表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第七章 名もなき雑用係の価値

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/75

暫定再建計画

計画書はきれいな紙から始まらなかった。塩湯後半、薄め。明朝調整。その失敗の行を計画書の一番上に置いた。


門前の小机には昨日の紙がまだ残っている。角は湿り、塩湯のしみもある。トマの筆跡は途中から少し荒れ、走りながら書いた字だった。


朝の西門は昨日より静かだった。配給列はまだ始まらず、鍛冶場の火も細く上がったばかりだ。古井戸道では水運びの女たちが桶の紐を確かめ、昨日の桶枠に釘が入ったため水漏れは少し減っていた。


「失敗を一番上にするのですか」


メイナが聞いた。


「はい」


「普通は、成果を先に書きます」


「成果から書くと、昨日薄かった人を忘れます」


紙を見る目が止まる。失敗の行の下に空欄がある。


「忘れないための空欄ですね」


「はい」


「では、ここは私が埋めます」


筆を取る指が紙の上へ伸びた。後半札、二十八。内訳は、幼児三・病人五・水運び四・夜番六・一般十。


「後半札は二十九では」


トマが言った。


メイナが顔を上げる。


「二十八です」


「折り札の籠には二十九ありました」


二人の視線がぶつかる。


黙って籠を取った。折られた薪札が入っている。切り込みの入った札・二つ印の札・端が欠けた札。数えると、二十九。


メイナの控えは二十八。一枚、紙にない札がある。


「誰かが二度取りをしたのか」


エルクの声がした。


彼は門柱の横に立ち、朝から兵を連れてきている。昨日、訓練組へ塩湯が回らない説明をしたせいか、顔が少し険しい。


「断定しません」


「札が一枚多い事実だけ残します」


「二度取りなら」


「名がないので、今は追えません」


「追わないのか」


「追うと、配給開始が遅れます」


エルクが不満そうに息を吐いた。


「では、その一枚はどうする」


「調整分に入れません」


「外れた者が本当に後半の者なら」


「その時は、今日の列で申し出てもらいます。名を聞いてから渡します」


ミリアが領主館の方から来た。外套の袖には昨日のしみがまだ薄く残っている。


「一枚多いのですか」


「はい」


レインは答えた。


「隠しますか」


「いいえ。貼ります。一枚多い、と」


エルクが妹を見る。


「そんなことまでか」


「一枚で崩れるなら、貼らなくても崩れます」


視線が配給鍋の方へ向いた。


「昨日、失敗を貼ると決めました。今日も同じです」


新しい紙の上部に書き付けた。後半札、控え二十八・札二十九、一枚は確認待ち。


「これを計画書の一番上へ?」


トマが聞いた。


「はい」


「嫌な紙ですね」


「使える紙です」


口元だけが少し緩んだ。


計画書の見出しは、ミリアが書いた。暫定再建計画。字は大きくなく、紙の端に寄せている。


「暫定、と入れるのですね」


メイナが言った。


「はい」


小さく頷く。


「確定と言えるほど、余裕はありません」


「でも、計画は出す」


ルシアの声が門の外からした。彼女は昨日より薄い外套で、塩商と薬種商を連れている。釘商はおらず、代わりに荷車の軸を見ていた御者が一人いた。


「早いですね」


レインが言うと、ルシアは笑った。


「商人は、支払いが済んだ次の日の顔を見る」


「顔ですか」


「そう。払った後に強気になる領地か、急に弱気になる領地か、次の条件を忘れる領地か」


門前の紙を覗き込む。


彼女は声を出して笑わず、ただ口元だけが上がった。


「朝一番にそれを書くのは、商人としては悪くない」


「悪くない、ですか」


ミリアが聞く。


「ごまかす領地は、だいたい昨日の成功から始める。面倒な領地は、昨日の不足から始める」


「面倒な領地」


「褒めている」


「たぶん、褒め方が悪いです」


