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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第六章 最初の黒字

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裏物置の値札

裏物置の戸は、半分だけ開いた。


残り半分は、内側から何かに押さえられている。


ゴルツが肩を入れようとして、老鍛冶師に止められた。


「押すな。雪崩れる」


「先に言え」


「見れば分かる」


「分からねえから押そうとしたんだよ」


戸の隙間から中を見た。


暗い。


埃が多い。


鉄と古い油の匂いがする。


床には、何かの柄が何本も転がっていた。


その上に、欠けた鍬先。


割れた鍋縁。


折れた鎌。


曲がった火ばさみ。


壊れたものが、壊れたまま積まれている。


これを全部、捨て場へ運ぶには何人必要か。


一人なら半日。


二人なら一刻半。


荷車を使えば早いが、今動く荷車は二往復限定だ。


捨てるために使う余裕はない。


「戸を外します」


短く告げた。


老鍛冶師が片眉を上げる。


「中を出す前にか」


「はい。戸が半分しか開かないと、出すたびに詰まります」


「蝶番は錆びてるぞ」


「外した蝶番は、南倉扉の予備にできますか」


老鍛冶師は少し黙り、それから鼻で笑った。


「帳簿の兄ちゃん、戸を見る目が嫌だな」


「嫌ですか」


「鍛冶場向きだ」


ゴルツとバルドが戸を支え、エルクが兵二人に水と縄を持ってこさせた。


戸板を外すと、裏物置の中身が光の中に出た。


思っていたより多い。


思っていたより悪い。


そして、思っていたより使える。


メイナが布を口元に当てながら、新台帳を開いた。


「分類しますか」


「します」


「項目は」


「修理して使うもの。修理して貸すもの。修理して売るもの。直せず材料に戻すもの。危ないので捨てるもの」


そこで、もう一枚木札を置いた。


古橋跡へ持ち出す候補。


「これは分類ではなく、印です」


「印」


「調査へ出す時、現場で使えるものだけに付けます。持っていって邪魔になるものは、持っていきません」


トマが慌てて筆を取った。


「五つですか」


「五つです」


「多くありませんか」


「二つにすると、使えるものまで捨てます」


「三つでは」


「売れるものと貸すものが混ざります」


トマは黙って頷いた。


最初に鎌を集めた。


柄が残っているものが七本。


刃だけのものが十二枚。


刃の根元が割れているものが三枚。


折れて短くなったものが四枚。


「鎌、合計二十六」


メイナが書く。


「使えるのは」


「そのままはゼロです」


ゴルツが顔をしかめた。


「駄目じゃねえか」


「研げば七。柄を替えれば五。短刃にすれば四。割れ三、材料戻し」


「駄目じゃねえのか」


「そのままでは」


鎌の刃を光にかざした。


欠けている。


だが、欠けた場所は先端に寄っている。


根元の厚みは残っている。


草刈りには使いにくいが、藁縄を切る短刃にはなる。


「短刃四は南倉へ。荷縄切りに使います」


「鎌を倉で使うのか」


バルドが聞いた。


「倉で紐を噛み切る人が出ます」


「いるな」


「歯を悪くします」


「そこまで見るのか」


「歯が悪くなると、硬い粥が食べられません」


バルドは一度口を開き、何も言わずに閉じた。


次に鍬先。


十二枚。


割れ二。


曲がり五。


土を噛む部分が薄くなったもの三。


状態の良いもの二。


「畑に戻せるのは七」


そう告げた。


「残り五は」


「二つは材料戻し。三つは側溝さらい用に落とします」


そのうち一本には、古橋跡候補の木札を添えた。


「橋の脇の泥を見ます。道具がなければ、足跡も水の逃げ方も崩します」


老鍛冶師が目を細めた。


「鍬を側溝に使うのか」


「畑には弱い。泥さらいには十分です」


「農民が怒るぞ」


「農具として返すなら怒ります。側溝道具として渡すなら怒りません」


「言い方か」


「用途です」


老鍛冶師は少しだけ笑った。


