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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第六章 最初の黒字

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炭の戻る道

夜明け前の西門には、七人ではなく九人が来ていた。


水運び三人。


炭運び四人。


そう書いたはずの板の前に、さらに二人が立っている。


一人は桶輪を直してもらう予定の老人。


もう一人は、昨日、壊れた鉈を預けた若い男だった。


ゴルツの顔が、二人を見るなり嫌そうに歪んだ。


「増えてるぞ」


「増えていますね」


短く答えた。


「何で落ち着いてる」


「増えた理由を聞いてからです」


「面倒くせえ」


「面倒の中に、人手が入っています」


ゴルツが舌打ちした。


だが、帰れとは言わなかった。


門前の板に、今日の作業を書き直した。


炭運び。


水運び。


鍛冶場補助。


危険確認。


四つに分ける。


昨日は三つで足りた。


今日は足りない。


「まず足を見せてください」


レインが言うと、若い男が眉を寄せた。


「足?」


「炭置き場までの道はぬかるみがあります。靴底が割れている人を行かせると、帰りに転びます」


「転ばねえよ」


「転んだら炭袋が濡れます」


若い男は口をつぐんだ。


一人ずつ靴を見た。


靴底が割れている者、二人。


足首に古い腫れがある者、一人。


手の皮が厚く、背負い縄の扱いに慣れている者、三人。


水桶を持つ姿勢が安定している者、二人。


「炭運びは、ゴルツさん、若い兵一人、背負い縄に慣れている三人。合計五人」


「増やすのか」


ゴルツが言う。


「一人あたりの荷を減らします」


「減らすのに増やすのか」


「はい。炭を濡らさないためです」


「力がある奴に多く持たせりゃいいだろ」


「帰り道で転びます」


「俺は転ばねえ」


「他の人が転びます」


ゴルツの口が反論しかけて、止まった。


「水運びは三人。鍛冶場まで二桶ずつ。走らない。こぼさない」


「分かった」


桶輪の老人が手を上げた。


「わしは」


「鍛冶場補助です」


「年寄りだからか」


「桶輪を三つ持ってきたので、桶の扱いが分かると思いました」


老人は少し目を丸くした。


「そう来るか」


「錆落としと、戻ってきた桶の水漏れ確認をお願いします」


「水漏れを見るだけならできる」


「見るだけではなく、漏れたら印をつけてください」


「字は下手だぞ」


「線で構いません」


老人は桶輪を腕から外し、頷いた。


その様子を横目に、台帳の余白へ小さく書き付けた。


老人、桶確認。


「俺は」


壊れた鉈を預けた若い男が言った。


顔にはまだ不満が残っている。


だが、一人で森へ入ると言った昨日より、声は低い。


「同行者を連れてきましたか」


「連れてきた」


男は後ろを指した。


同じ年頃の男が、気まずそうに立っている。


「二人で黒森寄りに行く」


「今日は行きません」


「何だと」


「鉈の危険確認が終わっていません。代わりに炭運びへ入ってください」


「森へ入るために来たんだ」


「炭置き場は黒森道の手前です。道の状態を見られます。戻ったら、明日の進入可否を決めます」


若い男は黙った。


「……半日で終わるのか」


「荷を濡らさず戻れば、昼前です」


「銅貨は」


「作業一刻分として、修理料から差し引きます」


「銅貨じゃねえのか」


「あなたは鉈の修理を受ける側です。先に労働で払えます」


若い男は隣の男と顔を見合わせた。


「なら、行く」


ゴルツが鼻を鳴らした。


「若いの。転ぶなよ」


「転ばねえ」


「そう言う奴から転ぶ」


「あんたこそ」


「俺は転んでも炭袋は離さねえ」


「転ぶ前提かよ」


小さな笑いが起きた。


「出発前に、袋の結びを確認します」


バルドが声を張った。


兵の一人が背負い袋を並べる。


大袋ではない。


中袋を五つ。


小袋を二つ。


「中袋五。小袋二。帰りは小袋を前に」


「前に?」


若い男が聞いた。


「胸側へ持ちます。転びそうになった時、小袋なら守れます」


「大袋は」


「背中です。転ぶ時は膝をついて、横へ倒れない」


「転ばねえって」


「転ばない前提で準備すると、転んだ時に全部失います」


若い男は不満そうに口を曲げた。


それでも、紐の結びを確かめた。


