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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第一章 敗戦の帳簿

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追放の辞令

辞令の日付が、敗戦の前日になっていた。


レインは卓上の羊皮紙を見下ろし、最初にそこを読んだ。


内容より先に日付を見る癖は、補給記録係として染みついたものだ。いつ出た紙か。いつ受け取った紙か。現物が動く前の紙か、動いた後に整えた紙か。


その違いだけで、責任の置き場所は変わる。


将軍幕舎には、将軍とセドリック、軍監役の書記官がいた。夜明け前だというのに、卓上の燭台は新しい蝋を使っている。外の負傷兵には油を薄く配っているのに、ここだけ火が太い。


「レイン・アストラ」


軍監役が読み上げた。


「王国軍第三兵站隊補給記録係。ルーデン平原会戦後の撤退行動において、補給物資の管理不備、軍備品の無断廃棄、命令系統を介さない兵への直接指示を行った件について、裁定を申し渡す」


声は平らだった。


書かれたものを読む声だ。


誰が何を見たかではなく、誰に何を置くかが先に決まっている声だった。


「戦時下の混乱、および辺境支援任務の必要性を鑑み、厳罰は見送る」


厳罰は見送る。


その言葉だけなら、寛大に聞こえる。


続く言葉が、処分の形をしていた。


「本日付で第三兵站隊より外し、ハルヴェイン辺境領への支援要員として転任を命じる。任地においては、同領の補給記録、倉庫管理、雑務補佐に従事すること」


雑務補佐。


何も任せていないようで、何でも押しつけられる言葉だ。


「出立は」


セドリックの眉がわずかに動いた。


抗議を待っていた顔だった。日程を聞かれるとは思っていなかったのだろう。


「後方輸送便に同乗。今日の夕刻だ」


「護衛は何人ですか」


「何?」


「北東方面の街道状況が分かりません。荷馬車三台なら最低八人。弓を使える者が二人必要です」


セドリックは薄く笑った。


「自分の処分より、馬車の心配か」


「任地に着く前に荷が奪われれば、支援任務が失敗します」


「君はどこまでも帳簿だな」


「帳簿に載る前に失われるものもあります」


将軍が咳払いをした。


「レイン」


「はい」


「これは追放ではない」


わざわざ否定した。


本当に追放でないなら、誰もそんな言い方をしない。


「ハルヴェインは北東の抑えだ。人手も物資も足りん。君の能力を、そこで生かせ」


将軍は最後だけ視線をそらした。


罪悪感か。


それとも、自分は人材を潰していないという言い訳か。


どちらでも、荷馬車の数は増えない。


「承知しました」


頭を下げる。


セドリックが満足げに息を吐いた。


「なお、補給帳簿の原本は軍に残す。君が持ち出せるのは私物のみだ」


そこは早い。


昨夜の三番倉庫で見た欄外の斜線。干し肉十五樽。馬具ごと消えた予備馬十二頭。正式印ではない「別」の跡。


帳簿を恐れている。


「写しの持ち出しは」


「不要だ」


「任地で補給不全の原因を分析するには、近隣軍の損耗記録と流通経路が必要です」


「ハルヴェインの倉庫番にでも聞け」


「それでは同じ間違いを繰り返します」


セドリックは卓の向こうから近づいた。


声を落とす。


「繰り返すかどうかを心配する立場に、君はもういない」


レインはその目を見返した。


勝った者の余裕がある。だが、余裕が本物なら、ここまで念を押さない。


「承知しました。原本は提出します」


持っていた帳簿を卓上に置いた。


泥と血で汚れた表紙。橋で増えた傷。倉庫でついた穀物粉。紙は物を運ばないが、物がどう消えたかだけは残す。


セドリックは表紙に指を置いた。


「最初から素直なら、君もここまで悪目立ちせずに済んだものを」


「副官殿」


「何だ」


「三番倉庫の出庫欄に、正式印ではない斜線がありました」


セドリックのまぶたが、ほんの少し落ちた。


幕舎の火が揺れる。


「面白い見間違いだ」


「見間違いなら、それで構いません」


レインは続けた。


「干し肉十五樽が本当に後方本部へ移送されたなら、倉庫奥の轍も、予備馬十二頭分の馬具も、調べればすぐ合います」


将軍の視線が動いた。


セドリックの顔には笑みが戻っている。だが、帳簿を押さえる指だけが強い。


「負け戦の直後に、また泥の話か」


「泥は、誰の顔も立てません」


軍監役が筆を止めた。


余計なことを言ったのかもしれない。


だが、もう原本は取られる。ならば、残すべきは疑いの形だ。完全な証拠でなくていい。将軍の中に、一度だけ「数が合わない」という棘を置けばいい。


セドリックは帳簿を閉じた。


「下がれ。夕刻まで幕舎外で待機。勝手に兵へ指示を出すな」


「承知しました」


幕舎を出ると、朝の冷たい空気が頬に触れた。


外では、まだ兵が動いている。誰かが水を運び、誰かが馬の脚をさすり、誰かが負傷兵の名を呼ぶ。幕舎の中より、こちらの方が軍らしかった。


ハンスが焚き火のそばに立っていた。


近づいてこない。


それでいい。


近づけば、何かを言わなければならなくなる。言葉は報告書に残らなくても、誰かの目に残る。


レインは遠くから短くうなずいた。


ハンスも、ほんの小さくうなずき返す。


それで十分だった。


夕刻には、北東へ向かう輸送便が出る。


その前に、軍監役の確認署名があると言われていた。


弁明ではない。


処分を受け取ったという記録を、処分された者の手で整えるための署名だ。


空になった手を握る。


原本は奪われた。


役職も失った。


軍服の肩にあった小さな縫い取りも、今日から意味をなくす。


だが、数え方までは置いてきていない。


ハルヴェイン辺境領。


帳簿の上では支援先。


人事の上では厄介払い。


そして、辞令の日付だけが、敗戦の前日を指している。


表向きの栄転は、負ける前から用意されていた。


誰が、レインをそこへ送る必要があったのか。


その答えを隠す紙が、まだこの軍のどこかに残っている。


出発までの数刻で、それを拾えるかもしれない。

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