刻を見れば、辞令の日付との差に気づく者がいるかもしれない。気づかなくても、時刻は残る。


天幕を出る直前、書記官の手元が見えた。


処分確認書の下に、一枚だけ違う紙が挟まっている。


紙質が薄い。


帳簿原本から破られた断片に似ていた。


書記官は気づいていないのか、気づかないふりをしているのか。


端に、黒い墨で短く数字が残っている。


十五樽。


その下に、家名らしい文字が二つ、半分だけ覗いていた。

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