第一聴取室
第一聴取室の扉は、内側から開いた。
案内の兵は入らない。宿係も入らない。廊下に残った足音が消える前に、室内の書記が羽根筆を立てた。来た者の数ではなく、入った時刻を書く手つきだった。
ミリアは領主代理印の小箱を両手で持っている。こちらは封じ箱を一つ。蓋には、その朝貼った札が残っていた。
開封順、戦後処理板写しより。
原本所在、ハルヴェイン領。本箱は写しのみ。
札の端に剥がされた跡はない。だが剥がそうとした者がいないという証明にもならない。王都の紙は、触らなかったことまで書いてくれない。
箱は軽くない。紙の重さではなく、持ってきた順の重さだ。ハルヴェインで板へ書いた順、原本を残した順、写しだけを王都へ運んだ順。その一つでも欠ければ、戦場で残した手つきが王都の机で別の意味に変わる。
「着席を」
中央の机に座る文官が言った。名乗らない。机の札には、聴取主査とだけある。左に倉庫記録官。右に軍務補佐官。奥には書記が二人。壁際の椅子には、発言しない者の席が一つ空いている。
空席も、場の一部だった。
机の配置は、責任の配置でもある。主査は発言を止められる席にいる。倉庫記録官は紙と物の照合を見られる席にいる。軍務補佐官は戦の結果だけを切り出せる席にいる。奥の書記は二人とも同じ机を見ているが、同じ紙を書いているとは限らない。
「領主代理ミリア・ハルヴェイン。実務担当レイン・アストラ。召還命令に基づく第一聴取を開始する」
書記が同じ言葉を書いた。書いた言葉は、聞いた言葉より少し遅れて紙に乗る。遅れた分だけ、誰かが抜く余地もある。
主査が箱を見た。
「持参物は全種」
「写しのみです」
「実物は」
「ハルヴェイン領に残しています」
「なぜ王都へ持ち込まなかった」
「危険物と原本が含まれます。移動で壊すより、封じた場所と封じた者を残す方が正確です」
倉庫記録官の筆が動く。危険物・原本・封じた者。三つのうちどれを拾ったかは分からない。分からないから、こちらの順を崩さず置く。
「開封は、こちらの手順に従う」
主査が言った。
「王都の手順は承知しています。ただ、持参物には開封順があります」
「王都の聴取である」
「はい。その聴取に、順番ごと持参しました」
ミリアが小箱を机へ置いた。押印はしない。置くだけで、領として同じ方針だと示す。
印を押す前の小箱は、まだ脅しではない。だが中身を見せずに置くことで、こちらが口だけで来たのではないと伝わる。レイン個人の主張なら流せても、領主代理印の箱が机にある限り、流したこと自体が記録になる。
主査の目が小箱へ移った。
「領主代理も、同意で」
「ハルヴェイン領は、原本を動かしません。写しは封じた順で出します」
書記の一人が顔を上げかけた。すぐ紙へ戻る。領主代理の言葉は、実務担当の口より重く扱われる。だがその重さは、こちらを守るだけではない。王都があとで「領がそう言った」と使う重さでもある。
「では、最初の写しを」
箱を開ける。中の紙束は五つ。まず、本館前の板写しを出した。勝利の大字を書かなかった板だ。戻した者・失った物・封じた物・領に残した原本の所在。そこから始めるしかない。
倉庫記録官が受け取り、主査へ渡す。
板写しの端には、メイナが控えた見た者の名も入っている。現場で誰が何を見たかを、王都の机へそのまま運ぶための小さな欄だ。主査はそこを飛ばし、上段の結果欄から読もうとした。倉庫記録官だけが一度、下段へ目を落とす。
「戦果報告ではないのか」
軍務補佐官が初めて口を開いた。
「戦果だけでは、残ったものが分かりません」
「防衛結果は出ている」
「結果の後に、誰を戻し、何を封じ、どこへ原本を残したかが必要です」
「王都は結果を聞いている」
「なら、結果に至る順を出します」
軍務補佐官の口が閉じた。怒ってはいない。面白くないだけだ。戦場の結果を華やかな一行にしたい者にとって、負傷兵や遺体や封じ箱の順は、余分に見える。
主査が板写しの下段を指で押さえた。
「王都照合願」
「はい」
「照合を求める根拠は」
「荷・紙・押印・片隅の受領印。順にあります」
「本日は、板写しからでよい」
その返答で安心はしない。よい、という言葉は許可にも見えるが、次に変えられる。机の上では主査が順を認めた。紙の上でもそう残るかは別だ。
書記の筆先を見た。板写し受領。開封一。順番確認。そこまでは書いている。
「査問ではありませんね」
ミリアが言った。
主査の眉がわずかに動く。
「聴取である」
「召還命令にも、功績確認ならびに戦時物資処理の聴取とありました」
「その通り」
「では、罪名はありませんね」
「現時点で、ない」
現時点で。ミリアはそこを拾ったが、追わない。小箱の上に指を置くだけだ。
「記録に入れてください。現時点で、罪名なし」
主査が書記へ目を向けた。書記は少し遅れて、その言葉を書いた。遅れた分、消される可能性がある。だからもう一つ足す。
「こちらの控えにも同じ文を残します」
旅用の白い紙に一行だけ書く。第一聴取開始。現時点で罪名なし。板写しから受領。ミリアの小箱の横へ置く。
主査は止めない。
止めないことも、今は材料になる。王都の正式な紙ではないが、同じ部屋で同じ時刻に置かれた控えだ。あとで「聞いていない」と言われた時、少なくともこの場で見えていた紙になる。ミリアが小さくうなずいた。発言ではなく、控えの存在を認める動きだった。
倉庫記録官が板写しを読み進める。封じ物の欄で指が止まった。塩壺・紙片・押印写し・片隅の受領印。どれも次の紙を求める入口になる。
「次の聴取で、押印写しを確認する」
主査が告げた。
「順番では、誘引資材の封じ写しが先です」
「次の聴取で、押印写しを確認する」
同じ言葉を繰り返した。今ここで争えば、第一の紙から順を崩す。争わずに、記録へ置く。
「次回指定、押印写し。こちらの希望順と異なる。そう控えます」
主査は何も言わない。書記の筆は動いたが、何を書いたかまでは見えない。
第一聴取は、それで終わった。
扉の外へ出る前に、軍務補佐官が低く言った。
「順を守れば、都合の悪い名を後に回せる」
「順を飛ばせば、都合のよい名だけ先に見えます」
補佐官の目がこちらへ止まる。
ミリアが小箱を持ち直した。
次は押印写し。
こちらが用意した順ではない。王都が選んだ順で、箱を開けさせられる。
廊下に出ると、案内の兵が半歩だけ遅れて歩き出した。聴取が終わった者を送る足ではない。次の部屋へ運ぶ荷を見張る足だ。封じ箱の蓋札はまだ残っている。だが次にその札が読まれるとは限らない。
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