「いい。そういう嘘でない言い換えは嫌いじゃない」


ルシアが横から口を挟む。


「商人の言い換えは嫌いそうだね」


「あんたのは値が上がる」


「それも用途だよ」


「物は言いようだな」


二人のやり取りを聞きながら、鍬先に木札を置いた。


畑用。


側溝用。


材料戻し。


「鍋縁は?」


ミリアが膝をつき、割れた鍋の縁を見ていた。


領主代理の服の裾に、灰がつく。


エルクが何か言いかけたが、ミリアは見向きもしなかった。


「これは、領内の家に戻せますか」


「戻せます」


短く答えた。


「ただし、鍋そのものがないので、これは交換用です。鍋を持ち込んだ家に合わせます」


「売るのですか」


「修理料を取ります」


ミリアの手が止まった。


「高くはしません」


そう続けた。


「鍋縁一本の直しで銅貨一枚。大鍋なら二枚。銅貨がない家は、大麦一握りか乾豆一握り。兵糧から出している粥を薄めない範囲に限ります」


「取らない選択は」


「あります」


即答した。


「ただし、炭が買えなくなります」


「修理料は、鍛冶場の炭代だけに入れます」


そのまま続けた。


「領主館の収入にしません。名目を分けます。修理を受けた家にも見えるように、木札で残します」


メイナが顔を上げた。


「炭代専用欄を作りますか」


「はい」


「領主館の収入から分けるなら、別紙が必要です」


「お願いします」


「分かりました」


メイナの返事は早かった。


ミリアの目が鍋縁へ落ちていた。


「説明会で、ここも話します」


「反発が出ます」


「出るでしょうね」


彼女は指先についた灰を見た。


「でも、無料にできない理由を隠す方が、もっと悪いです」


何も言わなかった。


老鍛冶師が奥の棚から、古い火ばさみを四本出した。


「これはどうする」


一本は先が欠けている。


一本は軸が緩い。


二本は錆びているが、形は残っている。


「鍛冶場で使うのは二本」


「残りは」


「一本は石灰窯へ。一本は井戸作業へ」


「井戸に火ばさみ?」


ゴルツが聞いた。


「汚れた布や沈んだ小片を掴むのに使えます。素手を入れる回数を減らします」


「また細かい」


「細かいところで熱が出ます」


もう反論はなかった。


代わりに、壊れた火ばさみを自分で錆落としの山へ置いた。


その動きに、バルドが目を留める。


「ゴルツ」


「何だよ」


「今のは命令前だな」


「見りゃ分かるだろ」


「分かって動いたのか」


「うるせえ」


ゴルツの顔が背けられた。


だが、手は止めない。


「ゴルツさん」


声をかけた。


「何だ」


「錆落としの山と、割れ確認の山を分けてください」


「俺に指図するのか」


「はい」


「銅貨は」


「半日で三枚」


「粥は」


「普通です」


「炭の灰で咳き込んだら」


「水を二杯」


「薬は」


「ありません」


「正直だな」


舌打ちひとつ、しかし木札は二枚取った。


「錆。割れ。これでいいか」


「はい」


「字が下手なら書き直せ」


「読めます」


「ならいい」


メイナが、少しだけ笑った。


すぐに真顔へ戻したが、その笑みは見ていた。


次は値だ。


ルシアに視線を向けた。


「相場をお願いします」


「売るのかい」


「売らないものも含めて、値札をつけます」


「値札をつけたら、売れと言われるよ」


「だから、札の色を分けます」


ルシアの目が楽しそうに細められた。


「やっぱり商人向きだ」


「商人ではありません」


「商人の嫌なところだけ覚えが早い」


「褒めていますか」


「高く売れる褒め言葉ではある」


ルシアの目が裏物置の品を一つずつ追った。


壊れた鎌。


鍬先。


鍋縁。


火ばさみ。


鎖の切れ端。


歪んだ鉄輪。


銅の留め具が二つ。


「全部まとめて屑鉄として売れば、銅貨三十枚から四十枚。急ぎなら二十五枚」


ゴルツが顔を上げた。


「売れば早いじゃねえか」


「早いよ」


ルシアが続ける。


「早いだけだね」


黙って頷いた。


「修理して使えば、購入回避はもっと大きい。修理して売れるものだけ売ります」


「例えば」


