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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十章 ハルヴェイン攻防戦

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補給路遮断

北道の杭を、二本だけ抜いた。


抜いた場所は敵から見れば広くなったように見える。こちらから見れば、戻る車を通さない幅になる。抜いた杭は本館前へ戻さず、石塀の影へ横に寝かせた。


「広げるのか」とエルクが北道の奥を見たまま聞く。


「広げているように見せます」


「実際は」


「曲がる場所を消します」


敵の厚い列は北道へ寄っている。盾二十以上/車輪音複数/槍も多い/小台車は中ほど/畑跡の影は奥。道倉前では乾き縄一束を失ってようやく真ん中を保っている。


こちらの損は出た。なら次は、その損を増やさない形で相手に戻れない損を渡す。


本館前から運ばれてきた板は、前へ出すためではない。北道が見える石塀の裏に、小さい写しを置くためだ。


「大板は本館前のまま。写しだけここへ」


「敵に見えます」


「見えてもいい行だけ書きます」


写し板に三行だけ入れる。北道は広げる/畑跡は追わない/本館前は真ん中維持。


「広げる、と見せるのか」


エルクの声が少し低くなる。


「はい」


「敵が入る」


「入ります」


「入れてから」


「戻れない幅にします」


敵の台車は北道の中ほどで止まっている。前には盾/後ろには車輪音/横は石塀と畑跡。畑跡へ逃げれば足を取られ、石塀側へ寄れば荷がこすれる。


通れる道はあるが、戻れる幅はない。


「小台車を進ませる」


「まだ壊さないのか」


「壊しません」


「なぜそこまで」


「壊れた台車は捨てられます。壊れていない台車は、守ろうとします」


「守れば、兵が止まる」


「はい」


「荷は」


「水と油。三つ目はまだ未定」


「未定のまま入れるのか」


「未定だから、相手は守ります」


エルクは短く息を吐いた。納得ではないが、剣を抜きたい顔ではなくなっている。


「俺はどこに立つ」


「北道の右、石塀の切れ目。入ってきた盾を斬らずに止める場所です」


「斬らずに」


「斬るなら、戻る道を残す時だけ」


「分かった」


その返事が早かった。早すぎて少しだけ怖い。エルクがもう、斬らないことを自分の判断に入れている。


ガレスが横で杭を持ち上げた。


「抜いた杭はどうする」


「北道の戻り側へ寝かせます」


「踏ませるのか」


「車輪に見せます。踏ませるのは、戻ろうとした時だけです」


「嫌な置き方だ」


「戻らなければ踏みません」


「なら、戻ろうとした時の損だな」


「はい」


杭二本を石塀の影から戻り側へ寝かせた。立てれば罠に見えるが、寝かせればただの外した杭に見える。車輪が急いで戻れば片方を踏み、ゆっくり避ければ後ろが詰まる。


北道奥の盾列が動いた。


小台車が一歩進み、盾が左右へ開く。後ろの車輪音が近づき、二つ目と三つ目にさらに低い音が重なる。厚い列が本当に入ってくる。


「今」


エルクが右の切れ目へ立ち、槍兵はその後ろにつく。矢はまだ出していない。石塀の裏では空箱二つを押す兵が待つ。


「箱を前へ」


空箱が道へ転がる。北道を塞がず、右へ広がる場所だけを消す。敵の盾が箱を避けて左へ寄る。左には小台車があり、右へ逃げられない。


小台車の前輪が固い轍へ入った。「入った」とメイナの声が小さく落ちる。


「まだです」


後ろについていた大きい車が見えた。荷は高くないが、車輪が深く沈む音がする。水袋と油壺だけなら、あの音にはならない。


「三つ目」とエルクが言った。


「まだ見えません」


「音が重い」


「音だけでは書かない」


「分かっている」