肩をすくめる。


「商人だから」


計画書の下へ四つの欄を作った。配給・修理・護衛と道・次走。


「少ないな」


エルクが言った。


「倉は」


「配給と修理に入ります」


「兵は」


「護衛と道に入ります」


「領主館は」


「支払いと掲示です」


答えたのは、レインではなくミリアだった。


エルクは妹を見た。


ミリアは紙から目を離さない。


「領主館は命じるだけでは済みません。支払い、署名、掲示、謝罪を持ちます」


「謝罪?」


「塩湯後半の薄さです」


エルクが言葉を飲み込む。


「謝るだけでは足りません」


「調整を入れます」


配給欄に書く。


一日目。後半札二十八に一匙追加。確認待ち札一は名確認後判断。病人・幼児・熱あり優先。夜番・水運び・補修は通常塩湯。一般配給は粥量維持。


二日目。病人・幼児優先継続。後半調整なし。塩封残は開けない。


三日目。残量確認。次走到着予定と合わせて再配分。


メイナが筆を止めた。


「三日目は、次走が戻る前提ですか」


「戻る前提ではありません」


「戻らなかった場合も、三日目に残量を見ます」


「では、予定と書くのは危なくありませんか」


「危ないです」


少し考えてから、欄の横に細く書き足す。次走、未確定。戻らずとも三日目残量確認。


「これで」


「はい」


小さな修正だった。


「修理は」


鍛冶場の若い男が昨日の釘配分表を持って前へ出た。西門四・南倉二・荷車軸六・桶枠二、残り封。


「西門は四本で鳴りが半分になりました」


彼は言った。


「半分」


エルクが繰り返す。


「まだ鳴ります」


「直っていないのか」


「落ちる危険は減りました。でも、重い荷車が続けばまた鳴ります」


言い訳はなかった。


「南倉は」


ガレスが答えた。


「閉まる。だが、鍵を乱暴に回すな。金具より木が負ける」


「荷車軸は」


御者が前へ出た。


「空荷なら動きます。昨日程度の小荷なら戻れます。倍は怖い」


ルシアが御者を見る。


「一・五倍は」


御者は少し困った顔をした。


「道次第です」


「商人が一番嫌う返事だ」


「御者が一番正しく言える返事です」


レインが言うと、ルシアは目を細めた。


「そう返すか」


「はい」


「では、次走は一・五倍とは書けないね」


「書けません」


革袋から、荷札の控えの細い木札が出てきた。


「では、一・二五倍」


「刻みますね」


「商人だから」


彼女は荷札を机へ置いた。塩が小二袋・薬草が一包・釘が一箱・井戸縄が短二束・灯油が小壺半量。


「油を半量にするのですか」


ミリアが聞いた。


「昨日割ったからね。壺を大きくすると、割れた時の損も大きい」


「こちらの責任で割れました」


「だから次は、こちらも割れにくい形にする。商売は責任の押しつけ合いだけでは続かない」


「井戸縄を入れる理由は」


レインが聞いた。


「桶枠を直したんだろう。次に切れるのは縄だ」


水運びの女たちが顔を上げた。一人が手元の縄を見た。毛羽立ち、昨日から何度も濡れて乾ききっていない。


「短二束で足りますか」


「足りない」


即答だった。


「でも、短二束なら持ってこられる。長縄は高いし、荷がかさばる」


「短二束を、どこへ使う」


エルクが聞いた。


「古井戸と南倉裏の桶台」


「また道か」


「水が止まると、配給も鍛冶場も止まります」


エルクが舌打ちしかけて、やめた。


「護衛と道の欄に入れろ」


「はい」


護衛と道。石標まで。枯れ柳は路面確認・石垣手前に待機二・石標で積載二。不明者接触時は積まずに帰還・追撃なし・戻り後に聞き取り。


「追撃なしは残すのか」


エルクが言った。


「残します」


「昨日、逃がした」


「荷と兵は戻りました」


「逃がした二人がまた来る」


「来る前提で計画します」


エルクが紙を睨んだ。


「捕まえる計画は」


「今日の計画には入れません」


