止めない配給
白い布袋が二つ・薬草箱が一つ・釘箱が二つ・口の欠けた油壺が一つ。門前に並べると、量の少なさだけが残った。
配給列の人々がそれを見ていた。兵も、鍛冶場の者も、商人も見ていた。
「鍋を止めますか」
メイナが聞いた。
配給鍋の前で、女たちの手が止まりかけている。鍋の中身はまだ半分ほど残っていた。薄い粥だ。薄めてはいないが、濃くもない。
そこへ塩を入れれば、今日の配給は変わる。変わると知れば、もう受け取った者が戻ってくる。戻れば列が崩れ、先に椀を持っていた子どもが押される。
鍋ではなく、列を見た。
「止めません」
「塩は」
「鍋には入れません」
門前が少しざわつき、エルクの眉も動く。
「戻したばかりだぞ」
「はい」
「入れないのか」
「鍋に入れると、今並んでいる人と、もう受け取った人で分かれます」
「なら、最初から配り直せばいい」
「鍋が冷めます」
「冷めたら温めろ」
「薪を使います」
「では、どうする」
ミリアが聞いた。
彼女は塩袋の前に立ち、領民の目を背に受けている。
「塩湯を別にします」
そう告げた。
「鍋は今のまま配ります。受け取った人へ、別椀で塩湯を足します」
「もう受け取った者は」
「木札で戻します」
トマが顔を上げた。
「木札、足りますか」
「古い薪札を使います。半分に割ってください」
「何枚」
配給名簿を見た。今日の列・すでに受け取った数・まだ並んでいる数・病人分・幼児分・門番分・水運び分。
「百二十」
トマが目を丸くした。
「百二十枚を、今からですか」
「全部は書きません。切り込みを一つ入れて、塩湯済の印にします」
「名前は」
「病人分と幼児分だけ名前を入れます」
「二度取りは」
配給鍋の横を指した。
「受け取る時に札を割ります」
トマが少し考え、頷いた。
「できます」
それだけ言うと、薪札の束を取りに走った。
「塩湯、か」
ルシアが言った。
彼女は門柱にもたれて、商人二人と一緒に見ていた。
「商人の売り物としては、あまり景気がよくないね」
「景気のためではありません」
「知ってる」
軽く肩をすくめる仕草が返った。
「でも、いい。荷が戻った日に列を崩さないなら、次の荷も出せる」
「列を見るのですか」
ミリアが聞いた。
「見るよ。荷を入れた途端に奪い合いになる領地には、商人は入りたくない」
その指摘に、門前のざわめきが少し変わった。
ミリアの目が塩袋へ落ちた。
「奪い合いにはしません」
声は大きくないが、門前に通った。
「ただし、全員の粥を濃くすることもできません」
「戻った塩は二袋です。一袋を今日開けます。もう一袋は封をします」
「封をするのか」
列の中から、男の声が上がった。怒っていて、腹が減っている声でもあった。
「はい」
ミリアの視線がそちらへ向いた。
「明日も、明後日も、配給を止めないためです」
「今日食えなきゃ明日もない」
別の者が言う。
「今日食べる分は配ります」
ミリアが答えた。
「今日使い切る分は、配りません」
塩袋の紐を解いた。中の塩は湿りが少なく、商人が持ってきたものとしては悪くない。
メイナが升を出し、ガレスが鍵束と一緒に古い計量匙を持ってきた。
「昔の塩匙じゃ」
彼はそう言って、机に置いた。
木の匙は黒ずみ、柄の端が欠けていた。
「倉の奥に残っていました」
「残しておくものですか」
メイナが聞く。
「塩が足りん時ほど要る」
ガレスが短く答えた。
匙を手に取り、重さを確かめた。軽いが、一杯の量は決まっている。目分量よりずっといい。
「一袋を三つに分けます」
小机に線を引いた。今日の塩湯、病人・幼児、夜間見回り・水運び・道補修。
「兵は」