「鍋縁。火ばさみ一本。銅の留め具」


老鍛冶師が渋い顔をした。


「銅の留め具は炉の風口に使える」


「買うといくらですか」


「銅貨六枚」


ルシアが首を振った。


「今なら八枚だね」


「売ると」


「二つで銅貨五枚。見た目が悪い」


「では売りません」


すぐに木札を置いた。


炉用。


老鍛冶師は満足そうに頷いた。


「鍋縁は、修理料で回収します」


そのまま続けた。


「大鍋用三。小鍋用六。端材四」


「端材は?」


「留め金。桶の縁補強。井戸覆いの押さえ」


「何でも井戸に戻すね」


ルシアが言う。


「水が止まると、全部止まります」


「それは商売でも同じだ」


それ以上、ルシアは茶化さなかった。


一刻ほどで、裏物置の床が見えた。


土と灰で汚れている。


床板の一部は腐りかけていた。


だが、荷を置く場所としてなら使える。


戸口から中を測った。


横に七歩。


奥に四歩。


棚を片側へ寄せれば、三人が作業できる。


雨の日でも、錆落としと柄の付け替えはできる。


「ここを修理待ち置き場にします」


「また置き場か」


エルクが言った。


「置き場がないと、物が混ざります」


「混ざると」


「捨てます」


「分かった」


それ以上は言わず、エルクが兵に棚の移動を命じた。


「修理待ち置き場」


メイナが書く。


「管理者は」


老鍛冶師を見た。


老鍛冶師は首を横に振った。


「火を見ながら紙まで見られるか」


「では、ゴルツさん」


「何でだよ」


ゴルツが即座に言った。


「分け方を覚えたので」


「覚えたから仕事が増えるのか」


「はい」


「ひでえ話だ」


「銅貨は」


「そこは聞いてねえ」


「一日なら六枚。半日なら三枚。粥は普通です」


ゴルツの手が頭を掻いた。


「俺は元々、雇われ兵だぞ」


「はい」


「鍛冶場番じゃねえ」


「はい」


「字も下手だ」


「読めます」


「腕っぷしの方が役に立つ」


「重い物を動かすので、役に立ちます」


「言い返すな」


「すみません」


バルドが笑いをこらえていた。


ゴルツがそれを睨み、最後に大きく息を吐いた。


「今日だけだ」


「はい。今日の置き場番です」


「明日は知らねえ」


「明日、必要なら聞きます」


「聞くな」


「必要なら」


ゴルツの舌打ちが、また鳴った。


それでも、木札を手に取った。


錆。


割れ。


柄待ち。


炉待ち。


売却不可。


字は少し曲がっていた。


昼前、最初の持ち込みが来た。


鍛冶場の前に、灰色の前掛けをした女が立っていた。


両手で小鍋を抱えている。


縁が割れ、片側が浮いていた。


「ここで鍋を直すって聞いたんだけど」


小鍋を見た。


割れは浅い。


縁を締め直せば使える。


底は薄いが、今すぐ穴は開かない。


「直せます」


女の顔が、少しだけ明るくなった。


「いくら」


ミリアが息を止めた。


その横で、メイナが炭代専用欄を開く。


短く答えた。


「銅貨一枚です。銅貨がなければ、乾豆一握り」


女は前掛けの内側から、銅貨を一枚出した。


指で何度も触った跡のある、小さな銅貨だった。


「一枚なら払う。新しい鍋は買えない」


女は、銅貨一枚を惜しみながらも出した。


老鍛冶師が鍋を受け取り、鍋縁を合わせた。


火ばさみで掴み、槌で軽く叩く。


大きな音ではない。


けれど、周りにいた兵が振り返るには十分だった。


曲がった縁が、少しずつ収まっていく。


最後に、老鍛冶師が水を垂らした。


じゅ、と短い音がした。


「今夜は使える。だが、空焚きするな。底が薄い」


女は小鍋を受け取った。


両手で抱える。


それは、壊れ物を持ってきた時と同じ姿勢だった。


だが、顔が違った。


「助かった」


礼は短い。


銅貨も一枚。


鍛冶場の炭代欄に入る額としては、小さい。


メイナがその一枚を台帳に書いた。


修理料。


銅貨一枚。


炭代専用。


「黒字か」


ゴルツがまた聞いた。


銅貨を見た。


「炭代を差し引く前の収入です」


「また細けえ」


「ただ」


台帳に線を引いた。


赤ではない。