「なぜだ」


「捕まえるために兵を割くと、石標の戻り道が薄くなります」


「いつまでも逃がすのか」


すぐには答えなかった。


「三走目以降に、待ち伏せを考えます」


「次走ではないのか」


「次走は、昨日の失敗を直す走りです」


「弱い」


「はい」


エルクの目が険しくなる。


「弱いと分かっていて出すのか」


「弱いまま強く見せると、もっと危ないので」


門前が静まった。エルクから返事はなく、ルシアも黙った。


ミリアが紙へ視線を落とす。


「書いてください」


ミリアが言った。


「次走は、強く見せるための走りではありません」


トマが筆を止めた。


「そのまま貼りますか」


「貼ります」


ミリアの声は揺れなかった。


「恥ずかしい紙ですね」


「はい」


彼女は頷いた。


「でも、昨日の薄い塩湯よりはましです」


トマが目を伏せ、少しだけ笑った。


「たしかに」


次走欄に書き加える。強く見せるための走りにしない、戻る道を確かめる走り。荷量は一・二五倍まで・油は小壺半量・井戸縄は短二束。損耗時は石標確認後なら領内負担・荷札なしは積載不可・荷札外の追加要求は拒否。


「利益は」


ルシアが聞いた。


「利益保証の欄を作ります」


新しい線を引いた。商人側最低利。前払い半額、検品後残額。領内帰路損耗は領内負担、荷札外損耗は商人負担外。次走不成立時、通行税軽減は次回へ繰越。


「最低利、ね」


その言葉を味わうような口ぶりだった。


「ずいぶん商人寄りに聞こえる」


「商人が損を読めないと、来ません」


「領民が聞いたら怒るかも」


「貼ります」


ミリアが先に言った。


ルシアがそちらを見る。


「貼るの?」


「はい」


「商人の最低利を?」


「商人が戻らなければ、塩も薬草も戻りません」


門前の配給鍋へ目が向く。


「領民には、私が説明します」


ルシアの笑みが消えた。


「領主代理殿。その説明は嫌われるよ」


「昨日も嫌われました」


「慣れた?」


「慣れません。でも、隠す方がもっと嫌です」


小さく息を吐く音がした。


「分かった。次走は出す」


塩商が驚いた顔をした。薬種商も、御者もルシアを見る。


「ただし、荷量は一・二五倍まで。油は小壺半量。縄は短二束。損耗条件はこの紙どおり。独占は取らない」


「独占は取らないのですね」


ミリアが聞いた。


「今取ると、他の商人が怯える。怯えた商人は噂だけを流して、荷を持ってこない」


「商人を増やしたいのですか」


「競う相手がいない商売は、長く儲からない」


ルシアは笑った。今度の笑みは、いつもの軽さに戻っている。


「それに、ここはまだ独占するほど太っていない」


エルクがむっとした顔をする。


「言い方」


「正直でしょ」


「腹が立つ」


「若様が腹を立てるくらいなら、まだ元気がある」


「商人」


「はいはい」


そのやり取りで門前の強張りが少しゆるんだ。


昼前、配給列が始まる前に、暫定再建計画の第一枚が門前に貼られた。


ミリアがその前に立つ。


「昨日、塩湯の後半が薄くなりました」


列の中で、昨日後ろにいた者たちらしい人影が少し動いた。


「後半札は控え二十八、札二十九でした。一枚、確認待ちです。名を言って申し出てください。確認できた分から調整します」


男が一人、手を上げかけて下ろした。まだ迷っている男を追う言葉はなかった。


「塩の残りは封をします。すべて今日使うことはしません。病人、幼児、夜番、水運び、補修担当を優先します」


不満の声が出る。


声が落ちてから、続ける。


「商人の最低利も貼ります」


今度は、不満ではなく戸惑いが広がった。


「なぜ商人を先に守るのか、と思う方もいると思います」


紙の端を指で押さえる。


「商人を先に守るのではありません。塩と薬草が戻る道を守ります。商人が損を読めなければ、次の荷は来ません。次の荷が来なければ、今日封をした塩袋を開ける日が早まります」