エルクが聞いた。
「全員ではありません」
「なぜだ」
「全員に回すと、門番と夜番の分が薄くなります」
「兵を選ぶのか」
「持ち場で選びます」
エルクの顔が険しくなる。
「夜番、門番、護衛帰還者、水運び、道補修。汗をかいた者と、倒れると流れが止まる者へ先に回します」
「訓練組は」
「今日は通常粥です」
エルクの目が門の外へ向いた。訓練組の兵が数人こちらを見ている。彼らも空腹で、誰も余っていない。
「俺が言う」
低く繰り返した。
「訓練組には、俺が言う」
「お願いします」
「ただし、ロナとユードには回せ」
「護衛帰還者です」
「ならいい」
バルドが何も言わず、エルクの言葉を兵へ落とすため、訓練組の方へ歩いていく。
「幼児分と病人分は、私が受け持ちます」
ミリアが言った。
「名前を聞きます。家族の分として取りに来た者は、病人か幼児の名を言ってください」
列の女たちが顔を上げた。子を抱いた女・空の椀を二つ持った老女・熱のある夫の分を取りに来たらしい若い娘。全員が少しずつ前へ出ようとする。
「列は崩さないでください」
ミリアが言った。
「名を聞く場所を別にします。粥の列は止めません」
横の木箱を指した。
「病人、幼児の名は、あちらでメイナが控えます。粥を受け取った後に塩湯を渡します」
「先にください」
子を抱いた女が、震える声で言った。
「この子、朝から泣いていて」
ミリアがすぐに近づいた。
「名は」
「ニナです」
「熱は」
女は子の額へ手を当てた。
「少し」
ミリアの目がメイナへ移った。
「幼児、熱あり。先に塩湯を」
口を挟まなかった。
「ニナ。幼児、熱あり。塩湯先渡し」
メイナが書く。
子を抱いた女は何度も頭を下げた。その後ろで男が不満そうに舌打ちした。
「子どもを抱けば先か」
エルクがそちらへ向きかけたが、ミリアの方が早かった。
「違います」
彼女の声が通った。
「熱がある幼児だから先です。子を抱いているだけでは先にしません。病人名、幼児名、状態を聞きます」
男は黙った。
その横で塩湯の釜を用意した。大釜は使わず、小さな鍋を二つ。一つは一般配給の後渡し、一つは病人と幼児用だ。
同じ塩でも、鍋を分け、匙を分け、札を分ける。
「面倒だな」
エルクが言った。
「はい」
「だが、揉めにくい」
「はい」
エルクが少しだけ息を吐いた。
「嫌な面倒だ」
「はい」
そのやり取りを聞いて、ルシアが笑った。
「若様も、だいぶ帳簿の嫌さを覚えてきた」
「嬉しくない」
「嬉しい顔はしていないよ」
「なら黙っていろ」
「はいはい」
黙ったまま、ルシアの目は配給列を追っている。彼女は商人で、塩を売った後、その塩がどう扱われるかを見ている。ここで崩れれば次の荷は減り、回れば増える。その判断が彼女の目の中にあった。
鍋は止まらなかった。粥の椀が渡され、横で塩湯が渡される。もう受け取った者は割り札を持って戻り、札はその場で折る。トマが折った札を籠へ入れ、同じ顔がもう一度来れば籠を見て分かる。
配給鍋の横で薬草箱を開けると、薬草の匂いが粥と塩の匂いに混じった。
薬草商の女が、眉をひそめた。
「湿っていません」
メイナが確認する。
「粉落ち、少し。虫なし」
「半分は兵舎薬箱へ」
レインが告げた。
「半分は診療小箱へ」
「兵舎が先だ」
エルクが言った。
「ユードの頬を洗う。ロナの袖も泥を落とす。護衛に出た兵が後回しでは、次に出ない」
「兵舎に半分は行きます」
「全部では駄目か」
「セムの熱が戻っています」
南門の門番セムは、前に空腹と熱で倒れた兵だ。兵でもあり、病人でもある。
「分けろ」
エルクが続けた。
「ただし、ユードはすぐ洗え」
