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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十章 ハルヴェイン攻防戦

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受ける場所を確かめる

本館前の土に、最初の杭が打たれた。


冬へ入りかけた地面は固い。鉄の先が跳ね、二度目で浅く噛む。ガレスが靴底で土を押し、首を横へ振った。


「上だけ硬い。下は湿ってる」


「車輪は沈みますか」


「重い車なら沈む。軽い車なら跳ねる。兵の足は取られる」


杭の位置を一歩だけ下げた。館の石段から離しすぎると、負傷兵を入れる距離が伸びる。近すぎると、戻る車と民の列が同じ場所で詰まる。


本館前は広い。広いが、自由ではない。


南は門へ続く道。北は道倉から戻る道。東は井戸と小さな畑跡。西は低い石塀と荷下ろし場。どれも使える。どれも塞がれば、すぐに害になる。


「ここで受けるのか」


エルクが石段の上から見下ろした。鎧の肩に乾いた泥が残っている。橋から戻った兵がまだ全員そろっていない。


「ここで全部は受けません」


「全部ではない?」


「本館前は最後に受ける場所です。最初に詰まらせる場所ではありません」


メイナが板を運んできた。昨夜まで使った板だ。下三行だけが残してある。


損を渡す場所は外へ。


守る道は内へ。


敵軍をハルヴェインへ絞る。


その下に、新しい余白を作る。古い字を削らない。今日からは、同じ板の続きになる。


「戻る道を三つに分けます」


地図の上に木片を三つ置いた。南門・本館前・道倉。


「南門は民の列。食と火を切らさない。兵を入れすぎない」


ミリアの追記がそのまま効く場所だ。紙の端に残った「民の列は、こちらで受けます」が、南門の線を太くしている。


「本館前は負傷兵と戻り車。命令を集める場所ではなく、通す場所にします」


「命令はどこで出す」


「板の前です。ただし板に人を寄せません」


エルクの眉が寄った。


「板に寄せないで、どう見せる」


「写しを出します」


メイナが小さな板札を三枚出した。南門用。本館前用。道倉用。すべて同じ内容にはしない。同じにすれば、どの列も同じ動きをしてしまう。


南門には民の列と半食・火前二列・夜番二刻。本館前には負傷兵・空車・戻り車・医箱。道倉には乾き縄・粉麦・釘・予備の車軸。


「道倉は倉を守るのか」


「倉ではなく、戻る道の腹を守ります」


「腹」


「ここが細くなれば、南門も本館前も詰まります」


道倉の前は荷の置き場として作られている。だが、荷を置きすぎれば通れない。空けすぎれば敵が入り込む余地になる。守るというより、通す量を決める場所だった。


ガレスが道倉の木片を爪で押した。


「ここは風が抜ける。火は置くな」


「火は南へ寄せます」


「縄は湿らせるな」


「乾き縄は床下。出す分だけ札で呼びます」


「釘は」


「半箱だけ見せます。残りは封」


古参の目が少し細くなる。気に入った顔ではない。だが、止める顔でもなかった。


「嫌な置き方だ」


「使うために残します」


「盗られないためじゃねえのか」


「盗られないためだけなら、奥へ隠せば済みます。今回は、戻すために出せる形で残します」


本館前の広さを測るため、兵が縄を引いた。荷下ろし場から石段まで五十歩。石段から東の井戸跡まで三十歩。南門の道は途中で曲がる。曲がり角に車が二台止まれば、後ろは見えなくなる。


