負傷兵と遺体の順番
夜が明けてから戻った戸板が、予定より二枚多かった。
本館前の石段右には、昨日の重傷者がまだ動かせないまま残っている。そこへ新しい戸板が二枚入れば、右が詰まる。右が詰まれば真ん中へ寄る。真ん中が塞がれば、北道から来る見張りも道倉の荷も止まる。
「南門へ知らせを出します」
若い記録兵が言った。
「待ってください」
筆を置く音で、周りの顔がこちらへ向いた。
「誰の知らせですか」
「遺体が増えました」
「名は」
「まだ」
「なら知らせではありません。数です」
記録兵の顔がこわばる。悪いことを言われた顔ではない。悪いことを言わなければならない場所へ立たされた顔だ。戦いのあと、そういう顔が増える。剣を持っている時より、紙を持っている時の方が逃げ場は少ない。
エルクが石段右から戻ってきた。
「二枚はどこからだ」
「北道の石塀裏です。一枚は味方、一枚は敵側。どちらも名札なし」
「同じ場所か」
「近い場所です」
エルクの目が細くなる。昨日までなら敵味方で分けていたかもしれない。今は場所を先に聞いた。戻す前線に立つと、見る順番が変わる。
「本館前へ入れるな」
「はい。北道の外で止めます」
「いや、止めるだけだと人が集まる。見えない場所へ寄せろ」
その判断を板へ写す。戸板二、北道外の石垣影へ仮置き。名札確認まで南門へ知らせなし。水は出す。火は置かない。
「火を置かないのですか」
「火を置けば、待つ場所になります」
「待たせないのですか」
「待たせます。集めません」
ミリアの返しは少し遅れて届いた。南門の紙は、昨日より字が小さい。
民の列は維持。名の知らせは一度に出さない。泣く者の場所は石垣沿い。遺体の引き取りと賠償対象の仮帳入れは領主代理名で後刻。
下に一行、強い筆圧で書かれている。
民の列は、こちらで受けます。
メイナがその行を見て、唇を結んだ。
「ミリア様が受けると書いています」
「はい」
「こちらで名を間違えたら」
「南門で列が崩れます」
「なら、名札の確認を先に」
「その前に順番です」
メイナの筆が止まる。
「順番」
「負傷兵・遺体・捕虜・残車。どれも名を持っています。けれど同じ板に置くと、名の強いものへ人が寄ります」
人は遺体の名へ寄る。捕虜の顔へ寄る。残った車の荷へ寄る。負傷兵はその間で声を出せなくなる。声の大きさで順番を決めれば、声を出せない者が最後になる。
「先に医箱を動かします」
エルクが言った。
「本館前の医箱を減らすのか」
「減らしません。道倉前の小箱を北道外へ一つ出します」
「捕虜にも使うのか」
「傷があれば」
周りの兵が一度だけ動きを止めた。捕虜に医箱を使う。その言葉は勝った側の胸に引っかかる。だが傷を放っておけば、死んだ者の数が増える。死んだ数が増えれば、後で別の紙になる。
ガレスが低く言った。
「昔の軍なら、そこを分ける紙があった。勝った負けたの前に、死なせた数と死なせなかった数を分ける紙だ」
「残っていますか」
「名だけなら聞いたことがある。中身は知らん」
それ以上は追わなかった。今は古い紙の名を探す場所ではない。目の前の戸板二枚を、どこへ置くかを決める場所だ。
板へ線を足す。医箱小一、北道外へ。処置順は重傷・動かせる傷・名札確認。敵味方の順ではない。生死の順でもない。動かせるかどうかで見る。
「敵側を先に見たら、味方の兵が怒ります」
記録兵の声はかすれていた。
「先に見るとは書きません」
「では」
「同じ箱で見る、と書きます」
「それで怒りませんか」
「怒ります。けれど列は崩れにくい」
その場で全員が納得する紙は、たいてい誰かを見落としている。怒りが残る紙でも、列が残れば次の処置へ進める。怒りを消すことはできないが、怒りで医箱の前を塞がせないことはできる。
石段右の負傷兵が一人、布の下で指を動かした。声は出ない。だが水を求める動きだと分かる。怒りの声に寄れば、その小さな動きは見えなくなる。勝った側の声が大きいほど、助ける順番は乱れやすい。
怒りは残る。残すしかない。戦後の紙は怒りを消す紙ではなく、怒りが人を踏まないように置く紙だ。
昼前、北道外から返しが来た。
味方一、名札なし。右肩深い。敵側一、息あり。左足折れ。どちらも動かせず。
「敵側、生きている」
メイナが読み上げると、近くの兵が手を止めた。
エルクは石段右に立ったまま、口を開かなかった。兵の顔を見る。負傷兵を見る。南門へ続く道を見る。
「北道外へ見張り二。怒鳴る者を近づけるな」
「捕虜として扱いますか」
「傷が動かせるまで、捕虜の札に入れるな。負傷者の札へ置け」
それは甘さではない。捕虜という札へ置いた瞬間、兵の目が変わる。負傷者の札に置けば、少なくとも医箱の順番で見られる。
「エルク様の名で出しますか」
「出せ。俺が北道外に立つ」
相棒の武は、敵を斬る場所ではなく、味方の怒りを止める場所へ向かった。
その背中を見て、本館前の兵が少しだけ息を整えた。エルクが北道外に立つ。その事実だけが、怒りに塞がれかけた医箱の列を残した。
理由はきれいでなくていい。列が残れば、医箱は動く。医箱が動けば、死なせずに済む者が一人でも残る。
その一人を残すために、勝った側の顔を少し汚すことになる。
ミリアへの返しを書く。戸板二は北道外で仮置き。名札なし。味方一、敵側一。処置は動かせるかで判断。南門への名知らせは保留。民の列はそのまま受けてください。
最後の一文だけ、筆が重くなる。
敵側一、生存。
これを隠せば後で崩れる。出せば今揺れる。どちらにしても損はある。
メイナが紙を折った。
「勝ったあとでも、まだ選ぶのですね」
「勝ったあとだからです」
本館前の板には、負傷兵と遺体の順番が並んだ。派手な字はない。誰も納得していない。けれど戸板は真ん中へ入ってこなかった。
夕方、北道外の見張りからもう一枚の紙が戻る。
敵側の荷車下に、布包みあり。戸板二枚の近くではなく、傾いた大車の影。
名のない戸板より先に、荷の影が戻ってきた。
三つ目の板へ一行を足す。
残置物、戸板とは別。
敵側が残したものは、人の列とは違う場所でこちらを待っていた。
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