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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十一章 勝ったあとに崩れるもの

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王都からの使者

三つの封じ物を同じ板へ置くと、近くの話し声が止まった。


塩壺に封じた誘引資材。欠けた押印の写し。片隅の受領印。どれも単独なら、まだ棚へ戻せる。荷は危険物として、押印は照合待ちとして、片隅の名は保留として扱える。だが同じ板に置いた瞬間、別々の棚へ戻すことはできなくなった。


メイナは筆を持ったまま、まだ書かない。


ミリアは板の左に立っている。領主代理の印を持ってきたが、押していない。ルシアは少し離れた場所で商人控えを閉じている。ガレスは塩壺を見ている。エルクは本館前の真ん中ではなく、道倉へ続く口に立った。


誰も勝ちの顔をしていない。


「始めます」


そう言うと、メイナの筆が少し下がった。荷から始める。板の上段へ、誘引資材は塩壺封じ・肉片・血布・小袋三・魔物が寄る匂い、と書く。次に紙。同じ折り目・補助印欠け・車と戻る口の語・荷と同じ匂い。最後に押印。王都軍需調達筋の押印名、商人控えと一致、片隅に別名の受領印。


三段が並ぶ。


まだ、結論はない。結論がないからこそ、周りの兵は息を詰める。名を待っているのではない。どこまで言ってよいのかを待っている。


ミリアが静かに、領主代理名でどこまで確定するかを聞いた。荷・紙・押印がつながったところまで。そこから先は王都で照合する。それでも、ここで一つは書く必要がある。


攻防の末に書いた一行が、板の端に残っている。


もはや偶然ではない。


そこから先へ進むには、言葉を増やすしかない。だが増やした言葉は、人を動かす。怒りも疑いも、王都へ向かう足も。


筆を取った。


人為。


その二文字だけを、三段の横へ書く。大きくはしない。囲みも引かない。だが書いた瞬間、板の上の空白がなくなった。


メイナが息を吸った。


「もう一行、要りますか」


「要ります。押印の下です」


片隅の受領印のさらに下へ、小さく書く。


これは一人の思いつきではなく、組織的な動きだ。


書いたあと、すぐ筆を置いた。言葉を重ねれば強く見える。強く見せれば、こちらも同じように乱れる。必要なのは強さではなく、ここから誰が何を持ってどこへ行くかだ。


「一回だけですね」


メイナが確認した。頷き、これ以上は書かせない。


ガレスが腕を組む。


「ようやくそこまで来たか」


「来ました。けれど追う場所はここではありません」


「王都か」


「王都です」


その場所を口にしただけで、本館前の板が少し遠くなる。けれど遠くなるからこそ、ここに残す原本の順番が要る。王都へ持っていく写しだけが正しい形になれば、領に残った現場はまた崩れる。


ルシアが商人控えを閉じた。


「王都へ出すなら、言葉を選んでください。商人の名を並べると逃げます。押印だけなら残ります」


「押印で出します」


「片隅の名は」


「出しません。封じます」


ミリアの目がこちらへ向く。追わないのか、という問いには、今は追わないと返した。味方か敵かをここで決めると、別の線を踏む。


片隅の名は、小さい。小さいが、消すには整いすぎている。誰かが見つけてほしくて残したのか、見つからないと思って残したのか。どちらでも、今ここで大きく扱えば、戦後処理の板が別のものになる。


「封じる紙箱へ」


「はい」


メイナが小さく写す。片隅の受領印、追跡保留。王都照合時に再確認。


エルクが道倉口から声をかけた。


「これで敵を追うのか」


「追いません。紙と荷を王都へ持っていきます」


エルクの視線が道倉口へ戻る。ここを戻してほしい、と伝えた。負傷兵・遺体・捕虜・残車。こちらが王都へ行く間、崩れるものを止める場所だ。


エルクはすぐ返事をしなかった。戦場に残ることが悔しいのではない。王都へ行く者と、領に残る者。その線がいま引かれたことを見ている。


「相棒の武は、ここでも要るか」


「要ります」


「なら残る」


「お願いします」


その返事で、本館前の真ん中が少しだけ広く見えた。斬る者が残るのではない。戻す者が残る。だから王都へ紙を持っていける。


昼過ぎ、南門からミリアの使いが戻った。民の列は落ち着き、半食は薄くして続いている。遺体の知らせは一度に出さず、名の確認が済んだ者から家ごとの場所へ移す。ミリアが昨日から引き受けていた線は、まだ切れていない。


「ミリア様」


メイナが呼ぶ。


「王都へ出す紙に、領主代理印を」


ミリアは印を見た。少しだけ指が止まる。


「これは凱旋の紙ではありませんね」


「はい」


「告発の紙でも、まだありませんね」


「照合を求める紙です」


「では、その言葉で」


王都照合願。戦後処理中に回収した荷・紙・押印の封じ写し。領主代理印。封じた者の名。見た者の名。触らなかった者の名。


ミリアの印が押される。派手な音はしない。けれど本館前の板にあった戦後の紙が、王都へ向かう紙へ変わった。


夕方、門の方から馬の蹄が聞こえた。


速すぎる。商人の馬ではない。南門の列が少し揺れたが、ミリアの札が先に出た。民は石垣沿いへ寄り、湯の列は止まらない。戦後処理の最初に作った順番が、ここで効いた。


門の者が紙筒を持って本館前へ走る。


「王都からです」


紙筒の封は新しい。戦場の泥はついていない。だが封の赤だけがやけに乾いて見えた。


ミリアが受け取り、開く前にこちらを見た。


「読んでください」


紙を開く。


ハルヴェイン防衛に関する記録提出を命ず。領主代理ミリア・ハルヴェイン、および実務担当レイン・アストラは王都へ出頭のこと。功績確認ならびに戦時物資処理の聴取を行う。


凱旋とは書かれていない。査問とも書かれていない。


その中間の、嫌な紙だった。


エルクが低く言った。


「今、呼ぶのか」


「今だからでしょう」


「向こうは何を知っている」


「分かりません」


「何を知らない」


「それも、分かりません」


だから行く。こちらの紙を持って行く。荷・押印・封じた名を、相手の言葉に変えられる前に。


板の最後へ一行を書く。


王都召還、記録提出。


その下へ、持っていくものを並べる。誘引資材の封じ写し・押印写し・商人控え写し・片隅の受領印写し・戦後処理板の写し。


ミリアが隣に立った。


「民の列は、エルクに預けます」


「はい」


「道倉はガレスとメイナに」


「はい」


「ルシアは」


ルシアが少し笑う。


「王都の商人に先に紙を流します。逃げ道を残す紙で」


「お願いします」


勝ったあとに崩れるものは、まだ本館前に残っている。負傷兵・遺体・捕虜・残車・半食・乾き縄。どれも王都へは持っていけない。持っていけるのは紙だけだ。


だから紙を間違えてはいけない。


夜、封じ箱は二つに分けられた。王都へ持っていく写しと、領に残す原本。どちらにも同じ順番で札をつける。荷・紙・押印・片隅の名・戦後処理板。


本館前の板には、最後まで勝利の大字を書かなかった。


代わりに、王都へ向かう小さな札が乾いていく。


ハルヴェインは守り切った。


だが守ったものを奪われない戦いは、これから王都で始まる。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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