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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十一章 勝ったあとに崩れるもの

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三つ目の荷

「触っていいものと、いけないものを先に分けろ」


ガレスの声は、北道の石塀裏でいつもより低かった。


傾いた大車は、昨日と同じ角度で止まっている。油壺の首には布が巻かれ、水袋は荷台の奥で膨らんだままだ。小台車は前輪を固い轍へ入れたまま、動けずにいる。問題は、その奥にある封じ紐の荷だった。


見張りは三歩離れて立っている。エルクはさらに外側、石塀の切れ目に立った。剣は抜いていない。近づこうとする兵の足を、視線だけで止めている。


「火は」


「置きません」


「水は」


「井戸水を近づけません。濡れ布だけ」


「人は」


「ガレスさん、倉番二、記録一。ほかは見張りです」


「俺は」


「外です。戻す前線のまま」


エルクは短く頷いた。聞き返さない。斬る場所ではないと分かっている顔だった。


メイナが小板を抱えている。書く場所は本館前ではなく、北道外の小板だ。見たものを先にここで止める。本館前の大板へ戻すのは、触ってよいものだけに決めてからだ。


ガレスが油壺の首を見た。


「油は普通だ。首の布も燃やすためとは限らん。漏れ止めにも見える」


「決めません」


「水袋は」


倉番が布越しに押す。水の音がする。濁った匂いはない。井戸へ戻せるかどうかはまだ決めないが、少なくとも今すぐ割るものではない。


残るのは、封じ紐の荷。


麻袋の外側には土がついている。土だけなら荷台の汚れで済む。だが袋の口に巻かれた紐は、荷造りのためではなく開けさせないための巻き方だった。二重に回し、結び目を奥へ入れている。急いで結んだものではない。


「切るか」


ガレスが聞いた。


「先に下へ紙を」


メイナが薄い紙を敷く。袋から落ちるものを拾うためだ。倉番の一人が息を止める。


「息は止めないでください」


「臭うんですか」


「まだ分かりません。止めて倒れる方が困ります」


ガレスが紐を切った。


袋の口が開いた瞬間、鼻が先に反応した。腐った肉の匂いだけではない。乾いた血が古い布に染みた匂い、獣の脂のような重さ、そこへ甘い草を潰したような匂いが混じっている。鼻が嫌がるのに、どこかで追いたくなる匂いだった。


倉番の一人が一歩下がる。


「下がっていい。走らないでください」


走れば匂いを運ぶ。袖に触れ、靴裏につき、息と一緒に本館前へ戻る。怖いものから離れる足ほど、後ろへ何かを連れて帰る。だから逃げる場所も、逃げない場所も先に決めなければならない。


「布は替えます」


メイナが小板へ書く。


「靴は」


「北道外で土を落とします。井戸には近づけない」


倉番は自分の足元を見た。そこまで考えていなかった顔だ。誰も責めない。戦いが終わったあとに見落とすものは、たいてい足元から始まる。


ガレスは袋の中を覗き、すぐに顔を上げなかった。


「何ですか」


メイナの声が小さい。


「肉片。血を吸わせた布。小袋が三つ。中は草か粉か、まだ分からん」


「魔物が寄る匂いですか」


「寄る。たぶん人より先に寄る」


その言葉を本館前の大板へすぐ戻してはいけない。魔物が寄る、とだけ書けば兵が火を持ってくる。火を持ってくれば匂いが上がるかもしれない。水をかければ流れるかもしれない。埋めれば場所を残す。どの処理にも損がある。


「封じます」


「何で」


「油壺ではなく、空の塩壺を使います。口を布で二重。外へは出さない」


「塩壺を潰すぞ」


「潰します」


ガレスが鼻を鳴らした。


「勝ったあとも損が出るな」


「出ます。けれど匂いを広げる損より小さい」


小板へ書く。三つ目の荷、肉片・血布・小袋三。魔物が寄る匂い。火を近づけない。水をかけない。塩壺封じ。見た者は五名。


「五名も書くのか」


倉番が聞いた。


「後で誰が見たか分からなくなる方が悪い」


「悪いことを見たみたいです」


「悪いものを見ました」


その答えで倉番の顔が少し白くなる。だが逃げなかった。逃げなかった者の名は、あとで守るためにも必要になる。


見た者を隠せば、その者は噂の中で増える。誰かが見た、誰かが触った、誰かが持ち帰った。そういう曖昧な言葉が出た時、紙に名があれば止められる。


エルクが外から声をかけた。


「開いたのか」


「はい」


「危ないか」


「近づけない方がいいものです」


「魔物か」


「魔物が寄る匂いです。まだそれだけです」


エルクは石塀の外側を見た。北道の奥は静かだ。静かな場所ほど、匂いが動いた時に分かりにくい。


「見張りを増やす」


「増やしすぎると人が寄ります」


「何人」


「外二、内一。交替は半刻。見張りの名も書きます」


「俺が外に立つ」


「エルク様が立つと兵が寄ります」


「なら切れ目の外だ。見えるが近寄れない場所」


それならいい。板へ戻す時は、エルクの位置も書く。戻す前線は、今度は近づけない前線になる。


メイナが塩壺を持ってきた。中は空だが、匂いが移ればもう塩には使えない。壺の口へ布を重ね、紐で巻く。ガレスが結び目を外へ出した。


「ほどく時に早い」


「ほどく予定がありますか」


「あると思って結ぶ。ないと思うと切るしかなくなる」


戦後の物は、捨てる時にも戻す時にも手順がいる。塩壺は封じた。だが封じたものは消えたわけではない。消えないものは紙に残す。


本館前へ戻す札を書く。


三つ目の荷、確認。肉片・血布・小袋三。塩壺封じ。火なし・水なし。見張り三。見た者五。


メイナが最後の言葉を迷う。


「魔物が寄る匂い、は入れますか」


「入れます。ただし大きく書かない」


「なぜ」


「大きく書けば、人が見る場所を間違えます」


小さく書かれた一行は、むしろ重かった。


魔物が寄る匂い。


昨日まで板にあった「もはや偶然ではない」という言葉が、もう一度近くなる。橋前・畑跡・石塀裏。同じ向きに動いた影。その後ろに、これがある。


けれど、まだ誰の手とは書かない。どこから来たとも書かない。今は封じる場所だ。


夕方、塩壺は道倉の内側へ移された。井戸から遠く、火から遠く、民の列からも遠い場所。見張りの板には、エルクの印がついた。


その夜、北道の奥で小さな鳴き声がした。


近づいてはいない。だが、完全に離れてもいない。


三つ目の荷は、封じてもなお、戦後の板を押していた。


封じた壺のそばに置いた札だけが、匂いを持たないまま次の朝まで残る。


その札を動かさないことも、見張りの仕事になった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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