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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第五章 切るべきもの、残すべきもの

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27/202

冬物資の棚

冬物資は、会計室にはなかった。


ロアムは、会計室の扉の前で背を伸ばしている。


「会計室預かりとは、支払い上の管理を意味します」


「現物ではなく」


レインが聞くと、ロアムが小さくうなずいた。


「現物は、礼装庫の一角に置かれていたはずです」


「はず」


「毎日見るものではありません」


「冬物資ですから」


「今は冬ではありません」


その言葉に、バルドが低く笑った。


「冬に見たら、もう遅い」


バルドの言葉が、廊下に残った。


外套三十・毛布二十・井戸覆い五。新台帳の余白に、冬物資・現物確認・礼装庫と書いた。本倉・街道補修・井戸修繕の配分を再計算する。


「礼装庫の鍵は」


「儀礼係が」


ロアムが言いかけた時、エルクが顔をしかめた。


「礼装庫を開けるのか」


「はい」


「あそこには父上の式典具と、祖父の旗がある」


「冬物資もあるそうです」


「布や毛布を探すだけなら、他の者に」


「現物確認が必要です」


エルクの声が硬くなる。


「何でも開ければいいわけではない」


ロアムの目が、またかすかに光った。


レインの目がエルクへ向いた。


「では、エルク様も立ち会ってください」


「そういう話では」


「礼装庫を守りたい人が、何が残っているか見るべきです」


エルクが言葉を止めた。


「見れば、使えと言うだろう」


「使えるものは」


「旗もか」


「旗は、井戸覆いに向きません」


エルクが一瞬、変な顔をした。


「そういう意味じゃない」


「分かっています」


「本当か」


「たぶん」


バルドが咳払いをした。


ミリアが静かに言った。


「兄様。私も立ち会います」


「ミリア」


「礼装庫を開けます。使うかどうかは、見てから決めます」


エルクが押し返せなくなった。


「分かった。俺も見る」


礼装庫は領主館の西側、普段は使われない廊下の先にあった。窓は細く、床には古い敷布が残っている。


廊下の中央は白く、端にだけ最近の足跡がある。


「誰か来ています」


レインが言うと、ロアムがすぐに答えた。


「清掃です」


「清掃は中央を通ります」


ロアムが黙った。


エルクが床を見る。


「端を歩いているな」


「扉前まで」


足跡を追った。


礼装庫の扉は重い木製で、家紋の金具がついている。鍵穴は古いが、縁だけ新しく擦れていた。


「最近、開けています」


「清掃です」


繰り返すロアムの声は、今度は少しだけ遅かった。


「では、清掃記録を後で出してください」


メイナが言った。


「後で」


ロアムは、その短い言葉を嫌そうに受け取った。


礼装庫の鍵は、儀礼係の若い男が持ってきた。顔が白く、手元が震えている。


「落とさないでください」


メイナが言う。


「は、はい」


「鍵を落とすと、記録が増えます」


「はい?」


「いえ」


レインの目が、少しだけメイナへ向いた。


鍵が回り、扉が開いた。中から、古い布と防虫草の匂いが出た。


礼装庫の中は暗い。右手に旗・左手に儀礼服・奥に木箱・天井近くに細い棚。見た目は整っていた。ただ、整いすぎていた。


「触る前に、位置を記録します」


レインが言うと、儀礼係が驚いた顔をした。


「位置までですか」


「動かした後では、分かりません」


メイナが棚の配置を書く。


トマが箱の数を読む。木箱八・布包み十二・旗四・儀礼服六・丸めた敷布三。


冬物資と書かれた箱は、奥に二つあった。


外套、毛布、井戸覆い。札は三枚、箱は二つ。数が合わない。


「井戸覆いの箱がありません」


レインが言うと、ロアムがすぐに返した。


「大きなものです。別の棚かもしれません」


「札はここにあります」


「札の位置が動いたのでしょう」


「いつ」


「清掃の時に」


外套の箱から見た。蓋の上に埃。ただし手前だけ拭われ、最近開けている。


中には外套が入っていた。厚手の灰色で、軍払い下げに近い作りだ。


一枚ずつ数える。十、十五、二十、二十一で終わった。


「外套、二十一」


メイナが書く。


「帳簿上三十。差九」


「状態は」


ガレスが一枚を広げる。


「使えるのは十六。穴あり四。黴が出ているのが一」


「穴ありは」


