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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第四章 空の倉庫と偽りの台帳

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棚卸しの朝

本倉の錠は、鍵より先に鳴った。


ガレスが鍵束を持ち上げた瞬間、古い鉄輪が扉の内側でかすかに震えた。開けられることに慣れていない音ではない。何度も開け閉めされ、油を差されず、音だけが細く残った錠の音だ。


レインは扉の前で、台帳を両手に持っていた。


麦、豆、塩、油、綱、布。書かれているものだけなら、ハルヴェイン領はまだ数日を凌げる。だが、倉の扉の前に立つと違う。


空気が軽い。


穀物倉の前には、独特の重さがある。湿った麻袋、麦粉、鼠、人の出入り。そういう匂いが、扉の隙間から押してくる。


本倉には、それが薄かった。


「開けます」


ガレスが鍵を差し込む。


「お待ちください」


横から声が入った。


会計室の下役が三人、石畳の上に並んでいる。一番前の男は、痩せた首を硬くしていた。名はラド。ダルムの下で、倉庫出納の写しを扱っていた男だと、昨夜ミリアが教えた。


「本倉は正式な封印倉です。会計官の立会いなしに開けるのは、規定に反します」


「会計官は倉庫出納権限を一時停止中です」


ミリアが前へ出た。


昨日の煤は、まだ指の爪に残っている。隠していない。客間の火を消した手だ。


「本倉を開けます」


「しかし、ミリア様」


「開けます」


二度目は短かった。


ラドは言葉を飲んだ。


エルクが扉の脇に立つ。剣は抜いていない。だが、下役たちはそれ以上前へ出なかった。


レインは台帳を開いた。


本倉。


麦、二十四袋。


大麦、十八袋。


豆、九袋。


塩樽、四。


油壺、六。


布束、十二。


「数字だけなら、薄い粥を十日分は作れます」


「なら、悪くないのでは」


エルクが言った。


「扉の前の匂いが、悪いです」


ガレスが低く笑った。


「また匂いか」


「はい」


「嫌な若造だ」


鍵が回った。


扉が開くと、冷えた空気が流れた。やはり軽い。麦の匂いはあるが、台帳の数字に見合う重さではない。


棚は整っていた。


整いすぎていた。


袋がきれいに並び、口紐の向きまで揃っている。だが、床の粉が少ない。棚の下の埃も薄い。本当に二十四袋を長く置いていた倉なら、もっと粉が落ちる。


「先に錠、次に管理簿、最後に現物です」


レインは言った。


ラドが顔を上げる。


「現物が先では」


「錠に触った者が分からなければ、現物の差が誰の時点で生じたか分かりません」


ガレスは扉の内側を見た。


鍵穴の周囲に、細い傷が二つ。


正鍵ではないものを差し込んだ跡だ。


「副鍵か」


エルクが低く言った。


「副鍵、または細工した鍵です」


レインは傷の深さを見た。古い傷ではない。錆びていない。


「管理簿を」


ミリアが言うと、ラドが薄い帳面を差し出した。


指が白い。


帳面には開閉時刻、立会人、出納品目が書かれている。表向きは整っていた。だが、同じ筆跡が多すぎる。


「開閉立会い、ラド。出納写し、ラド。封印確認、ラド」


レインは読み上げた。


ラドの喉が動く。


「人手不足です。辺境では一人が複数を兼ねることも」


「兼ねることはあります。確認にはなりません」


ミリアの顔が固くなる。


役人たちの視線が張りついていた。レインの手元、ガレスの鍵、ミリアの表情、エルクの剣。どこかに隙がないか探している。


視線には二種類あった。


止めたい者の視線と、知りたい者の視線だ。


止めたい者は、台帳のページがめくられるたびに唇を薄くする。知りたい者は、棚の奥を見ようとして首を伸ばす。会計室の下役の中にも、何が起きているか分からずに怖がっている顔があった。


「ここから先は、声に出して確認します」


下役たちの肩がわずかに動いた。


「錠の傷。管理簿の筆跡。現物の数。誰かを責めるためではなく、後で数字を動かせないようにするためです」


「そんな言い方をすれば、こちらが疑われているように聞こえます」


ラドが言った。


「疑いを消すためにも、順番が要ります」


レインは管理簿の角に指を置いた。


「正しいなら、順番に見ても正しいままです」


倉の中がさらに静かになった。


「現物を見ます」


ガレスが袋を一つ持ち上げた。


「軽い」


「開けずに分けます。正規の重さに近いもの、軽いもの、口を結び直したもの」


「中を見ないのですか」


ミリアが聞く。


「全部は見ません。今日は棚卸しの朝です。まず、どこが鳴らないかを見る」


「鳴らない?」


「倉は、使えば汚れます。動かせば粉が落ちる。湿れば床が鳴る。逆に、紙だけで使った倉は、きれいすぎる」


ガレスが右奥の棚を見た。


「つまり、汚れてねえ場所が怪しいってことか」


「はい。特に、汚れるはずの場所が汚れていない場合です」


ミリアは床を見た。昨日までなら、整った棚を見て安心していたかもしれない。今は、整いすぎていることの方に気づいている。


「棚卸しとは、数を数えることだけではないのですね」


「数が嘘をつく時は、物の周りを見ます」


ラドの呼吸が浅くなった。


レインは床を見た。


穀物袋を長く置いた棚の前は、床板が少し鳴る。湿気を吸い、乾き、また吸うからだ。だが右奥だけ、足音が鈍い。新しく補強した床ではない。下に空間がある音だった。


「白墨を」


ミリアがすぐに小箱から白墨を出した。


レインは鳴る床と鳴らない床の境に線を引く。線は歪んだ四角になった。棚の足の位置と合っていない。袋を置くための補強なら、棚の形に沿うはずだった。


「下に何かあります」


ガレスがしゃがみ込む。


「今開けますか」


「まだです。開ければ、何かが隠されていたことだけが先に広がります。錠、管理簿、現物の順を崩さない」


ミリアは白墨を握ったまま、線の中を見た。


「本倉の中で、一か所だけ床が鳴りません」


ガレスの顔が変わった。


ラドが一歩下がる。


何を隠すために、床を鳴らなくしたのか。

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