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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第八章 衰退の設計図

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石標の先

石標は朝の冷えの中で白く立ち、その先は道というより草だった。


荷車の轍は石標の手前で細くなり、乾いた泥の中へ消えている。先へ進むほど草の根が土を押し上げ、車輪を通すには低すぎる石が顔を出していた。


縄の片端を握り、もう一方をエルクの手に預ける。


「十歩までだ」


「十歩ですか」


「石標から十歩。そこで見る、拾う、戻る」


「二十歩あれば」


「十歩だ」


短い返事で話は終わった。護衛は四人で、水路跡から一人、門番から半刻だけ一人を借りている。これ以上増やせば、昨日の税の紙に書いた兵の急ぎが崩れる。


石標の手前に小さな荷台を置き、紙・縄・炭・古い交易控えを並べた。メイナの膝には控えがあり、風でめくれないよう石で押さえている。


ルシアの目は石標の文字に向いていた。表の面には領の名が浅く残り、裏の面は長く雨を受けたように削れている。


「価値が石標で切れた、と見るには早いです」


その指が裏面をなぞる。


「石標までしか今の紙が見ていません」


「昨日、そう言いました」


「昨日は紙の話です。今日は石の話です」


根元には古い釘の頭が一つ落ちていた。赤黒く錆びて土に半分埋まり、自然にそこへ落ちる物でもなかった。


エルクの膝が地面に近づく。


「荷台の留め具か」


「拾うな」


止めたのはルシアだった。


「場所を書いてからです」


控えには石標裏・根元・古釘一と入った。


裏へ回ると、表から見た境の向こうにも道が残っていた。ただし今の道とは呼びにくく、草の下には水を逃がす溝の縁に似た細い石列が埋まっている。石はいくつか傾いているが、自然に並んだ形ではない。


膝をついて土を払い、指先で石を確かめる。


「古い水逃げがあります」


「道を直した跡か」


「道を保たせた跡です。ここを端として作るなら水逃げはいりません。荷車が止まるだけなら石標の手前で足ります」


ルシアが交易控えを開き、一行を示した。


「石標留め。今でも分かります。石標で荷を置き、そこから戻る」


指が次の行へ移る。


「峠口返し」


メイナの眉が寄った。「峠口」


「ここから見えない場所です。ただ、荷の名が同じです。塩・釘・油。石標留めと同じ年に出ています」


石標留めと峠口返し。同じ年・同じ荷で終点だけが違う。


「石標で終わっていない」


言葉にしてから草の先を見た。大きな道も旗もなく、荷を待つ人もいない。けれど紙の中には一度、先があった。


エルクの手が縄を握り直す。


「十歩だ」


「はい」


縄を腰に結んで石標を越えた。一歩目で土が柔らかくなり、二歩目で草の根が靴に絡む。三歩目には石列が右へ曲がっていると分かった。


「右です」


メイナの筆が走る。四歩目には穴が二つ開いた割れ木片があり、輪止めかもしれないとエルクが言った。


「拾うな」


「書いてから」


返事はメイナの方が早かった。


五歩目には浅いへこみがあった。荷車一台が曲がれるほど広くはないが、荷を下ろして人が肩で持ち替えるには足りる。六歩目で古い縄の切れ端、七歩目で向かい合う小石が二つ。八歩目には草の匂いに乾いた土の匂いが混じった。


九歩目で足を止め、縄を引く力に備える。


「十歩目まで行け」


「ここで見ます」


「十歩と言った」


「九歩目で十分です」


しゃがむと、土の中から黒く焦げた木の端が見えた。たき火にしては狭く、板の端だけが焼けて周りには灰が薄い。荷台の一部か古い棚か、ここに一度、物を置くための木があった。


