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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第八章 衰退の設計図

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衰退の形

黒い点は朝まで紙の端に残り、役所部屋の壁には七本の細い紙が貼られていた。水・荷・金・税・修理・兵・役所。その下には石標の紙・税分類の紙・十年分の端が並び、夜のうちに乾いた角だけが少し反っている。


メイナが窓を細く開けた。「風、入れます」


「紙が飛ばない程度に」


昨日、無断で石標まで来た顔のまま、トマの手がすぐ石を置き直した。今日は余計なことを言わない。


「叱られましたか」


「水桶のところで」


「誰に」


「三人に」


メイナの筆は止まらず、口元だけが小さく笑った。


ガレスが南倉から古い木箱を持ってきた。昨日の税升が入っていた箱とは違い、底板の片側が浮いている。


「もう一つあった」


「床下ですか」


「棚の奥じゃ。隠したというより、誰も触らん場所へ行った」


箱の中には細長い札が五枚あり、帳簿ではないが年号と物の名が残っていた。十年前・九年前・八年前・七年前・六年前。十年分がきれいに揃ったわけではなく、帳簿の束も欠けたままだ。けれど十年の端をつなぐ札だけは、壁の七本へ置けるだけ揃った。


入口でミリアの足が止まる。


「読めますか」


「読めるところだけです」


一枚目を押さえたメイナの指先には、十年前の通行・橋釘・倉手間・兵賄いが同じ面に並んでいる。


「同じ札」


トマが呟く。


「昨日の古い札と近い形です」


二枚目の九年前には通行・橋釘・倉手間が残り、兵賄いだけが横へ小さく移っていた。三枚目の八年前は通行・税・倉手間で、橋釘は別紙参照。四枚目の七年前には通行税・修理費・兵賄いがあり、紙は三つに分かれている。


五枚目の六年前には通行税上げ・修理費減・役所控えへ移すの三つがあり、その横に小さな空欄があった。字が消えたのではない。最初から空けてある。


「ここで何かを待っています」


「待って、来なかったのかもしれません」


トマの声は低く、昨日より少し慎重になっていた。


壁の七本の下へ五枚の札を横に並べると、十年前から六年前までの線が少しずつずれていく。通行の線は税へ寄り、橋釘は修理から外れる。兵賄いは注記になり、倉手間は役所控えへ移る。荷の名も薄くなっていた。


