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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第三章 崩壊寸前の辺境領

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まず止血だ

「全部を救う方法は、ありませんか」


夜の客間で、ミリアはそう聞いた。


昼間、役人たちが用意した客間だった。暖炉には火が入り、油の灯りが三つも置かれている。椅子は磨かれ、卓上には冷めた茶と薄い菓子があった。


領地が痩せていることを知った後では、どれも重く見える。


油。


薪。


茶。


砂糖。


誰も座っていない客間を暖めるために、兵舎の夜の灯りが削られる。


レインは火の前に立たず、窓際にいた。


外は暗い。


門の方角だけ、薄く灯りが揺れている。半分しか開かなかった門。熱のある兵。空に近い倉庫。動く荷馬車は七台。


「今のままでは、ありません」


レインは答えた。


ミリアは目を伏せた。


泣くわけではない。


ただ、息の置き場を探している顔だった。


「領民も、兵も、役所で働く者も、見捨てたくありません」


「分かります」


「本当に?」


問いは静かだった。


責める響きはない。


だから答えにくい。


レインは少し黙った。


人の感情を後回しにしすぎる自覚はある。水、馬、倉庫、鍵。そういうものは数えられる。だが、見捨てたくないという気持ちは、数えにくい。


「全部を同じように救おうとすれば、働ける人から倒れます」


「それは、分かっています」


ミリアは言った。


「でも、分かることと、命じることは違います」


だから、この領に彼女が必要なのだろう。


誰に何を我慢してもらうかを言うのは、領主家の言葉でなければ届かない。


「一度に全部は救えません」


レインは言った。


「まず止血です」


「止血」


「流れ出ているものを止めます。食料、油、塩、釘、人手。増やすのは後です。今は、減っている穴を塞ぐ」


ミリアは暖炉を見た。


「最初に止めるものは」


「客間の暖房です」


ミリアの指が膝の上で少し動いた。


「領主館の体面に関わります」


「はい」


「客人を冷えた部屋へ通すことになります」


「今、客人は来ていますか」


ミリアは答えなかった。


来ていない。


来ていない客のために暖めた部屋で、来ている病人の灯りが削られる。


「客間三室の暖房を止めます。油は兵舎の夜間看護へ。薪は門と井戸の夜作業へ。茶と砂糖は病人用に回します」


「役所が反発します」


「反発する余裕がある者から切ります」


ミリアは小さく息を吸った。


「二つ目。会計官の倉庫関連権限を一時停止してください」


「ダルムを?」


「会計室全体ではありません。倉庫の出納と封印に関わる権限です。期間は本倉の初回棚卸しが終わるまで。理由は、現物と台帳の差が大きく、確認中のため」


「処分ではなく、確認中の停止」


「はい。処分にすると争えます。確認のための停止なら、明日の本倉開封までは押せます」


ミリアはその言葉を覚えるように、ゆっくりうなずいた。


「三つ目は」


「明朝、本倉を開けます」


「今日見た倉とは別に?」


「はい。今日見たのは兵糧と支援物資に関わる倉です。本倉の台帳は、領地全体の腹です。そこを見なければ、七日先も決められません」


「七日」


「まず七日です。七日で、食料、油、薬、門、井戸、馬を並べます。十日先の計画は、その後です」


ミリアは立ち上がった。


暖炉へ近づく。


しばらく火を見ていた。


それから、火掻き棒を取った。


「消します」


「今ですか」


「今です」


彼女は火を散らし、灰をかぶせた。慣れた手つきではない。煤が指につき、袖口にも黒くついた。


領主家の娘が客間の火を消す。


「寒くなります」


レインは言った。


「兵舎の方が寒いでしょう」


ミリアの声は震えていなかった。


彼女は卓上の油灯を一つ消した。


二つ目も消す。


三つ目だけ残した。


「書けますか」


「書けます」


レインは持っていた紙を広げた。


ミリアは煤のついた指で、署名欄の位置を押さえる。


「客間暖房、三室停止。油と薪を兵舎、門、井戸へ。茶と砂糖は病人用。会計官ダルム・ローネンの倉庫出納権限を、本倉初回棚卸し終了まで一時停止。本倉は明朝、領主代理、エルク、ガレス立ち会いで開封」


レインは書き取った。


この一枚では足りない。


けれど、これ以上を一枚に載せれば、動く前に止められる。まず通すべき紙は、短く、狭く、反論しにくい形でなければならない。


「最後に、理由を」


ミリアが言った。


「現物不足確認中のため」


「その一文で足りますか」


「足ります。長く書くと、長く争えます」


ミリアは少しだけ笑った。


疲れた笑いだった。


だが、昼間の顔とは違う。


傷ついただけではない顔だ。


「兄上には、私から言います」


「反対されます」


「されます。でも、薬箱を兵舎へ運ばせたのは兄上です」


レインは紙を乾かした。


外の廊下で、誰かの足音が止まる。


客間の灯りが減ったことに、もう気づいた者がいるのだろう。


「明日は荒れます」


「今日も荒れました」


ミリアは署名した。


ミリア・ハルヴェイン。


領主代理。


まだ若い字だ。


だが、逃げていない字だった。


「まず止血をします」


彼女は自分の言葉として、もう一度言った。


レインはうなずいた。


明日の朝、最初に見るものは決まった。


本倉。


台帳。


そして、床の鳴らない場所だ。

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