架空の穀物
麦二十四袋のうち、正規の重さに近いものは九袋だった。
レインは数字を紙の上に置いた。
正規、九。
軽量、十一。
口紐結び直し、四。
帳簿上は二十四袋。
現物換算では、十五袋にも届かない。
ガレスが秤の横で腕を組んでいる。顔は険しい。倉庫番にとって、麦袋の軽さは自分の腹を削られるようなものなのだろう。
「軽量袋は、全部同じくらいです」
レインは袋の腹を押した。
「偶然減ったのではありません。五十斤袋を三十五斤前後に揃えている」
「揃えて盗んだってことか」
エルクの声が低くなる。
「盗んだか、そう見せて別の帳尻を合わせたかです」
「同じだろう」
「同じではありません。盗みなら現物が消えます。帳尻合わせなら、別の不足を隠すために袋を痩せさせます」
ミリアは台帳を見ていた。
「大麦十八袋は」
「見ます」
大麦はもっと悪かった。
台帳十八袋。
現物十二袋。
うち四袋は中に砂が混じっていた。袋の上だけ大麦で覆い、下に砂を入れて重さを合わせている。
表面の大麦だけは乾いていた。
手のひら一枚分ほどを払うと、下から湿った砂が出る。砂は倉の外の土ではない。井戸端の細かい砂に似ていた。水気を含み、袋の内側に黒い筋を作っている。
「上だけ入れ替えたのか」
エルクが吐き捨てる。
「見た目と秤のためです」
「誰が食うかまでは考えていない」
「考えていません。少なくとも、食べる側には立っていない」
ミリアは袋の口から目を離せなかった。
「これは」
ミリアの声が震えた。
怒りではなく、信じたくないものを見た声だった。
「食べられません」
レインは言った。
「家畜にも回さない方がいい。砂だけならともかく、湿気を吸っています。黴が出る」
ガレスが袋を開け、匂いを嗅いだ。
「捨てるしかない」
「捨てる」
エルクが繰り返す。
「この状況でか」
「食わせれば、もっと悪い」
ガレスの声は重かった。
レインは次の欄へ移る。
豆、九袋。
現物、五袋。
油壺、六。
現物、三。
塩樽、四。
現物、一。しかも半分湿っている。
「幽霊兵の分が、ここにも出ています」
レインは台帳の別紙を開いた。
兵糧割当表。
兵百二十名分として麦と豆が出ている。だが実数は八十六。差分三十四名分が毎日紙の上で食べている。
割当表には死者と転属者と行方不明者が同じように残っていた。
死んだ日がある者。
転属先のない者。
負傷帰村と書かれたまま、戻った記録のない者。
人の人生としてはまったく違う。だが配給欄ではどれも同じ一行だった。消されなかった名前が毎朝麦を受け取ったことになっている。
「これを見て、誰も気づかなかったのですか」
ミリアが小さく言った。
「気づく場所が分かれていました。兵舎は人数を見る。会計室は袋数を見る。倉庫は出た札を見る。三つを同じ紙に置かないと、幽霊は歩けます」
ガレスが舌打ちした。
「嫌な歩き方だ」
「死んだ兵や逃げた兵の名前が、配給欄に残っています」
ミリアの指が紙の上で止まった。
「人の名前まで」
「名前は、物より消しにくい。だから使われます」
エルクが台帳へ手を伸ばした。
「誰の名だ」
「今は全員を読み上げません」
「なぜ」
「ここで名前を出すと、家族に伝わる前に噂になります」
エルクの手が止まる。
「架空発注もあります」
レインは修繕費の欄を指した。
門蝶番修理、釘二箱。
井戸滑車交換、鉄具一式。
南倉棚板補修、材木十束。
「昨日見た門には、釘二箱分の修理跡はありません。井戸の滑車も交換されていない。棚板も、十束分は新しくない」
ラドが口を開いた。
「修理は予定分も含みます。発注済みで、まだ納入が」
「納入済み印があります」
ラドは黙った。
ミリアが台帳を覗き込む。
「納入確認、会計室。受領確認、会計室。施工確認、会計室」
「確認が一か所に集まりすぎています」
レインは言った。
「倉庫も、兵糧も、修繕も。全部、会計室の紙で閉じている」
ガレスが低く唸る。
「現場に来てねえ紙が、現場を食ってるわけだ」
レインは否定しなかった。
「犯人は会計室か」
エルクが言う。
「まだです」
「ここまで出て、まだか」
「会計室の紙に触れられる者は多い。書く者、写す者、印を押す者、運ぶ者、見ないふりをする者」
ミリアが顔を上げた。
「では、何を見るのですか」
「同じ筆跡と、同じ間違いです」
レインは軽量袋の札を並べた。
どの札にも、「麦」の字の最後の払いが短い。
「この札を書いた人間が、袋数と修繕費の両方に触れています」
札の日付も似ていた。月末の二日前・雨の日・門の修繕費が処理された日・兵の配給名簿が差し替えられた日。
同じ筆跡だけなら偶然や代筆で逃げられる。だが同じ日に同じ癖が複数の紙へ出るなら、紙の束を抱えて移動した者がいる。
「これは、倉でだけ起きたことではありません」
レインは札を裏返した。
裏に薄く墨が移っている。乾く前に重ねた跡だ。急いで作った札だった。
「急いだ理由があります。誰かに見られる前に、数を整える必要があった」
ラドの顔から色が引いた。
ただし彼の筆跡ではない。知っている筆跡を見た顔だ。
「誰ですか」
ミリアが聞く。
ラドは答えなかった。
代わりに、倉の外で足音が遠ざかった。
誰かが今の話を聞いていた。




