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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十一章 勝ったあとに崩れるもの

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負傷兵と遺体の順番

夜が明けてから戻った戸板が、予定より二枚多かった。


本館前の石段右には、昨日の重傷者がまだ動かせないまま残っている。そこへ新しい戸板が二枚入れば、右が詰まる。右が詰まれば真ん中へ寄る。真ん中が塞がれば、北道から来る見張りも道倉の荷も止まる。


「南門へ知らせを出します」


若い記録兵が言った。


「待ってください」


筆を置く音で、周りの顔がこちらへ向いた。


「誰の知らせですか」


「遺体が増えました」


「名は」


「まだ」


「なら知らせではありません。数です」


記録兵の顔がこわばる。悪いことを言われた顔ではない。悪いことを言わなければならない場所へ立たされた顔だ。戦いのあと、そういう顔が増える。剣を持っている時より、紙を持っている時の方が逃げ場は少ない。


エルクが石段右から戻ってきた。


「二枚はどこからだ」


「北道の石塀裏です。一枚は味方、一枚は敵側。どちらも名札なし」


「同じ場所か」


「近い場所です」


エルクの目が細くなる。昨日までなら敵味方で分けていたかもしれない。今は場所を先に聞いた。戻す前線に立つと、見る順番が変わる。


「本館前へ入れるな」


「はい。北道の外で止めます」


「いや、止めるだけだと人が集まる。見えない場所へ寄せろ」


その判断を板へ写す。戸板二、北道外の石垣影へ仮置き。名札確認まで南門へ知らせなし。水は出す。火は置かない。


「火を置かないのですか」


「火を置けば、待つ場所になります」


「待たせないのですか」


「待たせます。集めません」


ミリアの返しは少し遅れて届いた。南門の紙は、昨日より字が小さい。


民の列は維持。名の知らせは一度に出さない。泣く者の場所は石垣沿い。遺体の引き取りと賠償対象の仮帳入れは領主代理名で後刻。


下に一行、強い筆圧で書かれている。


民の列は、こちらで受けます。


メイナがその行を見て、唇を結んだ。


「ミリア様が受けると書いています」


「はい」


「こちらで名を間違えたら」


「南門で列が崩れます」


「なら、名札の確認を先に」


「その前に順番です」


メイナの筆が止まる。


「順番」


「負傷兵・遺体・捕虜・残車。どれも名を持っています。けれど同じ板に置くと、名の強いものへ人が寄ります」


人は遺体の名へ寄る。捕虜の顔へ寄る。残った車の荷へ寄る。負傷兵はその間で声を出せなくなる。声の大きさで順番を決めれば、声を出せない者が最後になる。


「先に医箱を動かします」


エルクが言った。


「本館前の医箱を減らすのか」


「減らしません。道倉前の小箱を北道外へ一つ出します」


「捕虜にも使うのか」


「傷があれば」


周りの兵が一度だけ動きを止めた。捕虜に医箱を使う。その言葉は勝った側の胸に引っかかる。だが傷を放っておけば、死んだ者の数が増える。死んだ数が増えれば、後で別の紙になる。


ガレスが低く言った。


「昔の軍なら、そこを分ける紙があった。勝った負けたの前に、死なせた数と死なせなかった数を分ける紙だ」


「残っていますか」


「名だけなら聞いたことがある。中身は知らん」


それ以上は追わなかった。今は古い紙の名を探す場所ではない。目の前の戸板二枚を、どこへ置くかを決める場所だ。


板へ線を足す。医箱小一、北道外へ。処置順は重傷・動かせる傷・名札確認。敵味方の順ではない。生死の順でもない。動かせるかどうかで見る。


「敵側を先に見たら、味方の兵が怒ります」


記録兵の声はかすれていた。


「先に見るとは書きません」


「では」


「同じ箱で見る、と書きます」


「それで怒りませんか」


「怒ります。けれど列は崩れにくい」


その場で全員が納得する紙は、たいてい誰かを見落としている。怒りが残る紙でも、列が残れば次の処置へ進める。怒りを消すことはできないが、怒りで医箱の前を塞がせないことはできる。


石段右の負傷兵が一人、布の下で指を動かした。声は出ない。だが水を求める動きだと分かる。怒りの声に寄れば、その小さな動きは見えなくなる。勝った側の声が大きいほど、助ける順番は乱れやすい。


怒りは残る。残すしかない。戦後の紙は怒りを消す紙ではなく、怒りが人を踏まないように置く紙だ。


昼前、北道外から返しが来た。


味方一、名札なし。右肩深い。敵側一、息あり。左足折れ。どちらも動かせず。


「敵側、生きている」


メイナが読み上げると、近くの兵が手を止めた。


エルクは石段右に立ったまま、口を開かなかった。兵の顔を見る。負傷兵を見る。南門へ続く道を見る。


「北道外へ見張り二。怒鳴る者を近づけるな」


「捕虜として扱いますか」


「傷が動かせるまで、捕虜の札に入れるな。負傷者の札へ置け」


それは甘さではない。捕虜という札へ置いた瞬間、兵の目が変わる。負傷者の札に置けば、少なくとも医箱の順番で見られる。


「エルク様の名で出しますか」


「出せ。俺が北道外に立つ」


相棒の武は、敵を斬る場所ではなく、味方の怒りを止める場所へ向かった。


その背中を見て、本館前の兵が少しだけ息を整えた。エルクが北道外に立つ。その事実だけが、怒りに塞がれかけた医箱の列を残した。


理由はきれいでなくていい。列が残れば、医箱は動く。医箱が動けば、死なせずに済む者が一人でも残る。


その一人を残すために、勝った側の顔を少し汚すことになる。


ミリアへの返しを書く。戸板二は北道外で仮置き。名札なし。味方一、敵側一。処置は動かせるかで判断。南門への名知らせは保留。民の列はそのまま受けてください。


最後の一文だけ、筆が重くなる。


敵側一、生存。


これを隠せば後で崩れる。出せば今揺れる。どちらにしても損はある。


メイナが紙を折った。


「勝ったあとでも、まだ選ぶのですね」


「勝ったあとだからです」


本館前の板には、負傷兵と遺体の順番が並んだ。派手な字はない。誰も納得していない。けれど戸板は真ん中へ入ってこなかった。


夕方、北道外の見張りからもう一枚の紙が戻る。


敵側の荷車下に、布包みあり。戸板二枚の近くではなく、傾いた大車の影。


名のない戸板より先に、荷の影が戻ってきた。


三つ目の板へ一行を足す。


残置物、戸板とは別。


敵側が残したものは、人の列とは違う場所でこちらを待っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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