↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十四章 凱旋ではなく査問

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
143/150

飛んだ順番

蓋札の一行目を、主査の指が飛ばした。


本館前の板写しではない。誘引資材の封じ写しでもない。指先は三つ目の束、押印写しの札へ落ちる。昨日の通告通りではある。だが、こちらの順ではなかった。


「押印写しを」


第一聴取室の机は昨日と同じ配置だった。主査・倉庫記録官・軍務補佐官。奥の書記二人。壁際には空席が一つある。空席の後ろに、今日は細い影が立っていた。


セドリックだ。


座っていない。発言者でもない。だが、壁際から見ている。場の中にいながら、聴取の責任席にはいない位置だった。


「開封順は、箱の蓋に記しています」


「押印写しを」


主査は同じ言葉を返す。昨日より速い。こちらの順番を確認する気がない。


ここで止め、理由を聞いて荷の封じ写しへ戻す想定だった。だが主査は理由を示さず、命じるだけだ。


読みが外れた。


胸の中で、五束の紙の位置が一度崩れる。板写しの控え・誘引資材の封じ写し・押印写し・商人控え・片隅の受領印。こちらは順番で互いを支えるように置いた。王都は、その支えを外して名だけをつまみに来ている。外された支えを戻せないなら、外された事実を残すしかない。


押印写しを拒めば、隠したと書かれる。出せば、順番が崩れる。どちらも相手の棚に近い。胸の中で一度、箱の中の五束を並べ直す。


「押印写しを出します。ただし、開封順逸脱として控えます」


「異議か」


「記録です」


ミリアが領主代理印の小箱を机へ置いた。


異議という言葉は、場を争いに変える。記録という言葉なら、今のところ相手も退けにくい。勝つためではない。負け方を相手の言葉だけで書かせないための置き方だ。


「領主代理としても、同じ控えを残します」


主査の目がミリアへ移る。セドリックは動かない。壁際から、指輪の手だけが見える。


押印写しの束を出す。札には、押印名・照合未完了・荷と紙の順に照合必要、とある。まだ単独で見せる紙ではない。だから三つの注意を先に読む。


「この写しは、荷と紙の照合後に読む前提です。単独では、名しか残りません」


「名を読め」


倉庫記録官が紙を受け取る。押印の欠けた丸・斜めの線・商人控えに残る同じ欠け。主査は丸の端ではなく、名の欄だけを見る。


「ダルム・フォレイン」


室内でその名が紙から声へ移った。


セドリックの影が、ほんの少しだけ深くなる。だが顔は動かない。


「この名を、なぜ先に出さなかった」


主査が聞く。


「先に出せば、名が答えに見えるからです」


「答えではないと」


「押印名です。人物ではありません」


「押印名でも名だ」


「名だけでは、荷も紙も動きません」


押印名は、紙の上で一番目を引く。だが一番動きやすいものでもある。誰が押したのか、どの荷に押したのか、同じ丸欠けがどの控えに残ったのか。その三つを離して読めば、名は責める先にも逃げる先にもなる。


軍務補佐官が笑いかけた。笑いきらない。


「辺境側が拾った名を、王都の調達へ結びたいわけだ」


「結びたいのではありません。切れていない線を、切れたように扱えないだけです」


言ってから、まずいと分かった。線という言葉が強い。相手はそこを取れる。


「線、と言ったな」


主査の筆が動く。


「訂正します。押印写し単独では、照合未完了です」


「訂正を記録する」


それでいい。失言を消すより、訂正したことを残す。レインが正確に当てた場ではない。崩された順番の中で、崩れた跡を記録に変える場だ。


ミリアが小箱へ指を置いた。


「領主代理として確認します。押印写しは、王都側の指定で先に開封されました」


主査は目を伏せる。


「その通り」


「荷と紙の照合前であることも、記録に入れてください」


書記の筆が走る。二人の書記のうち、右の筆だけが速い。左は主査の顔を見る。左の紙は、あとで違う形になるかもしれない。


「二つの記録があるのですか」


問いかけると、室内の筆が一瞬止まった。


主査がこちらを見る。


「何を指す」


「右の書記は発言を追っています。左の書記は、主査の確認後に書いています。用途が違います」


「聴取記録と要録だ」


要録。昨日の発言抜粋と同じ棚の紙だ。全部は残さない紙。


「では、こちらの訂正は両方へ」


主査はしばらく黙る。沈黙ではなく、秤にかける時間だ。セドリックが壁際で口を開いた。


「記録だけでは像に限りがある。辺境の判断は辺境で行われた」


責任の向きを、早くも領へ戻そうとしている。発言者の席ではないところから出た声だ。責任席ではない者の言葉ほど、紙に残りにくい。


「では、その発言者名も」


セドリックの目が細くなる。


「何を」


「今の発言は、要録に入りますか」


主査が遮った。


「本日の主題は押印写しだ」


「承知しました。では押印写しの開封順逸脱、照合未完了、訂正記録の両紙記載を求めます」


話を戻す。セドリックを追えば、こちらが名に走ったことになる。名を追わず、紙の扱いへ戻す。


倉庫記録官が押印写しを返す。


返される前に、紙の角がわずかに折れた。倉庫記録官の癖か、机の縁に当たっただけか。いま断じる必要はない。折れた角も、封じ直す時に残る。王都で先に読まれた紙だと、箱の中で分かる目印になる。


「封じ直しを、この場で行います」


「なぜ」


「開封者と時刻を札に足すためです」


主査は止めなかった。止めれば、先に開いた者の名を残すことを嫌がったと見える。止めなければ、こちらの控えが増える。どちらでもよかった。ミリアが小箱を少しこちらへ寄せ、札へ時刻を書く場所を作った。


札には、開封者を王都主査・立会いを倉庫記録官・封じ直しをハルヴェイン側と分けて書く。誰か一人の責任にするためではない。後で紙が動いた時、どの時点でどの手が触れたかを戻せるようにするためだ。


「次回、押印の出所を詰める」


「出所を詰めるなら、古い敗戦記録の閲覧が必要です」


主査の顔が初めてはっきり硬くなった。


「飛躍だ」


「押印だけを先に読まれました。こちらは順を戻す材料を求めます」


「次回、申請を聞く」


脅しではない。許可でもない。だが、次に置ける紙ができた。


押印写しを箱へ戻す。札の端に、王都側先開封、と小さく書いた。


順番は飛ばされた。


飛ばされた場所から、次の申請を作るしかない。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。