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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第五章 切るべきもの、残すべきもの

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戻しの仮置き場

戻しの日の朝、西門には先に掲示が出た。


戻された物資は、旧台帳へ戻さない。


すべて公開の仮置き場で受ける。


現物確認後、新台帳へ記載する。


商人、門番、倉番、領主代理の署名をつける。


短い文だった。


「嫌な掲示だね」


ルシアが言った。


「戻す側にとっては」


レインは西門内側の空き地に立っていた。


仮置き場は、崩れた門石を並べて作った。


地面に直接置かない。


濡らさない。


混ぜない。


「こんなところに置けば、みんな見る」


エルクが言った。


「見るための場所です」


「盗まれないか」


「見ている人が多いものは、盗みにくい」


「堂々とした盗人もいる」


「そのために、あなたがいます」


「分かりやすい褒め方だな」


「そうですか」


「今のは分かった」


エルクは少しだけ機嫌を直した。


剣はある。


だが、手には木札を持っている。


戻し物を置く位置を示す札だ。


麦。


布。


石。


木。


金物。


不明。


六つ。


「不明があるのか」


ゴルツが、泥止めの藁を踏み固めながら言った。


「分からないものを、分かった棚に入れないためです」


「また分からないものを残す話か」


「はい」


「慣れたくねえな」


「私もです」


ゴルツは笑い、すぐに顔を戻した。


彼も今日雇いの木札を下げている。


戻し物の荷下ろし。


道手当。


粥は普通。


そう書かれている。


「普通の粥ってのは、濃いのか薄いのか」


「普通です」


「腹立つな」


「記録上は分かりやすいです」


「腹には分かりにくい」


バルドが横で笑った。


彼は兵舎側の証人として来ている。


腕はまだ吊ったままだが、目は昨日より生きていた。


外套を着ている。


礼装庫から出した灰色の外套だ。


古いが、風を止めている。


西門の外に、人が集まり始めた。


荷を待つ商人。


掲示を読みに来た領民。


井戸番。


南門の兵。


会計室の下役。


ロアムも来ている。


表情は整っている。


だが、目は仮置き場の石を見ていない。


人の顔を見ている。


「あの男は、まだ諦めていないね」


ルシアが小声で言った。


「従ってはいます」


「従う顔と、納得する顔は別だ」


「はい」


「分かっているならいい」


西門の鐘が小さく鳴った。


荷車が来る合図だ。


黒い小車ではなかった。


灰色の幌をかけた荷車が一台。


馬は一頭。


御者は年寄り。


顔布はない。


だが、横に座る若い男の腕に、布が巻かれている。


青ではない。


灰色。


「止めろ」


エルクが言う前に、門番が竿を下ろした。


「通行札」


御者は西門の木札を出した。


西六。


新しい札だ。


西三ではない。


「戻しですか」


レインが聞く。


御者は目を逸らした。


「会計室へ」


「戻しは、ここで受けます」


「聞いていない」


「掲示しました」


「字は読めねえ」


「では、読み上げます」


トマが一歩前へ出た。


声は少し震えている。


だが、読み上げた。


戻された物資は、旧台帳へ戻さない。


すべて公開の仮置き場で受ける。


現物確認後、新台帳へ記載する。


商人、門番、倉番、領主代理の署名をつける。


御者の顔が歪んだ。


「俺は運べと言われただけだ」


「誰に」


エルクが聞く。


御者は黙った。


「今は聞きません」


レインが言うと、エルクがこちらを見る。


「またか」


「物を先に下ろします」


「逃げるぞ」


「逃げるなら、物を置いてからです」


御者は本当に逃げたい顔をした。


だが、荷車の前には門竿。


後ろには人。


横にはエルク。


逃げ道はなかった。


荷を下ろす。


最初に出たのは、砕石の袋だった。


一。


二。


三。


四。


六つで止まる。


帳簿上は十。


戻ったのは六。


次に砂利袋。


四。


帳簿上は六。


木杭。


八。


西門裏に残っていた四と合わせれば、十二になる。


「木杭は戻りました」


メイナが言った。


