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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第八章 衰退の設計図

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七つの流れ

南倉の床板は三枚だけ色が違っていた。


火が入る前、ガレスが鍵束を腰に下げて板の前に立つ。倉の中は冷えていた。塩袋の封・釘箱の封・油壺の木箱・薬草小箱の控え。どれも昨日のまま動かしていない。


動いていないことを見せるために、あえて動かしていなかった。


「ここか」


エルクが床板を見下ろす。


「踏むな」


「踏んでいない」


「踏みそうな顔をしておる」


「床板に顔は関係ない」


「ある。急く者は板を割る」


口が閉じた。横にいたバルドが笑いかけ、すぐ真顔に戻る。


入口の外ではミリアが印箱を持って立つ。中へは踏み込まない。倉を開けるのはガレス・記録はメイナ・第一案を見るのはレイン。決めるのは領主代理。


「開けるぞ」


細い鉄片が差し込まれる。床板はすぐには上がらない。湿気を吸っている。


老鍛冶師が木槌を渡した。


「端を叩け。真ん中を叩くな」


「分かっとる」


「分かっていても、叩く手が違う時がある」


「うるさい」


板が浮く。


中から出てきたのは布に包まれた紙束だった。厚くはないが薄いとも言えない。紐は黒ずみ、布は乾ききっていない。


メイナが一歩前へ出る。


「触ってよろしいですか」


「まだじゃ」


紙束は床ではなく木箱の蓋へ置かれた。


「湿っている。広げる前に、何枚あるかだけ見る」


「読まないのですか」


トマが聞いた。


「読もうとして破れば、読めん」


「はい」


筆が走る。南倉床下。古控え紙束/布包み一/湿りあり/開封前。


「これも七欄に入りますか」


メイナの問いに新台帳を開いた。


水・荷・金・税・修理・兵・役所。その右に、昨日足した査察対応欄が細く残っている。


「入ります」


「どこへ」


「まず、役所です」


ガレスの眉が動いた。


「紙は倉ではないのか」


「倉にも入ります。床下にあった理由は倉。誰の手で止まっていたかは役所。中身が支出なら金、税なら税、荷なら荷です」


トマの筆が止まる。


「七欄なのに、増えていませんか」


「増えていません。絡んでいます」


「嫌な欄ですね」


「使える欄です」


紙の端に小さく書き足された。一枚の紙、複数欄。


エルクがそれを見て顔をしかめる。


「そんなことまで貼るな」


「原本用です。門前には貼りません」


「ならいい」


「門前には、七つの流れだけ貼ります」


嫌そうな顔が残った。


「それも貼るのか」


「貼ります」


入口の外から答えが返る。


「王都に見せる前に、領地の中で先に見せます」


「文句が出る」


「出ます。ですが王都から来た人間に初めて聞かされるより、ましです」


倉の中で積み袋の縄だけがきしんだ。


門前掲示用に短い見出しを書いた。


七つの流れ。水・荷・金・税・修理・兵・役所。どこで止まるかを見る。


「五つではないのですか」


「昨夜は街道・税・兵・商人・役所と」


「止まり方は五つです。見る窓を七つにします」


すぐに理解した顔にはならなかった。


「水と荷は街道へ。金と税は分けて見ますが結び目があります。修理は街道と倉へ、兵は配置だけでなく支払いにもつながる。役所は全部の紙を通します」


領主代理が紙を覗く。


「結び目」


「支払いが遅れると商人が来ません。商人が来ないと物が戻りません。物が戻らないと、税を取っても残るものが減ります」


「税を取るほど、次の税が減る」


「はい」


「兵も街道に入るのか」


エルクの声が低くなる。


「護衛線がなければ、荷は戻りません。兵への支払いが遅れれば、護衛線も薄くなります」


「今、それを出すのか」


「査察官が聞く前に、こちらで確認します」


「兵の未払いを」


「はい」


バルドが腕を組み直した。


「隠しても、兵が喋ります」


「喋るなと言えば」


「余計に喋ります。喋るなと言われた兵の顔は、査察官でも分かるでしょう」


腹立たしいが、現場の兵に関してはだいたい当たる。


「どう書く」


「原本には残します。門前には、兵給与=確認中/支払い順=作成中、と出します」


「弱い」


「はい」


「だが嘘ではない」


「はい」


短い息のあと言った。


「俺の名でいい。兵側聞き取り、エルクおよびバルド」


「若様」


「お前もだ」


「承知しました」


筆が動く。


兵給与=確認中/聞き取り=エルクおよびバルド/門前要約=支払い順作成中。


紙束の紐がほどかれた。


「口を動かすなら、手も動かせ」


一枚目が開かれる。


字は薄く、端が欠けている。年号は読めた。七年前。今の帳簿より古い。


「十年分ではありません」


「まだ一枚目じゃ」


めくろうとした指が止まる。


「乾かしてから読む」


一枚目だけを目で追った。


塩・鉄釘・馬飼葉・通行税・荷車修繕費・兵の賄い。


どれも今の七欄にかかる。だが、数字が違った。


「塩の通行税が低い」


ミリアが入口で止まったまま聞く。


