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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十一章 税と徴発の再設計

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残る数

「南三村の荷車は、三台です」


最初に戻った確認札は端が泥で黒く、若い書記は息を切らせたまま門前の台へ紙を置いた。村役の拙い字と確認役の細い字が並び、南三村の荷車三台のうち使える荷車は二台、壊れ一台は車輪割れ。石運び予定一台/麦種運び予定一台/余りなしと読める。


読み上げを聞いた商人の一人が小さく舌を鳴らした。


「三台あるなら、二台出せるだろうって書き方だな」


「使える二台の予定が、もう埋まっています。石運びは昨日の水桶置き場の続き。麦種は南三村の畑へ戻す分です」


ミリアが紙を押さえる。査察官はすぐには書かなかった。


「麦種は徴発より優先されるのですか」


「麦を戻さなければ、次に徴発できる村が減ります」


「推測です」


「なら、確認します」


若い書記へ顔を向け、麦種をいつまでに運ぶ必要があるかを問う。村役は明日の日暮れまでと答えていた。遅れれば北畑の一枚を諦める。メイナは南三村の欄へ、北畑一枚/麦種は明日日暮れまでと追記した。


荷車を出さない理由を作るための数字ではない。二台を今どこへ向ければ、明日以降も村が荷を出せるかを決める数字だった。石が止まれば道が止まり、麦種が止まれば来年の税も徴発も細る。


空樽の女が門柱にもたれたまま言う。


「畑一枚って、荷車二台より軽く見えるんだろうね」


「王都の報告では荷車二台の方が見えやすい。でも、来年の麦は紙の上に載らない」


ルシアの返しに、査察官の筆先が動いた。写したのか、写さなかったのかは見えない。


次に戻った東井戸村の確認札は、泥より水で濡れていた。若い書記ではなく村役本人が門まで来ている。痩せた男で、袖を肘までまくり、爪の間に井戸泥が残っていた。


「人足六とあります」


「出せる腕は十あります」


査察官が顔を上げる。


「では、六名は可能では」


「井戸を捨てるなら」


村役は一度口を閉じてから続けた。東井戸は二つあるうち一つが濁り、今日と明日は底をさらう。十のうち六を出せば井戸の泥が戻り、畑より先に水が止まる。


「井戸さらいは、徴発対象外ですか」


「対象外とは言いません。ただ、今六人を取ると水を運ぶ人足が倍になります。結果として、別の徴発が増えます」


レインの手元で空の欄が増えた。東井戸村は人足十。井戸さらいに六、水運び増加見込み四、今出せる人足なし。そう書かれた瞬間、村役の顔が強張る。


「なしと書かれると、逃げたように見えます」


「だから、理由も書きます。井戸さらい二日。三日目以降、二人ずつなら出せるか確認してください」


「二人ずつなら」


「何日」


「三日なら。六人を一度に取られるより、村が残ります」


メイナが東井戸村の行をまとめた。人足六は一括不可、三日目より二人ずつ三日。査察官はその文字を見下ろす。


全数を拒む札ではない。六人を六人のまま出すために、出し方だけを変える札だった。井戸が濁ったままでは、徴発された人足の家にも水が戻らない。


「徴発の分割」


「納期調整です。逃れではありません。全数を出すために、一度に出さないだけです」


村役は礼を言いそうになって飲み込み、泥の付いた指で確認札の端を押さえた。


三枚目、西畑組の札が戻ったのは夕方近くだった。徴発台帳の欄は馬一で終わっている。戻った札には、西畑組の馬二頭のうち一頭は脚腫れで荷不可、もう一頭は麦種と薬布の共同運び。戻りは明後日朝とあった。


「薬布?」


薬種商の使いが、門前で小さく手を上げる。


「うちの包みです。東井戸と西畑へ半分ずつ回す予定です。昨日の戻り確認で湿りなしと出た分から分けます」


「商人の荷を、徴発より優先すると」


「売る荷ではありません」


ルシアが横から言った。


「村へ回す薬布です。代金は後で取ります」


「後で」


「今取れば村は買いません。買わなければ熱の出た人足が畑に出ます。倒れれば、徴発も畑も減ります」


ミリアが西畑組の行へ指を置く。


「馬一は明後日朝まで徴発不可。脚腫れの馬は対象外。薬布と麦種の戻り後に再確認」


「それは、延期では」


「延期です。理由を書きます。戻り予定は明後日朝。代替として、明日は干し草二束を現物納付できるか確認」


西畑組の確認役が頷いた。


「干し草なら、明日朝に出せます。馬は出せません」


現物納付という文字で、メイナの筆が一瞬止まる。


馬を抜けば道が止まる。けれど干し草なら明日の朝に出せる。銅貨でも人足でも馬でもないが、荷を運ぶ力を支える物ではあった。


「書いてください。西畑組、馬一は明後日朝再確認。明日、干し草二束を現物納付候補」


査察官が三枚の確認札を並べた。南三村の荷車二は即時不可。東井戸村の人足六は分割。西畑組の馬一は延期、干し草二束が候補。紙の上では、徴発台帳の通りに出るものが一つもない。


「これでは、徴発台帳の通りに何も出ません」


「今日の台帳の通りには出ません。ですが南三村は麦種を運び、東井戸村は水を戻し、西畑組は干し草を出す。明後日には、改めて馬を確認できます」


「王都への報告は」


「徴発不能ではありません。徴発順序の組み替えです」


三枚の確認札の下へ新しい紙が置かれた。そこに並ぶ言葉は、一時減税/納期調整/現物納付。減税は銅貨を待たせ、納期調整は人足を分け、現物納付は馬の代わりに干し草を出す形になる。どれも、翌日に残る作業を削らないための言い方だった。空樽の女が低く笑う。


「銅貨じゃなくても、払えるものはあるってわけだ」


「払えるものを間違えると、来年の銅貨が消えます」


ミリアの声は疲れていたが、折れてはいなかった。査察官が紙を見下ろす。


「第一案ですか」


「まだ、材料です」


「いつ案に」


三枚の札へ目を落としてから、ミリアは答えた。


「明朝。村側の確認をもう一度受けてから、第一案にします」


その時、門の外から別の声がした。


「明朝では遅い」


見慣れない男が門の白線の外に立っていた。衣は上等だが、泥は裾に付けていない。後ろには二人の供がいる。名乗らず、ただ徴発台帳の写しを見ていた。


「荷車も人足も馬も、出せぬなら誰が不足分を埋めるのですかな」


ミリアの顔が少しだけ硬くなる。門前の商人たちはそろって目を逸らした。泥の付かない裾と、供の立ち位置だけで足りる。


在地の有力者だ。

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