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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第四章 空の倉庫と偽りの台帳

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給与遅配の連鎖

未払い、二か月。


傭兵契約、更新印なし。


門番手当、半額支給。


門番セムへ回す粥と塩を決めるため、兵舎の支払い控えも開かせた。


食料とは別の穴が、そこにあった。


兵が減った理由は、戦死や病だけではない。


銭が遅れている。


銭が遅れれば、兵は家族へ送れない。家族へ送れなければ、村へ戻る。戻れば門が薄くなる。門が薄くなれば、商人が避ける。商人が避ければ、税が減る。


支払い控えは、わざと分かりにくく作られていた。


完全な未払いではない。一部支給、次月繰越、現物支給予定、家族宛送金保留と、言い換えの紙だけが律儀に並んでいた。


「これは遅配ではなく、整理中の支払いです」


兵舎の隅にいた会計補助が言った。


バルドがその男を睨む。


「俺の女房に、整理中って言ってみろ」


会計補助は黙った。


「給与の遅配は、いつからですか」


レインが聞くと、兵舎の古参兵は目をそらした。


名はバルド。


エルクの部下で、兵からは信頼されているらしい。腕は太いが、袖口は何度も縫い直されている。


「一月前から、少しずつだ」


「少しずつ」


「全部遅れたわけじゃない。半分出たり、古参だけ先に出たり、若いのは来月に回されたり」


「それで残った兵が八十六」


バルドは苦い顔をした。


「逃げた奴ばかりじゃない。家に戻らなきゃならん奴もいた」


エルクが拳を握る。


「俺は聞いていない」


「若様に言えば、会計室が怒る」


「俺より会計室が怖いのか」


「給金の紙を握ってるのは、会計室です」


エルクは言葉を失った。


「傭兵契約は」


レインは別の紙を開いた。


「契約数、二十四。実在確認、十七。更新印なしが九。うち五人は、すでに門外警備に出ている」


「印なしで?」


ミリアが顔を上げる。


「はい。印なしのまま働かせています。支払いが滞れば、彼らは正規兵より先に離れます」


「離れたら」


「道の外側へ行きます」


言葉を選んだ。


傭兵がすべて盗賊になるわけではない。


だが、銭を払われず、食料も薄く、契約の紙も曖昧なら、領地を守る側から外れる者は出る。


「街道で見た足跡」


レインは言った。


「宿場跡で塩を拾う子どもとは別に、大人の足跡がありました。軍靴ではない。商人でもない。歩き方は護衛に近い」


バルドが顔を上げた。


「元傭兵か」


「可能性です」


「可能性だけで人を疑うな」


エルクが言う。


「疑っていません。支払いの穴を見ています」


ミリアは支払い控えを見つめていた。


「給与を払う銭は」


「台帳上はあります」


レインは会計控えを置いた。


兵給与準備金。


残額、銀貨百二十枚。


現金箱確認、未実施。


「現金箱を見なければ分かりません」


「また会計室か」


エルクの声に怒りが戻る。


「はい」


「今すぐ開ける」


「開けるなら、兵の前ではなく、立会人を決めてからです。現金箱は噂になると危険です」


「兵に隠すのか」


バルドの声が低くなった。


「隠すのではありません。確認前に期待させない」


レインは彼を見た。


「銀貨百二十枚あると聞けば、未払いの兵は今日にも払えると思います。実際に空なら、その失望は門を壊します」


バルドは黙った。


「商人情報もあります」


レインは道中で聞いた御者の話を書いた紙を出した。


塩値上がり。


宿場水なし。


護衛単価上昇。


フェネル商会という名の商隊が、最近この道を避けている。


「フェネル商会?」


ミリアが聞く。


「道中で御者が名前を出しました。塩と薬布を扱う商会です。今はまだ来ていません」


御者の話では、フェネル商会は値を吊り上げたのではない。


来る道を変えた。


危ない道に荷を入れるなら、護衛を増やす。護衛を増やせば、塩の値が上がる。値が上がれば、ハルヴェインの買える量は減る。商人が悪いというだけでは、輪は止まらない。


「商人を責めれば、来なくなります」


「では、何を示すのですか」


ミリアが聞く。


「門が守られていること。支払いがいつ確認されるか。倉に嘘の数字を置かないこと」


「それで戻りますか」


「すぐには戻りません。ただ、戻る理由を作らなければ、交渉にもなりません」


「来ていない商人の話まで見るのですか」


「来ない理由が、領地の状態です」


「今日の結論は」


ミリアが聞く。


「現金箱を明朝、本倉の次に確認。傭兵契約は印なしの者を別札。門外警備へ出ている五人には、食料配分を切らさない。未払いの噂は出さない」


バルドが目を細めた。


「兵に黙れと言うのか」


「違います」


レインは支払い控えを閉じた。


「払う日を空で約束しない。払えない約束は、未払いより悪い」


バルドはしばらく黙り、それから短くうなずいた。


「若様。俺が兵に言う」


エルクは驚いた顔をした。


「バルド」


「腹は立つ。だが、空約束よりはましだ」


「俺からも言う」


エルクは低く言った。


バルドが眉を上げる。


「若様が言えば、兵は払えると思います」


「思わせない言い方をする」


「できますか」


「できなくても、言わない理由にはならない」


声は不器用だった。


だが、兵舎の空気は少し変わった。剣で命じる若様ではなく、未払いの前に立つ領主の息子として、エルクが初めてそこに立ったからだ。


それでも、兵舎の紙が初めて会計室の紙と同じ机に乗った。


その時、廊下から若い書記が駆け込んできた。


「ラドさんが、会計室の奥の棚を整理しています」


夕刻前。


ダルムが約束した写しが出る前だった。

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