「はい」
レインが頷くと、エルクがユードを呼んだ。
「顔を出せ」
「この程度なら」
「薬草が戻った日に膿ませるなと言った」
ユードが渋々前へ出た。
薬草商の女が傷を見て、手早く洗い方を教える。兵舎薬箱の者も、診療小箱の者もそれを聞く。同じ薬草を、同じ手順で使うためだ。
「薬草も紙に残すのか」
ルシアが聞いた。
「残します」
「湿りなし、虫なし、粉落ち少し、半分ずつ」
「はい」
「嫌な客だ」
「次も持ってきてください」
ルシアが一瞬だけ笑い、それから薬草商の女を見た。
「聞いた?」
女は小さく頷いた。
「次も湿らせないように包みます」
商談は配給鍋の横で進んでいた。
釘箱を開けると、鍛冶場の若い男が前へ出た。手が黒く、爪の間まで煤が入り込んでいる。
「蝶番を先に」
彼は言った。
「門の?」
「西門と南倉。西門はまだ片側が鳴る。南倉は昨夜直したが、二本足りない」
ガレスが頷いた。
「南倉は足りん。鳴りが残っとる」
「荷車軸は」
レインが聞く。
「一本、鳴りが強い」
若い男は門外の馬車を見た。
「今日戻った馬車です。あれを次に使うなら、先に軸を留め直した方がいい」
「釘は二箱です」
メイナが言った。
「全部は使えません」
若い男は苦い顔をした。
「分かっています」
「優先は」
レインが聞く。
「西門四。南倉二。荷車軸六。桶枠に二」
「桶枠?」
「水運びの桶です。昨日から一本、枠が浮いている。水が減る」
昨日の古井戸道を思い出した。水がこぼれなくなった道も、桶が壊れれば同じことになる。
「桶枠を入れます」
「門より桶か」
エルクが言った。
「門は四本で鳴りを止めます。桶は二本で漏れを止めます」
「荷車軸は」
「六本」
「残りは」
メイナが数える。
「一箱の半分弱」
「封をします」
ガレスが言った。
「使い切ると、次の鳴りを止められん」
鍛冶場の若い男は少し残念そうにした。
一番最後になった油壺は、欠けた口を布で押さえ、薄い板で挟んである。
鍛冶場の者が早く修理したい顔をしていた。夜番の兵も、水運びの女も見ている。
「鍛冶場には回しません」
レインが言うと、鍛冶場の若い男が肩を落とした。
「理由は」
ミリアが聞いた。
「鍛冶場は昼の火を使います。夜に回すと、油で仕事は増えますが、見回りの足元が暗くなります」
「夜番へ」
「はい。古井戸道と南倉の見回りです」
エルクが油壺を見た。
「俺が持つ」
「保管はガレス様です」
「またそれか」
「使用時に若様が受け取ってください。戻した量も書きます」
エルクの顔は不満そうだったが、今回は長く押さなかった。
「分かった」
ガレスが油壺を受け取る。
「割れ口は今塞ぐ。使う量は夜に出す」
「お願いします」
「半分強しかない。強の部分を強く見すぎるな」
その言い方に、何人かが小さく笑った。
配給列はまだ動いている。塩湯の鍋は一度、足りなくなりかけた。
トマが焦って、匙を大きく入れようとする。
「増やさない」
レインが止めた。
「でも、後ろが」
「湯を足します。塩は足しません」
「薄くなります」
「薄いと書きます」
トマが唇を噛んだ。
後ろの列から不満の声が上がる。
「前の方が濃かったのか」
「後ろは薄いのか」
ミリアが前へ出た。
「前半と後半で塩の濃さが変わりました」
門前が静まる。
「理由は、こちらの量の見誤りです。後半分は、明朝の病人、幼児分で調整します。今日の後ろの方の札には印を二つ入れます」
ミリアを見た。
「私の名前で貼ります」
そのまま続けた。
「塩湯後半、薄め。明朝調整」
トマがすぐに書く。手は少し震えていたが、文字は読めた。
「そんなことまで貼るのか」
