王都からの厄介者
「王都からの支援要員の方ですね」
若い女は、息を整えるより先に荷台を見た。
薬箱。
釘箱。
麦袋。
塩樽。
荷の少なさを数える目だった。
それから、レインへ向き直る。
「ミリア・ハルヴェインです。領主館の実務を預かっています」
淡い栗色の髪を後ろで結び、袖口にはインクの跡がある。飾りで役所に出入りしている手ではない。紙に触り、荷札に触り、たぶん人の苦情にも触れている手だ。
「レイン・アストラです。王国軍第三兵站隊から、支援要員として参りました」
第三兵站隊。
そう言った瞬間、彼女の後ろにいた男の目が鋭くなった。
二十代半ば。鎧を身につけ、腰に剣を佩いている。肩幅があり、足の置き方に無駄が少ない。
ただの飾りではない。
剣を使う者の足だ。
「王都軍の人間か」
男は低く言った。
「兄上」
ミリアが止める。
「エルク・ハルヴェインだ」
男は名乗ったが、歓迎の形ではなかった。
「王都から来た者は、いつも紙だけは立派だ。荷は三台。口は何台分だ?」
護衛兵が身じろぎした。
レインは頭を下げた。
「口数を減らすことはできます。荷は増えません」
エルクの眉が動いた。
「皮肉か」
「現状です」
「王都の厄介者らしい返しだな」
王都の厄介者。
その扱いは、早い方がいい。
ミリアは二人の間へ一歩入った。
「長旅の後です。まず領主館へ。父は病床ですが、支援要員の方には正式に」
「その前に、井戸、倉庫、厩舎を見せてください」
言葉が終わる前に、エルクの顔が険しくなった。
「着いて早々、領主への挨拶を飛ばす気か」
「挨拶で水は増えません」
「無礼だぞ」
「無礼は認めます。ですが、薬箱が二つしかありません。兵舎に熱のある者がいるなら、薬箱の置き場を先に決める必要があります」
ミリアの視線が門番へ向いた。
門番は、わずかに目を伏せた。
門番の沈黙で、彼女は察したらしい。
「熱のある兵がいるのですね」
門番はうなずいた。
「三人。昨日から」
「昨日から、なぜ」
ミリアの声は強くならなかった。
強くならない分、門番は余計に縮こまった。
「薬が、兵舎になく」
エルクが唇を結んだ。
レインは荷台から薬箱を一つ降ろした。
「開封は兵舎で。濡らさない。熱のある者から」
「お前が決めるな」
エルクが言う。
「では、エルク様が決めてください」
「何?」
「薬箱を領主館へ運び、印を受けてから兵舎へ戻すか。今、兵舎で開けるか」
エルクは薬箱を見た。
次に門番を見た。
最後に、ミリアを見る。
ミリアは小さくうなずいた。
「兵舎へ」
エルクは短く言った。
命令を受けた門番が薬箱を抱え、走った。
レインの指示ではなく、エルクの命令で薬箱が動いた。
「井戸、倉庫、厩舎と言いましたね」
ミリアが言った。
「はい」
「なぜ、その三つを」
「門は半分しか開きませんでした。道中の宿場の井戸は死んでいました。支援物資は少なく、塩も足りない気配があります。まず、水、食料、運ぶ力を見ます」
「領主館の会計台帳ではなく?」
「台帳は後で見ます」
エルクが鼻で笑った。
「補給記録係なのに、帳簿を後回しにするのか」
「帳簿だけ先に見ると、帳簿に合わせて現物を見てしまいます」
エルクは言い返さなかった。
完全に納得した顔ではない。
だが、反論の順番を失った顔だった。
ミリアは少しだけ考えた。
「分かりました。ただし、領主館へ一度来てください。父への正式な挨拶は後にできますが、あなたの扱いを決めなければ、役所が動きません」
「扱いは、雑務補佐です」
「王都の紙では、そうでしょう」
ミリアははじめて、少しだけ苦い表情をした。
「この領でどう扱うかは、こちらが決めます」
エルクが妹を見た。
「ミリア」
「兄上。警戒はしてください。ですが、薬箱は今動きました」
「薬箱一つで信用するのか」
「信用ではありません。確認を続けます」
「倉庫は、倉庫番に開けてもらいます」
ミリアは門の奥へ視線を向けた。
「先ほど鍵を受け取ったのですね」
門番がうなずく。
「では、倉庫で待つよう伝えてください」
エルクが嫌そうな顔をした。
「あの爺を最初から使うのか」
「倉庫を見るなら、兄上より倉庫番です」
「俺より、か」
「はい」
はっきり言った。
エルクは一瞬だけ傷ついた顔をしたが、すぐに顔を戻した。
「井戸は」
「兵舎裏と領主館裏にあります」
ミリアが答える。
「厩舎は」
「東側です。馬は少ないですが」
少ない。
その言葉を、レインは拾った。
見栄を張る領なら、まず「足りています」と言う。ミリアは言わなかった。エルクも否定しなかった。痛い数字を隠しきれていないだけかもしれないが、隠しきれていないなら、まだ入口はある。
「では、順番を変えます。兵舎の薬箱を確認した後、厩舎。倉庫。最後に井戸」
「井戸が最後?」
エルクが聞く。
「今すぐ死ぬ水なら、門前で匂います。先に、運ぶ力を見ます。馬がなければ、倉庫から出す物も動きません」
ミリアはうなずいた。
「案内します」
エルクはまだ不満そうだった。
だが、先に歩き出したのは彼だった。
次は、その少ない荷を受け止める領地の腹を見る番だった。