「当て布で使える」


「黴は」


「洗って干す。兵にすぐ着せるな」


短く頷いた。


「外套二十一。即時使用十六、補修四、洗浄一」


エルクが外套を見て、顔をしかめる。


「こんなものがあったのか」


「帳簿上は」


「そういう言い方をするな」


「すみません」


「謝る顔じゃない」


次に、毛布の箱を開ける。こちらは軽かった。中には毛布が十二枚、その下に丸めた飾り布が詰められている。毛布の代わりに見栄えのする布を入れて、厚みを作っていた。


「毛布、十二」


トマが言う。


「帳簿上二十。差八」


メイナが状態を見た。


「使えるもの九。端切れ修理で使えるもの二。虫食い一」


「虫食いは」


「包帯にも向きません。掃除布か、濡れ麦の下敷き」


彼女は自分で言って、少し嫌な顔をした。


「物の格が下がっていきます」


「格ではなく、用途です」


「分かっています。嫌なだけです」


「嫌でいいと思います」


「その返しは、ミリア様に言ったものと同じです」


「すみません」


「謝罪も記録しますか」


「しなくていいです」


今度はトマが少し笑った。笑ってから、手を止めずにすぐ毛布を数え直す。


井戸覆いは、箱も棚にもない。


丸めた敷布を開く。違う、儀礼用の床布だ。厚いが、井戸にかけるには水を吸いすぎる。


旗の裏にもない。儀礼服の下にもない。


礼装庫の奥に壁板があった。床を見ると、壁際の埃が切れている。箱を引きずった跡だが、箱はない。


「ここに何がありましたか」


儀礼係が首を振る。


「私は、詳しく」


「あなたは鍵を持っていました」


「鍵を預かっていただけです」


「誰に渡しましたか」


儀礼係はロアムを見る。


ロアムが動かなかった。


「清掃の時に、会計室から」


「誰が」


「ロアム様の指示で」


エルクの視線がロアムへ向く。


ロアムが、ゆっくりと息を吐いた。


「井戸覆いは、昨冬の終わりに一時移動しました」


「どこへ」


「南井戸です」


「南井戸」


「破損した井戸覆いの代替として」


「記録は」


「会計室に」


「会計室にはありませんでした」


ロアムが黙った。


新台帳に書き入れる。井戸覆い五、礼装庫になし。南井戸へ一時移動との証言、記録未確認。


「南井戸へ行きます」


「今すぐですか」


ミリアが聞いた。


「はい」


「外套と毛布は」


「先に配分だけ決めます」


外套と毛布を三列に分けた。外套は即時使用十六・補修四・洗浄一。毛布は即時使用九・補修二・下敷き一。


「即時使用の外套十六は、北見張り台二、南門夜番三、兵舎負傷兵五、荷馬夜番二、本倉見張り二、街道補修の朝番二」


「荷馬夜番?」


エルクが聞く。


「馬を見張る人です。馬にかける布は、別に一枚」


「人ではなく馬にも」


「馬が凍えれば、麦が動きません」


エルクが目を閉じた。


「もう分かってきた」


「助かります」


「分かるのが腹立つ」


毛布は、病室へ四・負傷兵の敷き替えに三・北見張り台へ一・南倉の濡れ麦乾燥用に一。補修二は、メイナが修繕係へ回すと書く。下敷き一は、濡れ麦の床布。


「領主館には」


ロアムが問う。


「残しません」


ミリアの答えは、今度は前より早かった。


「来客用の毛布もありません」


「客間は捕縛者部屋です」


エルクが言って、自分で少し嫌そうな顔をした。


「慣れたくないな」


「慣れない方がいいです」


外套の一枚を手に取った。布地は粗いが、風は防げる。


帳簿上三十の外套は二十一に、毛布二十は十二に減った。井戸覆い五はまだない。だが外套十六と毛布九は、今日から人を温められる。


礼装庫から出る時、エルクが祖父の旗を見た。古い旗で、布は厚く、端が少し擦れている。


「これも、いつか切るのか」


彼は低く言った。


旗を見た。


「今は切りません」


「今は?」


「旗より先に、切る布が見つかりました」


エルクが、しばらく黙った。


「もし、最後にそれしか残らなかったら」


「その時に、同じ紙に書きます」


「止めるものと、残すものをか」


「はい」


エルクが苦い顔で笑った。


「嫌な答えだ」


「はい」


「だが、逃げた答えではない」


それだけ言って、彼は礼装庫の扉を閉めた。


南井戸は領主館の外れ、南門へ向かう途中の小さな井戸だ。冬に凍りやすく、春先でも朝は水面に薄い膜が張る。井戸覆いがあれば、夜の冷えを少し防げ、井戸縄も長持ちする。


南井戸へ着くと、すぐに分かった。井戸覆いは、そこにはなかった。


代わりに、井戸の横に古い木枠が三つ積まれている。覆いを張るための枠だが、布だけがない。