ゴルツも同じように結びを確かめる。


「おまえ、戦の荷運びを知ってるな」


「少しだけです」


「少しでそんな嫌なこと言うか」


「嫌なことほど、早めに言う方が安いです」


「本当に嫌な奴だ」


炭置き場までは、南倉裏の小道を抜ける。


以前、黒森道の荷車を止めた場所より手前。


古い炭焼き小屋の跡に、屋根だけ残った炭置き場がある。


昔は村の鍛冶場と石灰窯へ回していた場所だという。


今は、誰も定期的に見ていない。


道は、悪かった。


朝露で草が濡れている。


荷車の轍は古く、片側に水が溜まっていた。


先頭は歩かない。


先頭は若い兵。


次にゴルツ。


その後ろに炭袋を持つ三人。


若い男と同行者は最後尾の前。


最後尾から二番目を歩いた。


「右を踏まないでください」


レインが言った。


前の男が足を止める。


「右?」


「草が寝ています。水があります」


ゴルツが右足を浮かせた。


草の下に、黒い泥が見えた。


「よく見えるな」


「昨日の雨で水が残るなら、草の色が変わります」


「道ばっか見て歩くと、前から殴られるぞ」


「前は兵が見ています」


先頭の若い兵が、少し背筋を伸ばした。


炭置き場に着いたのは、日の出から半刻ほど後だった。


屋根は傾いている。


柱の一本は根元が腐りかけていた。


床は土。


奥に炭袋が積まれている。


布は古い。


口の紐は何本か切れていた。


ゴルツが近づこうとして、レインが止めた。


「先に屋根を見ます」


「炭を見るんじゃないのか」


「屋根が落ちたら炭どころではありません」


若い男が、今度は笑わなかった。


彼も屋根を見た。


梁の一部が黒く腐っている。


だが、今日すぐ崩れるほどではない。


問題は奥の柱だ。


荷を出す時に押せば、傾く。


「左側から出します。奥の柱に触らない。袋を引きずらない」


「引きずった方が楽だぞ」


「布が裂けます」


「分かったよ」


ゴルツが文句を言いながら、左側の袋を持ち上げた。


軽い。


顔が変わる。


「少ないぞ」


袋の中は半分以下だった。


炭の塊は残っているが、底に炭粉が溜まっている。


別の袋も同じ。


三袋目は、湿っていた。


「使えねえ」


若い男が言った。


「使えます」


湿った炭を手に取り、指で割った。


外側は湿っている。


中はまだ乾いている。


「鍛冶場の炉にはすぐ使いません。南壁で乾かします」


「炭を乾かすのに人手を使うのか」


「買うより安いです」


「またそれか」


「はい」


ゴルツが、なぜか笑いそうな顔をした。


炭を三つに分けた。


すぐ使える炭。


乾かせば使える炭。


炭粉。


「炭粉も持つのか」


「持ちます」


「鍛冶場じゃ使いにくいぞ」


「石灰窯の火持ちに回します。細かい火なら、鍋修理の下火にも使えます」


「粉まで使うのか」


「粉を捨てるほど、火に余裕がありません」


若い兵が袋を覗き込んだ。


「これ、門の火鉢にも使えますか」


「煙が多いです。門番の火鉢には向きません」


「そうですか」


少し残念そうだった。


その顔を覚えた。


「今日持ち帰るのは、すぐ使える炭が中袋三。乾かす炭が中袋二。炭粉が小袋二」


「残りは」


「屋根が崩れる前に、明日以降で移します。今日は欲張りません」


「欲張った方が往復が減る」


ゴルツが言う。


「欲張ると、帰りに落とします」


「分かってるよ」


「言っておきます」


「言わなくてもいい」


「先に言っておきます」


ゴルツの口は、もう返さなかった。


その代わり、若い男に袋の持ち方を教え始めた。


「肩だけで担ぐな。腰の縄を締めろ。揺れると中で割れる」


「炭が割れて何が悪い」


「粉になる。粉は別袋だ。混ぜるとあの帳簿の兄ちゃんが嫌な顔をする」


「あんた、怖いのか」


「怖くねえ。面倒なんだ」


若い男は小さく笑い、腰縄を締め直した。


何も言わなかった。


帰り道で、一度だけ事故が起きかけた。


若い兵が先に泥を踏み抜いた。


足首まで沈む。


背中の袋が揺れた。


横へ倒れれば、炭袋が泥に落ちる。


「膝」


レインが言うより先に、ゴルツが怒鳴った。


「膝をつけ」


若い兵は反射で片膝をついた。


袋は背中で止まる。


小袋を前に抱えていた若い男が、横から支えた。


炭は落ちなかった。


若い兵の顔は青い。


「す、すみません」


「謝るな。袋を見ろ」


ゴルツが言った。


若い兵は振り返り、袋を触る。


