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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十章 ハルヴェイン攻防戦

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敵の最初の手

車二台の報告だったのに、北道へ見えた車は一台だけだった。


エルクは石塀の低い切れ目から先鋒の列を見た。先頭に盾を持つ歩兵、少し空いて荷車一台、その後ろに槍と土煙。見張りが言った二台目はまだ姿を見せない。


「車が減った」と隣の兵がつぶやく。


「減ったんじゃない。隠したか、遅らせたかだ」


言ってから本館前を振り返った。石段の下に板があるが、そこには立たない。板の前へ人を寄せないと決めたため、少し奥の荷下ろし場の影でメイナの札を見ている。


一度だけ聞くという約束を足が先に覚えていた。


エルクは北道と本館前の間から動かず、手旗の兵へ合図した。赤は止まれ/白は通せ/黒は戻せ。橋の前にいる者へ届くよう、旗は大きく振らせる。


北道の先にある低い石橋には昨日の仕掛けが残っていた。左の轍は泥で消し、右の轍だけが硬い。橋の幅は二台を並べず、右へ寄った車は通れるが後ろは細くなる。


敵の先頭歩兵が橋の前で止まった。


「止まったぞ」


「止まらせたんじゃない。見ている」


橋の上に兵はいない。こちらの槍も置いていない。強く守る場所に見せれば向こうは力を集め、空に見せれば疑って足を止める。


敵の歩兵が三人橋板を叩いた。一人は下を覗き、もう一人は左の泥へ足を入れる。膝までは沈まないが車輪は取られる深さだ。


エルクの指が剣の柄へ動きかけた。まだだ。頭の中で昨日の声が戻る。走る前に一度だけ、聞くなら足を出す前だ。


「伝令」若い兵が寄る。


「本館前へ。車一は橋前で停止/二台目見えず/歩兵は橋板確認/左泥は足だけ通る/車輪は取られる、と」


「そのままですか」


「そのままだ。言葉を足すな」


伝令が走る。足された言葉は嫌われる。恐れている/迷っている/焦っている。そういう言葉は今はいらない。見えたものだけでいい。


橋の前で、敵の荷車が右の轍へ乗った。


きしむ音が乾いた空に伸びる。車軸は軽く荷は少ない。見せるための車か先に通すための車か。どちらでも橋の上では止めない。


エルクは白旗を上げさせた。


こちらの兵が息をそろえる気配がある。橋を渡す合図はまだ兵の腹に落ちきっていない。敵が進むのを見れば反射で止めたくなる。


「通せ」と低く言った。


「橋は取らせるのですか」


若い槍兵が聞いた。


「橋ではない。時間を取る」


「ですが、渡りました」


「一台だけだ」


一台目が橋を越えて右へ寄ったまま道の狭いところへ入る。そこで速度が落ちる。車を守ろうと歩兵が左右へ開き、左の足が泥へ落ちる。右は硬く寄れば後ろの槍が詰まる。


橋の手前にはまだ歩兵が残り、二台目は来ない。先頭の車が進むほど後ろとの間が空く。


「第一波、渡った数」とエルクは言った。


メイナの札を持つ兵が首から下げた小板を見た。


「歩兵十二/車一/槍六/橋前残りは歩兵十八ほど」


「こちらの損は」


「矢なし/槍なし/橋板損なし/泥は踏まれました」


「泥は損に入れるな。踏ませるための泥だ」


「はい」


槍兵の肩がわずかに下がった。渡したものと失ったものを同じ箱へ入れない。その分け方が板の仕事だった。


本館前から返しの旗が来た。黒でも赤でもなく、白を半分だけ上げる合図。一台目は進ませ、後ろは止める。


「橋の後ろを細くしろ」


エルクは北道の兵へ言った。


低い石塀の裏から空箱が二つ出る。昨日壊れた箱として捨てたものとは別で、軽く蹴れば動く。だが車輪が踏めば割れて音が出る。


空箱を右の轍の外へ置く。道を塞がず、広がる場所だけを消す。橋を越えた車は右へ寄ったまま進み、歩兵の肩が石塀へ近づく。


「斬れるぞ」と隣の兵が言った。


「斬らない」


「今なら」


「今斬れば、後ろが広がる」


兵の喉が鳴った。納得ではない。だが、槍は下がった。


