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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十二章 王都召還

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凱旋ではない朝

「明朝第一鐘、第一聴取室へ」


通告は夜明け前に届いた。


南官宿の廊下はまだ暗い。宿係は灯りを持っているが、紙筒を差し出した手は眠そうではない。夜のうちに命じられ、朝を待って渡した手だ。


「出席官は、当日室内にて告げる」


それだけ書いてある。誰が聞くのか分からないまま、全種の持参物を持って来いという命令だった。凱旋の朝なら、相手の名は先に並ぶ。査問の朝なら、罪名が先に立つ。これはどちらでもない。


名のない部屋へ、紙だけを持って行かせる朝だ。


机に五つの札を置く。昨日と同じ順。誘引資材の封じ写し・押印写し・商人控え写し・片隅の受領印写し・戦後処理板の写し。王都預け一の箱は、昨日のうちに戻されている。封は破られていない。少なくとも、見える形では。


「全種を持参するとして、開ける順はどうしますか」


ミリアは旅衣の襟を整えながら聞いた。領主代理印は腰ではなく手元の小箱へ入れている。すぐ押せるが、勝手には押されない場所だ。


「戦後処理板の写しからです」


「次は」


「求められた紙ではなく、求めた理由を確認します」


「理由を答えなければ」


「封じ順を読み上げます」


押印写しを先に出せば、名の話になる。商人控えを先に出せば、商人の話になる。片隅の受領印を先に出せば、まだ追わない名まで机に乗る。誘引資材の封じ写しを先に出せば、危険物の話だけにされる。


だから戦後処理板から出す。


負傷兵・遺体・捕虜・残車・封じ物・王都照合願。どの紙も、戦場の後に崩れを止めるための順番から生まれた。そこを外せば、ただの告発の束にされる。


「領への第一便を出します」


ミリアが頷く。


便箋は厚いものを使わない。王都からの手紙らしく飾れば、領の者が余計な緊張を読む。薄い実務紙に、必要なことだけを書いた。


王都着。待遇、歓迎でも拘束でもなし。聴取、本日第一鐘。持参物全種持参命令。原本は動かさないこと。封じ箱の札順を変えないこと。


次に、領の各人へ短い行を添える。


エルクへ。南門の列と道倉口を維持。王都から追加命令が来ても、原本を動かす前に二人確認。


ガレスへ。封じ壺と原本箱の手順を変えない。火と水を近づけない。


メイナへ。見た者・封じた者・触らなかった者の名を同じ順で写し続ける。


ルシアへ。王都商人の線は細く。名を書かず、値と車だけを送る。


最後に、民の列についてミリアが一行足した。


南門の湯と半食は薄く続ける。遺体知らせは家ごとに。


「これで足りますか」


「足りないことも書かない方がいいです」


王都からの第一便は、途中で見られる可能性がある。見られて困ることは書けない。だが見られてもいい言葉だけなら、領に届いた時に役に立たない。だから、手順だけを書く。手順は盗まれても、意味を持つまでに現場が要る。


封筒の端へ、開封確認の切れ込みを一つ入れる。領でメイナが見れば分かる。途中で開けられても、封を戻した者の手つきが残る。大げさな仕掛けではない。薄い紙の角を一つ欠いただけだ。


「王都で紙の角まで見るのですね」


「王都だからです」


「ハルヴェインでは」


「封じた者の顔が分かります」


ここでは顔より先に肩書が来る。肩書より先に印が来る。だから紙の角を欠く。


便を封じると、宿の馬屋へ持っていく。朝の王都は、昨日より冷えて見えた。通りには花飾りの店が並ぶ。王城へ向かう馬車は磨かれている。だが市場の粉麦札は、さらに一枚重なっていた。


三枚目。値はまた上がっている。


小さな子を連れた女が札を見て店の前から離れた。隣では軍用札の車が通る。荷台には薄い布。車輪跡は深い。昨日の空の樽とは違う。王都の中で、軽い荷が重くなり、重い荷が見えない場所へ消える。腹をすかせた者より先に、札だけが増えていく。


「見ましたか」


「はい」


「今朝は書きますか」


「便には書きません」


「なぜ」


「領には、まず原本を守ってもらいます。王都の値は、こちらで別に覚えます」


ミリアは市場を見たまま、短く頷いた。王都の華やかさは、飾りの奥で値を上げている。だが今日の相手は市場ではない。第一聴取室だ。


宿へ戻ると、預けていた馬の鞍に細い布紐が結ばれていた。フェネル商会の印はない。昨日の帳場係からの返しだろう。布紐の結び目は二つ。受け取りあり、追跡なし。ルシアの線はまだ生きている。


馬屋の少年は布紐に気づいていないふりをした。気づかないふりができる者は、王都では貴重だ。見ていない者として扱う。名前も聞かない。


「馬はよく食べましたか」


「飼葉は残していません」


少年はそれだけ言う。王都の飼葉は高いはずなのに、官宿の馬屋には不足がない。市の値札と馬屋の飼葉。その差も頭の棚へ置く。


「返事は出しません」


「出さないことが返事ですね」


ミリアの声に疲れはある。だが迷いはない。ハルヴェインで南門を受けた時と同じだ。全部を救う顔ではなく、先に崩れる場所を決める顔。


部屋へ戻り、五種の写しを一つの箱へ入れた。昨日までは二箱に分けていた。今日は全種持参命令がある。分ければ、向こうはどちらを開けるか選べる。一つにすれば、こちらの順番で札を見せられる。


箱の蓋へ札を貼る。


開封順、戦後処理板写しより。


その下へ小さく書く。


原本所在、ハルヴェイン領。本箱は写しのみ。


係官に剥がされるかもしれない。剥がされても、剥がした跡は残る。跡が残れば、次に聞ける。


第一鐘まで、まだ少しある。


ミリアが窓を閉めた。外の音が細くなる。王都の華やかな朝は、窓一枚で遠く見える。だが遠くなっただけで、消えたわけではない。


「レイン」


「はい」


箱の札を確かめる。


「明日ではなく、今日から査問は始まっていますね」


「はい」


ミリアは手袋のしわを伸ばした。


「では、凱旋の顔はしません」


「こちらも、告発の顔をしません」


「持って行くのは」


「順番です」


箱を持ち上げる。重さは大したことがない。紙だけの重さだ。けれどハルヴェインの本館前で残したもの・王都門前で見た車輪跡・市の値札・昨日の広間の目線が、全部この軽い箱に寄っている。


廊下へ出ると、宿係が道を空けた。


「第一聴取室へご案内します」


朝の光が、階段の下だけ白い。


その白さだけが、やけに新しい紙に見えた。


凱旋ではない朝が始まった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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