「砕石は差四。砂利は差二」


「書いてください」


「もう書いています」


ゴルツが木杭を持ち上げた。


「こいつは使える」


「状態は」


「一本、割れ。七本は使える」


「割れ一本は」


「短く切れば杭止めに使える」


レインはうなずいた。


「木杭八。使用七。短材一」


次に、布包みが二つ。


防水布。


井戸覆いの布だった。


一つは大きい。


一つは切り取られた継ぎ布を縫い合わせたもの。


「井戸覆い」


ミリアが息を飲む。


「帳簿上、欠三」


トマが言った。


「戻り二。残り一」


ルシアが布を触る。


「片方は荷覆いに使っていたね。油染みがある」


「井戸に使えますか」


「そのままでは駄目だ。水に油が落ちる」


「では」


「荷車の雨覆いなら使える。井戸には、大きい方だけ」


ミリアの顔が、少しだけ落ちた。


「井戸覆い大一。井戸使用可」


メイナが書く。


「継ぎ布一。荷覆い用。井戸不可」


「残り一、移動不明」


「はい」


次に、袋が一つ出た。


麦ではない。


大麦だった。


袋の口には、古い封蝋の跡。


黒蝋。


「これは」


御者が慌てて言う。


「知らねえ。乗ってた」


「戻しの中に、大麦一」


メイナが書く。


「印は」


レインは袋の底を見た。


本倉印。


ただし、上から黒い墨で線が引かれている。


消そうとした跡だ。


「本倉印消し。大麦一」


「食えますか」


バルドが聞く。


ガレスが手を突っ込み、粒を噛んだ。


「食える。少し湿ってるが、乾かせばいい」


「証拠にしますか」


ミリアが聞いた。


「一部を証拠。残りを食料へ」


レインは答えた。


「戻しは、証拠を残した上で使います」


「全部証拠ではなく」


「全部寝かせる余裕はありません」


「全部食べる余裕もない」


「はい」


ミリアはうなずいた。


「半袋相当を証拠。半袋相当を七日配分の予備へ」


メイナが書く。


「これで」


彼女は計算する。


「七日分に、半袋の予備ができます」


「半袋でそんな顔をするのか」


御者の横にいた若い男が、ぼそりと言った。


ゴルツが彼を睨む。


「半袋で足が動く日もある」


若い男は黙った。


最後に、小さな木箱が下ろされた。


中には、金物が入っていた。


錆びた蝶番。


曲がった釘。


鉄輪の欠け。


荷車の古い留め具。


一見すると、屑だ。


ロアムがすぐに言った。


「廃棄品です」


「触る前に、数えます」


レインが言う。


「屑まで」


「屑と決めるのは、鍛冶場です」


ルシアが笑った。


「それは正しい。商人も屑を勝手に屑と呼ばない。値がつくことがある」


ガレスが金物を見た。


「鉄輪の欠けは、荷車右輪の補強に使えるかもしれん」


「蝶番は」


「南倉の扉に使える」


「曲がった釘は」


「直せるものと、溶かすものに分ける」


メイナが目を細める。


「廃棄品、ではなく」


「修理候補です」


レインは言った。


「修理候補」


彼女はそう書いた。


「戻しは以上か」


エルクが御者へ聞く。


御者はうなずいた。


「これだけだ」


「西三札は」


「知らねえ」


「黒い小車は」


「知らねえ」


「第六日、戻しを書いたのは」


御者は口を閉じた。


横の若い男が、荷台の端を握る。


逃げる前の手だ。


エルクが半歩動く。


若い男は動けなくなった。


レインは若い男の腕を見る。


灰色の布の下に、青い痕が少し見えた。


紐を外した痕だ。


「あなたは、青紐を外していますね」


若い男の顔が白くなる。


「俺は」


「今は名を聞きません」


「またか」


エルクが小さく言う。


「代わりに、戻し物を誰から受け取ったかを聞きます」


若い男は唇を噛んだ。


「戻し場が変わったと聞いて、置き場を変えろと言われた」


「誰に」


「黒い小車の男」


「名前は」


「知らない。本当に知らない」


「特徴は」


若い男は少し迷った。


「左の耳が欠けていた」


バルドが顔を上げる。


「耳欠けのハンスか」


「知っていますか」


「昔、西の中継地にいた荷運びだ。ヴァンハ――の下請けに移ったって聞いた」


ルシアが腕を組んだ。


「ハンスなら、黒蝋の使いと合うね」


「どこへ行く」


エルクが聞く。


若い男は首を振る。


「戻しが済んだら、西へ。第七日まで出るな、と」


「第七日」


ミリアが繰り返す。


「この二人は」


エルクが言う。


