表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第三章 崩壊寸前の辺境領

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/30

ガレスの皮肉

「帳簿を信じるな」


ガレスは鍵束を鳴らしながら言った。


レインはうなずいた。


「現物を見ます」


「王都の人間は、まず紙を開くもんだと思ってた」


「紙も見ます。順番が後です」


「嫌な順番だ」


ガレスは鍵を抜く前に、扉の下へ溜まった麦粉を靴先で寄せた。


粉は乾ききっていない。細く固まり、何度か踏まれている。扉を開け閉めする者が気にしていれば、ここまで残らない。


「粉から見る奴は久しぶりだ」


「袋より先に外へ出ます」


「だから嫌な順番だと言った」


ガレスはそう言いながら、倉庫の正鍵を抜いた。


扉の前でミリアが息を整えている。エルクは腕を組み、文官は台帳を抱えたまま固まっていた。門前より人は増えたが、動く手はまだ少ない。


鍵が回る。


重い音がした。


扉が開くと、冷えた空気が流れ出した。


穀物の匂いはある。


ただし、薄い。


レインは中へ入り、まず足を止めた。


広い倉だった。


棚の作りも悪くない。北側は乾燥棚、奥には塩と油を分ける小部屋、床は湿気を逃がすために一段高い。作った者は分かっていた。


使っている者が、分からなくなったのだ。


「左列、十二。右列、十二。奥に予備棚四」


レインは棚を数えた。


「袋が積まれている棚は半分以下です」


ガレスが鼻を鳴らす。


「よく見える目だ」


「空の棚は見えます」


「見えん奴もいる」


皮肉の矛先はレインではない。


文官が肩を縮めた。


「標準袋は」


「麦なら一袋五十斤」


「今見えている袋は」


「まともに数えりゃ、四十九」


ミリアの顔が白くなる。


「台帳では、百二十袋です」


「台帳は太る」


ガレスは棚へ近づき、袋を一つ持ち上げた。


「これは五十斤ない」


「三十斤程度です」


レインが言うと、ガレスは袋を下ろさずにこちらを見た。


「持たずに分かるのか」


「袋の腹が沈んでいます。口紐も結び直している」


ガレスはしばらく袋を見つめ、それから低く笑った。


「嫌な若造だ」


「よく言われます」


「王都でか」


「主に上の人に」


ガレスの口元が少しだけ動いた。


完全な信頼ではない。


だが、ただの王都の紙持ちを見る目ではなくなった。


「塩は」


レインが聞くと、ガレスは奥の小部屋へ顎を向けた。


「見るな」


「見ます」


「見れば、ミリア様の顔色がもっと悪くなる」


「見なくても、塩は増えません」


「本当に嫌な若造だ」


二度目だった。


小部屋の扉を開けると、棚はほとんど空だった。


小さな壺が三つ。


一つは湿って固まり、もう一つは底が欠けている。帳簿上は七割。現物では一割にも届かない。


ミリアは言葉を失った。


エルクが低く唸る。


「誰が管理している」


文官が口を開きかけたが、ガレスが先に言った。


「倉庫係と会計室だ。俺が全部見てたわけじゃない」


「なぜ任せた」


エルクの声が鋭くなる。


ガレスは逃げなかった。


「取り上げられた。会計室の紙が正しいと言われてな」


「なぜ黙っていた」


「言ったさ。紙の上で戻ってきた」


エルクの拳が震えた。


レインは二人の間へ入らなかった。


今ここでガレスを責めれば、現物を見る目を一つ失う。


「ガレス殿」


「何だ」


「今、信頼できる秤はありますか」


ガレスは少し目を細めた。


怒りから作業へ戻る問いだと分かったのだろう。


「古いのならある。俺の私物だ」


「封蝋は」


「領主館のを使え。会計室のは使うな」


「理由は」


「会計室の封は、剥がして戻せる」


文官が顔を上げた。


ミリアも気づいた。


帳簿だけでなく、封も信用できない。


ガレスは言い過ぎたと思ったのか、口を閉じた。


封が戻せるなら、いつ開けたかも分からない。誰が出したかも、後から整えられる。


「では、今日は全棚卸しをしません」


エルクが振り向く。


「ここまで見て、やらないのか」


「今この状態を見た人間を増やせば、先に逃げる者が出ます。軽い袋と正規袋、塩、油、薬草だけを封じます」


「犯人を探さないのか」


「探します。逃がさない形にしてからです」


ガレスがうなずいた。


「その順番だ」


エルクは不満そうだった。


ミリアは倉庫の空いた棚を見ていた。


「こんなに、空だったのですね」


ガレスは皮肉を言わなかった。


レインも答えなかった。


「副鍵は」


レインが聞く。


ガレスの顔が渋くなった。


「二本ある。役所と会計室だ」


「返却記録は」


「あることになっている」


その言い方だけで十分だった。


「今日は副鍵に触れません」


「なぜ」


ミリアが聞く。


「返せと言えば、隠す者がいます。まず正鍵で封じる。副鍵は明日、立会人を決めてから」


ガレスが低く笑った。


「若造。お前、倉庫番には向かん」


「なぜです」


「倉庫番より先に、人間を疑う」


「倉庫を守るためです」


ガレスは答えなかった。


代わりに、下働きの少年を秤へ走らせた。


現物を見る人間は一人増えた。


次に必要なのは、現物を見た者を潰されない形にすることだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