言い返しながらエルクは前を見続けている。書かせず決めず、聞いたものは捨てない。前よりずっと厄介な顔になっていた。


敵の大きい車が北道へ入った瞬間、林の奥の影が一度だけ動いた。畑跡の左へ流れてすぐ止まる。追わせるためではなく、左へ逃げる道を浅く残しているように見えた。


「追わない」とエルクが先に言った。


「はい」


「左は残している」


「残しています」


「なら、そこへ行くな」


「はい」


こちらの命令ではなく、エルク自身の判断だ。


北道へ次の車が入る。


石塀の切れ目でエルクが盾を止めた。斬らずに柄で押し、盾の角度を変えさせる。敵の一人が怒鳴る。意味は分からないが盾が右へ寄れないことだけは分かる。


「右を消せ」


石塀裏の兵が二つ目の空箱を押した。箱は割れず転がるだけだ。敵の盾が足を止め、小台車の後ろが詰まる。大きい車の前輪が止まり、後ろの車輪音が重なる。


止めたのではなく、止まった。


「戻り側」ガレスが杭を指した。


大きい車が後ろへ引こうとして、車輪が寝かせた杭へ乗った。杭は割れず車輪を半分だけ持ち上げる。車が傾いて荷が揺れ、油壺の音と水袋の水音が聞こえた。


三つ目の荷は、まだ見えない。


「今なら壊せる」と槍兵が言った。「壊さない」エルクの声だった。


「傾いたまま守らせろ」


その判断を聞いて、板へ線を引いた。小台車は北道中ほど/大車一は戻り側で傾き/後続車輪は停止/右広がりは箱で消す/畑跡は追わない。


「敵の補給路」とメイナが言った。


「書いてください」


「断った、と?」


「まだです。前へ届かず、後ろへ戻れない」


メイナが書く。補給は前へ届かず/戻りは車輪詰まり。


「これで足りるか」エルクが戻らずに聞いた。


「足りません」


「まだ足りない?」


「敵が荷を捨てれば、兵だけ前へ来ます」


「なら」


「荷を捨てにくくします」


「どうやって」


「油壺を見せます」


ガレスが顔をしかめた。


「危ねえぞ」


「割りません。見せます」


大きい車が傾いたことで、布の隙間から油壺の首が見えた。壺の首には布が巻かれている。燃やすためか漏れを止めるためかは決めないが、敵にとって捨てたい荷ではない。


「あれを見せたまま止める」とエルクが言った。


「はい」


「なら、そこへ矢を撃たせるな」


「撃ちません」


「敵も撃たせにくい」


「油があるなら」


「あるなら、だな」


エルクが少し笑った。ほんの短くすぐ消えた。


敵の前列に動揺が出て声が飛ぶ。盾が右へ行けず、左へ行けば畑跡。後ろへ引けば杭、前へ出れば本館前の広さへ入る。だが荷は後ろに残る。


前の兵だけが進めても、荷は進めず後ろは戻れない。


「戻れない損」と板に書くと、その四文字で周りの兵が板を見た。


「勝ちですか」と若い記録兵が聞く。


「違います」


「では」


「敵が、戻るために損を捨て始めます」


「撤退ですか」


「まだです。影です」


敵の厚い列の奥で旗ではない布が揺れた。合図か荷の覆いか、そこまでは分からない。だが後ろの車輪音が前へ来なくなり、かわりに人の声が後ろへ流れていく。


戻す声で、前へ進める声ではない。


「撤退の準備か」とエルクが聞く。


「準備か立て直しか」


「どちらでも」


「どちらでも、次はこちらの戻る道を開けます」


「追わないのか」


「追えば畑跡へ引かれます」


「分かった」


エルクは今度こそ、すぐに返した。


本館前へ大板を戻す。補給は前へ届かず/戻りは車輪詰まり/油壺は見える/戻れない損成立/敵後方は戻す声。最後の行だけはまだ太くしない。撤退の影は、まだ追う札ではなかった。


それは勝ちの札ではなく、次に崩れるものを知らせる札だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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