一台目の車は本館前へ届く前に止まった。車軸が折れたのではなく、前を行く歩兵が止まったからだ。歩兵の先には広い本館前があり、その広さを見て敵の足が少し迷った。


広い場所は走りやすいが、戻る車も動きやすい。


エルクはそこを見て、ようやく一歩だけ下がった。北道と本館前の間。約束の場所から大きく外れない。


「今、聞く」


伝令を呼ぶ前に、本館前から小さな板札が届いた。走ってきたのはメイナの下につく若い記録兵だ。


板札には短く書いてある。一台目は荷軽し/二台目は遅れ/歩兵は橋前と車前で二分/矢を使わず継続。下にもう一行、エルク判断は北道側で待つ。


「先に言われた」と思わず口から出た。


記録兵は困った顔をした。


「本館前からです」


「分かってる」


誰が命じたのか、メイナが先に読んだのかは分からない。どちらでもいい。聞く前に答えが来たのではない。自分が聞く場所に立っていたから答えが届いた。


橋の後ろで、敵の歩兵が動いた。


橋前に残った十八が二つに割れる。半分は車の後ろへ付き、もう半分は左の畑跡へ出た。泥を避ける動きではなく道の外から本館前を測る動きだ。


「左へ出る」


エルクは黒旗ではなく、赤旗を握らせた。


「止めますか」


「止めない。見せろ」


「何を」


「畑跡は柔らかい」


左へ出た歩兵の足はすぐに遅くなった。畑は冬前に掘り返してあり、草を刈った後で水が抜けていない。歩兵なら通れるが走れない。盾を持てばさらに遅い。


その遅れを見て、橋前の残りが右へ寄った。


敵の列は三つに分かれた。一台目の車前/橋前の右/畑跡の左。数はまだ多くないが命令が三つ必要になる形だ。


「第一波の損」とエルクは小板の兵へ言った。


「敵は時間を失う/列は三分/車一は孤立しかけ/こちらは矢なし・槍なし/箱二配置済み」


「箱は損か」


「割れたら損です」


「まだ割れてない」


「では、配置」


「そう書け」


小板に箱二配置と入る。損を急いで増やさず、損になってから数える。そうしないと怖さで紙が膨らむ。


敵の一台目が、もう一度動いた。車前の歩兵が本館前の広さへ入る。盾が上がる。矢を警戒している。だが、こちらはまだ矢を撃たない。


矢は音だ。音を出せば南門の民が揺れ、その揺れは本館前の広さへ返ってくる。


エルクは初めて、剣より南門の煙を見た。


煙はまだ細く、火前は道を塞いでいない。ミリアの線は生きている。


北道から別の見張りが駆け込んできた。橋の方ではなく外縁の林沿いからだ。肩に泥、袖に細い傷。転んだ傷ではない。


「林側、魔物影」


その一語で、槍兵が動きかけた。


「数」


エルクの声が先に出る。


「五、いや七。小型でまっすぐではありません。敵の左へ寄っています」


「こちらへではなく」


「敵の左です」


橋前の歩兵が右へ寄った直後だった。畑跡へ出た敵の左列が、足を取られている。その外側を、小さな影が低く走る。まだ距離はある。人へ跳びかかる距離ではない。


魔物の影は、畑跡の端で止まらなかった。


敵の左列が一歩引き、影も同じ向きへ流れる。敵の右列が橋へ戻ろうとすると、影は畑跡を横切らず右列の退路を押すように斜めへ走る。


「撃つか」と兵が聞いた。


エルクは答える前に、本館前の板を見た。遠い。だが、白い札が見える。


矢を使わず継続。


「まだ撃つな」


「魔物です」


「近づいたら撃つ。今は、敵の足を見ろ」


敵の歩兵が二歩下がった。魔物の影も二歩分同じ線を詰めた。人の声も笛もない。だが畑跡の左列と林側の影が同じ向きへ動いている。


エルクは小板の兵を呼んだ。


「書け」


「何を」


「敵左は畑跡で停止/魔物影は敵左の退きに沿う/右列は橋側へ戻れず」


「意味は」


「書くな。見えたものだけだ」


小板に筆が走る。エルクは剣を抜かなかった。


第一波は、まだ終わっていない。


だが、敵の手は人だけでは済まなくなった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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