石標の向こうからルシアの声が届く。


「荷置き場」


「断定できますか」


「まだできません。けれど商人ならここをそう見ます」


縄が軽く引かれた。「戻れ」


焦げた木の位置を紙に写し、石標のこちら側へ戻る。控えの余白に入った九歩の字が妙に大きく見えた。


「九歩で何が変わりますか」


護衛の一人が言った。責める声ではなく、本当に分からない声だった。ルシアを見ると、首を振られた。


「端が変わります。今は石標までが道です。税も兵も修理も石標までで考えています。でも昔の荷は、その先に置かれていたかもしれません」


護衛の顔にはまだ疑問が残っている。


「石標が終わりなら、道を直しても戻る荷は二袋です。石標が中継なら直す場所が変わります。荷を置く平場、見張る場所、税を取る紙も変わります」


「九歩で?」


「九歩で向きが変わります」


護衛の目が石標の先へ向き、草の中にある石列で止まった。


エルクの膝が地面につき、石標の手前から先を見通した。


「ここを見張るなら水路跡が空く。水路跡を空けると石垣の横が薄い。兵を増やせば門が薄い」


「全部足りない」


「だから今日直しません」


顔が上がる。


「今日は価値があるとは断じません。石標で切っていた紙が、何を見落としたかを持ち帰る日です」


ルシアの口元に細い笑みが浮かんだ。


「商人には嫌な言い方です」


「どこがですか」


「価値があるかもしれない、と言わないところ」


「言えば期待になります」


「言わなければ」


「条件になります」


石標の裏面から手が離れた。


「石標の先で二重に取らないこと、戻りの損を先に決めること、見張りの時間を短く区切ること。この三つです」


メイナが筆を構える。


「門で払った荷を平場でもう一度止めない。置いた荷が雨で傷んだ時、商人だけに押しつけない。朝から日暮れまで立たせて兵を潰さない」


エルクの声が低くなる。


「それは俺の紙だ」


「あなたの紙になるなら商人も見ます」


答えはなく、書く場所を探している顔だけが残った。


新しい紙に修理・税・兵の三本線を引き、その下へ荷・金・役所を足す。


「ここで書くのか」


「ここで書かないと石標の先がまた見えなくなります」


風が強くなり、跳ねた紙の端がメイナの石で押さえられる。


その時、荷台の陰からトマが顔を出した。


「お前」


エルクの声がさらに低くなる。


「水桶は置いてきました」


「そこじゃない」


「石標の先、見たかったので」


「帰ったら叱られろ」


「はい」


ため息が一つ落ちた。「書きますか。無断同行」


トマの顔色が変わる。


「今日の紙には水桶一時不在と書きます」


「それも困ります」


「では理由確認済み」


紙には水桶一時不在・理由、石標確認と入った。そう記録されると少年はうつむいたが、完全には反省していない顔だった。


「見て、どうでしたか」


「草でした」


「はい」


「でも足の下が固いところがありました」


筆が止まる。「どこ」


トマの指が石標の手前へ向く。


「ここ。石の手前です。荷車が止まる時、俺ならここに桶を置きます」


エルクの靴が土を払うと、薄い板石が三枚続いて出てきた。荷を置くには小さいが、桶なら置けるし縄をほどくにも足りる。


ルシアが目を細めた。


「水を置いた場所かもしれません」


水の字で新台帳の七欄が頭に戻る。水・荷・金・税・修理・兵・役所。


「戻ります」


今度は誰も反対しなかった。


拾ったのは古釘一つだけだった。場所を写し、紙に包み、メイナが封をする。焦げた木も縄の切れ端も石列も板石も、その場に残した。動かせば、次に見た時の位置が変わる。


領主館へ戻ると、役所部屋ではミリアが机の前に立っていた。昨日の税分類、取り立て保留・確認待ち・分類第一案。その隣に石標の紙を置く。


修理・税・兵・荷・金・役所。


「水は」


少し驚きながら答える。


「水もありました。石標の手前に板石が三枚」


「なら水も書いてください」


七つ目の線として水を加えた。


隣から静かな声が入る。


「荷も分けた方がいいです。石標留めと峠口返し」


荷の下に石標留めと峠口返しの枝を小さく二本書く。


ルシアの指が紙の端を押さえた。


「商人は欄にしない方がいいです」


「なぜですか」


「人の名で書くと人を責める紙になります。ここで見るのは荷と金の流れです」


金の下に、商人控え、と細く残す。新台帳の七欄が石標の紙にも戻ってきた。


ミリアの視線は長く紙に落ちていた。


「石標の先は危険ですか」


エルクの答えは短かった。


「危険です。少なくとも今の人数で道にする場所にはできません」


「では今日は道にしません。見る場所にします」


答えは早かった。「査察官に出す紙にも、そう書きます」


思わず顔が上がる。「出しますか」


「出します。石標まで直しました、だけでは足りません。石標で切ったから税も荷も兵もそこで止まった。そこまで見えたなら、隠す紙にする方が危ない」


窓際からルシアの声がした。


「王都の人間はそこをどう読むでしょうね」


「分かりません」


「それで出すのですか」


「分からないまま隠すよりは、条件を書いて出します」


広場で税の札の前に立った時と同じ顔だった。軽く言わず、消すとも言わず、残すために紙へ置く。


夜、役所部屋の壁に七本の細い紙が貼られた。水・荷・金・税・修理・兵・役所。その下に石標の紙・税分類の紙・十年分の端を置く。


紙はまだばらばらだが、ばらばらであることはもう隠れていない。


炭を持って壁の前に立ち、「明日一枚にします」と告げた。


ミリアが聞いた。


「何を」


壁の七本へ目を戻す。道の端・止まる税・薄い兵・戻らない荷・増える紙。まだ線はつながっていない。


「衰退の形です」


紙端に残った黒い点は小さいが、もうただの汚れには見えなかった。

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