破れていない。


湿ってもいない。


「無事です」


「ならいい」


ゴルツが短く言い、目をこちらへ向けた。


「転ぶ前提、役に立ったぞ」


「転んでいません」


「細けえ」


「膝をついたので、転倒未満です」


「本当に細けえ」


けれど、周りの顔は少し緩んでいた。


西門に戻ると、門前には昨日の紙がまだ貼ってあった。


その下に、メイナが新しい紙を用意している。


炭受入。


すぐ使用。


乾燥待ち。


炭粉。


戻った袋を量るため、ガレスが古い秤を出していた。


片方の皿が少し欠けている。


だが、釣り合いは取れる。


「遅い」


メイナが言った。


「予定より半刻早いです」


レインが答える。


「私の紙が早くできすぎました」


「それは遅いと言いません」


「待ちました」


「すみません」


メイナの表情は変わらなかったが、トマが横で笑いをこらえていた。


炭はすぐに分けられた。


すぐ使える炭。


中袋三。


乾燥待ち。


中袋二。


炭粉。


小袋二。


ゴルツが肩を回す。


「これで鍛冶場は夕方まで動くのか」


「はい」


「じゃあ俺は終わりだな」


「炭を南壁へ広げます」


「まだあるのか」


「湿り炭を乾かさないと、明日の分が減ります」


「俺は炭運びだ。炭干しじゃねえ」


「今日の置き場番でもあります」


「勝手に増やすな」


「昨日から継続です」


ゴルツの目が天を仰いだ。


だが、湿り炭の袋を持った。


若い男も、それに続いた。


「どこに広げる」


「南壁の石の上です。直置きしないで、古い戸板を敷きます」


「戸板?」


「裏物置の外した戸です」


ゴルツの足が一瞬止まり、それから笑った。


「戸まで使うのかよ」


「捨てるには重いので」


「便利な言い方だな」


「便利です」


南壁の下に戸板を敷く。


その上に湿り炭を広げる。


炭粉は別に布へ包む。


風が吹けば飛ぶ。


飛べば目に入る。


子どもを近づけないよう、縄を張らせた。


「ここから先は、触らないでください」


門前で鍋を預けた女が、それを見て頷いた。


「黒い手になるからね」


「目に入ると痛みます」


「うちの子に言っとくよ」


鍛冶場では、老鍛冶師が炭を受け取り、火を起こし直した。


昨日より赤が早い。


乾いた炭は、音が違う。


ぱち、と軽く鳴る。


湿った炭の鈍い煙ではない。


「これなら夕刻まで持つ」


老鍛冶師が言った。


「ただし、途中で鍋ばかり入れるな。農具も混ぜる」


「順番は決めています」


板を示した。


午前。


鍋三。


桶輪一。


共有鎌二。


兵装小修理の確認。


午後。


鍋三。


鍬先二。


槍石突き三。


危険刃物確認。


老鍛冶師が板を見て、鼻を鳴らした。


「人間が炉よりうるさいな」


「炉は字を読まないので」


「読んだら逃げるぞ」


「逃げないようにします」


老鍛冶師は少し笑い、火ばさみを取った。


最初の小鍋が炉に入る。


次に桶輪。


槌の音が戻った。


昨日の音より、少しだけ続いて聞こえる。


門前の領民だけではない。


兵も来た。


槍を持った兵が三人。


革帯の金具が壊れた兵が一人。


盾の縁が浮いた兵が一人。


バルドが腕を組み、全員を睨んでいた。


「隠していた数を言え」


「槍三、革帯一、盾一です」


「今まで黙っていた理由は」


「怒られると思いました」


「怒る」


兵たちの肩が縮む。


バルドの目が少し間を置き、こちらへ向いた。


「だが、飯は減らさん」


短く頷いた。


「夜の水運びで」


「夜の水運びだ」


兵たちの顔がさらに沈んだ。


「兵装小修理は、領民の鍋と同じ列ですか」


トマが聞いた。


「別列です」


短く答えた。


「同じ炉で直すのに」


「待つ理由が違います。混ぜると、兵が割り込んだように見えます」


「実際、急ぎですよね」


「急ぎです。だから別列にして、数を見せます」


「隠さない」


「はい」


トマの手が紙を一枚増やした。


兵装小修理。


品目。


持ち主。


危険度。


修理順。


夜の水運び。


最後の欄を見て、兵の一人が呻いた。


「書かれるんですか」


「書きます」


メイナが即答した。


「消せませんか」


「水を運んだら済印を押します」


「押すだけですか」


「押すだけです」


兵はなぜか少し安心した顔をした。


昼前、共有鎌二本が仕上がった。


完全ではない。


