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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第一章 敗戦の帳簿

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兵站隊の夜

「お前が切られる順番だぞ」


焚き火の向こうで、ダグが言った。


夜の兵站隊は静かではない。呻き声、馬の鼻息、濡れた薪が爆ぜる音、遠くの見張りが交わす短い合図。だが昼間の怒号が消える分、言わなくていいことまで聞こえてしまう。


水袋の口を縛り直していた。


「順番なら、他にもあります」


「逃げる順番じゃない。責任の順番だ」


ダグは火に枝を入れた。


「将軍は負けを認めたくない。副官は自分の印を守りたい。士官は隊を割られたくない。兵は水が欲しい。そうなると、帳簿を持って走り回っていた若造がちょうどいい」


ちょうどいい。


軽い荷ほど、荷台から落としやすい。


レインは革紐を引いた。


「まだ処分は出ていません」


「出る前に分かることもある」


ダグの声は責めていない。疲れているだけだった。長く軍にいれば、負けた日の夜にどの顔が選ばれるか分かるのだろう。


焚き火の横には、乾いた包帯が積まれている。日暮れ前に倉庫で分けたものだ。濡れた箱を切り離したおかげで、使える包帯が半箱分だけ増えた。


半箱。


それでも、なかったよりましだ。


「ロイドは」


レインが聞くと、ハンスが顔を上げた。目の下が黒い。九人目の担架を運んでから、ずっと負傷兵の天幕にいた。


「まだ息があります」


「熱は」


「下がっていません。でも、水を少し飲みました」


救ったとは言えない。助かるとも言えない。ただ、まだ死んでいない。


ハンスは焚き火の前へ膝をついた。


「俺、証言します」


レインは手を止めた。


「何を」


「橋のことです。二番車の車軸も、重装備のことも、レインさんが前の日から言っていたって」


「言うな」


「でも」


「お前が言えば、次の責任の置き場所が増える」


ハンスは黙った。


若い顔に、悔しさがはっきり出る。悔しさを隠すには、まだ負け戦が足りない。


足りない方がいい。


「じゃあ、黙って見ていろってことですか」


「水を運べ」


「水だけですか」


「今夜は、その水で何人かが朝まで残る」


ハンスは拳を握った。


焚き火の光が、その指を赤く見せる。


「レインさんは、悔しくないんですか」


悔しい。


その一言を出せば、少しは楽になるのかもしれない。けれど楽になった分だけ、次の数を見落とす。


レインは包帯の箱を閉じた。


「悔しさで水袋は増えない」


ハンスの顔が歪んだ。


言い方が悪い。


分かっていても、ほかの言い方がすぐに出てこなかった。人の感情に割く手が、いつも足りない。


ダグが低く笑った。


「だから切られるんだ」


「かもしれません」


「認めるのか」


「認めても、認めなくても、明日の水は八袋です」


焚き火の周りにいた兵が、何人かこちらを見た。笑う者はいない。怒る者もいない。ただ、数字を聞いて顔が少し引き締まった。


八袋。


誰もが自分の喉で数えられる量だ。


「配り方を変えます」


レインは小さな板に区分を書いた。


熱のある負傷兵。


歩ける負傷兵。


後衛。


馬。


「後衛の水は班長管理。個人持ちは半分まで。馬は動ける順に飲ませる。弱った馬を見捨てるわけではありません。荷を引ける馬を残さないと、弱った馬も一緒に置いていくことになる」


ハンスは板を見つめた。


「これも、俺がやります」


「名前は出すな。班長からの提案にしろ」


「またですか」


「まただ」


ダグが枝で火をつついた。


「若いの。こいつは自分が残る気で物を言ってない。切られたあとに、誰が水を配るかを見てる」


ハンスは顔を上げた。


レインは何も言わなかった。


そう見えるなら、そうなのだろう。


自分が残れるかどうかは、もう大きな問題ではない。問題は、自分がいなくなったあとに水袋が一か所へ積まれないこと、割れ盾が前列に戻されないこと、濡れた包帯が乾いた箱を腐らせないこと。


仕事は、人より少しだけ長く残ればいい。


「帳簿はどうします」


ダグが聞いた。


「原本は取り上げられます」


「分かっている顔だな」


「分かりやすいです」


「写しは」


レインは外套の内側から小さな紙束を出した。


正式な写しではない。数字も最低限だ。麦、干し肉、馬、水、包帯、橋の通過数。三番倉庫の欄外にあった「別」の跡だけは、文字ではなく点で残してある。


「ハンス」


「はい」


「これは明日の朝、俺が戻らなければダグさんへ渡せ」


ハンスの喉が動いた。


「戻らないって」


「幕舎に呼ばれる」


「いつ」


「夜明け前」


さっき伝令が来ていた。正式な呼び出しではない。「明朝、説明を求める」というだけの言葉。だが、敗戦の夜に説明を求められる者は、だいたい説明を聞いてもらえない。


ハンスは紙束を受け取らなかった。


「自分で持っていてください」


「持っていれば一緒に取られる」


「でも」


「水袋と同じだ。一か所に置くな」


その言い方で、ようやくハンスは手を出した。


紙束を受け取る指が震えている。


「見てもいいですか」


「今は見るな。見れば顔に出る」


ダグがまた笑った。


「本当に嫌な若造だ」


「よく言われます」


「誰に」


レインは少し考えた。


誰に言われたのか、すぐには思い出せない。似たような顔で、似たような声で、何度も言われてきたのだろう。


「だいたい、上の人に」


今度はハンスが小さく笑った。


笑いはすぐに消えたが、消える前に焚き火の周りへ少しだけ広がった。


負け戦の夜に、兵が一度だけ息を抜いた。焚き火の周りで、止まりかけていた手がまた動き出す。


遠くで伝令の足音がした。


硬い靴音。


泥を踏み慣れていない歩き方。


焚き火のそばにいた者たちが、ほぼ同時に黙った。


「レイン・アストラ」


伝令が暗がりから現れた。


「夜明けを待たず、将軍幕舎へ来いとのことだ」


ハンスの手が紙束を握りしめた。


レインは立ち上がった。


まだ水は八袋ある。


包帯は乾いた箱で二つ。


ロイドはまだ息がある。


数えることは残っている。


ただ、次に数えられるのは物資ではない。


この軍が、誰を捨てて形を保とうとしているのか。

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