匂い袋
捕虜の荷物は三つに分けて置かれた。
食えるもの/使えるもの/触る前に見るもの。
名前は聞かず持ち場もまだ書かず、先に荷を見る。人から入れば言い逃れになり、荷から入れば紙に残せる。
メイナが布を一枚ずつ開いた。
乾いたパン/折れた針/短い縄/黒ずんだ布包み。
そこでガレスが手を止めた。
「開けるな」
メイナの指が布から離れた。
「匂いがある」
布包みは小さい。掌に収まるほどの大きさだった。外側は油を塗った革で、紐で強く縛ってある。普通の荷なら濡れないようにするための包み方だ。だがこれは濡らさないためだけではない。中のものを外へ漏らさないための包み方だった。
「外へ」
ガレスが言う。
倉の風下へ持っていき、火のそば・井戸・粉麦の袋から離す。
「そんなに悪いのか」
エルクが聞いた。
「悪いだけならまだいい」
ガレスは革の端をナイフで少しだけ切った。
先に出たのは鉄に似た匂いだった。
血。
布の内側に黒く乾いた染みがある。新しい血ではなく、乾かしてまた濡らしたような跡だった。
メイナが別紙へ書く。血の染み/乾きあり/再湿りあり。
次に出たのは脂の腐った匂いだった。小さな肉片だが獣か人かは書かない。ここで決める必要はなく、腐らせてあることだけが要る。
腐肉。
ガレスが顔をしかめずに見た。
「食うためではない」
「腐らせたのですか」
「腐ったものを持ったのではない。持つために腐らせた」
メイナの筆が止まりかけてすぐに動いた。
腐肉/食用でなし/保持のため油革包み。
最後に細い袋が出た。
中は粉ではなく乾いた草と砕いた何か。甘いようですぐ鼻の奥を刺す。血と腐肉の匂いを隠すのではなく別の匂いへ重ねている。
「これは」
ルシアから来ていた商人控えを開く。香料でも薬でもない。商人の荷札にはない混ぜ方だった。
「売り物ではありません」
メイナが書いた。特殊な匂い袋/商人荷札なし/中身不明。
ガレスが袋を遠ざけた。
「これは自然のものではない」
その言葉を誰も大きく受けなかった。メイナは筆を動かし、本体兵の視線も捕虜ではなく三つの現物へ戻った。
「魔物が寄る匂いがする」
短い声だった。
板の上で三つの行が並ぶ。血/腐肉/特殊な匂い袋。
「魔物用か」
エルクの声が低い。
「断定しません」
「だが寄る匂いだと」
「ガレスがそう見ました」
ガレスが袋の口を縛り直す。
「見たのではない。嗅いだ」
「控えには匂い確認と書きます」
「それでいい」
捕虜は縄の向こうで座っている。誰も顔を見ず、壺と控えへ目を戻した。
「誰が持たせた」
本体兵が言った。
「今は聞きません」
「聞かないのか」
「聞く前に物を封じます」
問いを先に増やせば答えが増える。答えが増えれば欲しいものだけを拾いたくなる。今必要なのは三つの物が同じ包みに入っていたことだ。
メイナが封じ紙を出した。
一・血染み布/二・腐肉片/三・匂い袋。捕虜荷物より発見/包みは油革/紐は二重/井戸・粉麦・火前から離して保管。
「火前から離すのか」
「匂いを燃やすと広がるかもしれません」
ガレスが答えた。
「水に入れるな。土にも埋めるな。革ごと壺へ入れろ」
「壺は」
「割れてもいい壺だ」
補給倉の奥から欠けた壺を出す。水には使えないが匂いを閉じるには使える。壺の底へ灰を少し入れ、革包みを置く。上から板をかぶせ、縄で縛る。
「敵側がこの匂いを使っていたなら」
エルクが言いかけて途中で止めた。
「なら何だ」
ガレスが促す。
「魔物が来る場所を選べるかもしれない」
「かもしれない」
その言葉だけを拾った。
板へ書く。魔物が寄る可能性/場所は未定/使った者は未定。
「未定ばかりだな」
エルクが言う。
「未定のまま封じます」
「決めたい」
「決めれば間違えた時に戻せません」
「分かっている」
それでもエルクの手は剣の柄へ寄っていた。すぐに離した。
「聞く。これを見つけた後に俺は何を斬らない」
「捕虜です」
「だろうな」
「荷の出所を切らないためです」
「斬れば出所が止まる」
「はい」
エルクが縄の向こうを見た。
「なら聞く順番を出せ」
メイナが新しい紙を置いた。
質問は三つだけ。どこで受け取ったか/何に使うと言われたか/誰へ渡す予定だったか。
「誰がではないのか」
「誰から聞くと、名前を作ります。どこからなら、道が残ります」
「道から追う」
「はい」
血・腐肉・匂い袋は壺の中で動かない。けれど板の上では道になった。
橋/井戸/補給倉。
そこへ別の道が重なる。
魔物が来る道。
まだ誰の道かは書かない。ただ自然に落ちていたものではない。
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