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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第七章 名もなき雑用係の価値

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西門から古井戸まで

西門から古井戸までは、百九十二歩だった。長い道ではなく、空の桶なら子どもでも歩ける。だが水を入れた桶を二つ持てば話が変わる。


百九十二歩の間に、足を取る泥が三か所・車輪が沈む轍が二か所・石畳の欠けで桶の水が跳ねる段差が一か所あった。


その一つで水がこぼれる。こぼれれば、もう一度汲みに戻る。戻れば鍛冶場の水が遅れ、火入れが遅れ、鍋も鎌も戻らない。


レインは西門の前にしゃがみ、杖の先で地面に線を引いた。西門と古井戸、そのあいだに六つの傷。


「全部直すのか」


エルクが聞いた。


朝の光はまだ薄い。門前には、石灰袋三つ・砕石六籠・砂利四籠・古い木杭八本が並んでいる。徴発倉庫から戻された、買わずに済んだものだ。だが使えば消えるものでもある。


「全部は直しません」


短く答えた。


エルクの眉が寄る。


「またか」


「石灰が足りません」


「砕石もある」


「砕石だけでは水が逃げません。砂利だけでは沈みます」


「では、どこを直す」


「桶が跳ねる段差と、荷車が止まる轍です」


「泥三つは」


「踏める泥は残します」


エルクの目が道へ向いた。


全体として見れば、どこも悪い。だが同じ悪さではない。足を汚すだけの泥と、足を滑らせる泥。車輪を鳴らすだけの轍と、車輪を沈める轍。桶の水を揺らす段差と、桶の水をこぼす段差。