「枠三」


メイナが書く。


「帳簿上、覆い五。現物、枠三、布なし」


「二つ分の枠もない」


トマが言った。


「はい」


井戸の縁を見た。縄の擦れ跡が深く、井戸縄は傷んでいる。昨日、迎賓費から回すと決めた縄がなければ、近いうちに切れる。


「水を上げてください」


南門の兵が桶を落とすと、縄がぎしりと鳴った。途中で一度、引っかかる。


「止めて」


縄のその部分を見た。外側はまだ残っているが、芯が切れかけている。


「今日中に交換です」


「予備は」


「井戸縄を残す紙に書きました」


ミリアが言った。彼女の顔は、冬物資がなかった時よりも固い。


「覆いがないなら、せめて縄は守ります」


「はい」


ロアムが口を開いた。


「井戸覆いは、古いものだったはずです。布だけ別の修理に使われた可能性が」


「何の修理ですか」


「それは」


「記録は」


ロアムが答えなかった。


南井戸の脇に古い道具小屋がある。扉の下に布の端が見えた。濃い茶色で、井戸覆いに使う防水布に似ている。


「開けます」


「そこは水番の」


ロアムが言う。


「鍵は」


南門の兵が腰から出した。


「あります」


ロアムが黙った。


道具小屋の中は狭い。木桶・折れた柄杓・古い縄。そして奥に丸められた布が二つ。井戸覆いだった。二枚、硬くなっているが破れてはいない。


「井戸覆い二」


メイナが書く。


「帳簿上五。礼装庫なし。南井戸枠三、布二」


「あと三枚」


トマが言う。


布の端を見た。小さな切り取り跡がある。四角く切られ、防水布を小さく切って使った跡だ。


「切られています」


「何に」


エルクが聞いた。


ルシアが、道具小屋の外から覗き込んだ。


「荷車の雨覆いだね」


「なぜ分かるのですか」


「商人だからね。防水布は、荷を濡らさないためにも使う」


「領内の荷車に」


「まともに使っていればね」


ルシアが少し考えた。


「最近、西門で見た黒い小車に、似た布がかかっていた」


黒い小車、西門、青紐。


「その荷車は」


「王都側へ出た。査察官の馬車とは別だよ」


「いつ」


「昨日の夜明け前」


新台帳へ書いた。井戸覆い五、現物二、枠三、欠三。防水布切取跡、西門黒小車に類似布目撃。


「また西門か」


エルクが言った。


「はい」


「追うか」


「今は追いません」


エルクが目を細めた。


「今度は、なぜだ」


「井戸縄が先です」


井戸を見た。


「この縄は、今日切れるかもしれません。黒い小車は、昨日出ています」


「逃げた後だから」


「はい。今追っても、井戸が止まります」


エルクが深く息を吐いた。


「分かった。腹は立つが」


「私もです」


「本当か」


「はい」


エルクが、それ以上言わなかった。


南井戸の前で、配分が決まった。井戸覆い二は南井戸と北見張り台の井戸へ一枚ずつ、枠三は修理して井戸覆いが戻るまで雨覆いの骨に転用する。傷んだ井戸縄は今日中に交換、古い縄は切って荷車の仮縛りと濡れ麦干しに使う。街道補修班へ渡す短縄も、ここから出す。


「古い縄まで」


ロアムが言った。


「捨てるのでは」


「捨てるには、まだ長い部分があります」


「短い縄など」


「短い縄で足りる仕事もあります」


ガレスがうなずいた。


「袋口を縛るには、長すぎる縄の方が邪魔だ」


ロアムが黙った。


外套十六と毛布九がすぐ使える。井戸覆い二が戻り、井戸縄の交換と古い縄の再利用先も決まった。


領主館へ戻る途中、ミリアが言った。


「残すものを探す方が、切るより苦しいですね」


「はい」


「切るだけなら、紙に線を引けば済みます」


「残すには、現物を持ってこなければなりません」


「そして、足りないことを見る」


「はい」


ミリアは歩きながら、井戸覆いの布へ目を落とした。重そうだったが、持つと言って離さない。


「それでも、残したいです」


「はい」


「次は」


「井戸縄の交換と、外套の配布。本倉の夜番と街道補修班の人数を組み直します。その後、西門の黒い小車を記録に入れます」


「追わないけれど、消さない」


「はい」


ミリアが頷いた。


領主館の門が見えた時、南門の使いが走ってきた。今度は息が上がっているだけではなく、顔に焦りがある。


「南井戸の隣の古井戸も、水が濁っています」


足が止まった。


「いつから」


「今朝です。水を汲んだ者が、土の匂いがすると」


新台帳を閉じなかった。次の欄にもう一つ書き足した。古井戸、水質確認。

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