エルクが低く言った。
「貼らないと、明朝の調整がひいきになります」
ミリアが答える。
列は崩れなかった。
ルシアが小さく息を吐いた。
「今のは高い」
「何がですか」
ミリアが聞く。
「信用」
ルシアの目が門前掲示へ移った。
「失敗を小さく書いて残す領地は、商人にとってありがたい。大きく隠してから揉めるより、ずっと安い」
「安いのですか」
「高くつくけど、見える。見える高値は払える。見えない高値は、商人が逃げる」
ミリアの返事は、すぐには出てこなかった。
配給鍋を見て、塩湯の列を見る。薬草を分ける者・釘を数える鍛冶場の者・油壺を抱えるガレスへと、ミリアの目が動いた。
「では、見えるようにします」
ミリアが告げた。
「ただし、見せるだけで終わらせません」
「それも商人が聞きたい言葉だね」
ルシアが笑った。
「次の荷は、一・五倍でいけるかもしれない」
「まだ条件を見てからです」
レインが言うと、ルシアが肩をすくめた。
「言うと思った」
夕方までに、配給は終わった。遅れたが、止まらなかった。
塩湯は途中で薄くなったが、その失敗も貼った。薬草は二つに分け、釘は使う分と残す分に分けた。油はガレスの鍵で封をし、鍛冶場には釘だけが行って油は行かなかった。訓練組の兵には塩湯が回らなかった。
エルクがその説明を兵の前で自分で言った。不満は出たが、兵は列を崩さなかった。
夜番の名札にも、水運びの女たちの名札にも、塩湯済の印が入った。
ロナとユードが薬草で傷を洗い、すぐに休むよう命じられた。休むことも命令になり、それをエルクが言った。
門前の紙を最後に確認した。試験荷は帰還、配給は停止なし。塩は一袋開封、一袋は封。塩湯後半は薄め、明朝調整。薬草は兵舎半分・診療小箱半分。釘は西門・南倉・荷車軸・桶枠へ。油は夜間見回り用でガレス保管、エルク使用時受領。支払いは全額済。
「今日は勝ちですか」
トマが聞いた。
声には疲れがあった。朝から札を割って印を入れ、貼り替えに走り回っていた。
「大勝ちではありません」
「塩湯を薄くしました」
「でも、止まりませんでした」
トマの目が門前の列が消えた場所へ向いた。
「止まりませんでした」
小さく頷いた。
「なら、小さい勝ちでいいですか」
トマの問いに、レインが少し考えた。
「明朝、後半の人へ調整できたら」
「厳しい」
トマが小さく笑った。疲れた笑いだったが、それでも笑えた。
ミリアが小机へ戻ってきた。外套の袖に塩湯のしみがついている。領主代理の袖としてはひどい汚れ方だったが、彼女はそれを気にしていない。
「レイン」
「はい」
「今日の配分を、三日分に直してください」
「三日分ですか」
「はい。今日の失敗も入れて」
ミリアの目が門前掲示へ向いた。
「明日だけで直すと、また別のところが薄くなります。三日で戻す形にしてください」
新台帳を開いた。
「分かりました」
新しい欄を作った。三日配給――病人・幼児、夜番・水運び・補修、一般配給、調整分。残りは、塩封残・薬草残・釘残・油残。
その下に次走条件の欄をもう一つ作る。
ルシアが机を覗き込む。
「もう商談に戻るのか」
「配給が変わったので」
「荷が戻ると、仕事が増えるね」
「はい」
「いいことだ」
ルシアが笑った。
「止まっている領地には、仕事も増えない」
夕暮れの西門で、塩袋の残りと釘箱が封をされた。薬草箱は二つの小箱へ分かれ、油壺は欠けた口を塞がれてガレスの鍵の下へ入った。
配給鍋は空になっている。焦げつきはあるが、底は見える。
最後に台帳へ「配給、停止なし」と書き付け、その下へ次の行を置いた。暫定再建計画、作成。




