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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第九章 街道を取り戻せ

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銅貨二枚の道

「八枚なら、古橋へ回る」


小麦の荷主は門前でそう言った。二台の荷車の袋は乾いているが、縄の結び目に雨の跡が残っている。ここで長く止まれば湿りが中へ入るので、商人が苛立つ理由はよく分かった。


「誰が八枚と言いました」


「仮市の男だ。門は新税で揉め、通るなら八枚。古橋なら同じ八枚で早い、と」


門番が困った顔でこちらを見る。通せば税が曖昧になり、止めれば古橋へ逸れるので、どちらも相手の望む形に近い。


「八枚は取りません」


ミリアが前へ出た。


「では、いくらです」


「今ここで、正式な通行税は取りません」


荷主の目が細くなる。


「なら、ただで通れと?」


「違います」


新台帳を門の台に置くと風で紙が浮き、メイナが端を押さえた。


「今日決めるのは税ではなく、通行の確認です。見張りが付く場所と、止まった時の責任を紙にします」


「紙で荷は乾きません」


「だから止める時間を決めます」


荷主の口が閉じた。商人は安さだけで動かない。止まる時間・払う額・荷が傷んだ時に誰へ言えばいいかの三つが分かれば、悪い道でも計算できる。


「門から石標手前まで領の見張り一人。石標手前の水桶置き場で荷馬に水を飲ませる。そこから一里石までは、門へ戻る兵が後ろを見る。古橋へは回らない」


エルクが低く言う。


「一人で足りるか」


「足りません」


「おい」


「だから襲われたら守る約束ではなく、見られている道を通す約束にします」


ルシアが小さく頷いた。


「商人には、その違いが大事です。護衛を買うなら高いが、見張りの目だけなら安い」


荷主が荷台を叩く。


「いくらだ」


「銅貨二枚」


メイナの筆が動き出す。


「通行税ではありません。門・石標・水桶置き場・一里石までの確認札代です。使わなかった分は、次に正式な通行税が決まった時に差し引きます」


「差し引きなど、忘れられる」


「忘れないよう三枚作ります。商人控え、門控え、新台帳控え」


荷主の顔に少しだけ計算の色が戻った。


「八枚よりは安い」


「古橋より遅い」


「それは困る」


「でも古橋より見られます」


ルシアが門の外へ目を向けた。


「今、商人に必要なのは早い道ではありません。あとで言い訳できる道です」


「言い訳?」


「荷が遅れた時、どこを通ったか説明できる道。誰に止められたか言える道。古橋ではそれができません」


荷主の視線が荷車から門札へ移った。


「二枚で、それが買えるのか」


「買えるのは紙です。信用はこれからです」


ミリアの声は震えず、その横でメイナが札の文面を整える。


門通行確認/小麦荷車二台/銅貨二枚預かり/石標手前水桶使用/古橋回り不可。


縦に並べず、一枚の札へ詰めた。商人が持つ紙は、読みやすくなければ意味がない。


「古橋回り不可、は強いな」


エルクが言った。


「禁止ではありません。確認札の対象外です」


「同じでは」


「商人には違います。対象外なら、通っても領は見ない。荷主の責任になります」


荷主が舌打ちした。


「嫌な札だ」


「読める札です」


「だから嫌なんだ」


銅貨二枚が門の台に置かれた。八枚の古い通り賃に比べれば、音まで小さい。


メイナが三枚の札を書き、ミリアが印を押す。印の用途は増やさず、命令ではなく確認として小さな丸印だけを添える。


「出発は」


「今すぐ」


荷主が答える。


「水桶置き場の作業が終わっていません」


「どれほど待つ」


ガレスが門の内側から声を出した。


「二枚目は沈んだ。三枚目に楔を入れれば荷馬は立てる」


「半刻」


「また半刻か」


エルクが眉を寄せる。


「半刻を惜しんで古橋へ入れば、半日消えます」


荷主は荷台の縄を握ったまま黙った。


その間に門の外で別の男が笑った。


「半刻待つなら、一番鈴に出た方がいい」


声の主は干し魚の籠を背負っていた。仮市にいた商人の一人らしく、こちらを見るとすぐ目を逸らす。


ルシアの目が細くなった。


「一番鈴?」


男の肩が跳ねた。


「いや、商人は朝が早いので」


「誰が一番鈴と言ったの」


「誰も」


答えが早すぎる。まだこちらは出発時刻を決めていない。


エルクが一歩踏み出す。男は籠の紐を握り直し、門前の人だまりへ紛れようとした。


「止めるな」


小さく言うと、エルクの足が止まった。


「なぜだ」


「今捕まえれば、ただの口が軽い男で終わります」


「逃げるぞ」


「誰へ知らせるかを見ます」


ルシアはすでに門番へ合図を送っていた。門番の一人が水桶を運ぶふりで男の後を追う。


ミリアが札から顔を上げた。


「一番鈴に出しますか」


「出しません」


荷主が眉を上げる。


「では、いつだ」


「半刻後です。予定は変えません」


「漏れているかもしれない時刻を避けるのではないのか」


「漏れた時刻へ寄せると、こちらが漏れを知ったと伝えることになります」


門の外で干し魚の籠が人の間を抜けていく。


「半刻後に小麦二台/見張り一人/古橋不可/銅貨二枚」


メイナが読み上げる。


「もう一つ」


新台帳へ、仮市・干し魚籠の男・一番鈴を先に言う、と足した。


ミリアがその行を見る。


「査察官に見せる紙ですか」


「いいえ」


「伏せる紙」


「はい」


「理由は」


「これを見せる相手の中に、聞かせたくない者がいるかもしれません」


荷主が札を受け取り、銅貨二枚の紙を濡れないよう懐へ入れた。


「半刻後だな」


「はい。古橋へ回れば、この札は無効です」


「分かっている」


荷主は荷車へ戻った。荷主たちの視線が、古橋ではなく門へ戻る。


道はまだ直っておらず、税も決まらず、見張りも足りない。それでも荷車は古橋へ向かなかった。


半刻後に通る道が誰かへ先に届いていたとしても。

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