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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第四章 空の倉庫と偽りの台帳

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開き直る者たち

「辺境では、よくあることです」


ダルムはそう言った。


会計室の前に並んだ役人たちは、誰も驚かなかった。むしろ、その言葉に救われたような顔をした者までいる。


レインは台帳を閉じた。


「よくあるなら、よく直すべきです」


ダルムは薄く笑った。


「王都の方は、正しさがお好きだ」


「現物が好きです」


「では現物を見たでしょう。麦はあります。豆も少ないながらある。油もゼロではない。大げさに騒げば、領民が不安になります」


ミリアの指が台帳の端を押さえた。


エルクは剣に手をかけていない。


「大げさではありません」


レインは言った。


「兵三十四名分の配給が、実在しない兵へ出ています。修繕費は納入済みなのに、門も井戸も直っていない。塩は台帳の四分の一以下です」


「数字だけなら、そう見える」


ダルムは肩をすくめた。


「だが、兵は出入りします。負傷で戻る者、村に預ける者、名簿の整理が遅れる者。修繕も辺境では先払いが多い。商人が遅れれば、現物は後になる。王都の整った理屈だけでは」


「納入済み印があります」


「印の運用が、王都と違うのです」


「では、未納品に納入済み印を押すのが、こちらの運用ですか」


レインが聞くと、後ろの下役が一人、目を伏せた。


ダルムはその動きを見逃さなかった。すぐに声を柔らかくする。


「若い者は怯えております。強い言葉は控えていただきたい」


「怯えさせたいわけではありません」


「ならば、会計室に任せるべきです。我々なら、どこに遅れがあり、どこに誤記があるか分かる」


「分かる人間が、今まで直していません」


今度は、役人たち全員が黙った。


廊下の外で、誰かが息を吸う音がした。


エルクが低く言う。


「では、誰も悪くないと?」


「そうは言っておりません。混乱があると言っているのです。まずは我々に整理の時間をいただきたい」


「整理」


レインはその言葉を繰り返した。


「整えられる前に、現物を封じます」


ダルムの笑みが少し固くなる。


「疑っておられる」


「疑う相手を、まだ決めていません」


「会計室ではないと?」


「会計室だけではありません」


役人たちが互いに顔を見合わせた。


「候補ではなく、条件を見ます」


ミリアが顔を上げた。


「条件」


「一つ。兵籍と配給名簿の両方に触れられる。二つ。倉庫札を書ける。三つ。修繕費の納入済み印を見られる。四つ。疑われにくい立場にいる」


「疑われにくい立場とは、役が高い者ですか」


「高いだけではありません」


レインは会計室の扉を見た。


「役が高ければ、記録を直接書かないことが多い。逆に、役が低ければ、印に近づけない。だから、紙を運び、写しを取り、確認役の机に出入りできる者です」


「小間使いか」


エルクが言った。


「小間使いだけでは、兵籍の差し替えはできません。書記官、補助書記、倉庫出納の写し係。そういう者です」


ダルムの視線が一瞬だけ、廊下の奥へ流れた。


ガレスが腕を組んだ。


「倉庫番じゃねえな」


「倉庫番だけでは、修繕費の印に触れません」


「会計官補佐だけでもありません」


ミリアが言った。


レインはうなずく。


「会計官補佐なら、もっと整った紙にできます。今回の軽量袋の札は、現場の癖が強い。書く者が別にいます」


ダルムは初めて、ほんの少し目を細めた。


「では、誰を疑うのです」


「疑われにくい者です」


「曖昧ですな」


「だから絞ります」


レインは紙を広げた。


兵籍写し。


配給名簿。


倉庫札。


修繕費控え。


「この四つを、今日中に同じ机へ置きます。立会人はミリア様、ガレス殿、会計室から一名、兵舎から一名。私は筆跡と日付だけを見ます」


「閲覧権限は」


ダルムがすぐに言った。


「領主代理の命令です」


ミリアの声だった。


震えていない。


「現物不足確認中のため、必要な写しを出してください」


「ミリア様。これは領主様の正式な」


「父には私から報告します」


廊下が静かになる。


ダルムは礼をした。


「承知しました。ただし、会計室の記録は散逸を防ぐため、持ち出し禁止です」


「では会計室で見ます」


レインは言った。


ダルムの眉が動く。


「会計室は、整理中です」


「整理中なら、ちょうどいい」


ガレスが喉の奥で笑った。


エルクも少しだけ口元を動かした。


ダルムは笑わなかった。


「明朝、準備します」


「今日です」


ミリアが言った。


今度は、彼女が先に切った。


「今日中に、四つの写しを同じ机へ」


役人たちの間に、ざわめきが生まれた。


明朝なら夜がある。


夜があれば、紙は移せる。札は燃やせる。関係のない紙を混ぜ、探す側を疲れさせることもできる。


ミリアがそれを分かって言ったのか、レインには分からない。


ただ、彼女の目は揺れていなかった。


「今この領地に、夜を越せるだけの余裕はありません」


ガレスが少しだけ顎を引いた。


ダルムはしばらく沈黙した。


やがて、深く頭を下げる。


「では、夕刻までに」


レインは廊下の奥を見た。


「ガレス殿。倉庫札は、こちらで封じます」


「使える袋と捨てる袋も、札ごと分けます」


「会計室は」


「見張るだけでは足りません」


ミリアが問う。


「何をしますか」


「会計室へ向かう紙ではなく、会計室から出る人を見ます」


犯人を決めるのではない。


疑われにくい者が、どの扉を使うかを見る。

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