「見た目は直らないな」


「はい」


「領民は、直っていないと言うぞ」


「言います」


「それでいいのか」


「今日は、水がこぼれなければいいです」


エルクの顔は不満そうだったが、否定はしなかった。


ガレスが古い杖で轍を叩いた。


「泥三。轍二。段差一」


「はい」


「石灰は三袋」


「使うのは二袋半です」


「半袋残すのか」


「古井戸の縁で濁りが出た時に使います」


「また残す」


「残さないと、次に止まります」


ガレスは短く笑った。


「よし」


その声で作業者たちの背が少し伸びた。


兵二人・農民四人・今日雇い二人。ゴルツと、昨日から荷車の音を聞いていた若い男がその中にいる。


ゴルツは石灰袋を見下ろした。


「半袋なんて、残してもしょうがねえだろ」


「半袋で、井戸縁一か所は押さえられます」


「一か所か」


「一か所です」


「しけてるな」


「はい」


「はいじゃねえ」


ゴルツは文句を言いながら、袋の口を縛り直した。


若い男が砕石籠を腰だけで持ち上げかけ、ゴルツが横から怒鳴った。


「膝を使え。昨日も言った」


「言われてない」


「見れば分かるだろ」


「分からねえから聞いてる」


「じゃあ今聞け」


言い合いながら、二人は籠を持ち上げた。


木札を六枚置いた。一枚目は古井戸手前の段差、二枚目は西門寄りの沈む轍、三枚目は荷車待避の横泥。残り三枚は、今日は見送りだ。


メイナがその横に使用・保留・見送りと書く。


「見送りも書くのですか」


トマが聞いた。


「書きます」


「直さない場所まで」


「直さない理由を書かないと、あとで忘れます」


「忘れると」


「全部直した気になります」


トマは少し嫌そうな顔をして、見送りの欄に筆を置いた。


ミリアは門前に集まった領民へ向き直った。


「今日は、古井戸までの道をすべて直すわけではありません」


小さなざわめきが起きる。当然だった。東側のぬかるみに困っている者も、荷車置き場の水たまりを嫌がる者もいる。


「全部直せないのですか」


桶を持った女が言った。昨日、南井戸で並んでいた女だ。


ミリアはすぐに答えず、一度レインの地面の線を見てから、自分の言葉で言った。


「全部を少しずつ直すと、今日、桶の水がこぼれる場所が残ります」


女は桶を抱え直した。


「では、そこから」


「はい。水がこぼれる場所から直します」


「東側は」


「今日の見送りです。理由も紙に書きます」


女は不満そうだったが、引かなかった。


「明日は」


「今日、水がどれだけ残るかを見てから決めます」


ミリアの声は震えていない。冷たい線を領民の前で引いている。


レインはその声を台帳の端に置いた。


石灰を撒き、砕石を入れる。砂利をならし、木杭で端を止める。


作業は古井戸手前の段差から始まった。


水桶を持つ者がそこでよく足を止める。止まると後ろが詰まり、桶同士がぶつかって水がこぼれる。


「ここに石を入れすぎるな」


ガレスが言った。


「高くなりすぎますか」


レインが聞く。


「桶が跳ねる」


「では、低く」


「低すぎても水がたまる」


「幅は」


「桶二つ分だ」


ガレスは杖で幅を示した。


老鍛冶師は鍛冶場から顔だけ出した。


「水が早く来るなら、炉を先に温めるぞ」


「半刻待ってください」


「半刻か」


「段差が先です」


「分かった。半刻だけだ」


半刻。石灰を使う手が荒くなると、メイナが止めた。


「量を記録しています」


農民が顔をしかめる。


「紙を見てる暇があるなら手を」


「紙がないと、次の半袋まで使います」


ゴルツが横から言った。


「使い切るなって話だ」


二つ目は西門寄りの沈む轍だった。


荷車がここで止まれば、押す人手が二人増え、その二人は水運びにも配給列にも戻らない。


「ここは深く掘る」


ガレスが言う。


「入れるより、先に出す」


泥を掻き出すと、底から腐った藁が少し出た。倉庫裏で見た藁と似ている。


すぐには断定しなかった。


「証拠袋を」


メイナが差し出す。


「またか」


エルクが低く言った。


「似ています」


「同じか」


「まだ分かりません」


「追うか」


「追いません。ここを埋めます」


エルクは息を吐いた。


「守れない場所が出るぞ」


「はい」


「西門の外も、古橋跡も、南倉も、全部は見られない」


「だから、今日はここを通します」


泥を出した轍を見た。深いが、底は見えた。


「一本通れば、水と火が動きます。水と火が動けば、鍋と鎌が戻ります。戻った鍋と鎌で、明日の人手が少し戻ります」


「それでも、外は空く」


「空きます」


「正直だな」


「嘘をつくと、配置が崩れます」


エルクが兵二人を呼んだ。


「西門外へ広げるな。今日は古井戸道だけを見る。外へ出る者は、俺が決める」


兵が驚いた顔をした。


「よろしいのですか」


「よくはない。だが、薄く広げるな」


昼前、最初の水桶が古井戸から戻った。持ってきたのは、南門の女だった。


桶の縁に水の跡があるが、半分もこぼれていない。


女は桶を地面に置き、息を整えた。


「前より、少ない」


「水がですか」


トマが慌てて聞いた。


「こぼれた分だよ」


女は少し笑った。


「桶の中は、前より多い」


トマは顔を赤くし、紙へ書いた。古井戸水運び、こぼれ減。


メイナが横から見て、頷いた。


鍛冶場では、老鍛冶師が炉に火を入れた。半刻遅れだが、昨日ならもっと遅れていた。


「水は」


「来ました」


「なら、鍋一つ先にやる」


老鍛冶師はそう言って、小鍋を炉の横へ置いた。


鍋を持ってきた女が、古井戸の桶を見てから、自分の鍋を見た。


午後、荷車を一台だけ通した。石灰袋は三つまで。荷台の右輪は昨日直した金具で鳴りを抑えている。押し手は一人、予備で一人。以前なら二人で押しっぱなしだった。


轍を越えた時、車輪は沈まなかった。完全ではない。軋みはあるが、止まらない。


「一人、余るな」


ゴルツが言った。


「余りません」


短く答えた。


「どこへ行く」


「配給列です」


「また列か」


「鍋が戻るまで、列を崩さない人が必要です」


ゴルツは泥のついた手を見た。


「道を直すと、列に戻るのか」


「はい」


「面倒だな」


「はい」


「はいじゃねえ」


それでも、ゴルツは笑っていた。


夕方、メイナが門前の紙に新しい欄を足した。


西門から古井戸まで。段差一、補修。沈む轍一、補修。泥三、うち一は保留処置。石灰使用二袋半、残り半袋。水運びはこぼれ減、荷車は停止なし。鍛冶場は半刻遅れで火入れ。配給列へ一名戻し。


「地味ですね」


トマが言った。


「地味です」


短く答える。


「でも、長いです」


「長いです」


「読む人、いますか」


「水を運んだ人は読みます」


トマは門前を見た。


南門の女が桶を置いて紙を読み、その横で鍋を預けた女も読んでいる。兵は石灰残の欄を見ていた。


ルシアは少し離れた場所で腕を組んでいた。


「一本、通ったね」


彼女は言った。


「古井戸までです」


すぐに訂正した。


「商人は、最初の一本を見る」


「まだ古橋跡までは見ていません」


「だから、次はそこだ」


ルシアの声から軽さが少し消えた。


「冬前商隊が止まった道を見るなら、荷だけじゃない。誰が守るか、どこまで払えるか、どこで引き返すかも決める」


新台帳を開き、今日の頁の下に次の欄を作る。試験荷・護衛実動・引き返し線。


エルクがそれを見た。


「俺の出番か」


「はい」


「今度は、守る場所を俺が決める」


「お願いします」


エルクの視線が一度だけ古井戸までの道へ流れた。


水桶が通り、荷車が止まらずに進む。泥は残っているが、一本は通った。


「明日は、商隊の道だな」


小さく頷いた。


西門から古井戸までの短い道は夕方の光で白く乾き始めていた。それでも、今日の水はこぼれずに戻った。その事実だけを新台帳の黒い線の下へ置いた。

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