理想と現実
軽量袋を捨てるための縄を、ミリアが自分で持った。
本倉の脇に、食べられる袋、量が足りない袋、砂や黴で使えない袋を分けている。ガレスが黙って秤を見ていた。エルクが兵を二人つけ、役人が袋に近づかないよう立たせている。
「捨てる袋は、これだけですか」
ミリアが聞いた。
声は平静に近い。
だが、指先が縄を強く握りすぎて白くなっていた。
「今捨てるのは、食べれば害が出るものだけです」
短く答えた。
「軽い袋は、薄い粥に使えます。正規袋とは別札にして、量を間違えないようにする」
「砂が混じっていないなら、すべて使えますか」
「使えます。ただし、同じ鍋に入れてはいけません」
袋の札を三色に分けた。
「黒は破棄。赤は薄粥か馬の補助。白は働く者と病人を中心に回す」
「色で分けるのですか」
「字を読めない者でも間違えにくい。暗い倉でも見えます」
ミリアの手が赤札へ伸びた。
薄い木片に、煤で線を入れただけの札だ。王都の会計室なら笑われるだろう。だが、この倉では紙より役に立つ。
「札を配る人間も決めます」
彼女は言った。
「袋を分けても、配る者が理由を知らなければ、また混ざります」
「はい。倉庫側と兵舎側から一人ずつ。会計室だけには任せません」
ミリアが頷き、赤札を戻した。
「全員へ少しずつ配れば、何日持ちますか」
「全員へ同じ量なら、八日ほどです」
ミリアの目に、かすかな希望が浮かぶ。
そのまま続けた。
「ただし、八日目に働ける者も倒れます」
ミリアの目から、かすかな光が引いた。
「門、井戸、荷馬車、倉庫整理。働ける者が倒れると、その翌日から減り方が早くなります。全員を同じように救う配分は、見た目は公平ですが、領地全体を痩せさせます」
「では、誰を減らすのですか」
ミリアの声が少し強くなった。
「病人ですか。老人ですか。役所ですか。兵ですか」
エルクが顔を上げた。
ガレスも秤から視線を動かす。
ミリアが逃げていなかった。
逃げないまま、怒っている。
「減らす、ではありません。用途で分けます」
紙を出した。
「病人には粥と薬湯。門番と井戸修繕には塩を薄く。荷馬車を動かす馬には飼葉を優先。役所の昼食支給は乾パンへ切替。客間、儀礼、来客用の茶は停止」
「役所の者も働いています」
「はい」
「彼らを軽く見れば、書類が止まります」
「だから乾パンは出します」
「温かい食事は」
「現場作業者と病人を先に」
ミリアの唇が噛まれた。
「あなたは、切ることが早い」
「遅いと、残すものも切れます」
「分かっています」
彼女は言った。
「でも、領民に向かって、それを言うのは私です」
そのまま黙った。
「では、言える形にします」
「言える形?」
「減らすものだけを出さない。代わりに残すものを同じ紙に書きます」
紙を二つに分けた。
左に止めるもの。
右に守るもの。
客間暖房を止める。
兵舎夜間看護を守る。
役所温食を止める。
井戸修繕班の塩と粥を守る。
儀礼酒を止める。
門番の夜灯りを守る。
それぞれの横に、量を書いた。
客間暖房を止めれば、薪三束と油半壺。
役所温食を止めれば、麦一袋を四日で浮かせられる。
儀礼酒を止めれば、銀貨二枚相当。今すぐ腹は満たせないが、薬布の交渉に回せる。
逆に、門番の夜灯りを切れば、夜の小門が死角になる。井戸修繕班の塩を切れば、働く者が倒れる。兵舎の看護粥を薄めれば、熱のある者が戻らない。
「切るものにも、切ってはいけない理由にも、数字を入れます」
「理由ではなく、数字」
「理由だけなら、声の大きい者が勝ちます」
ミリアが息を吐いた。
「領主の娘が、それを言うべきなのですね」
「はい」
「これなら、反発が消えますか」
ミリアが聞く。
「消えません」
「正直ですね」
「でも、何のために切るかが残ります」
ミリアの目が紙へ落ちた。
「数字を入れてください」
彼女が言った。
顔が上がった。
「止める油の量、回す先、何日分になるか。役所に言うなら、数字が要ります」
ガレスが小さく笑った。
「ミリア様が嫌なことを言い始めた」
ミリアの頬が、少しだけ赤くなった。
「嫌なことでしょうか」
「いいえ」
短く返した。
「必要なことです」
その時、兵舎から使いが来た。
「エルク様。門番の一人が倒れました」
場の空気が冷えた。
「原因は」
エルクが聞く。
「空腹と熱だと」
使いの兵は、目を合わせなかった。
倒れた門番は、昨日まで夜番に出ていたという。昼は井戸の水桶運びを手伝い、夜は小門に立った。支給された粥は薄く、塩はほとんどなかった。
「名は」
ミリアが聞いた。
「セムです。南門の」
彼女はその名を知らなかった。
それでも、聞いた。
「家族は」
「妻と子が二人。下の子が熱を出していると」
ミリアの手が赤札を握った。
紙を見た。
ミリアの手が縄を置いた。
「門番へ粥を回します。役所への通達は、私が今から書きます」
「反発します」
レインが言うと、ミリアが頷いた。
「分かっています。だから、数字もください」