「拘束します」


レインは答えた。


御者が叫びかける。


「俺は運んだだけだ」


「話を合わせられない場所で、運んだだけかを確認します」


「また部屋が足りなくなる」


エルクがぼやく。


「客間は」


「もういっぱいだ」


ミリアがすぐに言った。


「礼装庫の前室を使います」


エルクが妹を見る。


「そこまで使うのか」


「礼装庫に入れる物を、戻し物で決められません」


彼女の声は静かだった。


エルクは少しだけ笑った。


「分かった。前室を使う」


戻し物の仕分けは、昼まで続いた。


砕石六。


砂利四。


木杭八。


井戸覆い大一。


荷覆い布一。


大麦一。


修理候補金物一箱。


足りないもの。


砕石四。


砂利二。


井戸覆い一。


西三札。


黒い小車。


耳欠けのハンス。


「これで一週間は」


ミリアが聞く。


「半袋の予備ができました」


「半袋だけ」


「はい」


「でも、予備」


「はい」


彼女は深く息を吐いた。


ただ、肩から少しだけ力が抜けた。


「一週間、越えられますか」


「大きな事故がなければ」


「事故がない前提は危険ですね」


「はい」


「では、事故が一つあっても、半日は耐える」


「その言い方が正確です」


ミリアは小さくうなずいた。


「半日でも、残します」


この数日で切ったものは多い。


迎賓費。


儀礼酒。


飾り布。


名だけ手当。


広すぎる夜番。


重荷の通行。


だが、その代わりに残ったものもある。


井戸縄。


外套。


毛布。


井戸覆い。


街道の仮通行。


負傷兵の洗浄。


七日分の粥。


そして、半袋の予備。


ガレスが修理候補の金物箱を見ていた。


彼は錆びた鉄輪を持ち上げる。


「これは、鍛冶場で叩けば使える」


「どこに」


「荷車右輪。南倉の扉。井戸枠の留め金。いくつかは、買わずに済む」


買わずに済む。


その言葉に、ルシアが反応した。


「それは、支出が減るってことだね」


「はい」


レインは金物箱を見た。


「次は、これを数えます」


「金物を?」


ミリアが聞く。


「はい。余剰品、修理可能品、売れるもの、使うものに分けます」


ルシアが楽しそうに笑った。


「ようやく商売の話になってきた」


「まだ、商売ではありません」


「買わずに済むのも商売だよ」


ガレスが低くうなずいた。


「倉も同じだ。捨てないで済むものは、買わないで済むものだ」


新台帳の次の頁を開いた。


最初に書く項目は、もう決まっていた。


修理候補金物。


荷車右輪。


南倉扉。


井戸枠。


購入回避見込み。


「購入回避見込み」


メイナが読み上げる。


「嫌に商人っぽい言葉ですね」


「ルシアさんの影響かもしれません」


「高くつくよ」


ルシアが言った。


「証人料に含めてください」


「別だね」


「でしょうね」


西門の仮置き場で、風が防水布を揺らした。


戻し物は、もう旧台帳へ戻らない。


新台帳に入り、使い道ごとに分かれる。


新しい頁の上に、一行を書いた。


最初の黒字。


その時、ゴルツが金物箱を覗き込んで言った。


「これ、鍛冶場に持っていくなら人手がいるな」


「仕事をしますか」


レインが聞く。


ゴルツは嫌そうな顔をした。


「粥は」


「普通です」


「銅貨は」


「少し」


「また今日雇いか」


「はい」


ゴルツは肩をすくめた。


「分かった。半袋の予備を食い潰さない程度に働いてやる」


バルドが笑う。


エルクも、少しだけ笑った。


その夜、西門の鐘が三度鳴った。


火急の知らせではない。


だが、軽い知らせでもない鳴らし方だった。


門番が、泥のついた札を握って駆け込んできた。


「西の街道からです」


エルクが立ち上がる。


「西三か」


「違います。冬前に入るはずだった小商隊が、まだ着きません」


ルシアの顔から、軽さが消えた。


「どこの商隊だい」


「塩と油、薬草を積んだ二台です。古橋跡を昼前に越える予定でした」


「予定は」


「夕刻までに西門着」


門番は札を差し出した。


札には、濡れた墨で短く書かれていた。


冬前商隊。


古橋跡以西。


未着。


レインは新台帳を閉じなかった。


一週間の余裕は、できた。


だが、その余裕を使う前に、次の穴が街道の先で開いていた。

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