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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第四章 空の倉庫と偽りの台帳

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逃げた書記官

会計室の裏戸が、細く開いていた。


レインが廊下を曲がった時には、もう遅かった。


床には紙が散っている。破れた控え、乾ききらない墨、封蝋の欠片。棚の奥にあったはずの小箱が一つなくなっていた。


墨は新しかった。


倒れた硯の周りだけ、床板が濡れている。紙を破った後で、急いで何かを書き足した跡があった。逃げるだけなら墨はいらない。持ち出す前に、残す紙を書き換えようとしたのだ。


レインは散った紙を踏まないよう、足を止めた。


破片の向き。


封蝋の割れ方。


棚の埃。


ラドが逃げた後の部屋ではなく、ラドが何を捨て、何を選んだかを見る場所だった。


「ラドは」


エルクが怒鳴る。


若い書記が震えながら裏戸を指した。


「外へ。さっき、帳面を持って」


エルクが走り出そうとした。


「待ってください」


レインは床の紙を押さえた。


「待てるか」


「追う人数を間違えると、会計室が空になります」


「逃げたんだぞ」


「はい。だから、残ったものを守ります」


エルクの顔が怒りで赤くなる。


だが、ミリアが先に言った。


「兄上。兵を二人だけ。門へ先回り。ガレス、会計室の扉を封じてください」


エルクは歯を食いしばった。


「俺は」


「兄上は門へ。剣が必要なら、そこです」


ミリアの声は震えていなかった。


エルクは短くうなずき、兵を連れて走った。


失敗だった。


レインはそれを認めた。


夕刻までに動くと見ていたのに、出口を押さえきれなかった。会計室から出る人を見ると言いながら、裏戸の古い通路を見落とした。


「裏戸は使われていないと聞いていました」


ミリアが言う。


「使われていない扉ほど、逃げる時に使われます」


「見落としましたか」


「はい」


レインは床の紙を集めた。


残った破片を見る。


給与準備金。


修繕費戻し。


南倉。


そして、ヴァンハ――商会。


「ヴァンハ――?」


ミリアが紙片を見た。


「王都で見た帳簿断片と、同じ始まりです」


「セドリックと」


「つながると決めるには早いです。個人の命令か、商会筋かもまだ分かりません」


ガレスが封蝋を持ってきた。


「若造。逃げた奴を追うか」


「追います。ただし、全部は追いません」


「どういう意味だ」


「ラドが持っていったものは、たぶん一番見せたくない紙です。ですが、残った紙に、何を持っていったかの形が残ります」


レインは棚の空いた位置を見た。


小箱の跡。


埃の四角。


隣には修繕費控え。


反対側には給与準備金。


下段には倉庫副鍵の返却簿。


「持っていったのは、現金箱の出納補助簿か、副鍵の実使用記録です」


「どちらです」


ミリアが聞く。


「今は分かりません」


「残ったものを封じます」


レインは紙片を並べた。


「トマ」


若い書記が顔を上げる。


「見た順に書いてください。裏戸開放。棚下段小箱欠落。床に破れ紙。確認者、ミリア様、ガレス殿、私。時刻も」


「はい」


トマの手は震えているが、書き始めた。


ダルムは会計室の入口で立っていた。


顔色は悪い。


「ラドが勝手に」


「まだ聞いていません」


レインは言った。


「今は、あなたも入口から動かないでください」


「私を疑うのか」


「会計室にいた全員を、同じ場所に置きます」


ダルムは唇を引き結んだ。


ミリアが一歩前へ出る。


「ダルム。あなたはこの部屋に残ってください。会計室関係者は全員、私の許可なく退出禁止」


「正式な処分では」


「確認中の措置です」


ダルムは言い返せなかった。


外で鐘が鳴った。


門の鐘だ。


エルクがラドを捕まえた合図ではない。逃亡者が門を抜けた時にも鳴らす鐘だ。


しばらくして、兵が戻った。


「逃げられました。西の小門から。馬はなし。徒歩です」


西の小門は、古い搬入口だった。


普段は使わない。だが、薪と壊れた桶を出す時だけ開ける。門番は一人。倒れた南門の代わりに人を回したせいで、そちらの確認が薄くなっていた。


食料を削ったこと。


門番が倒れたこと。


裏戸を見落としたこと。


小門の人員を薄くしたこと。


「私の責任です」


レインは言った。


ミリアが顔を上げる。


「今それを言う必要がありますか」


「あります。次に門を押さえる時、私の見落としを前提に組んでください」


ガレスが鼻を鳴らした。


「偉そうに間違える奴よりは、ましだ」


エルクは戻ってこない。


証拠の一部は失われた。


だが、床には破れ紙が残った。ヴァンハ――商会、南倉、修繕費戻し。そして、ラドが逃げたという事実。


ラドが自分のために走ったのか、誰かのために走らされたのか。小箱を持ってどこへ向かうのか。徒歩で西へ出たなら、街道まで追いつける距離ではある。だが、街道に出る前に隠れる小屋も、古い納屋も、使われていない祠もある。


「追跡班は、街道だけでなく水路沿いも見てください」


レインは兵に言った。


「水路?」


「紙を捨てるなら、水が要ります。燃やせば煙が出る。埋めれば時間がかかる」


兵はうなずき、走った。

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