黒字でもない。


炭代欄に入る、細い黒点。


「鍛冶場を明日も動かす理由にはなります」


ゴルツの顎が小さく頷いた。


「それなら、黒字より分かる」


ルシアが笑った。


「いいね。銅貨一枚を笑わない領地は、まだ商売になる」


「一枚ですよ」


ミリアが言う。


「一枚からだよ」


ルシアが即答した。


「商売は、最初の一枚を馬鹿にした店から潰れる」


老鍛冶師が鍋を叩いていた槌を置いた。


「鍛冶場も同じだ。最初の一本を馬鹿にした炉から冷える」


ミリアの目が二人を順に追い、深く頷いた。


「明日の説明会で、鍋の話もします」


「領主代理が、鍋直しの銅貨一枚を話すのですか」


レインが聞く。


「はい」


ミリアの声は、もう揺れていなかった。


「銅貨一枚を隠して、領地の赤字は語れません」


その言葉に、ガレスが静かに目を細めた。


老人は何も言わなかった。


夕方前、裏物置の分類は終わった。


修理して使うもの。


鎌七、鍬七、火ばさみ二、銅留め具二。


修理して貸すもの。


柄替え鎌五、鍬先三。


修理して売るもの。


鍋縁九、火ばさみ一。


材料に戻すもの。


割れ鎌三、鍬先二、鎖片六、鉄輪一。


危ないので捨てるもの。


腐った柄十一本。


虫食いの桶輪二。


刃の割れた小斧一。


「小斧は駄目か」


エルクが聞いた。


「駄目です」


「研げば」


「割れが柄元まで入っています。振ると飛びます」


「飛ぶと」


「人に刺さります」


「捨てろ」


エルクの声が即答した。


危険廃棄の欄に印をつけた。


「購入回避見込みは」


メイナが尋ねた。


ルシアと老鍛冶師の値を照らした。


「農具分だけで、銅貨八十二枚相当。ただし全てを新品換算にはしません。実効は半分」


「四十一枚」


「鍋縁は、修理料見込みで銅貨九枚から十二枚」


「九から十二」


「鍛冶場備品の購入回避が、銅貨十六枚」


「十六」


「合計」


トマが先に数えた。


「実効四十一、修理料九から十二、備品十六。六十六から六十九」


「銅貨六十六枚から六十九枚」


メイナが書いた。


台帳の端に、小さく書き付けた。


余剰ではない。


継続条件、炭と人手。


メイナがそれを見て、静かに頷いた。


「浮いたと見せないためですね」


「はい」


「浮いたと思うと、別の誰かが使います」


「使います」


「では、見せ方も必要です」


メイナが自分から言った。


少し驚いた。


「明日の説明会用に、写しを作ります。数字だけではなく、物も並べた方がいい」


「物を」


「鎌、鍋、釘、車軸受け。銅貨の横に置きます」


「お願いします」


「はい」


トマが慌てて手を上げた。


「僕も写します」


「字を揃えて」


メイナが言う。


「はい」


「銅貨の数は二度確認」


「はい」


「黒字と書かない」


「はい」


トマの肩には、まだ緊張があった。


それでも、逃げる顔ではない。


外から声がしたのは、その時だった。


西門の兵が、鍛冶場の前まで走ってくる。


息が上がっている。


「領主代理様」


ミリアが振り返る。


「どうしました」


「門の前に、人が集まっています」


エルクが眉を吊り上げた。


「騒ぎか」


「いえ、その」


兵は困った顔で、鍛冶場の中を見た。


「壊れた鍋とか、鎌とか、桶の輪とかを持ってきています」


ゴルツが天井を仰いだ。


「ほら見ろ。仕事が増えた」


老鍛冶師は、最初から分かっていたように笑った。


ルシアが面白そうに腕を組む。


ガレスの目がミリアへ向く。


ミリアの瞼が一度だけ閉じ、すぐに開いた。


「明日の説明会を、今日の夕刻に早めます」


エルクが驚く。


「今からか」


「待たせれば、不満になります。直せるものと直せないものを、先に言わなければ」


ミリアの視線がレインへ向いた。


「レインさん。数字と現物を、門前に持っていけますか」


新台帳を閉じた。


「持っていけます」


短く答えた。


そして、炭代欄の銅貨一枚を、小さな布袋に入れた。

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