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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第九章 街道を取り戻せ

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商人を呼ぶ紙

「混ぜるな」


倉の空き部屋に入るなり、ガレスは古い布を三枚広げた。


襲撃で拾った物が卓に並んでいる。落ちた矢・使われなかった縄・道倉印の小木札・時刻と兵数を書いた紙片。古い通り賃木札と削られた荷札の鉛片もあった。


「混ぜると、どれがどの場所の物か分からなくなる。場所ごとに置け」


布の端に、メイナが古橋跡・門前・一里石と書き込む。場所がつくと証拠は少しだけ黙り、騒ぐのは人の方になった。


同じ小木札でも、古橋跡にあったものと一里石で拾ったものでは意味が違う。三枚の布は証拠を飾るためではなく、後で誰が見ても同じ順に戻せる置き場だった。


奥の扉の向こうには、捕らえた二人が閉じ込められている。エルクは扉を睨んだまま言った。


「吐かせれば早い」


「吐かせた言葉は、すぐ腐ります」


「腐る?」


「痛い目に遭えば、相手が欲しがる名前を言います。こちらが聞きたい名前ではなく」


拳の骨が鳴る。


「では黙って飯を食わせるのか」


「食わせます。腹が空いた者は安い嘘を売る」


小さく笑ったルシアが「嫌な買い物の仕方ですね」と言う。


「商人ほどではありません」


「褒め言葉にしておきます」


ミリアは新台帳を開いた。顔は青いままだが声は落ち着いており、少し震える指で査察官欄へ頁を送る。


「査察官に見せる紙を先に決めます」


「見せる紙は四つです」


メイナが筆を構える。読み上げる内容は、紙片の上で一つにまとめた。


見せる紙は少なければ弱く、多すぎれば先に潰される。


古橋回りへ誘導する古い通り賃木札を確認/門通行確認札で通した荷車が一里石手前で襲撃を受けた/負傷者なし・荷損なし・二名捕縛/通行税と見張り費用は暫定扱いで正式決定待ち。


「伏せる紙は」


「時刻と兵数が事前に漏れていたこと。道倉印が通り賃木札と襲撃者の小木札にあること。荷役底の靴。逃げた弓手。干し魚籠の男」


最後の名もない項目で、ミリアの目が止まった。


「干し魚籠の男は、まだ捕まえませんか」


「はい」


「理由は」


「捕まえれば黒外套が消えます」


「黒外套を追う?」


「今は追いません。逃げ道を残して、次にどこへ知らせるかを見ます」


エルクが苦い顔をする。「ずっと追わない話ばかりだ」


「追う場所は決めます」


一里石の布を指で押さえた。古橋跡でも林の奥でもない。門から見張りを戻せるぎりぎりで、水桶置き場から合図が届き、商人に説明できる道。


道を売り物に戻すなら、勝った場所より守れる場所を示す方がいい。商人が欲しいのは勇ましい話ではなく、次の荷を置ける距離だった。


「守れる場所で向こうが出てきた。なら次も守れる場所で出させます」


「次も荷を出すのか」


「出します。ただし売り物ではなく、商人が失っても立ち直れる荷です」


倉の入口には荷主が立っていた。呼んではいない。帰れとも言っていない。襲われた道の話は、商人本人に聞かせる必要がある。


「失っても立ち直れる荷なんて、商人にはない」


「あります」ルシアが答える。「傷んだ塩・割れた陶器・戻り荷の空樽・湿った粗布。金にはなるけれど、失えば店が潰れるほどではない物」


「そんな荷を通して何になる」


「道が通ることを見せる」


荷主は口を閉じた。


その沈黙は納得ではない。だが、損得の計算に入った沈黙だった。


「商人は領主様の勇気を買いません。買うのは日付、額、損をした時の相手、次も同じ約束が守られるかです」


「だから紙ですか」


「ええ。商人を呼ぶのは、勇ましい噂ではなく読める紙です」


荷主の目が札の文面へ戻る。


「なら、その紙を書きます」


ミリアが筆を取った。門通行確認は暫定継続/銅貨二枚は正式通行税決定時に差し引き/石標手前の水桶は使用可/一里石まで見張り確認/古橋回りは確認対象外/荷損時は門控えと商人控えを照合。