「どれくらいですか」


「今の半分以下です」


門の外からルシアの声が入った。


「その頃なら、商人が通っていた時代だね」


「入るな」


ガレスが止める。


「入ってないよ」


革袋を持った商人は入口の外で足を止めていた。


「昔の税が低かったなら、なぜ上がったか。税が上がって荷が減ったのか、荷が減ったから税を上げたのか。どちらでも商売の匂いがする」


ミリアの顔が険しくなる。


「領地の衰えを、商売の匂いと言いますか」


「言うよ。匂いを嗅がない商人は、腐った荷を買う」


エルクが顔をしかめた。


「言い方」


「正直でしょ」


「腹が立つ」


「なら、まだ生きている」


軽口の奥で、視線は掲示板へ向いていた。


「七欄を貼ったら、領民も嗅ぐよ。怒りの匂いも金の匂いも」


「貼ります」


ミリアの声は変わらなかった。


「ただし税額はまだ貼りません。今は、税を見直す欄を開いたことだけ貼ります」


「いい。商人も、数字を出す前に欄ができたことを知りたい」


「商人のためだけではありません」


「知ってる」


一枚目の内容を写す。


七年前、塩の通行税は低。釘=荷車修繕費と同紙/馬飼葉=兵欄接続/荷車修繕=街道欄接続。


トマが紙を覗き込んだ。


「一枚で、もう五つに分かれる」


「はい」


「全部、別々に壊れたわけじゃないんですね」


筆が止まった。


そう言ってから、不安そうに目を上げる。


「間違っていますか」


「いえ。たぶん、それが一番大事です」


急に背筋が伸びた。


「今の言葉、貼りますか」


「貼りません」


「よかった」


「ただ、原本には残します」


「残るんですか」


「残ります」


諦めた息にメイナが小さく笑った。


昼前、門前掲示が出た。


七つの流れ。水=古井戸と道/荷=石標と未着/金=支払いと残額/税=見直し欄/修理=釘と順番/兵=配置と支払い確認/役所=紙の出入り。止まる場所を先に見る。


「長くないか」


エルクが言う。


「これ以上削ると、税だけ読まれます」


トマの返事に、目が細くなる。


「言うようになったな」


「掲示担当なので」


配給鍋の方からゴルツが顔を出した。


「嫌な紙が増えたな」


「読めるか」


「水と荷と金と税くらいは読める」


「十分です」


掲示を眺めたゴルツの目は、税の行で止まった。


「今日、取り立てる話か」


ミリアが前へ出る。


「違います。王都から査察官派遣の書簡が届きました。ですが今日、査察官のために配給を減らしません。税も急に取りません。倉の物も隠しません」


門前にざわめきが走った。


王都と査察官。その二つだけで人は身構える。


「私たちは先に七つの流れを見ます。どこで止まるかをこちらで数えます。税を変える時は理由を出します」


「理由があれば取るのか」


別の男の声が飛ぶ。


「必要なら。ただし取る前に、残れるかを見ます」


ざわめきの質が変わった。


取る。残る。今まで領民が聞かされてきたのは、前の言葉ばかりだった。


後の言葉があるだけで、全員が納得するわけではない。それでも、紙の前からすぐに離れる者はいなかった。


「残れるかを先に見る税か」


ルシアが小さく言った。


「変ですか」


「商人は好きだよ。払った後に相手が死ぬ取引は、次がない」


「領地も同じです」


そう言って、少しだけ驚いた顔をした。


新台帳へは書かなかった。今はまだ、掲示の前で立った言葉として残せばいい。


夕方までに古控えは三枚まで広げられた。七年前・六年前・年の読めない一枚。


塩・釘・飼葉・荷車・通行税・修理費・兵の賄い。同じ名が何度も出る。違うのは数字と並び方だった。


「税が上がった年に、修理費が下がっています」メイナが言った。


「修理費を削って税を埋めたのか」


「まだ分かりません」


「偶然かもしれない」


「はい」


「偶然ではなかったら」


古控えの薄い字が、夕方の光でさらに細くなる。


「道を直さずに、税だけ取った年があるかもしれません」


役所部屋で、紙をめくる音が消えた。


道を直さなければ荷が減り、荷が減れば税を上げる。税が上がれば商人が避け、物が来ない。物が来なければ兵も民も残れない。


「まだ言うな」低い声が落ちた。


「一枚や二枚で十年を決めるな」


「はい」


「だが捨てるな」


「はい」


「この紙はまだ湿っておる」


新台帳に書き入れる。


税上昇年/修理費低下/未断定/確認待ち。


削られた木印を押した。確認待ち。決めず、忘れないための印。


夜、古控えは乾いた布に挟まれて南倉の上段へ移された。床下には戻さず、持ち出しもしない。


領主代理は領主館へ戻らず、門前に残っていた。


「七つに分けたのに、五つへまとまりましたね」


「まだまとまっていません」


「では見え始めた」


「はい」


掲示板には七つの流れ。新台帳の端には街道・税・兵・商人・役所の五つ。


その下に空欄を一つ作る。


衰退の始点。


今はまだ何も書けない。


けれど空欄を作った時点で、探す場所は決まった。


明日は乾いた古控えを年の順に並べる。


十年分には届かない。それでも、端は残っている。

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