列は静かになった。


「領主館は、前払いと支払い、掲示、失敗の訂正を持ちます。護衛線はエルクが持ちます。倉の鍵はガレスが持ちます。検品はメイナが持ちます。門前掲示はトマが持ちます」


そこで一度、視線がレインへ向いた。


「レインは現物と帳簿を合わせ、順番の第一案を作ります」


門前の視線がレインへ向く。


頭を下げなかった。


「権限は」


列の中から、年配の男の声が出た。


「その雑用係が、全部決めるのか」


エルクが一歩出かけ、ミリアが手で止めた。


「決めません」


彼女は答えた。


「第一案を作ります。決めるのは領主代理である私です。兵の動きはエルクが見ます。倉はガレスが見ます。商人との条件は、ルシアと私が紙に残します」


「失敗したら」


男が聞く。


「私の名で貼ります」


迷いのない声だった。


男は黙った。


配給が始まった。後半札の者が一人ずつ別列へ来る。二十八人。そして二十九枚目の札を持った者が最後に来た。昨日、子どもを抱いていた女だった。


「名前を書いてもらえなくて」


彼女は小さく言った。


「子が泣いて、先に戻ってしまいました」


メイナが控えを見る。ニナ、幼児、熱あり、塩湯先渡し。昨日の先渡し欄に名があり、後半札の控えにはない。


「二度ではありません」


メイナが言った。


「先渡し分の札です。後半札に混ざりました」


トマが顔を青くした。


「私です。籠を分けませんでした」


「直します」


すぐに返した。


「先渡し札と後半札の籠を分けます。色も変えます」


「私が」


トマが言いかける。


ミリアが首を振った。


「責める場ではありません。直す場です」


そして、女へ向き直る。


「昨日の先渡し分は、二度取りではありません。こちらの籠分けの誤りです。掲示します」


女は目を伏せ、深く頭を下げた。


「だから追わない方がよかったのか」


エルクの声は低い。


「追っていたら、間違えて責めていました」


エルクの顔が苦く歪む。


「嫌な話だ」


「はい」


「だが、覚えた」


その短い言葉でトマの肩が少し下がった。


暫定再建計画の余白に行が足された。先渡し札は別籠で色印は赤、後半札は黒。二十九枚目、処理済。


配給は遅れたが、昨日より混乱は少ない。


塩湯の濃さも揃い、調整分は後半札の者へ渡った。ニナの母には先渡しの扱いが説明された。訓練組の兵には今日も塩湯は回らないが、エルクが朝のうちに言ったため、昨日より不満の声は低かった。


午後、次走条件の写しが作られた。ルシアが商人控えを、ミリアが領主館控えを持ち、門前に要約が貼られる。メイナが原本を新台帳へ綴じ、ガレスの鍵束が鳴って残りの塩袋が封箱へ納まる。エルクは護衛線をもう一度見に行く準備をしていた。


「若様」


レインが声をかけた。


「何だ」


「石垣の先へは行かないでください」


「偵察も駄目か」


「今日は」


エルクの顔が露骨に嫌な色になる。


「今日、今日、今日。お前の紙は今日ばかりだ」


「暫定なので」


「便利な言葉だな」


「はい」


しばらく黙ってから、低く声が落ちた。


「明日は」


「明日は、護衛線を正式に組み直します」


「俺の領分だ」


その言葉は、まだ宣言ではなかった。苛立ちに近い。だが、ただ前へ出たいのではなく、線を引く側へ入りたい声だった。


小さく頷く。


「お願いします」


返事はなく、足だけが西門の外へ向いた。


石垣の先へは行かない。古井戸まで、そこで止まる。それを見て、バルドが小さく笑った。


「若様が止まれるようになった」


「まだ古井戸までです」


レインが言うと、バルドは肩をすくめた。


「十分だ。昨日なら石垣まで行ってた」


夕方、門前で風に揺れる暫定再建計画の一枚目は、きれいとは言いにくい紙だった。失敗・修正・不足・保留・未確定。そんな言葉ばかりが並んでいる。


だが配給は動いた。鍛冶場は釘を打ち、水運びは桶を戻した。商人は次走の控えを持ち、兵は追わずに戻る線を見直した。


ミリアの姿は最後まで門前から動かなかった。


「これで、再建計画と言えるでしょうか」


彼女が聞いた。


「暫定です」


「逃げましたね」


「逃げていません。逃げ道を残しました」


少しだけ、疲れた笑みがこぼれる。


「では、明日はその逃げ道を、正式な役目にしましょう」


返事はしなかった。


ミリアは小机の上にもう一枚の紙を置いた。臨時実務整理役。その下の空欄は印を押す場所だった。


「明朝、貼ります」


彼女は言った。


「今日ではないのですか」


「今日は、計画を貼りました」


門前の暫定再建計画を見上げる目があった。


「明日は、その計画に責任を持つ者を貼ります」


西門の風が紙を鳴らした。暫定再建計画。その横に明日の空白が一つ残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