縦に並んだ言葉を、メイナが一枚の文面へまとめる。読み上げると、荷主は何度か口の中で繰り返した。


「分かる」


それ以上は聞き返さなかった。


一度で読める紙は、余計な確認を消して商人の手間を減らす。手間が減れば次の荷を選ぶ時間が生まれる。


ガレスが道倉印の小木札を持ち上げる。


「これはどうする」


「写しを作って、原物は封じます」


「封じる場所は」


「印箱ではありません」ミリアが先に言った。「倉の薬箱でもありません。人が多すぎます。私の部屋でも狙われます」


すぐに顔を上げる。


「ガレス、古い炉はまだ使えますか」


老鍛冶師の眉が動いた。「使えるが、証拠を焼く気か」


「焼きません。炉の横の石箱です。昔、湿らせてはいけない鉱石を入れていたと聞きました」


「よく覚えとる」


「前に怒られましたから」


少しだけ口元が動いた。


「あそこなら、鍵はわしと若様しか知らん」


「私にも教えてください」


「領主代理なら、覚えろ」


奥の扉から、捕らえた男の声がした。


「俺たちは盗賊じゃない」


兵も商人も動かないまま、男の声だけが続く。


「荷を止めろと言われただけだ。殺すなとも言われた。荷は古橋へ戻せと」


エルクが扉へ向かいかける。


「待って」


止めたのはルシアだった。


「今の言葉だけで十分です」


「聞かないのか」


「聞けば、相手は話を作ります。今のは扉の向こうで我慢できずに漏れた言葉です」


震える筆でメイナが書いた。荷を古橋へ戻せ/殺すな/道を止める仕事/盗賊ではないと言い張る襲撃者。


「盗賊ではないなら、何だ」


「盗賊の仕事だけを請けた者です」ルシアが答える。「荷を奪う者と、荷を売る道を持つ者は別です。今回は道を持つ者が見えた」


道倉印の三本線が、布の上で黒く残っている。古い通り賃を取り、古橋へ荷を戻し、荷役の靴を履いた男を使う。道を塞ぐ者と、道で食ってきた者が同じ紙の上に乗った。


「査察官には、どこまで見せますか」


「襲撃までは見せます。漏洩と道倉印は、こちらで先に押さえます」


「王都の人間を疑うように見えるから?」


「いいえ。こちらの役所を先に疑われるからです」


それは避けられない。実際、情報は門か役所か倉のどこかから漏れている。だが査察官の前で先に首を差し出せば、古い道倉の線を消される。


「領内の不正を隠す気はありません」


ミリアの声が部屋に通った。


「でも、先に潰される気もありません」


その声にエルクは何も言わなかった。


倉の外で馬の鈴が鳴る。今度は荷車ではなく早馬だった。


若い兵が駆け込んでくる。


「王都査察官一行、明日の朝に入ります」


報告紙の端を押さえる指が増えた。ルシアが新しい通行確認の文面を手に取る。


「では今夜中に商人へ回します」


「今夜?」荷主が聞き返す。


「朝まで待てば、査察官の顔色を読む人が増える。今夜なら、道を見る人だけが来ます」


「誰が来る」


「死臭に敏い商人です」


軽い言い方だったが、目は笑っていない。


「腐った道には寄りません。でも、腐りかけを切り分けた道なら、儲けを嗅ぎます」


ミリアが紙へ小さな丸印を押した。命令ではなく確認の印だった。


「ルシアさん」


「はい」


「フェネル商会の名で、来ますか」


一瞬だけ表情が消え、すぐにいつもの軽さが戻る。


「条件次第です」


商会名は約束より重い。失敗すれば、ルシア自身の損では済まない。


「条件は」


「支払い日。損をした時の相手。護衛が守る距離。税が決まる日。それを紙にしてください」


「書きます」


「なら、私も商会の名で返します」


外では戻した板石の上を水が細々と流れていた。街道はまだ細いが、もう誰かに隠されているだけの道ではなかった。その細さを測る紙が、倉の卓

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