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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第八章 衰退の設計図

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止まる税

朝、門前の掲示板に税の札が貼られると広場の音が一つ落ちた。


井戸桶を置く音が浅くなる。鍛冶場から届く槌音も、いつもより間が空いた。


札は大きくない。薄い板に紙を貼り、日付と名を書き、納める物を行で分けただけのものだった。それでも配給鍋の前より口を閉じる者が多い。


メイナが掲示の下で控えを持つ。トマは桶を抱えたまま少し離れて立っていた。水配りの列へ戻るべき顔なのに足だけが残っている。


「見ても増えませんよ」


「見ないともっと増える気がする」


掲示板の前にいた男が手の中の木札を握った。畑持ちの男だ。古い控えの照合で名を見ている。飼葉を出す家で、冬の終わりに一度だけ荷馬の分を削っていた。


ミリアの姿を見つけると帽子を取る。


「領主代理様。これを今日ですか」


「今日は取りません」


広場で銅貨袋を握る手が止まった。払わなくてよい、という明るさは出ない。誰も笑わず、誰も息を大きく吐かない。


「免じる札にはしません。今日の分は、確認待ちにします。どこで止まっているかを先に見ます」


メイナが控えの端に朱線を入れた。確認待ち。短い印で掲示板の前にいた者たちの目が動く。


男が木札を握ったまま言った。


「待てば、払えるようになると」


「分かりません」


男の足元には麦袋が二つある。袋の口は硬く縛られていた。税の分だけを持ってきた結び方ではない。家に残す分まで、まとめて持ってきている。


「だから分けます」


「何を」


「納める分・残す分・止まる分です」


眉が寄った。「止まる分?」メイナに板を一枚借り、掲示の下の台に置く。太い炭で三本の線を引いた。納める/残す/止まる。


字を書いた途端、周囲の目が板へ集まった。


「今日、麦を全部税に出すと家の食い分が減ります。食い分だけならまだ紙には出ません。けれど飼葉を削れば荷馬が痩せ、石標までの戻りが遅れます。戻りが遅れれば塩と釘が遅れます」


男の手の中で木札が鳴る。


「俺が払わなければ、領の金が止まる」


「払っても止まります」


三つ目の欄を指す。


「そこを見ます」


人垣の後ろで外套の金具が小さく鳴った。エルクが来ていた。腰には剣、肩に外套。眠りの短い目をしている。


「税を待たせるなら、兵の分も待つ」


広場の端にいた兵が少しだけ顔を伏せた。そちらは見ない。見れば話が兵と領民の向かい合いになる。


「兵の分も、同じ板に置きます」


「同じ?」


「税を取ると、どの兵に支払いが出せるか。取らないと、どの道の護衛が薄くなるか。払った家の荷馬が止まるならその税で守る道も痩せます」


「兵を帳尻に使うな」


「使いません。先に見えるようにします」


ミリアが板を見た。


「エルク。今日、支払いを急ぐ兵は」


「門番二。夜番一。水路跡の見張り二」


「理由は」


「門番は半分のまま続いている。夜番は二晩続き。水路跡は石垣と石標の間を見ている」


板の下へ兵と書く。その横に名ではなく数だけを置いた。門二/夜一/水路二。名前を書けば怒りが人につく。数ならまだ動かせる。


「水路跡の二は外せない」


「はい」


「夜番も今夜は外せない」


「はい」


「門番を遅らせると、門で揉める」


「はい」


「では、どこを待たせる」


畑持ちの男の籠を見る。「飼葉を削る家からは、麦を取らない。麦ではなく、戻り荷の積み替えを一回出してもらいます」


男が顔を上げた。


「税の代わりに働けと」


「代納にしません。今日取ると止まる分を、止まらない形に移します。積み替えの一回は石標までの戻りに使えます。荷馬は痩せません。門番の支払いに回る麦は別の家から取ります」


