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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第三章 崩壊寸前の辺境領

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帳簿と現物

兵籍、百二十。


点呼実数、八十六。


レインは兵舎の入口で、最初の差を紙に書いた。


兵舎は狭くない。狭くないのに、空いている寝台が多かった。使われていない寝具は巻かれたまま棚に置かれ、いくつかは埃をかぶっている。


死んだ者。


逃げた者。


怪我で村へ戻った者。


役所の紙では、その区別が消えている。


「百二十のはずだ」


エルクが低く言った。


怒っている。


誰に向けてか、まだ本人にも定まっていない怒りだった。


兵舎の壁には、古い槍が五本掛かっていた。


手入れはされている。だが、柄に残る手垢の位置が揃っていない。持ち主が変わった槍だ。兵が減り、装備だけが壁に戻され、次の誰かへ回された。


紙の上の百二十は、槍の本数では分からない。


寝台のへこみと、使われていない靴の数で分かる。


「はず、です」


レインは答えた。


「今いる兵は八十六。熱のある者が三人。重い怪我で動けない者が五人。門番に回せる兵は二人減らすべきです」


「減らせば門が薄くなる」


「減らさなければ、門番が倒れます」


エルクは黙った。


兵舎の奥では、薬箱が開かれていた。門前から走った門番が、息を切らせながら兵に水を含ませている。薬草の量は少ない。けれど、熱のある者を一か所に固めず、寝台を分ければ、少しは持つ。


「次は厩舎です」


ミリアが言った。


声は落ち着いているが、顔色は悪い。


厩舎は兵舎より悪かった。


帳簿上、荷馬車十四。


動く荷馬車、七。


馬は二十三頭。


うち荷を引けるものは十五。脚を痛めたものが四。餌を減らされすぎて、今すぐ重荷を引かせるべきでないものが四。


「荷馬車十四と聞いていました」


ミリアの声が小さくなる。


「七です」


レインは車輪を見た。


倉の脇に置かれた残りの車体は、荷馬車ではなく部品だった。車軸なし。片輪なし。底板腐り。帳簿に残すには車体の形がある。荷を運ぶには足りない。


「修理すれば」


エルクが言いかける。


「できます。ただし、釘と車軸材と人手が要ります。今すぐ動く数には入れません」


「王都から釘は来た」


「三箱です。門にも使います。井戸にも使います。全部を馬車には回せません」


釘箱三つ。


門で三分の一を使う。


残りを井戸と荷馬車と倉庫棚で分ける。


まだ倉庫を見ていないのに、釘の行き先だけで足りない。


次に見た倉庫は、外観だけなら立派だった。


石造り。


厚い壁。


小さな窓。


雪の多い土地で穀物を守るには悪くない造りだ。


悪いのは、扉の下に溜まった麦粉だった。


鼠がいる。


あるいは、鼠より手の器用なものがいる。


扉の右下には、新しい擦り跡もあった。


重い袋を引きずった跡ではない。細い箱か、底の硬い小樽を何度も通した跡だ。倉庫の口は、閉じているようで閉じていない。鍵があっても、出入りを見ていなければ同じことだった。


「在庫台帳を」


ミリアが控えていた文官へ言った。


文官は丸めた帳面を差し出した。


予備穀物、三か月分。


塩、通常備蓄の七割。


油、二か月分。


兵糧用麦、百二十袋。


レインは扉の前で台帳を閉じた。


「開ける前に、匂いを」


「匂い?」


エルクが眉を寄せる。


「穀物倉の匂いが薄い」


扉の隙間から押してくるはずの湿った麻袋、麦粉、鼠、人の出入り。その重さが足りない。


門番は倉庫番を呼びに走っている。正鍵がなければ、扉は開かない。


「三か月分はありません」


ミリアが息を止めた。


「開けてもいないのに」


「外から分かる程度には、ありません」


レインは扉の下の粉を指で取った。


古い。


何日も掃かれていない。


人が足りないか、掃く者が来ていないか。どちらにせよ、倉庫管理の手が抜けている。


「仮に台帳通り百二十袋あるなら、この扉の前の空気はもっと重い。今の兵八十六、領主館、役所、病人、最低限の工房を含めれば、一か月も危ういと見ます」


「一か月」


ミリアは繰り返した。


エルクが拳を握る。


「誰がそんなことを」


「まだ誰でもありません」


レインは言った。


「今は、差だけを見ます」


犯人を先に置けば、数字は逃げる。


兵は百二十から八十六へ、荷馬車は十四から七へ、穀物は三か月から一か月未満へ。しかも、その不足が帳簿に反映されていない。


「足りないのは物資だけではありません」


レインは台帳の表紙を見た。


「足りないことを、足りないと知る仕組みが壊れています」


文官が顔を伏せた。


ミリアは台帳を受け取ろうとして、手を止めた。


「では、何から」


「まず現物確認です。ただし、正鍵の持ち主が必要です。倉庫番は」


「呼びに行かせています」


その時、倉庫の脇で鍵束が鳴った。


白髪混じりの老人が、鍵束を腰に下げて立っていた。


厚い手。


古い革前掛け。


目だけが、荷を見る人間のものだった。


城門脇で鍵を渡した倉庫番だった。


彼はレインを上から下まで見た。


腰の鍵束に手をかけたまま、すぐには動かない。


扉の粉。


台帳。


ミリアの顔。


エルクの拳。


そして、レインの指先。


その順に見てから、ようやく鍵束の一本へ指をかけた。


倉庫の中身は、まだ見ていない。


だが、帳簿と現物の差はもう扉の前に立っていた。

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