刃は短い。


柄も新しくはない。


だが、草は刈れる。


門前で待っていた農民四人が、順番札を受け取った。


一刻ごと。


返却時に、草の十分の一を飼葉置き場へ入れる。


「本当に十分の一か」


農民の一人が聞いた。


「はい」


「数えるのか」


「籠で見ます。細かくは数えません」


「じゃあ、少なく出す奴がいるぞ」


「いるかもしれません」


「いいのか」


「少なく出す人が多ければ、共有鎌は止まります」


農民は口を閉じた。


「分かった。少なかったら、俺が言う」


農民はそう言い、鎌を受け取った。


隣の農民が笑う。


「おまえが言われる側じゃないのか」


「うるさい」


また小さな笑いが起きた。


台帳に、午前の成果を書き付けた。


炭受入。


鍛冶場稼働延長、夕刻まで。


修理完了。


小鍋三。


桶輪一。


共有鎌二。


兵装確認、五。


修理料受入。


銅貨四枚。


乾豆二握り。


作業返済、二刻分。


飼葉見込み。


籠二。


数字は小さい。


だが、昨日の銅貨一枚より増えている。


ルシアが台帳を覗き込んだ。


「まだ足りない、って顔だね」


「足りません」


「でも、昨日よりは商売に近い」


「領地の維持です」


「商売も維持だよ。派手に儲けるだけが商売じゃない」


ルシアの目が飼葉置き場の方へ流れた。


「鎌の使用料を草で取るのは、悪くない。馬が動けば荷が動く。荷が動けば、私の荷も入る」


「まだ商人荷を増やす余裕はありません」


「知ってる。だから見てる」


「何をですか」


「この領地が、約束を守れるか」


返事はしなかった。


約束。


銅貨一枚を炭代に入れる。


鎌を一刻で返す。


草を十分の一出す。


兵が夜の水運びをする。


ルシアの目が、それを見ている。


「見られて困るかい」


「困ります」


「正直だね」


「困りますが、見える方がいいです」


ルシアの口元が笑った。


「そういうところだよ、レイン」


分からないので、台帳へ戻る。


昼の粥が配られる頃、ミリアが鍛冶場へ来た。


昨夜より少し顔色が悪い。


それでも、足を止めなかった。


「炭は戻りましたか」


「はい。夕刻まで炉を維持できます」


「水運びは」


「三人が二往復。こぼしは一桶の三分の一」


「多いですか」


「初回なら許容範囲です。次は桶の紐を替えます」


「修理料は」


「午前で銅貨四枚、乾豆二握り、作業返済二刻分です」


ミリアの表情に、すぐの喜びはなかった。


その顔を見て、少しだけ言葉を足した。


「昨日よりは、火を続ける理由が増えました」


「理由」


「はい。鍛冶場が動くと、鍋が直ります。桶が直ります。鎌が草を生みます。兵装の破損も出てきます。止める理由より、続ける理由が増えています」


ミリアの口から、静かに息が抜けた。


「それなら、午後も続けます」


「はい」


「ただし、私も午後はここに立ちます」


エルクがすぐに言った。


「休んでください」


「休みます。座って見ます」


「それは休みではありません」


「でも、領民から見える場所にいます」


エルクの口は、言い返せなかった。


椅子を用意するようトマへ頼んだ。


「背もたれのあるものを」


「はい」


「足元に水を」


「はい」


「話す回数を減らしてください」


ミリアが少しだけ笑った。


「それは命令ですか」


「お願いです」


「分かりました。できるだけ」


台帳の端に、領主代理休息と書きかけて、やめた。


「エルクさん」


「何だ」


「午後、説明が必要な時は、最初にエルクさんが短く言ってください。ミリア様は補足だけ」


「俺が?」


「はい。兵と農民には、短い言葉の方が通ります」


エルクの顔が、一瞬だけ困った。


「何を言えばいい」


「順番は紙にある。割り込みは受けない。危ない物は預かる。払えない者は作業で返す」


エルクの口が、それを一度だけ中で繰り返した。


「分かった」


ミリアが彼を見た。


少し驚き、少し安堵した顔だった。


午後、鍛冶場の列は乱れなかった。


不満は出た。


文句も出た。


だが、エルクが短く止めた。


「順番は紙にある」


「危ない物は預かる」


「払えない者は作業で返せ」


そのたびに、ミリアが必要な分だけ補った。


「炭代に入ります」


「明日の火を残すためです」


「返却時刻を書きます」


作業台の横で、数字を追った。


午後の修理。


鍋三。


鍬先二。


槍石突き三。


