開き直る者たち
「辺境では、よくあることです」
ダルムはそう言った。
会計室の前に並んだ役人たちは、誰も驚かなかった。むしろ、その言葉に救われたような顔をした者までいる。
レインは台帳を閉じた。
「よくあるなら、よく直すべきです」
ダルムは薄く笑った。
「王都の方は、正しさがお好きだ」
「現物が好きです」
「では現物を見たでしょう。麦はあります。豆も少ないながらある。油もゼロではない。大げさに騒げば、領民が不安になります」
ミリアの指が台帳の端を押さえた。
エルクは剣に手をかけていない。
「大げさではありません」
レインは言った。
「兵三十四名分の配給が、実在しない兵へ出ています。修繕費は納入済みなのに、門も井戸も直っていない。塩は台帳の四分の一以下です」
「数字だけなら、そう見える」
ダルムは肩をすくめた。
「だが、兵は出入りします。負傷で戻る者、村に預ける者、名簿の整理が遅れる者。修繕も辺境では先払いが多い。商人が遅れれば、現物は後になる。王都の整った理屈だけでは」
「納入済み印があります」
「印の運用が、王都と違うのです」
「では、未納品に納入済み印を押すのが、こちらの運用ですか」
レインが聞くと、後ろの下役が一人、目を伏せた。
ダルムはその動きを見逃さなかった。すぐに声を柔らかくする。
「若い者は怯えております。強い言葉は控えていただきたい」
「怯えさせたいわけではありません」
「ならば、会計室に任せるべきです。我々なら、どこに遅れがあり、どこに誤記があるか分かる」
「分かる人間が、今まで直していません」
今度は、役人たち全員が黙った。
廊下の外で、誰かが息を吸う音がした。
エルクが低く言う。
「では、誰も悪くないと?」
「そうは言っておりません。混乱があると言っているのです。まずは我々に整理の時間をいただきたい」
「整理」
レインはその言葉を繰り返した。
「整えられる前に、現物を封じます」
ダルムの笑みが少し固くなる。
「疑っておられる」
「疑う相手を、まだ決めていません」
「会計室ではないと?」
「会計室だけではありません」
役人たちが互いに顔を見合わせた。
「候補ではなく、条件を見ます」
ミリアが顔を上げた。
「条件」
「一つ。兵籍と配給名簿の両方に触れられる。二つ。倉庫札を書ける。三つ。修繕費の納入済み印を見られる。四つ。疑われにくい立場にいる」
「疑われにくい立場とは、役が高い者ですか」
「高いだけではありません」
レインは会計室の扉を見た。
「役が高ければ、記録を直接書かないことが多い。逆に、役が低ければ、印に近づけない。だから、紙を運び、写しを取り、確認役の机に出入りできる者です」
「小間使いか」
エルクが言った。
「小間使いだけでは、兵籍の差し替えはできません。書記官、補助書記、倉庫出納の写し係。そういう者です」
ダルムの視線が一瞬だけ、廊下の奥へ流れた。
ガレスが腕を組んだ。
「倉庫番じゃねえな」
「倉庫番だけでは、修繕費の印に触れません」
「会計官補佐だけでもありません」
ミリアが言った。
レインはうなずく。
「会計官補佐なら、もっと整った紙にできます。今回の軽量袋の札は、現場の癖が強い。書く者が別にいます」
ダルムは初めて、ほんの少し目を細めた。
「では、誰を疑うのです」
「疑われにくい者です」
「曖昧ですな」
「だから絞ります」
レインは紙を広げた。
兵籍写し。
配給名簿。
倉庫札。
修繕費控え。
「この四つを、今日中に同じ机へ置きます。立会人はミリア様、ガレス殿、会計室から一名、兵舎から一名。私は筆跡と日付だけを見ます」
「閲覧権限は」
ダルムがすぐに言った。
「領主代理の命令です」
ミリアの声だった。
震えていない。
「現物不足確認中のため、必要な写しを出してください」
「ミリア様。これは領主様の正式な」
「父には私から報告します」
廊下が静かになる。
ダルムは礼をした。
「承知しました。ただし、会計室の記録は散逸を防ぐため、持ち出し禁止です」
「では会計室で見ます」
レインは言った。
ダルムの眉が動く。
「会計室は、整理中です」
「整理中なら、ちょうどいい」
ガレスが喉の奥で笑った。
エルクも少しだけ口元を動かした。
ダルムは笑わなかった。
「明朝、準備します」
「今日です」
ミリアが言った。
今度は、彼女が先に切った。
「今日中に、四つの写しを同じ机へ」
役人たちの間に、ざわめきが生まれた。
明朝なら夜がある。
夜があれば、紙は移せる。札は燃やせる。関係のない紙を混ぜ、探す側を疲れさせることもできる。
ミリアがそれを分かって言ったのか、レインには分からない。
ただ、彼女の目は揺れていなかった。
「今この領地に、夜を越せるだけの余裕はありません」
ガレスが少しだけ顎を引いた。
ダルムはしばらく沈黙した。
やがて、深く頭を下げる。
「では、夕刻までに」
レインは廊下の奥を見た。
「ガレス殿。倉庫札は、こちらで封じます」
「使える袋と捨てる袋も、札ごと分けます」
「会計室は」
「見張るだけでは足りません」
ミリアが問う。
「何をしますか」
「会計室へ向かう紙ではなく、会計室から出る人を見ます」
犯人を決めるのではない。
疑われにくい者が、どの扉を使うかを見る。