「始点は六年前ですか」とミリアが聞いた。


「いいえ」


炭を持つ手が九年前と八年前の間で止まる。


「六年前は、もう始まった後です」


「では」


「ここです」


九年前の札と八年前の札の間に黒い点を置いた。


「兵の賄いが横へ移り、橋釘が別紙になり、通行が税の名を持ち始めた。まだ大きく壊れてはいません。でも、ここで同じ紙から離れ始めています」


エルクの視線が壁へ向く。


「人が盗んだ年ではないのか」


「盗んだ者はいたかもしれません。けれど、この紙だけで見える始点は盗みではありません」


「何だ」


「分離です」


昨日、新台帳に置いた一語を壁の中央へ書く。


分離。


「道を直す紙と税を取る紙、兵を残す紙と荷を通す紙、役所へ移した紙と現物が離れた。そこから、どれか一つを直しても別の場所が止まる形になっています」


ミリアの指が印箱の蓋に触れた。


「だから税だけを下げても戻らない」


「はい」


「兵だけ増やしても、道が戻らない」


「はい」


「道だけ直しても、商人は戻らない」


「はい」


壁際でルシアが腕を組む。


「商人が戻らないと、金も戻らない」


「はい」


「金が戻らないと、税を上げる」


「はい」


「嫌な輪だね」


「はい」


古い札を見ていたガレスが口を開いた。


「昔は全部を一人が持っていたわけではない」


全員の視線が向く。


「通行を見た者・橋釘を見た者・倉を見た者・兵を見た者。別々におった」


「では、なぜ同じ札に」


ミリアが尋ねる。


「離したら困るものを、近くに置いた。それだけじゃ」


欠けた肩書き欄の末字は、役。


「その役目の名を、知っていますか」


すぐには答えが返らなかった。


「今は、読めん」


「今は」


「欠けた字で名を戻すな。名を戻すと、役まで戻した気になる」


その声はいつもの頑固さより低い。


「まず、紙の置き方を戻せ」


それ以上は言わないが、十分だった。ガレスが古い体裁をただの古紙として見ていないことだけは分かる。


新しい紙を机に置き、見出しを短くした。


衰退の形。


その下に街道・税・兵・荷・役所の五線を引く。


「商人は」


「荷と金の下に置きます」


「いい」


エルクの眉が寄った。


「修理は」


「街道の下です。ただし倉と鍛冶場へ枝を出します」


「水は」


ミリアが聞く。


「街道と荷の前に置きます。水が止まると、荷も修理も止まります」


「七欄が五つへ戻る」


「見る窓は七つで、直す順番は五つです」


清書は街道=水・修理・石標・荷置き場/税=納める・残す・止まる/兵=門・夜番・水路跡・石標見張り/荷と金=石標留め・峠口返し・商人控え/役所=紙の出入り・別紙参照・確認待ちの五行に絞った。


「最初に直すのは」


エルクが聞く。


「石標の先ではありません」


「なら、どこだ」


「石標の手前です」


壁に昨日見つけた板石三枚を示す小さな点を打った。


「水置き場を戻します。荷を置く平場ではなく、荷を止めないための場所です。水桶を置けて縄をほどける。兵が長く立たなくて済む。石標の先を見る前に、手前を詰まらせない」


トマの顔が上がった。


「水桶の場所ですか」


「はい」


「俺が見つけた」


「記録上は理由確認済みです」


口は閉じたが、少しだけ背筋が伸びた。


「修理は大きくしません」


続けて紙に書く。


「板石三枚を掘り出して水平を見る。水桶二つの置き場を作る。石標裏の古釘は封のまま、九歩先の焦げ木と縄は動かさず、石列は触りません。見るだけです」


「道を作らないのか」


「作りません。道を作る紙にすると、兵も税も足りません」


エルクは壁の兵欄を見た。


「見張りは」


「半刻ごとに交代。水路跡は空けない」


「半刻なら持つ」


「はい」


ルシアの指が紙の端を押さえた。


「商人への出し方は」


「石標手前の水置き場を直し、石標より先はまだ道にしません。二重取りなし、荷の損は条件を決めてからです」


「期待ではなく条件」


「はい」


「商人は、そういう紙なら読める」


清書された紙がミリアの手に渡る。


「査察官には」


「第一案として出します。決定はミリア様です」


「印は」


「第一案」


削られた木印で第一案と押す。だが街道・税・兵・荷・役所を同じ紙に戻す最初の案だった。


ミリアの手は自分の印に伸びなかった。


「これは、まだ決定しません」


「はい」


「門前に貼ります。決めた紙ではなく、見る順番として」


「その方がいいです」


「怒られますか」


「たぶん」


「では、前に立ちます」


ミリアは紙を抱え、役所部屋を出た。


門前に貼られた時、領民はすぐには読まなかった。先に題と五つの線を見る。衰退の形。


配給鍋の柄を肩にかけたゴルツが近づいた。


「嫌な題だな」


「はい」


「で、最初に直すのは水桶置き場か」


「はい」


「衰退の形って題で、水桶か」


「水桶です」


ゴルツはしばらく紙を見て、それから鼻で笑った。


「なら、読める」


周りの者たちが少しずつ紙の前へ寄った。水桶二つ・板石三枚・半刻交代なら見える。石標の先を道にしないという線も、今なら読める。


夕方、王都から二通目が届いた。封は薄く、最初の赤い封蝋ほど重くない。だが門前の者たちは封の薄さではなく、王都の印を見た。


封がミリアの手で開かれ、短い内容が現れた。


王都査察官一行、三日後到着予定。


道中確認のため、石標手前にて先導を求む。


エルクの息が低く抜けた。


「三日」


ルシアの視線が紙へ落ちる。


「石標手前」


ガレスの鍵束が鳴った。


「向こうも、そこを見るか」


門前の掲示に目を向ける。衰退の形・第一案・水桶置き場・板石三枚・石標より先は見る場所。そこへ三日後という文字が重なった。


まだ足りないが、どこから手をつけるかは決まっている。


新台帳の最後に「最初の街道修繕計画、石標手前から」と足し、その下へ確認待ちの印を押す。


王都の査察官が来る前に、こちらの道を一歩だけ戻す。

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