盾縁一。


危険刃物確認二。


修理不可一。


兵の槍石突きが直った時、持ち主の兵は何度も石突きを地面に当てた。


こん、こん、と音が鳴る。


「これで立てられます」


兵が言った。


バルドの顎が、腕を組んだまま頷く。


「次から割れる前に言え」


「はい」


「夜の水運びは忘れるな」


「はい……」


兵は沈んだが、槍を隠そうとはしなかった。


夕刻、共有鎌の一人目が戻ってきた。


草の束を二つ抱えている。


そのうち、小さい束を飼葉置き場へ入れた。


「十分の一より多い」


レインが言う。


農民は目をそらした。


「細かく量るのが面倒だった」


「ありがとうございます」


「礼を言われる筋じゃない。鎌を借りただけだ」


そう言って、農民は次の者へ鎌を渡した。


その手つきは、思ったより丁寧だった。


飼葉置き場の横へ印をつけた。


飼葉受入。


籠一と半分。


夕刻の集計は、門前で行った。


メイナが読み上げる。


「炭受入。すぐ使用、中袋三。乾燥待ち、中袋二。炭粉、小袋二」


トマが写しを掲げる。


「修理完了。鍋六。桶輪一。共有鎌二。鍬先二。槍石突き三。盾縁一」


「修理不可。危険刃物一」


「受入。銅貨十一枚。乾豆四握り。大麦一握り。作業返済五刻分。飼葉、籠一と半分」


門前にいた者たちが、その数字を聞いた。


ただ、昨日より少し長く、誰もその場を離れなかった。


「炭代には足りるのか」


桶輪の老人が聞いた。


短く答えた。


「今日の分だけなら、足ります。明日の分は、乾燥待ちの炭次第です」


「じゃあ、乾かさないとな」


老人はそう言って、南壁の方へ歩き出しかけた。


「今日は終わりです」


レインが止める。


「風で飛んだら困るだろう」


「縄を張っています」


「見てくるだけだ」


「足元が暗いです」


老人は不満そうにした。


すると、夜の水運びを命じられた兵の一人が、槍を肩に立てた。


「俺が見ます。どうせ水運びがあります」


バルドが目を細めた。


「どうせ、とは何だ」


「いえ、その、ついでに」


「最初からそう言え」


兵は慌てて頷いた。


その様子を見て、台帳に書き加えた。


夜間確認。


南壁炭干し。


水運び兵。


作業ついで。


ガレスが隣に立った。


「今日は、何枚だ」


「銅貨としては十一枚です」


「昨日の九枚より増えた」


「はい。ただし炭運びの作業返済があるので、実質は」


「そこまで聞いておらん」


ガレスの声が遮った。


「まだ足りない、と言うつもりだろう」


「足りません」


「だが、昨日より火は長く燃えた」


「はい」


「昨日より、持ち込まれた壊れ物は減っていない」


「はい」


「昨日より、隠れていた兵装の破損が出た」


「はい」


「それを、赤字が増えたと言うか」


すぐには答えられなかった。


壊れ物が見えるようになった。


火が続いた。


草が少し入った。


兵が自分の槍を出した。


「見えるものが増えました」


そう告げた。


ガレスの口がしばらく黙り、それから笑った。


「難儀な答えだ」


「すみません」


「だが、嫌いではない」


ガレスの目が門前の紙へ向いた。


「明日は、その形を数字にしろ」


「数字に」


「領主館の者にも、兵にも、職人にも分かる形でだ。銅貨だけでなく、買わずに済んだもの、戻った作業、減った危険。全部を一枚にまとめろ」


「一枚にすると、削る項目が出ます」


「削れ」


ガレスの声は低い。


「おまえの仕事だろう」


台帳を見た。


一枚にまとめる。


そのためには、何を残し、何を切るかを決めなければならない。


「分かりました」


その時、南壁の方から兵の声がした。


「レインさん」


振り返ると、夜の水運びをするはずの兵が、濡れた布を手に立っていた。


「乾かしていた炭の上に、これが落ちていました」


布は黒く汚れている。


だが、炭粉の汚れだけではない。


端に、青い紐の切れ端が絡んでいた。


先日見たものと同じ色だった。


布は受け取らなかった。


まず、周囲を見た。


南壁。


炭干し。


水運び。


暗くなり始めた門前。


炭を濡らすには、まだ早い時間だ。


布が落ちたのではない。


置かれた可能性がある。


「誰も触らないでください」


低く告げた。


声が自然と低くなる。


炭干し場の横で、別の火種が見えた。

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