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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第九章 街道を取り戻せ

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板石三枚

板石三枚を掘り出すだけで、半刻が消えた。


石標の手前には朝の霜が薄く残っている。昨日トマが指した場所の草を剥ぐと、平たい石の端が見えた。三枚続いているはずの板石は一枚目だけが傾き、二枚目は半分土に沈み、三枚目は端を割られていた。


「水桶を置く場所にしては、悪い顔だな」


エルクの膝が地面に近づく。


「顔は関係ありますか」


「ある。崩れる石は、だいたい先にそういう顔をする」


ガレスの鼻が鳴った。


「若様にしては、現場の言い方じゃ」


「褒めるな」


「半分じゃ」


短いやり取りの間にも、兵二人が石標の左右を見張っていた。門番から一人、水路跡から一人を借りただけで、長くは置けない。門も水路跡も空けばそこから薄くなる。


三日後に王都査察官が来る。道中確認のため石標手前で先導を求む紙は、ミリアの印箱の横に置かれていた。


「半刻で終わりますか」


「掘るだけなら」


炭で板石の位置を写してから答える。「直すなら半刻では足りません」


エルクの眉が動いた。


「昨日は水桶置き場と言った」


「水桶を置くだけなら、一枚目を戻せば終わります」


石の下の土を指で払うと、水が逃げず下で止まった湿った黒土が出てきた。


「ですがここに水を置くと、半刻で泥になります。荷馬が踏めば石がまた沈みます」


水桶を抱えたトマは唇を噛んだ。


「俺が置いたら、倒しますね」


「置けます」


「倒すと思います」


「急げば」


「急ぎます」


「なら倒します」


悔しそうに桶が下ろされ、メイナの控えには石標手前・水桶置き場・板石三・下土湿り・排水なしと入る。


腕を組んでいたルシアの目が石へ向いた。


「商人は道幅だけで道を選ばない」


「水ですか」


「水と、止まった時に損を誰が持つか」


風で外套の端が揺れる。


「荷馬に水を飲ませる場所がぬかるむなら、馬が脚を痛める。脚を痛めた馬で荷が遅れたら、商人は次から別の道へ行く。税が低くてもね」


エルクの目が板石へ落ちる。


「水桶二つで、そこまで変わるのか」


「水桶二つで変わる道は、もう弱い」


二枚目の石を少し持ち上げると、下から細い溝が出た。石の幅ほどもなく、草の根と泥で詰まっている。


「水逃げじゃ」


老鍛冶師がしゃがみ込んだ。


「石を置く前に、砂利を食わせてある。今は抜けとる」


「砂利は」


「流れたか、持っていかれたか」


「誰が持っていく」


エルクの声が硬くなる。


ガレスが短く止めた。


「今は、そこを決めるな」


盗み・横流し・役所の移し替えのどれも、まだ紙が足りない。


「まず戻す分を書きます」


新台帳を開き、五系統の紙を横へ置く。街道・税・兵・荷と金・役所。その上に七欄の細い見出しから水を戻した。


「水が先です」


ミリアの頷きが返る。


「水桶二つ」


「水桶二つを置けるようにします。ただし道にしません」


「石標の先は」


「見ません。今日は手前だけです」


エルクは不満そうにしたが反対はしなかった。兵が足りないことを、もう知っている顔だった。


「必要なものは」


筆を構えたメイナが聞く。


「砂利二籠・粗砂一籠・楔三つ。兵は半刻交代二人、作業は石を上げる者二人と水を運ぶ者一人」


「金は」


筆が一拍止まった。


「買いません。南倉裏の割れ石、古井戸道の粗砂、水路跡の砂利二籠を使います。ただし持ち出しを倉控えと街道控えに残します」


ガレスの鍵束が鳴る。


「南倉裏の割れ石は封の外じゃ。わしの名で出せる」


「水路跡の砂利は」


エルクの目が兵へ向いた。


「水路跡の見張りが薄くなる」


「薄くしません」


新台帳に半刻の線を引いた。朝一つ目は門番一、朝二つ目は水路跡一、戻りと交代確認も同じ紙に入れる。


「見張りを作業に使うのは半刻だけです。半刻を越えたら作業を止めます」


「石が戻っていなくてもか」


「はい」


舌打ちしかけた口が止まった。


「止める理由を貼れ」


「貼ります」


「兵が怠けたと言われる」


「作業停止理由、見張り交代。そう書きます」


横からバルドの声が入った。


「兵にはその方が効きます。終わるまでやれ、より揉めません」


「お前まで紙側に来るな」


「水桶側です」


小さな笑いがトマから漏れ、すぐ桶へ目が落ちた。


作業は思ったより遅い。一枚目の板石を上げると下の土が崩れ、二枚目の溝を掻き出すと泥の中から細い木片が出た。三枚目の割れた端は踏むたびに少し動く。


老鍛冶師が楔石を選び、ガレスが位置を指で示した。


「深く入れるな。石を殺す」


「石を殺す?」


トマの声が返る。


「動けんほど詰めると、次に割れる」


「人みたいですね」


「人より正直じゃ」


メイナは笑いかけたが、書かなかった。


半刻の鐘代わりに、エルクの剣の柄が石標を軽く叩いた。


一度目で交代になった。


兵が顔を上げる。一枚目は戻り、二枚目は砂利を入れた途中、三枚目はまだ浮いている。


作業が止まると、領民の一人が不安そうに言った。


「このままですか」


「このままです」


ミリアの足が前へ出た。


「見張りを戻します。石を戻すより先に、道を守ります」


「でも、途中です」


「途中だと書きます」


男の視線が紙へ落ちた。


途中。


掲示用の紙には、トマの手で石標手前・水桶置き場/一枚目仮戻し/二枚目砂利途中/三枚目未調整/見張り交代のため半刻停止/昼再開と入った。


「嫌な紙だな」


配給鍋の方から来たゴルツが紙を覗いた。


「はい」


「でも、これなら誰のせいか分からん」


「誰かのせいにする紙ではありません」


「なら、読める」


昼前、ルシアは石標の先へ行かず手前の板石だけを見ていた。


「ここが直れば、商人は戻りますか」


ミリアの問いに、ルシアの首が横へ振られた。


「戻りません」


はっきりした答えだった。


「戻らないのですか」


「戻る理由にはなります。でも、まだ足りない」


「何が」


「見張り費用・通行税・荷が傷んだ時の損。三つとも、まだ紙だけです」


新台帳の五系統へ短い線を足す。街道は水桶置き場・兵は半刻交代・税は通行時未定。荷と金は損負担未定で、役所は掲示済。


「なら、次は」


ミリアが言いかけた時、門の方から走ってくる足音がした。


走ってきた若い兵は息が荒い。


「石標の先ではありません。古橋跡です」


エルクが立ち上がる。


「何があった」


「未着だった荷の話です。塩商の使いが、古橋跡の手前で車輪跡を見たと」


ルシアの目が細くなった。


「いつの跡」


「今朝ではない、と」


兵は続ける。「けれど、雨の前でもないそうです」


古橋跡と未着商隊が同じ紙に乗った。石標手前で水桶を戻すだけでは、まだ街道は戻らない。


新台帳に古橋跡・車輪跡・確認待ちと書き、その横へ水桶置き場・昼再開を足す。


戻す場所と止まった場所が同じ紙の上に並んだ。どちらも街道だった。

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