「ここへ敵が来たら、見える」


エルクの手が北道を指した。


「見えます」


「南門は見えない」


「だから南門へ兵を集めません。民を守る兵と、列を止める者は別にします」


「止める者」


「押し込まれてきた民を止める役です。助けるために止めます」


エルクはすぐに返さなかった。石段から南門の方を見た。屋根の低い家並みの向こうで、煙が薄く上がっている。あそこに火前がある。半食がある。ミリアが受ける列がある。


「斬るより難しいな」


「はい」


「俺が南へ行けば、兵は安心する」


「安心します。その分、敵が北へ来た時に遅れます」


「なら俺は北か」


「まだ決めません」


意外そうに目が戻る。


「決めないのか」


「敵の先鋒がどちらへ寄るかで変えます。ですが、エルク様に聞く場所は決めます」


「聞く場所?」


「北道と本館前の間。そこなら南門の煙も、道倉の車も見えます」


前線を任せるには見えるものを増やす必要がある。剣を振るう場所ではなく、剣を振らせない場所を見せる。前の板で地図を見た目へ重ね、実際の地面も重ねる日だった。


「そこからなら、俺が動く前に聞ける」


「はい」


「聞いてから走るのか」


「走る前に一度だけ」


エルクの口元がわずかに歪んだ。笑いではない。腹を決める前の、短い癖だった。


「一度で足りるように聞く」


「お願いします」


メイナが板札に追記する。


エルク、北道・本館前間。


その文字を見て本体兵の何人かが顔を向けた。声は出ない。だが、動きが少し早くなる。前線へ立つ者の場所が決まると、荷を動かす者の迷いが減る。


ルシアの使いが南門から紙を持ってきた。


「商人控えです。南の小商いは門内へ入れず門外で受ける。水代は取らない。布は買い上げず貸し札で預かる、と」


「貸し札?」


エルクが聞いた。


「買えば、今ここで銀が減ります。預かれば、戦後に返す道が残ります」


「逃げる商人も出る」


「逃げるなら布だけ置いていきます。布が残れば、負傷兵に使えます」


ルシアらしい紙だった。得を消さず、今だけ損を固定する。南門で声を張らずに、商人を列の外へ置くための線だ。


板に加える。商人布は買わずに預かる。水代は取らない。民の列は門内へ押し込まない。


「民を門内へ入れないのか」


本体兵の一人が低く言った。


「入れます。ただし、列ごと押し込まない」


「敵が来たら」


「門を閉めるために民を挟みません」


言い切ると、兵の喉が動いた。恐ろしいことを言ったのではない。恐ろしいことを先に紙へ置いただけだ。


南門を守るとは門を閉めることではない。閉めるなら誰を外へ残すかを決めることになる。決めないまま閉めれば門が人を殺す。


だから先に分ける。民の列・負傷兵の列・戻り車の列・商人布の列。同じ入口に見えても、同じ列にしない。


「嫌な仕事ばかりだな」と、ガレスがつぶやいた。


「はい」


「だが、今やる仕事だ」


「はい」


本館前の石段に、ミリアの使いがもう一枚の紙を置いた。署名は短い。いつもの細い字の下に、領主代理の印がある。


南門は民の列受け入れ継続。半食は夜まで維持。火前は道を塞がない位置へ移す。泣く子と老人を先に座らせる。


「最後の一行は、数字じゃないな」と、エルクが言った。


「数字ではありません」


「だが、列は落ち着く」


「はい」


ミリアは数字を政治の言葉へ変える。泣く子と老人を先に座らせる。順番が見えれば、列は自分の番を待ちやすくなる。全員を助けると言わない。先に座らせる者を決める。


板の左端に、小さく丸をつけた。南門、ミリア判断継続。


これで本館前の板は三つに分かれた。南門・本館前・道倉。外へ渡す損の線はまだ遠い。だが内側で守る道は見え始めている。


昼過ぎ、北道の見張りが戻った。


息は荒い。靴の泥は乾ききっていない。橋の方ではなく、外縁の畑跡を回ってきた足だ。


「先鋒、見えました」


エルクが石段を下りる。


「数は」


「多くありません。車二。歩兵三十ほど。旗は見えず。ですが、後ろに土煙」


「距離」


「早ければ夕前。遅くても夜半前に北道へ」


メイナの筆が止まる。ガレスは道倉の方へ顎を振った。兵が乾き縄を一束だけ運び出す。


板の一番下に、新しい行を書いた。敵先鋒は北道へ接近。本館前で受ける準備を開始。


エルクは北道と本館前の間へ立った。まだ走らない。まだ斬らない。


一度だけ聞くための場所で、敵を待った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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