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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第四章 空の倉庫と偽りの台帳

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理想と現実

軽量袋を捨てるための縄を、ミリアが自分で持った。


本倉の脇に、食べられる袋、量が足りない袋、砂や黴で使えない袋を分けている。ガレスが黙って秤を見ていた。エルクが兵を二人つけ、役人が袋に近づかないよう立たせている。


「捨てる袋は、これだけですか」


ミリアが聞いた。


声は平静に近い。


だが、指先が縄を強く握りすぎて白くなっていた。


「今捨てるのは、食べれば害が出るものだけです」


短く答えた。


「軽い袋は、薄い粥に使えます。正規袋とは別札にして、量を間違えないようにする」


「砂が混じっていないなら、すべて使えますか」


「使えます。ただし、同じ鍋に入れてはいけません」


袋の札を三色に分けた。


「黒は破棄。赤は薄粥か馬の補助。白は働く者と病人を中心に回す」


「色で分けるのですか」


「字を読めない者でも間違えにくい。暗い倉でも見えます」


ミリアの手が赤札へ伸びた。


薄い木片に、煤で線を入れただけの札だ。王都の会計室なら笑われるだろう。だが、この倉では紙より役に立つ。


「札を配る人間も決めます」


彼女は言った。


「袋を分けても、配る者が理由を知らなければ、また混ざります」


「はい。倉庫側と兵舎側から一人ずつ。会計室だけには任せません」


ミリアが頷き、赤札を戻した。


「全員へ少しずつ配れば、何日持ちますか」


「全員へ同じ量なら、八日ほどです」


ミリアの目に、かすかな希望が浮かぶ。


そのまま続けた。


「ただし、八日目に働ける者も倒れます」


ミリアの目から、かすかな光が引いた。


「門、井戸、荷馬車、倉庫整理。働ける者が倒れると、その翌日から減り方が早くなります。全員を同じように救う配分は、見た目は公平ですが、領地全体を痩せさせます」


「では、誰を減らすのですか」


ミリアの声が少し強くなった。


「病人ですか。老人ですか。役所ですか。兵ですか」


エルクが顔を上げた。


ガレスも秤から視線を動かす。


ミリアが逃げていなかった。


逃げないまま、怒っている。


「減らす、ではありません。用途で分けます」


紙を出した。


「病人には粥と薬湯。門番と井戸修繕には塩を薄く。荷馬車を動かす馬には飼葉を優先。役所の昼食支給は乾パンへ切替。客間、儀礼、来客用の茶は停止」


「役所の者も働いています」


「はい」


「彼らを軽く見れば、書類が止まります」


「だから乾パンは出します」


「温かい食事は」


「現場作業者と病人を先に」


ミリアの唇が噛まれた。


「あなたは、切ることが早い」


「遅いと、残すものも切れます」


「分かっています」


彼女は言った。


「でも、領民に向かって、それを言うのは私です」


そのまま黙った。


「では、言える形にします」


「言える形?」


「減らすものだけを出さない。代わりに残すものを同じ紙に書きます」


紙を二つに分けた。


左に止めるもの。


右に守るもの。


客間暖房を止める。


兵舎夜間看護を守る。


役所温食を止める。


井戸修繕班の塩と粥を守る。


儀礼酒を止める。


門番の夜灯りを守る。


それぞれの横に、量を書いた。


客間暖房を止めれば、薪三束と油半壺。


役所温食を止めれば、麦一袋を四日で浮かせられる。


儀礼酒を止めれば、銀貨二枚相当。今すぐ腹は満たせないが、薬布の交渉に回せる。


逆に、門番の夜灯りを切れば、夜の小門が死角になる。井戸修繕班の塩を切れば、働く者が倒れる。兵舎の看護粥を薄めれば、熱のある者が戻らない。


「切るものにも、切ってはいけない理由にも、数字を入れます」


「理由ではなく、数字」


「理由だけなら、声の大きい者が勝ちます」


ミリアが息を吐いた。


「領主の娘が、それを言うべきなのですね」


「はい」


「これなら、反発が消えますか」


ミリアが聞く。


「消えません」


「正直ですね」


「でも、何のために切るかが残ります」


ミリアの目が紙へ落ちた。


「数字を入れてください」


彼女が言った。


顔が上がった。


「止める油の量、回す先、何日分になるか。役所に言うなら、数字が要ります」


ガレスが小さく笑った。


「ミリア様が嫌なことを言い始めた」


ミリアの頬が、少しだけ赤くなった。


「嫌なことでしょうか」


「いいえ」


短く返した。


「必要なことです」


その時、兵舎から使いが来た。


「エルク様。門番の一人が倒れました」


場の空気が冷えた。


「原因は」


エルクが聞く。


「空腹と熱だと」


使いの兵は、目を合わせなかった。


倒れた門番は、昨日まで夜番に出ていたという。昼は井戸の水桶運びを手伝い、夜は小門に立った。支給された粥は薄く、塩はほとんどなかった。


「名は」


ミリアが聞いた。


「セムです。南門の」


彼女はその名を知らなかった。


それでも、聞いた。


「家族は」


「妻と子が二人。下の子が熱を出していると」


ミリアの手が赤札を握った。


紙を見た。


ミリアの手が縄を置いた。


「門番へ粥を回します。役所への通達は、私が今から書きます」


「反発します」


レインが言うと、ミリアが頷いた。


「分かっています。だから、数字もください」

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