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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十一章 税と徴発の再設計

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払える形

「不足分なら、こちらで立て替えましょう」


在地の有力者は門の白線を越えず、供の一人に紙を出させた。折り目はきれいで泥も水跡もなく、門前に戻ってきた三枚の確認札とは触った時の音まで違った。


「荷車二台、人足六名、馬一頭。明朝にはそろえられます」


査察官の筆が動く。


「代替徴発ですか」


「領のためで、出せぬ村を責めたいわけではありません。ただ道直しは待ちません。足りないなら足りる家が出し、あとで村々が相応に返せばよい」


相応、という一語で門前の商人たちがさらに目を逸らした。


ミリアは紙を受け取らずに尋ねる。


「返すものは」


「秋の麦でも、冬の薪でも」


「銅貨ではなく」


「銅貨がないのでしょう」


声は親切に聞こえた。白線の外に立つ男の紙は、困った村を助ける形をしている。だが返す日と値がまだ書かれていない。


徴発台帳の端に指を置く。南三村/東井戸村/西畑組。たった三行の下に、戻った札と男の紙が重なっている。


「荷車二台を借りると、南三村の麦種は動きます」


ミリアが小さく言う。


「人足六名を借りれば、東井戸村は井戸を戻せます」


「借り賃が残ります」


指が男の紙の余白へ移る。


「馬一頭を借りれば、西畑組は薬布を運べます。ただし、馬の借り賃で薬布の代金が払えなくなる」


「なら、借りなければよいと?」


男が初めてレインを見た。視線を受けたまま、紙を一枚引き寄せる。


「違います」


「借りるものを間違えない、という話です」


借りそのものを否定すれば、今夜の道直しは止まる。だが条件を見ないまま受ければ、村は次の収穫で返すものまで先に失う。


メイナが新しい欄を作り、本税・補修加算・遅延罰・徴発・現物の五つを置いた。縦に書きかけてすぐ横へつなげる。掲示ではなく案の骨だ。縦に並べれば、全部が同じ重さに見えてしまう。


「本税は消しません」


査察官の筆が止まる。


「減税ではないのですか」


「本税の免除ではありません。七日間、補修加算と遅延罰を止めます」


門前で低いざわめきが起きた。銅貨を納める本来の税は残すが、道の破損・井戸の濁り・荷車不足で増える罰と加算は一度止める。


止めるのは取り立てではなく、壊れた道の上に重なる罰だけだった。


メイナが読み上げる。


「一時減税。対象は確認札で復旧作業が認められた村、期間は七日、停止は補修加算と遅延罰。理由は耕地・井戸・街道の再開」


査察官はすぐには否定しなかった。


「王都の台帳には、どの欄で報告しますか」


「未納ではありません」


ミリアは台帳を指した。


「徴発と同じです。確認待ち、理由付き、七日後に再確認」


「七日後に払えなければ」


在地の男が静かに挟む。


「その時に、私どもの紙が必要になるでしょう」


「必要なら、その時に比べます。今日の紙では受けません」


笑みは崩れないが、供の一人が紙を少しだけ引いた。


次に納期調整の欄へ移る。南三村は明日日暮れまで麦種を運び、荷車二台の徴発はその後に再確認。東井戸村は井戸さらい二日、三日目から二人ずつ三日。西畑組は明後日朝に馬を再確認し、明日は干し草二束を現物納付候補にする。


「三つとも、台帳の数字は減っていません」


メイナが筆を止めずに言う。


「出す順番と、出す形が変わっています」


「徴発を弱めると、他村が真似します」


「真似できるようにします」


ミリアは戻った確認札を一枚ずつ押さえた。


「理由を出せる村だけです。残る数/戻る日/代わりに出せる物。三つがない村は通常通りです」


空樽の女が門柱から身を起こす。


「つまり、泣けば安くなるんじゃなくて、紙を出せってことかい」


「紙だけでも駄目です」


「門前の確認/村役の署名/戻り日の控え。三つがそろわなければ、減らさない」


「面倒だね」


「面倒な分だけ、買い叩かれにくくなります」


供の一人が顔を上げたが、白線の外の男は動かない。


「買い叩くとは、聞き捨てなりませんな」


「まだ誰のこととも言っていません」


ルシアが軽く言った。


「ただ、相場の三倍で荷車を貸す紙は、商人の間でも高い方に入ります」


男の紙を見る目が増え、査察官の筆先もそちらへ向いた。


「三倍」


「うちなら二倍で出します」


空樽の女が笑う。


「ただし、荷車はないけどね」


軽口が場の角を少しだけ削った。その隙間へ、ミリアが現物納付の欄を入れる。


「現物納付は、道と井戸と耕地にすぐ使う物に限ります」


「穀物もですか」


「麦種は取りません」


声が強くなった。


「薬布も取りません。人を残すために必要な物は、現物納付に入れない。干し草・割れ石・使える板・井戸縄。今出しても村の明日を削らない物だけです」


「誰が判断します」


査察官の問いに、メイナが控えを領・村・査察官の三枚に分けた。


「三枚で残し、価格は商人任せにしません。使い道を書きます。道用/井戸用/耕地用の区別が書けない物は受けません」


在地の男が、そこで初めて白線の内側を見た。入ってはこない。


「領主代行は、ずいぶん細かいことをなさる」


「細かいところから逃げた結果が、今の台帳です」


ミリアは声を荒げなかった。


「南三村の荷車二台、東井戸村の人足六、西畑組の馬一。三行で済ませれば、村は残りません」


査察官の筆がまた動き出す。否定ではなく承認でもないが、写している。門前の何人かが息を吐いた。査察官控えに残れば、少なくともあとで消されにくい。


メイナが第一案の端へ日付を入れた。明朝掲示/七日後再確認/異議は門前台帳へ。


「異議も受けるのですか」


「受けます」


「誰の」


「村、商人、徴発を受ける側と出す側。代替を申し出る者も」


男の紙へ視線が集まると、白線の外でゆっくりと笑った。


「では、私も異議を出しましょう」


「書面で」


「門前へ貼ります」


笑みが少しだけ薄くなった。貼られる異議は、裏で囁く異議とは違う。誰が何をどの値で求めたかが残る。


供の一人が男の紙を畳み直した。


「明朝までに、こちらも整えます」


男はそう言って、白線の外から一歩下がった。引いたのではなく、場所を変えただけだ。


門前の端で、ガレスが古い徴発台帳を見ていた。革表紙の割れ目に、乾いた土が詰まっている。


「その台帳」


「いつの形だ」


低い声に返事が出る前に、視線が古い台帳へ落ちた。第一案の紙はまだ乾いていない。その隣で、古い台帳だけがずっと前から乾いていた。

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