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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第九章 街道を取り戻せ

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古い税札

税の話をした男は税吏ではなかった、と塩商の使いは言ってから水を一口飲んだ。門脇に置いた腰掛けは低く、膝の泥が乾かないまま板に落ちている。


「では、誰です」


メイナが筆を構えると、使いは首を振った。


「顔は知りません。ただ、荷を止める側の言い方でした」


「荷を止める側」


「はい。『門で揉めるより、古橋を回れ』と」


ミリアの指が膝の上で止まった。門の掲示板にはまだ新しい通行税の額を書いていないうえ、水桶置き場・見張り・荷損負担も決まっていない。それでも商人は税の話を聞いている。


「どこで聞いた」


「東の仮市です。干し魚の荷台の横で」


壁にもたれたルシアが片眉を上げた。


「その仮市、昨日の朝には立っていません」


「昼前です。雨が上がってすぐ」


「塩商の荷が古橋跡へ逸れたのは」


「昼過ぎです」


「言われた言葉を、できるだけそのまま」


使いは目を閉じ、覚えている言葉をこぼさないように唇だけを動かした。


「門は新税で揉め、石標手前は役所が測っている。今日通るなら古橋を回れ。橋は渡らず、炭焼き道へ抜ければ止められない」


エルクが壁を叩いた。


「古橋を知っている」


「石標手前の測りも知っています」


水桶置き場を測ったのは昨日の午後で、掲示はまだ出していない。門番と水路跡・倉の者・作業にいた兵を足せば、知る人数は多くないが少なくもない。


「これだけでは、誰とは言えません」


エルクがこちらを睨む。


「またそれか」


「はい」


「なら、何なら言える」


使いの膝元にあった濡れた革袋を、ルシアが指した。


「見せてもらえる?」


使いは迷ったあと、塩商の印が入った紐をほどいた。中から出てきた薄い木札は古く、角は丸まり、油が染みて黒ずんでいる。片面には焼き印、もう片面には炭で書かれた新しい線。


「これを渡されました」


メイナの息が止まり、木札には古い字で「北街道通り賃」とある。その下には別の手で細く「本日、門混雑/古橋回り可」と足されていた。


「通行税ではないな」


エルクの声が低い。


「昔の通り賃です」


「領が正式に取る税ではなく、橋番や道番が勝手に取っていた類い。古い街道だと珍しくありません」


「ハルヴェインでも?」


「衰えた道ほど残ります。正式な税が弱くなると非公式の金が強くなる」


ミリアの顔から色が引いた。


「領主家の名で取られていたのですか」


「名だけ使われた可能性があります」


断定はしない。


「その木札は、いつ受け取りました」


「仮市で、税の話をした男からです」


「金は」


「払っていません。古橋を抜けた先で払え、と」


「額は」


「荷車一台、銅貨八枚」


メイナの筆が止まった。


「高すぎます」


「高いのか」


エルクが聞く。


「門で正式に取るなら、今の案では二枚から三枚です。水桶、見張り、道直しを足しても八枚は出ません」


「その差は」


「誰かの腹へ入ります」


使いが肩をすくめる。


「商人は急ぎます。塩は湿ると値が落ちるので、門で止められるより八枚で抜けられるなら払う者もいる」


ルシアの目が細くなった。


「言い方まで商売を知っている」


「脅しではありませんか」


ミリアが言う。


「脅し半分、親切半分です」


「親切?」


「商人はただ脅されるだけなら逃げます。でも損を減らす道を示されると動く。相手はそこを知っています」


使いは木札を見下ろした。「俺も、急いでいたら渡していたかもしれません」


「この木札、門の者に見せましたか」


「見せていません。ルシア様に先に渡せと言われました」


ルシアが肩をすくめる。


「私も嫌われたくないので」


「もう遅い」


エルクがぼそりと言った。


「ひどい」


木札の焼き印を布で拭くと、古い印の輪郭が出た。領主家の紋ではない。だが脇に小さく倉の符丁に似た三本線がある。


ガレスを呼ぶと、その目が一度で細くなった。


「古い道倉の印じゃ」


「道倉」


「橋板・砂利・杭を置いた小倉で、昔は街道ごとにあった。今はほとんど潰れとる」


「古橋にも」


「あった。だが鍵は十年以上前に役所へ戻したはずじゃ」


「役所へ」


メイナの筆先が紙に触れたまま止まる。


古い道倉・戻した鍵・通り賃の木札・昨日の測りを知る男。まだ一本にはならないが、ばらばらでもない。


「査察官に見せる紙へは、どう書きますか」


ミリアが聞いた。


「古い通り賃木札を確認/現在の領税とは別/発行元確認中」


「伏せる紙は」


「石標手前測量の情報漏れ疑い/古橋回りの誘導文言/道倉印」


「道倉印は伏せるのですか」


ガレスが聞いた。


「今見せると、役所の誰かが先に鍵の記録を直します」


古い目が細くなった。


「直す者がおる前提か」


「いないなら記録はそのまま残ります」


「おったら」


「動きます」


ミリアが木札を布に包んだ。「では、こちらも動きます。メイナ、十年前に戻した道倉の鍵記録を探して」


「はい」


「エルク、古橋跡には見張りを置けますか」


エルクは少し考えた。「兵は足りない。だが見張るふりならできる」


「ふり?」


「古橋へ二人出す。実際に見るのは戻る道だ。消しに来るならそちらから来る」


こちらを見たが、悪くない手だった。


「見張り費用は」


ミリアがすぐに聞く。


「半日なら、門の交代をずらせます」


「一日なら」


「足りません」


「では、半日だけ」


無理な命令ではなく残る範囲を先に聞くようになり、最初に倉庫で会った頃とは違う顔だった。


ルシアが使いへ木札の写しを返した。


「塩商にはまだ動かないよう伝えて。門で止まるより悪い道がある、と」


「それで商人が戻りますか」


「戻りません」


「でも騙されて入る商人は減ります」


門の外で、二台分の荷馬の鈴が重なった。


駆け込んできた若い兵が「南から小麦の荷車です。門前で止まっています」と告げた。


顔を上げたエルクが言う。「通せ」


「いえ」


息を整えた兵が続けた。「門の税が分からないなら、古橋へ回る、と言っています」


木札を包んだ布がミリアの手の中で小さく鳴った。

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