人垣がざわついた。別の家、という響きは便利で危うい。


「選ぶのは、家の力だけで決めません」ミリアがすぐに言った。


「残せる量・出せる物・止まるものを見ます。払える家から多く取るだけなら、次にその家が止まります」


いつの間にかルシアが掲示板の脇にいた。赤い外套も旅支度もない。けれど人の間を通る時だけ道が少し広がる。


「商人は重い税だけで道を変えません」


誰かが彼女を見た。


「読めない税で道を変えます。行きは通れたのに帰りに増えた。橋の前で別の名を付けられた。門では払ったのに倉でもう一度取られた。そういう道には荷を入れません」


古控えの薄い字が頭に戻る。通行の欄/修理の欄/税の欄。同じ年の途中で紙の置き場が分かれていた。


「通行税が上がった年、荷が減っています」


「減っただけ?」


ルシアが軽く目を細める。


「修理の支出も減っています」


「なら、商人から見ると最悪です。高くなった道が直らない」


広場にいた者たちの視線が税の紙へ集まった。


南倉の方からガレスが古い木箱を抱えてきた。箱の角は擦れ、蓋の紐は二度結び直されている。


「捨てずに残っていた」箱の中には古い税札と小さな升が入っていた。升の底には煤が入り、縁が黒い。


「税の升ですか」


「昔の形だ。今のものより小さい」


畑持ちの男が身を乗り出す。


「なら、昔は少なかったのか」


「分からん」


ガレスの答えは短い。「升が小さくても、回数が多ければ同じだ。物が違えば比べられん。古い体裁を見ただけで、楽だったとは言えない」


男は口を閉じた。割れた札の端に細い墨字が残っていた。


通行/橋釘/倉手間。


同じ札に三つの名がある。炭を持つ手が止まる。


「昔は、同じ札に置いていた」


「俺が覚えているのは、ここまでだ」


余計な説明は加えられなかった。その沈黙の方が重い。


板に古い札の三つを写した。通行/橋釘/倉手間。その下に今の控えから拾った名を置く。通行/税/修理/役所。


分けること自体が悪いとは限らない。けれど分けた先が互いを見なくなると、税は荷を戻さず修理は税を支えず、役所は紙だけを増やす。


昨夜、新台帳に置いた一語が重くなった。分離。


「今日の税札、全て確認待ちに替えますか」メイナが控えを差し出す。


ミリアはすぐに答えなかった。


すべて待たせれば楽に聞こえる。けれど兵も鍛冶場も倉も待つ。一部だけ取れば不公平に見える。見え方を間違えれば、次に誰も札を持ってこない。


やがて掲示板の前へ出た。


「今日、ここで払える者から先に取ることはしません。払えない者を責めることもしません。ただし、税を消すとも言いません」


広場は静かだった。


「税札を三つに分けます。納める分・残す分・止まる分。エルクは兵の急ぎを数で出してください。ルシア様は、通行で荷が減った年を教えてください。ガレスは古い札を残してください」


掲示板の札を見上げる。「この紙を、怒りの紙にしません」


誰かが小さく、はい、と言った。


誰の返事か分からない。けれど、広場から逃げる足音ではなかった。


昼前、役所部屋の机は麦と札で埋まった。


麦袋を置く者・干し草の束を持ってくる者・馬を半日出せると申し出る者。税を払う話のはずが、机の上には金より先に止まる物が積まれていく。


メイナが一つずつ聞き、書く。


「麦一。家の残り」


「四」


「飼葉」


「二日分」


「荷馬」


「一頭。疲れ気味」


「止まるもの」


男は答えに詰まった。「石標戻り、一回」そう言うと、男は頷いた。


次に来た女は針仕事の手をしていた。指先が荒れている。


「税を麦で払うと、子の粥が薄くなります」


「残す分」


「粥三日」


「出せる分」


「布の補修なら」


鍛冶場の控えを開く。「門番の外套、二枚」女が目を上げた。


「それなら、夜にできます」


「火は使いますか」


「少し」


「油は」


「少し」


メイナが止まる欄に油少と書いた。税の話はすぐに暮らしの話になる。


夕方、ルシアが古い交易控えを一枚、机へ置いた。


「通行税が上がった年、南から来た油が減っています。けれど隣領の市では増えている」


「道を変えた」


「その可能性が高いです」


控えの端を指で叩く。「もう一つ。石標までの記録は残っています。石標の先は途中から空白が増えています」


「空白」


「見ていない場所には税をかけられません。税をかけられない場所には商人も値を置きません。値が置かれなければ領の紙には戻りません」


石標。初めて荷車を出した時から、そこは端だった。


行ける場所。戻れる場所。まだ、その先は紙の中で白い。


ミリアが交易控えを見た。「税を整えるには、石標の先も見る必要があるのですね」


ルシアは肯定とも否定ともつかない顔をした。


「少なくとも、今の紙だけでは足りません」


夜、新台帳の税欄に今日の分類を書いた。納める/残す/止まる。


その横に兵の急ぎ・修理の急ぎ・通行の減りを短く並べる。


麦はあった。だが麦だけを見れば間違える。


税は領から物を抜く紙では終わらない。抜いたあとに道が動くか/兵が立つか/荷が戻るか/倉が空になりすぎないか。そこまで見なければ次の税は止まる。


「今日の紙、嫌われますね」メイナが控えを乾かしながら言った。


「たぶん」


「でも、燃やされにくい気もします」


「そうだと助かります」


トマが扉の外から顔を出す。「掲示、まだ残ってます。誰かが端を押さえ直してました」


ミリアは少しだけ目を伏せた。疲れている顔だった。けれど、昼の広場で言葉を置いた時より、目の焦点は遠い。


「明日は、石標ですか」新台帳の最後の行に細く書いた。


石標の先。


「はい。税が止まった場所の外側を見ます」


窓の外で鍛冶場の火が一度だけ強く揺れた。


その明かりは長くは続かない。


けれど消えてはいなかった。

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